暗中模索だハリエット! 1
愛しいモースリンを腕に抱え込んだまま、ハリエットは闇の中にうずくまる。モースリンの背中を抱いた腕の加減から、自分が子供の姿でも、闇色の霧でもなく、元の姿に戻ったのだということはわかったが、何よりもここは暗い。
もっともこれはここが地下だからであり、部屋いっぱいに溢れかえっていた闇色の霧の気配はない。
ハリエットは腕の中に声を落とした。
「モースリン、おい、モースリンってば」
返事はない。完全に身を預けきった彼女の重さが不安を煽る。
「明かりよ!」
幼い頃から勝手知ったる城――というかここが自分の家なのだから照明魔導具の位置は完全に把握している。ハリエットは照明魔道具に向けて自分の魔力を放った。パチパチっと幾度か明かりが瞬いて、天井に明かりが灯る。
ハリエットはまず何よりも先に、自分の腕の中を確かめた。
「モースリン!」
愛しい彼女は気を失ってぐったりとしている。呼びかけても目は開かず、そっと顔を寄せても、途切れ途切れに苦しそうな呼吸を吐くばかりだ。
「頼む、モースリン、目を開けてくれ!」
ハリエットの絶叫を聞きつけたか、柱の間をパタパタと走り寄ってくる足音が聞こえた。
「ハリエット、モースリン!」
先に駆け寄ってきたのは楓を繋いだ鎖を引きずったシープスキンだ。だが、ものすごい勢いでそれを追い越したコットンの方がいち早く、モースリンの体にとりすがった。
「ああっ、モースリン!」
コットンはそのまま主人の身を抱き上げようとするが、ハリエットがそれを許さなかった。彼は大きく身をひいてコットンの腕を振り払う。
「説明してくれ、君がついていながら、なぜモースリンをこんな目に合わせた?」
「それは、シュットンされて意識を飛ばされて……」
ようよう追いついたシープスキンが弁護に入る。
「仕方なかったんだよ、止める隙なんてなかった」
それに返すハリエットの声は低く、冷たかった。
「そういうことを聞いてるんじゃない、そもそも、なぜこの城につれてきた?」
「それは……」
コットンが言葉の先を引き継ぐ。
「お嬢様自身の意志です」
「だったら、殴って気絶させてでも止めるべきだろう!」
その言葉に、コットンが激昂した。
「そんなことできるわけないでしょ! カルティエ家開祖以来の天才と呼ばれたモースリンが本気モードに入ったら、一介の隠密なんかの拳が届くわけないっつーの!」
その勢いに押されて、ハリエットが少し後ずさる。
「あ、うん、それは、確かに」
「大体、うちのお嬢様が思い込んだら一直線暴走特急なのはよくご存知なのでは!」
「あ〜、うん、それも、うん」
「それでも、いざとなったらこの命、投げ出してお止めするつもりだったのに! 不覚っ!」
「ごめん、興奮してるところ悪いんだけど、俺が聞きたいのはそういうことじゃないんだよ」
「は? じゃあ何が聞きたいのよ!」
「俺が呪いに囚われていることは、誰も知らないこの国のトップシークレットだったはずだ、だけど、モースリンは『知っていた』からこの城に来たんじゃないかな」
「どうしてそう思うんです?」
「うん、僕の呪いを解くのに、モースリンには一切の迷いがなかった。まるで呪いを解く方法を『知っていた』みたいにね」
「『知っていた』んでしょうね」
コットンは渋々ながら、モースリンの秘密を話し始める。
「こうなったら隠しておく必要もないから言っちゃいますけどね、多分、予知夢で見たんじゃないですかね」
「予知夢、そんなものがあるのか」
「それがカルティエ家に与えられた女神の祝福なんですよ、自分が死ぬ瞬間を予知夢で見せられる、だから死にたくなければその予知夢に逆らう行動をすればいい」
「もしかして、俺との婚約を破棄したがったのも……」
「ですね、婚約者のままでいると死を迎える運命にあった、それを回避するためですね」
「そんな、相談してくれれば……」
「好きな男に迷惑をかけたくなかったんでしょう、オトメゴコロってやつですよ」
シープスキンが会話に割り込んだ。
「つまり、今回のこれも、モースリンは予知夢で見たってことだよね」
「そういうことですね、で、今までと同じならお嬢様も自分の身を最優先にしたでしょうに、よりによって今回は殿下の命と自分の命の両天秤。したら当然、殿下の命を取りますよね、お嬢様にとって殿下は『自分の命よりも大事な人』なんですから」
ハリエットが心苦しさにうめく。
「馬鹿な、君だって、俺にとっては『自分の命よりも大事な人』なのに!」
しかしコットンは、まだ希望を捨て切ってはいなかった。
「まだ落ち込むのは早いです! その闇の力を打ち消すための最終兵器としてつれてこられた、ほら、あの雌豚がいます!」
カエデは、退屈そうに爪の間をいじっていたのだけれど、その言葉に顔を上げると「え、無理」と言った。
「そこまで闇の魔力が同化しちゃってると、もうそのお嬢さん自身が闇の魔力みたいなもんだから、私の光の魔力を流したら爆発四散すると思う」
「ええと、魔力が?」
「ううん、肉体が」
「そんな!」
コットンは狼狽えてがくりと膝から崩れる。ハリエットも顔面蒼白、意味もなく腕に抱いたモースリンの背中を撫でさすっている。
「じゃあ、どうすれば」
「う〜ん、ワンチャン、めちゃくちゃデカい魔法で魔力消費しちゃうとか?」
「そ、それで行こう、誰か、闇の属性魔法を使えるやつは……」
いない――カエデはもちろん光属性であるし、ハリエットは風属性、シープスキンは水属性だ。強いていえばコットンは闇属性の魔力に適性があるけれど、魔力を大量消費するような大掛かりな魔法を使いこなす腕がない。
「こうなったら、私のしょぼい闇魔法でもやらないよりはマシかと!」
「やめなって、魔力消費しきるよりも先に魔力アタリで死んじゃうから」
「こ、こうなったら俺が! 闇魔法は自信ないけど!」
この大騒動の中、シープスキンだけがやたらと冷静であった。




