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暗中模索だハリエット!  2

 彼はハリエットの腕の中に向かって手を伸ばす。

「仕方ない、僕がなんとかするよ、モースリンをこちらに」

 この時ハリエットは、親友であるこの男の言動に何か不穏なものを感じた。何がどうとうまく言語化できない、何か小さな引っ掛かりを感じたのだ。だから彼は、モースリンを抱く腕に力を込めた。

「やだよ! 渡したら、どうするつもりだよ」

 シープスキンがうっそりと笑う。

「ああ、そんなに警戒しなくていいよ、彼女のことは、僕が最後までちゃんと面倒を見るから……そう、永遠に、ね」

 ハリエットは、この友人がひとつも笑っていないことに気づいた。いや、表情は笑っている、だが、目が全く笑っていないのだ。

 深い洞穴を思わせる虚な眼差しがハリエットに向けられた。

「勘違いしないでくれよ、僕だって本当に君を助けるつもりだったさ、モースリンの幸せには、どうしても君が必要だからね。だけど、それはモースリンがこの先も生きているならばの話だ、彼女は……自ら死を選んだ」

「まだ死んでない!」

「死んだも同然じゃないか、見てごらんよ、彼女を!」

「ううっ」

 確かにモースリンは指先に至るまで全く力をなく垂らして意識を失っている。身の内に収めきれなくなったのか、黒い霧がモースリンの口元からわずかに漏れ出していた。

「ああ、もう彼女の体も長くはもたない、君は僕にモースリンを渡してさ、早くここから逃げたほうがいい」

「やだ、絶対に嫌だ」

「聞き分けがないなあ、君はこの国の王子なんだから、まさかこんなところで死ぬわけにいかないだろ?」

「それをいうなら、君だって王子じゃないか」

「あー、僕の国は兄弟が多くて継承権争いが熾烈だからね、僕一人くらいいなくなっても、むしろ他の兄弟は喜ぶんじゃないかな、だからさ、僕がここでモースリンと一緒に死んであげるよ」

 シープスキンが甲高い声で笑う。

「そうだよ、なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだろ、彼女をつれて死ねば、彼女は永遠に僕のものじゃないか!」

「死なせない……モースリンは、絶対に死なせない!」

「へえ、じゃあ、お手並み拝見と行こうかな」

 指を鳴らすシープスキンの足元に、カエデが猟犬よろしくピンと背筋を伸ばしてひざまづいた。

「ぶー!」

「よしよし、ようやく出番だぞ」

「ブヒー!」

 シープスキンはそんな彼女の首輪から鎖を外す。

「別に難しいことをさせるつもりはない、まずはモースリンを奪って俺のところまで連れてくる、それだけでOKだ」

「ブヒィ」

「いけっ!」

「ブヒブヒブヒブヒ!」

 放たれた豚は勇ましく駆ける。狙うはもちろんハリエットの腕の中に眠るモースリン、それのみである。

 だがハリエットの方は微動だにしない。平生よりもむしろ冷静なくらいの声で側のコットンに声をかける。

「夜目はきく方か?」

「え、それはまあ、隠密ですから人よりは」

「よし!」

 ハリエットはスッと片手を上げて声高らかに呪文スペルを唱えた。

「消えろ」

 途端に、今まで室内を照らしていた灯りがふっと消えた。

「な、何事ブヒィ!」

 いきなりの暗闇に驚いたか、カエデの焦る声とゴンと鈍い音と。どうやら彼女は柱のうちの一本に勢いよくぶつかったらしい。

 ハリエットは闇の中でそっと目を開いた。彼は急激な光量の変化に惑わされないようにあらかじめ目を閉じていたのだ。だから、少し離れた柱の影で人の形をした影が狼狽えて身をゆする様子が薄ぼんやりと見えた。

「これしきのことで僕から逃げられると思うなよ!」

 声からシープスキンだと判じる。だとしたら反対側の柱の足元でうめいている人影、あれがカエデだろう。

 おそらく二人とも急な暗さにまだ適応できていないはず。

 ハリエットはこちらまでの距離を測られないように声を顰めた。

「コットン!」

「ここに!」

「君にはカエデ嬢の制圧を任せる、最悪足止めでもいい、時間を稼いでくれ!」

「そちらは?」

「『予知夢とは違う行動』ってのをしてみる。そうしたら、死の運命とやらが回避できるんだよな?」

「その通りです、でも、どんな予知夢だったかわからないのに、どうやって?」

「ダテに生まれた時から婚約者やってたわけじゃない、モースリンが考えそうなことなんか全てお見通しだ!」

 ハリエットには確信があった。


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