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救いの雌豚 2

 大きな犬を散歩に連れて行くときに使うような細い鎖、だがその先に繋がれているのは犬ではなく、真っ赤な首輪をつけられて四つん這いになったカエデだ。彼女は目隠しまでされていたが、それでも嬉しそうにハフハフと呼吸を乱して甘い声で鳴いた。

「ご主人様ぁ、誰、誰かいるのぉ?」

 シープスキンが鎖をぐいと引っ張って冷たい声を出す。

「僕、喋っていいよって許可出したっけ?」

「は、はうっ、ご、ごめんなさい、ご主人様!」

「だから、喋るなって言ってるだろ、本当に頭悪いよね」

「はっ、はうううううん、わんわんっ!」

 モースリンはもちろんのこと、拷問調教の類に慣れているはずのコットンでさえドン引きである。

「うわっ、見た目が可愛い系だけに余計えぐいわ」

 シープスキンは女性二人の冷たい視線など気にしないかのように鎖を片手で弄んでいる。

「ハリエットのところに行こうとしてるんでしょ、だったら、僕を連れて行ったほうがいいと思うけど?」

「その、鎖で繋いだ、その……その人も?」

「ああ、これ、人扱いなんてしなくていいよ、あの霧に対抗するための、単なる道具だから」

「ど、道具……」

「心配しなくっても、これもそうやって扱われることを望んでいるから大丈夫。もっとも……そう望むように躾はしたけれどね」

 怪しく微笑むシープスキンがおどしみたいに靴先で軽くわきばらをさぐると、それを待ち構えていたかのようにカエデが身を震わせて声高く鳴いた。

「ああんっ! わんわんっ!」

 もはや自分が特別な存在だと思い上がって身勝手に振る舞っていた頃の傲慢さなどかけらもない。なんなら今すぐにでも腹を天に向けて服従のポーズをとりそうな勢いだ。

「ま、こんなんでも光魔法の使い手だからね、あの黒い霧に対抗する力があるらしいんだよね」

「はあんっ! カエデ、ご主人様のお役に立ちます!」

「喋るなって言っただろう」

「ああん、ブヒー」

「で。どうする?」

 モースリンは城を覆う霧を見た。色は漆黒、少し異質ではあるが闇の魔力によく似た力を感じる。

「確かに、光の魔力ならばいい感じに反発してバリアの役割を果たしてくれそうね」

「そ、だけど僕らだけでは物理攻撃に対抗できない、だから物理攻撃に強い君たちが一緒にいてくれたほうが都合いいってことなんだよね」

「なるほど、そこまでする目的は?」

 シープスキンは隣国の王子だ、しかし自国での王位継承権の順位は低い。ここでハリエットを救って恩を売るよりも、混乱に乗じてこの国を乗っ取ったほうがよっぽど益になると。

 だからモースリンは、シープスキンの真意を図りかねていた。

 シープスキンの方は少し傷ついたみたいな顔で、モジモジと鎖の先をこねる。

「ひどいなあ、ハリエットは友達だから、僕だって友達を助けたいって、それだけだよ?」

 子供っぽい動作と、あざとく舌足らずな話し方と、そもそも幼く見える見た目と――これで鎖の先に繋がっているのが子犬とかだったならば、さぞかし可愛らしく見えたことだろう。だが残念なことに彼が引く鎖の先に繋がれているのは目隠しされて四つん這いになったドM豚女である。

 モースリンはもちろん、シープスキンを信じなかった。

「つまり友情と一国を天秤にかける……そんなの、誰が信じるのよ」

「ああ、やっぱり信じない?」

「信じないわよ、だって、殿下とあなたは確かに仲が良かったけれど、それと国益は別でしょ、あなたたちが王子という運命から逃れられない限り、それがどうしたってついて回るじゃない!」

「そうか、じゃあ、今から僕がいうことはもっと信じてもらえないね、こっちが本音なんだけど」

「何よ、一応は聞いてあげるから言いなさいよ」

 シープスキンは急に真顔になって、モースリンに顔を向けた。それは今まで見たこともないほど真剣な表情だった。

「好きな女を幸せにしたいから、って言ったら、信じてくれる?」

「は、え?」

「だから、好きなんだ、君が」

「ええっ、あの……」

 コットンがヒューっと口笛を吹く。楓はブヒブヒと喚き始めた。

「待って、待って、本命がいるのに、私、その代替え品ってこと? も、ドM的にはご褒美です! ありがとうございます!」

 一方のモースリンは茫然自失、その場に立ち尽くしてポカンと口を開いている。

「聞いてる? 君のことが好きなんだけど?」

 シープスキンが発したダメ押しの一言に、モースリンがぴょこんと飛び上がってあわあわと両手を振る。

「っていうか、いつから、え、全然知らなかった」

「そうだろうね」

「それに、こ、困るっていうか」

「うん、困るだろうね、だから一生言わないつもりだった」

「わ、私、ハリエット様を愛してるし!」

「それも知ってる」

 シープスキンは寂しそうに顔を伏せてふっと笑った。

「だから、君の幸せには、どうしたってハリエットが必要だろ」

「うん、ごめんね……」

「なんで謝るのさ、惨めになるからやめてくれないかなあ!」

 顔を上げたシープスキンは、清々しいほど見事に笑っていた。

「僕が君にあげられる幸せはこれだけだからさ、だから、手伝わせてよ」

 その足元でカエデが鳴き散らかす。

「ブヒー、ブヒー、ブヒー」

「うるさいよ!」

「あぁん」

「と、いうことでさ、僕のことも連れて行ってよ」

 モースリンはしばし逡巡した。


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