厄災なるヒロイン、その名はカエデ! ④
ハリエット王子のそんな決意などつゆほども知ることのないモースリンは――彼女はその頃、遠い未来の夢を見ていた。
夢の中のモースリンはしわくちゃのおばあちゃんで、天寿を全うしようとしているところだった。ベッドから見える天井は太い梁の渡った町家の造りだった。しかし梁は何百年ものだろうかというほど太くて、ただの小さな民家ではなく、かなり大きな屋敷であることが一目でわかった。
これが予知夢だという自覚があるモースリンは冷静であった。
「ああ、どうやら私は、死の運命を回避できたのね」
おそらくは王子との婚約を破棄した傷物令嬢ということで、どこぞの大きな商家にでも嫁に出されるのだろう。だからといって不幸な人生を送るというわけではなさそうだ。
ベッドの周りを取り囲んでいるのは、息子や、娘や、そしてたくさんの孫たち。誰もが「お母さん」「おばあちゃん」と声をあげて泣いている。きっとこの家族に愛されて幸せな人生を送ったのだろう。
――だけどそこに、ハリエットはいない。
夢から覚めたモースリンは、手首の数字が一つ減っているのを確かめて、それから、少し泣いた。
ハリエットのことを想うと、まだ少し胸が痛む。だけどいつかはこの恋心も幸せな日常の中に埋もれて、ときどき懐かしむ程度の役にしかたたない、美しいだけの思い出になるのだろう。
朝焼けもまだ遠い夜の帳の中で、モースリンは声を押し殺して、ただ、泣いた――




