厄災なるヒロイン、その名はカエデ! ⑤
「きゃっはー、おはよ、ハリー!」
カエデは絶好調絶頂有頂天――なにしろ登校してきたカエデに『王子サマの方から』声をかけてきたのだから。
(やばば、これってアタシの超魅了がめっちゃ効いてるってことじゃんよ)
ひゃはひゃはと笑いながらハリエットの腕に体を絡める。ほんの一瞬、ハリエットが眉をしかめたが、有頂天のてっぺんにいるカエデは気づきもしなかった。
「ねーえ、ハリー、最近さあ、アタシの教科書がなくなったり、靴が隠されたりしてるの、これって絶対、モースリンが意地悪してきてるんだと思うのよねえ」
カエデは身をくねらせて訴える。
「モースリンはそんなこと……」
ハリエットが口にしかけた否定の言葉をさえぎるように、「ごほん」と咳払いの音が聞こえた。
咳払いの主はシープスキンだ。彼はいつの間にかハリエットとカエデの間に割り込んでいた。
「んんっ、何か面白そうな話をしているねえ」
「おもしろくないよー、アタシ、いじめられてんだよ? モースリンに」
「だから、モースリンはそんなこと……」
否定しようとするハリエットを、シープスキンが目線で制する。その視線は「話を合わせろ」と訴えていた。
ハリエットの方は不服の気持ちを込めてシープスキンを睨む。
(だってさ、モースリンはそんなこと絶対にしないよ)
(そんなことはわかってるよ、だけどここは、彼女に話を合わせておけ)
(うわ、遺憾だわ、まことに遺憾だわ)
(遺憾はわかったから、情報を引き出すためなんだから、耐えろ!)
(あー、はいはい)
ハリエットは仕方なく、ぎこちない微笑みを浮かべた。
「ソレハ、タイヘンダッタネ」
(大根役者が!)
役者としてはシープスキンの方が数段上だ。心配そうに眉根を寄せて、沈んだ声で。
「それは辛い目に遭ったね、大丈夫かい?」
そして、これにコロリとだまされるのがカエデという女。
「やぁん、もっとアタシを慰めてぇ!」
「よしよし、もう大丈夫さ、僕がついているからね」
「ひゃはぁ、萌えるぅ!」
ハリエットも、これを見てようやくコツをつかんだようだ。
「まったく、モースリンの嫉妬にも困ったものだな」
笑顔が少々胡散臭いのは、まあ、そこはご愛敬。
「彼女は今まで国いちばんの美人だと言われて育ってきたからね、自分より美しい君の存在が許せないんだろう」
右から左からおだてられたカエデはますます有頂天。
「え~、まあわかる。アタシの方が美人なのは事実だし。でもぉ、そんなことで逆恨みされても、困っちゃうって言うかぁ……」
「くっそ、この女、殴りたい」
「抑えて、ハリエット!」
「ぐぬぅ」
散々おだて散らかした頃合いで、シープスキンはちらりとカエデの胸元に視線を向けた。
「そういえば君、なにか変わったものを持っているよね」
ここからが本題だ。シープスキンが欲しいのは魅了を使ったという証言か、もしくは物証。もしもカエデが魅了のチの字でも言おうものなら取り押さえてやろうと、護衛の兵たちも多めに連れてきている。
そんなこととは知らないカエデは、警戒心の欠片もなく胸元からペンダントを引っ張り出した。
「あ、これでしょ」
「そう、それそれ、それは何かの魔法でもかけてあるんですかね」
「しらなぁい」
「知らない? あなたがあちらの世界から持ってきたものじゃないんですか?」
「違うけど、なんか、キュッピーがくれたんだけど」
「キュッピー? ああ、キュプラ猊下のことですね、だとしたら、ますます……」
――怪しい。きっと持ち帰って調べれば何らかの魔法の痕跡が見つかるはずだと、シープスキンは考えた。だとしたら、欲しい。
「それ、少し見せてくれないかな」
シープスキンがものほしそうに手を伸ばすから、カエデはペンダントをサッとひっこめた。
「え、やだ」
カエデは欲深い。ゆえにこのペンダントが希少なものだと勘違いした。
「ふうん、一国の王子さまが欲しがるほど高価なもんなのね」
「いや、違う、金銭的な価値はほとんどない、ガラス玉だ」
「じゃあなんでそんな必死なのよ」
「それは……」
勘違いは勘違いを生む――シープスキンは強く拒否するカエデを見て、それこそが悪事を隠匿しようとしている態度なのだろうと勘違いしてしまった。
「ハリエット、あのペンダントを奪え!」
「ど、どうやって?」
「レッツゴー色仕掛けだ!」
「い、色仕掛けってどうすれば!」
「簡単だ、その女をモースリンだと思え! 彼女が他の男からのプレゼントを大事そうに身につけている……さあ、どうする!」
根が素直なハリエットは言われた通り、他の男からのプレゼントを身につけているモースリンを想像した。結果、胃がでんぐり返りそうなほどのムカつきを感じた。
「なるほど、腹立たしい」
ハリエットはカエデの手の中からペンダントをもぎ取った。金のチェーンが引きちぎれて、金属の欠片がキラキラと光りながら飛んだ。
「ちょっ、なにすんのよ、乱暴じゃん!」
「黙れ!」
ぴしゃりと拒絶しながらも、優しい手つきでカエデの腰を抱き寄せる。そして耳に甘い声を吹き込む。
「もっと良いものを用意してやるから、他の男からもらったもんなんか身につけるんじゃない」
「ひゃぁあぁあぁぁああん♥」
カエデがとろりとした目つきで頷く。
「わ、わかった、とびきり素敵なのをちょうだいね」
「ああ、任せておけ」
イケボでイケメンフェイスでカエデにイケスマイルを向ける――までするハリエットを見て、シープスキンは正直、ちょっと引いた。
「なんていうか、アイツ……うん、すごいな」
ともかく、こうして二人は、カエデがお守りとして身につけていたペンダントを奪うことに成功したわけだ。




