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運命ってしっちゃかめっちゃか⑤

 そうして迎えた交流試合の日、ハリエットは足取りも軽く選手控室へと向かった。

 何しろ二校分の生徒が集まる行事なのだから、学園の施設では間に合わず、今日の交流試合は公共の競技場コロッセウムを借り切っての開催となっている。普段は荒くれ者たちが使うその小部屋は、堅牢さだけが取り柄みたいなそっけない石造りの壁にベンチが置いてあるだけの殺風景な部屋だった。部屋に一歩立ち入ると、どこからか汗と血の匂いが香るような気がする。

 ちなみにハリエットは選手ではない。文武両道眉目秀麗十全十美のハリエットも、体内にある魔力量という生来の者だけはいかんともしがたく、惜しくも補欠にすら選ばれなかったのだ。それでもここは王子特権ということで、選手たちへの激励という理由をつけてこの控室まで入り込んだわけだが、目的はもちろんモースリンに会うことである。

 ところが、控室にモースリンの姿はなかった。

 ハリエットは『実行委員』の腕章をつけた女生徒に聞く。

「あ~、モースリン・カルティエ嬢はまだ来ていないのかな?」

 実行委員はじろりとハリエットをにらみつけ、冷ややかな声で言った。

「知りませんけど」

 不敬だ……仮にも王族の一員である王子相手に不敬な態度だ。ここがいくら生徒間の平等を謳うミラルク学園であっても、一国の王子に対して木を鼻でくくったようなものいいというのは、あまりにも不敬だ。

 だが、ハリエットはこの実行委員の態度に、不敬ではなく不穏なものを感じ取っていた。

「もしかして、モースリンは欠場かなあ」

 出来るだけ気安く話してみるけれど、実行委員の彼女はそっけない。

「いいえ」

「じゃあ、ここで待っててもいいかなあ」

「それはやめた方がいいんじゃないですかね」

「なぜ」

 その言葉に、彼女はこめかみを強く押さえて深いため息をついた。嫌悪と呆れのこもった厭味ったらしいため息だった。

「不敬を承知で言わせていただきますが、アンタ、バカなんですか」

「は?」

「愛人をあんなにのさばらせておいたら、本妻は出てきにくいでしょ、遅れてくるのはモースリン様なりの気遣いでしょうよ」

「ま、待ってくれ、愛人って……」

「ああ、お偉い方たちは寵姫っていうんでしたっけ?」

「言葉面の問題じゃなくて……」

「ほんと、見損ないました、もっと一途な方だと思っていたんですけどね!」

「いや、俺は一途……」

「じゃあ、あれはなんなんですか!」

 彼女が指さす先にはカエデがいた。しかも身につけているのはビキニアーマーで、妙に身をくねらせながら「あはーん」だの「うふーん」だの唸っている。

 ハリエットが悲鳴混じりに叫んだ。

「なんて格好をしてるんだ!」

 カエデはあざとく首をかしげてにっこりとほほ笑んだ。

「男の子はこういうの好きなんでしょ?」

「いや、好きな人もいるだろうけど……それは実用のものじゃなくて、エッチなお店で使われるようなものだぞ」

「え、ゲームの世界なのに、ビキニアーマーで戦わないの?」

「そんなものを着て戦えるはずがないだろう、急所が全部無防備じゃないか」

「でも、好きでしょ?」

「好きじゃないし、だいたい君はどうやってここへ入ったんだ」

「あ、知らなかった? なんか選手だったヤツがケガして、アタシがそいつの代わりに出場することになったのよ」

「は?」

 もう一度言おう、ハリエットは補欠にすら選ばれていない。

「いや、魔力量からすればそうなのかもしれないけれど、そんな、転入してきたばかりの者に……」

「ね、ハリー、一緒に頑張って優勝しようね!」

「いや、俺は出場しないし、それにこれ、優勝とかないし」

「え」

 カエデが怪訝そうな顔をする。

「え、でもハリー、王子さまじゃん?」

「悪かったな、王子なのに補欠にも入れなくて」

「あ、そういう意味で言ったんじゃなくてさ、これ、イベントなのに王子さまが出場しないの?」

「確かに行事イベントだが、ミラルク学園では身分に寄る選手選抜はない」

「え?」

「え?」

 二人はどうやら、お互いの会話が微妙に噛みあっていないことに気づいたらしい。

「ねえ、これってゲームの中だよね、学校の名前もミラルク学園っていうし」

「君の言うゲームノナカってのはよくわからないが、『ミラルク』というのは古代エラエルスト語で『知識』を表す言葉だ」

「え、『ミラクル、クルクル、ミラルク学園~』じゃないの?」

「なんだそれは?」

「おかしい……私の知ってるゲームとなんかちがう」

 カエデはしばらくブツブツ、うろうろした後で、グイッとハリエットに身を寄せた。

「ねえ、アンタ攻略対象でしょ、アタシのこのカッコみて、キュンとかムラムラとかしないわけ?」

 哀しいかなハリエットも一応は年頃のオトコノコなわけで……横乳やら尻肉やら、きわどいところがいろいろときわどいことになっている裸同然の女に抱き着かれれば、それは本能的にドキドキくらいはする。

