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救いの雌豚 1

 さて、カルティエ家の隠密たちがひょいひょい進入しているから誤解されがちだが、この国の王城であるツヴァイフォ宮殿は、実は堅城鉄壁難攻不落で知られた城である。

 城の周りぐるりを囲った深い堀には、普段ならば五つの跳ね橋をかけて人荷の行き来も活発であるが、一度有事ともなればこの跳ね橋は全て上げられて水音を立てずに城に近づく事はまず不可能。仮に飛行魔法で堀を越えたとしてもそこには高い城壁が聳え立ち、水平飛行から垂直飛行への急速な移行が要求されるわけだから、相当魔術訓練を積んだものでもない限りはまず城壁に激突して落ちる。

 今は王子の不調を秘匿しておかなくてはならないという有事であり、しかも夜間ということもあって跳ね橋はすべてあげられている。つまりこの城は現在、堅牢鉄壁状態であるはずなのだ。

 そのツヴァイフォ城を見上げて、モースリンは低くうめいた。

「何、これ……」

 普段なら高く聳える城壁が堀の向こうに見えるはずであるのに、今やそこは漆黒の闇に包まれていた。

 夜の闇のせいではない。城壁は石材の上に白い漆喰を塗り重ねて作られており、半月が照らす今夜であれば夜目でもほのかに明るく白の概要が見えるはずである。だというのに、王城が丸ごとすっぽりと闇色の霧に覆われているのだ。

「そう、これが……」

 モースリンは震えを誤魔化すかのように、予知夢のアザがある手首の辺りをギュウっと握った。誰にも気づかれないように袖で隠してはいるが、その数字はまたひとつ減っている――つまり、予知夢を見たのだ。

 その夢は、あまりに真っ黒だった。正直、真っ暗な闇の中を手探りで歩いていたことしか思い出せないくらいに曖昧で、モースリンはそれをよくある抽象的な夢だと思い込んでいたのだが。

「これがそうなのね」

 その夢で見た暗闇が、いま目の前に蟠っている。

 モースリンの隣に立つコットンも、さすがに少し臆した様子であった。

「まさか、この中に入るつもりじゃ……ないよね?」

「入るに決まってるじゃない」

 そう答えるモースリンの声は、いっさい揺らぎない力強いものだった。コットンが肩をすくめるしかないぐらいに。

「まあ、そうよね、入るに決まってるよね」

「あなたはここに残ってもいいのよ、コットン」

「なんでそうなるのよ」

「だって、別に護衛なんかなくっても、私一人で十分戦えるし。私が強いの、知ってるでしょ」

「そうだけど……」

 コットンは深々とため息をつく。

「護衛の仕事って、主人の命を守ることであって、敵と戦うことだけじゃないのよ?」

 モースリンの方は、ふいと顔を横に背けた。

「わかってる、私が無茶をするようだったら邪魔をするのも仕事のうちってことでしょ」

「それって、私が邪魔しなきゃならなくなるようなことをするつもりがあるってことよね」

「……」

「ま、邪魔されても恨まないでよ、それが私の仕事なんだから」

「わかった、勝手についてくればいいわ」

 とはいえ、この難攻不落な上に視界を奪うほど黒い霧に包まれたかの城に、いかにして忍び込むべきか。

「そもそも、あの黒い霧、触っても大丈夫なの? なんか、いかにもヤバい感じするんだけど」

 戸惑う二人の背後で、妙に明るい声が。

「あれ? 何してるの?」

 まさか隠密である自分が背後を取られるなんて! モースリンとコットンは咄嗟に身を翻して戦闘態勢をとる。

 しかしそこに立っていたのは、気が抜けるほど無邪気な笑顔をしたシープスキンだった。

「もしかして、城に入ろうとしてる?」

 それは「お腹すいてる?」と聞くときくらいの気軽な口調であったが――シープスキンが右手に握っている鎖を見て、モースリンはピシリと凍りついた。

「あなた、それ……」


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