厄災なるヒロイン、その名はカエデ! ①
そして物語は冒頭へと戻る――
その日、ハリエットはすがすがしい気持ちで昼休みを迎えた。というのも、なにやら神殿で祭りがあるとかで、カエデ嬢が学校を休んでいるからだ。
あの交流試合からまだ三日しかたっていないというのに、カエデ嬢に付きまとわれて片時も気の休まらないハリエットは、すでに疲れ切っていた。何しろカエデが人前でも馴れ馴れしい態度をとるようになったからだ。
いや、元からかなり馴れ馴れしくはあったのだが……なんていうか、以前は抱き着いてくるにも軽く腕を絡める程度だったのが、今ではむにっと胸を押し付けてきたり、ねっとりと腰を摺り寄せてきたり……。
ハリエットにはこれが不快で仕方ない。だから、その不快の大本がいないというだけで気分は爽快。
「そうだ、今日は食堂に行ってみよう!」
ちょうどランチタイム、愛しのモースリンも昼食を求めに来るかもしれない。いつもは傍にカエデがべったりと張り付いているせいで避けられているが、そのべったりカエデがいない今日ならば、モースリンと言葉を交わすこともできるかもしれない。
「この機会にいろいろと誤解も解いておきたいし!」
ハリエットはステップを踏むほど浮足立って食堂に向かった。昼時ということもあって、食堂はひどく込み合っていた。
貴族の子息女を多く受け入れる格式あるミラルク学園であっても、昼の光景は市井のメシ屋のそれと大差ない。何しり貴族とはいえ食べ盛りの年頃なのだから、子息女サマとはいえ空腹である。それに『食欲の前に人はみな平等である』がこの食堂でのルール、お偉いお貴族様だからといって特別扱いされることはない。
「おばちゃん、テリーヌ定食!」
「こっちは子羊の煮込み、肉マシマシで!」
威勢の良い生徒の声に。
「ハイよ、テリーヌ二丁に肉マシいっちょ!」
威勢よく答える食堂のおばちゃん。まさに食のコール&レスポンス、さながらライブ会場のような熱気がある。
しかし、その中にモースリンの姿はなかった。
「まあ、そんな上手くはいかないか」
ハリエットはぼやきながらも、昼食を得るために列に並んだ。
その時……ちょうどその時だ、コットンを従えたモースリンが食堂へ入ってきたのは。
注文カウンターはだいぶ近づいていたけれど、ハリエットはためらうことなく列を抜けて彼女に駆け寄った。
「や、やあ、モースリン」
さりげない風を装って話しかける。ハリエットは、よもや自分がモースリンから別れを告げられるなんて、この時はまだ、思いもしなかった。
モースリンはスカートをちょいと摘みあげて丁寧に腰を折る。
「殿下に置かれましては本日もご機嫌麗しく……」
「待って、ちょっと待って、なんでそんなに他人行儀なの!」
「だって、他人ですもの」
「他人じゃないよね、婚約者だよね!」
「婚約者『だった』ですわ、殿下」
「何で過去形? 俺は絶対に婚約解消とかしないからねっ!」
「そちらはもういいのです。婚約の解消では受け入れていただけないということがわかりましたので」
「まさか……」
「殿下、私は……」
「イヤだっ! 聞きたくないっ!」
精一杯の抵抗のつもりで、ハリエットは両耳をふさいだ。しかし手の平くらいでは、モースリンの凛とした声を防ぐことはできなかった。
「婚約破棄を希望いたします」
無情に告げられた拒絶の言葉。ハリエットはショックのあまり立ち尽くす。
その無言をどう受け止めたか、モースリンが再び口を開いた。
「私たちの婚約を……」
「いや、聞こえていた、聞こえていたから! ただ少し理解が追いつかなかっただけで……」
そのあとはご存じの通り、ハリエットが言い募るグダグダした泣き言もむなしく、モースリンは頑なに『婚約破棄』を取り下げなかったわけだが……




