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運命ってしっちゃかめっちゃか⑦

「ちょっとアンタ、アンタよ、アンタ! あたしと戦いなさいよ!」

 同校の代表――つまり味方であるはずのカエデから敵意のこもった声を向けられて、モースリンは戸惑った。しかも鼻先が点むくほどにふんぞり返って、突き立てた人差し指をビシッとつきつけているのだから、完全にご指名のうえでの宣戦布告。

「あなたの試合相手はあちらの代表の方たちだと思うのですが」

 いちおう言ってはみたものの、カエデが納得するわけがない。

「あんなモブと戦って何になるっていうのよ、それよりもアンタよ、アンタ、本当は闇の魔力もちのクセに、しれっと善人面しちゃって、まあ!」

「別に魔力の質と善人面は関係ないのでは……」

「関係あるの! 大ありなの! 闇属性は正義の光属性に対して悪じゃなくっちゃダメなの!」

「それはあなたの世界での常識でしょう。私たちの世界では属性というのは単なる分類学上の呼称で……」

「知らない、知らない! そんなこと知らない! アンタ、さっさとリングに上がりなさいよ!」

「いえ、ですから、私とあなたは同じチームの……」

「そんなの関係ないの!」

 まったく何も聞き気がない、完全なる駄々っ子だ。これでは交流試合を始めることもできない。

 ついに引率の教師が折れた。

「どうかな、モースリン嬢、模範演技ということで軽く一試合だけ」

「私はかまいませんけど」

 魔力量だけで言えばほぼ互角、模範演技として軽く手を合わせるには特に問題のない相手だろうと、モースリンは考えた。まあ、性格的には少々不安があるけど。

「アンタが闇の魔法使いだってのを、ハクジツのもとに晒してあげちゃうんだから!」

「別に闇属性であることを隠したつもりは無いのですが?」

「うっさいな! 口答えするんじゃないわよ!」

「わかりましたわ、では、怪我しない程度にお相手させていただきます」

 モースリンは闘技場の真ん中へと進み出た。

 すり鉢の底にあたるリングは決して狭くはない。半径は百メートルほど、戦いのほかには普通のスポーツの大会に使われることもあって、足元は白い砂を踏み固めて作られている。

 運営係が駆け寄ってきて、この百メートル四方に結界を張った。魔弾が観客席に飛び込む心配は、これでなくなった。

「いいじゃん、いいじゃん、思いっきりいくよ~!」

 威勢良い声とともに、先に動いたのはカエデ。

 彼女の手のひらの中に魔力の光が灯り、それは小さな魔弾となってモースリンに向けて放たれた。

「一発だけじゃないよ~!」

 次々と、ほぼ間を空けず放たれる光の魔弾、その数三十発。ボッ、ボッ、ボッと土削る音があたりに響き、土埃が煙のように舞い上がってモースリンの姿を飲み込んだ。

「やっはー、もしかして死んじゃった?」

「まさかですわ!」

 しかしその程度、モースリンにとってはこけおどしでしかない。白煙を割るように、黒い魔弾がいくつも飛んだ。

 そのうちのいくつかがカエデの体をかすり、浅い傷跡を刻む。裂けた白煙の向こうに立つモースリンは右の頬に細い傷を刻まれながらも、余裕の表情であった。

「もっと本気を出してもよろしくってよ?」

「きゃははっ、いいじゃんいいじゃん、そうこなくっちゃ!」

 カエデは甲高い声で叫んで、さらに魔弾を練った。対するモースリンはゆっくりと詠唱をする。

 闇と光り、二つの魔力が竜の形をとり、二人の間で絡み合い、お互いを食らわんと口を開いた。

「まだ弱いですわね……」

 闇色の竜に魔力を注ぐべく、モースリンはさらに詠唱を重ねる。そんな彼女をカエデが笑った。

「詠唱が必要なんだね、不便だね」

 なんの詠唱もなく、笑いながら、カエデは片手をあげる。光色の竜の体がむくりと一回り大きく膨れた。

 これこそが、この世界にカエデが召喚された理由だ。

 魔法を使うには体内の魔力量のほかに魔法の形を明確にイメージする想像力が必要となるのだが、どうしてもこの世界で育った人間は『常識』による制約を受ける。なまじ魔法が実在する世界であるため『この魔法を使うにはこの手順』だの『この魔法の最大攻撃力はこの程度』だの、そういった常識がイメージの足かせになる。ところが異世界人は魔法のない世界から来たからこそ、そういった常識を軽々と飛び越えて物語やゲームで見た『なんだか原理はわからないけれどものすごい魔法』を使うことができるのだ。

 それでも、カエデに匹敵する魔力量を有し、日々の鍛錬を重ねているモースリンはカエデとほぼ互角であるはず……だった。

「アンタには魔法の同時使用とかできないでしょ! でもアタシは出来ちゃうんだな!」

 カエデは片手をあげて、聞いたこともない言葉を叫んだ。

「メラ、メラミ、メラゾーマ!」

 ボ、ボッ、ボウッと大きさの違う火球が三弾、モースリンに向かって撃ちだされる。

「そんなっ!」

 闇色の竜が霧散する。それと同時にモースリンは防護障壁を張ったが、わずかに遅かった。火球の勢いを殺しきれず、後方に吹っ飛ばされる。

「きゃああああ!」

「うう~ん、いい悲鳴♥」

 光色の竜は未だ宙に浮いたまま、砂に塗れて這いつくばったモースリンを見下している。カエデが片手を軽く動かすと、それに合わせてゆっくりと動く。

「あれ~、最初の威勢はどこへやらってやつですかぁ、くすくすっ!」

 カエデに操られた竜は大きく口を開いて、そのままゆっくりとモースリンに近づく。いまにも食い殺さんとする大きな口と、じらすような動きと……ナメられているのだと、モースリンは悟った。

「まだよ! まだ負けたわけじゃない!」

 グッと膝を踏ん張って立ち上がったモースリンは、長い詠唱を始めた。低い地響きに似た音を立てて、モースリンの頭上に黒い魔力が球形を成す。かなり大きな球だ、広々とした競技場の真ん中にあってもはっきりと存在を感じるほどの……小さな小屋くらい飲み込むくらいの大きさ。

 もちろんこれを直接カエデに叩きこむつもりは無い。目の前であざ笑うかのように口を開けている光色の竜、あれをふっ飛ばすつもりだ。モースリンは慎重に魔力を練る。

「今っ!」

 気合一閃、十分に大きくなった闇球を光色の竜の鼻先に向けて打ち出す――次の瞬間、信じられないことが起こった。


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