 そんなハリエットの心の隙を、カエデは見逃さなかった。

「なあんだ、ドキドキしてるんじゃん?」

 そういいながら、さらにハリエットに体を擦りつける。ところでカエデは今日も例のネックレスをつけているのだが、裸同然のビキニアーマーなのだからキラキラと光るガラス玉はむき出しで、それがハリエットの腕に当たった。

 瞬間、ジッと焦げるような音がした。

「熱っ!」

 ハリエットは大きく身を引いてカエデから離れたが、二の腕の中ほどに太い針を刺したような痛みは残った。慌てて袖をまくって確かめるが、小さな痛みの他には何も疵はない。だからハリエットも、よもやカエデの首に下がっている小さなガラス玉がその原因だとは思いもしなかったようだ。

(静電気か?)

 確かな痛みだった。だが、気のせいかと思うほど小さな痛みだった。だからハリエットは腕を軽くさすり、それっきり、痛みのことなど忘れてしまった。

 いまはそれよりも、目の前にいる風紀上非常によろしくない恰好をした少女を何とかする方が先だ。

「君が選手だということは認めよう。だが、他校の生徒も来るというのに、そのみっともない恰好はいただけない」

「え、もしかしてアタシの肌を他人に見せたくないっていう嫉妬?」

「はあ……もう、それでいいよ、めんどくさい」

 ハリエットは片手をあげて「だれか、彼女に運動服を」と言った。すぐに実行委員がえんじ色の上下揃いの運動服を持ってきてくれた。

「ほら、これを着たまえ」

 ハリエットに手渡された運動服を広げて、カエデがまたしてもトンチンカンなことを言いだす。

「ここ、やっぱりゲームの中よね。だってこれ、ジャージじゃん」

「その運動服がどうかしたのか?」

「うん、だって、中世ヨーロッパ風の世界なのに、こんな現代風の衣装があるなんておかしいでしょ、でもまあ、ゲームとかだと良くあるのよね、だって、所詮は日本製のなんちゃってファンタジーの世界なんだもの」

「なるほど、何を言っているのかさっぱりわからん」

 だが、危険な女だ、と心のどこかで警鐘が鳴る。

 ハリエットは一刻も早く、かつ穏便にこの女から離れるべく、あえて否定の言葉は口にしなかった。いつもより少しだけ割り増しで王子スマイルを浮かべ、悠然とした態度を取り繕う。

「ともかく着替えておいでよ、君みたいに可愛らしい女性には、そんな破廉恥な格好よりも、運動服の方が似合うと思うな~」

「え、ま? いま、可愛らしいって言った?」

「ああ、言った言った、だから、さっさと着替えておいで」

「いやあん、もっかい可愛いって言ってくんなきゃ着替えない~」

「ちっ、面倒な女……」

「あ、いま、『おもしれー女』って言った? 言ったよね?」

 そんな二人の様子を見て、どこからかぼそっと小さなつぶやきが上がった。

「イチャイチャしてる……」

 その言葉で冷静さを取り戻したハリエットは、ハッとした顔で控室の中を見回した。選手たちも実行委員も、引率の教師までもがゴミクズを見るような冷たい目をこちらに向けている……いや、確かにこの距離感はイチャイチャしているように見えなくもないだろうが。

 何しろカエデは意味不明かつ自分勝手なことをわあわあと喚きながらも、ハリエットの間合い胸元に顔がつくほどの距離に踏み込んでいる。勢いハリエットはカエデを見下してその顔をのぞき込むような姿勢なのだから、遠目に見れば確かに見つめあって睦言を交わしているように見えなくもない。しかし同じ室内で見ているのだから、会話の内容や態度で察しろ、とハリエットは思った。

 とにかくこの茶番をさっさと切り上げなければ、誤解はますます深まるばかりだろう。幸いにカエデは自分に好意を寄せている様だし、これを利用しない手はない。

 ハリエットはこの茶番をさっさと切り上げるべく、奥の手の一言を口にした。他の者には聞こえないよう、カエデの耳元で囁くように。

「そういうエッチな格好は二人きりの時にしてほしいな、だから、今は運動服を着てくれ」

 カエデが「ひゅっ」と奇態な呼吸音を立てた。

「やぁん、着ちゃう、着ちゃう~、着替えてきちゃう~、そこで待ってて、そして褒めてね、ハリー!」

 うふんあはんと身をくねらせるカエデを小さな更衣室に押し込んだ後で、ハリエットはくるりと振り向いて鷹揚に胸を張った。

「ここで見たことは一切他言無用である、特にモースリンの耳には絶対決して一切耳に入れないように、これは王子命令である」

 それがまさか、状況を悪化させる一手だったとも知らずに――結局モースリンは選手入場の時間になっても控室には現れず、ハリエットは仕方なく観客席へと向かった。


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