運命ってしっちゃかめっちゃか④
例えば昼食の時に、ハリエットは学園内では一般の生徒と同じようにカフェテリアで食事することを好むのだが、その隣の席に断りもなしに座る。もちろんカフェテリアは全席自由なのだからカエデがどこに座っても咎められる由はない。だけどハリエットはあからさまに不機嫌な顔になる。
「レディ・カエデ、他にもあいている席はあるだろう」
しかしカエデはまったくいっさいそんなことは気にしない。
「なによ、もしかして照れてるの?」
「照れる要素なんかないだろう」
「いやぁん、クール! クーデレってやつね!」
そういいながらカエデはハリエットに体を擦りつける。ハリエットはこの世で一番まずい食べ物を口に詰め込まれたみたいなしぶ~い顔をするのだが、もちろんお構いなし。
「クーデレもいいけどぉ、デレ多めでお願いしまっス!」
「ちっ!」
「あ~、王子サマが舌打ちなんかしちゃダメなんだゾ」
一事が万事こんな感じ。
ハリエットが音楽室に向かうと聞けばピアノの陰で待ち伏せをし、ハリエットが図書室にいると聞けば階段を一段とばしで駆け下りて図書館へ向かい……とかく王子ある所カエデのすがたあり。しかもキュプラにもらったペンダントが好感度を上げるアイテムだと思い込んでいるカエデは、その効能が少しでも強く出るようにと、ハリエットにグイグイと胸を擦りつける。
ハリエットの方は追っ払っても追っ払ってもすり寄ってくるカエデを最初のうちは嫌がって逃げ回っていたのだが、三日も過ぎると諦観の境地へと至っていた。いや、カエデを受け入れたわけではなく、本当マジ額面通りに諦めただけ――たとえば蚊柱の中にうっかり踏み込んでしまった時に虫を一匹残らず払うことをあきらめてしまうがごとく。ありていに言えば羽虫扱い。
それでも、羽虫相手とはいえど四六時中付きまとわれてはメンタルにダメージが蓄積してゆくものである。一週間もするとハリエットの頬はわずかに痩せくぼみ、その両目からは生気が失われていた。
これを見かねて救いの手を差し伸べたのはシープスキンである。彼は気晴らしのためにハリエットを遠乗りに誘い出した。新緑まぶしい初夏のことであった。
二人は馬の鼻先を並べて、森の中の小道をのんびりと散策した。木漏れ日はチロチロと煌めきながら、二人の美しい王子を絵画のごとく彩った。
この国の王子と貴賓である隣国の王子の外出である、当然のように騎馬に乗った護衛がついては着ているが、その護衛たちと十分に距離が開いているのを確かめてから、シープスキンは静かな声で言った。
「随分とやつれてるね、まあ、同情はしないけど」
ハリエットの方も、シープスキンが『内緒ばなし』をするつもりなのだと心得ている。だからあまり大きな声は出さない。
「同情はしてくれよ、ほんと、追っぱらっても追っぱらっても追っぱらってもついてくるんだもん、あの女……」
きっと護衛からは、二人が馬上で無邪気に談笑しているようにしか見えないだろう。シープスキンもハリエットも、あえてそう見えるようにふるまっているのだから。
「そういえば、カルティエ家から婚約の解消を申し込まれているんだって?」
何気ない口調で言われた言葉に、ハリエットは「ぐっ」と言葉を詰まらせた。
「僕の方にもいろいろと情報は入ってきてるよ、カルティエ家は婚約の解消を望んでいるのに、君が駄々をこねて聞かないんだとか」
「だって! モースリンと別れるつもりないもん……」
「もうそんなこと言っていられる段階じゃないでしょ、あの女、自分がハリエットの寵姫なんだってあっちこっちで言いふらしてるらしいし、カルティエ家が本気ならこれを理由に婚約破棄に持ち込むことも可能だと思うよ、それをあくまでも婚約を解消する方向でってのは、まあ、優しさだよね」
確かに『浮気を理由に派手に婚約破棄』と『性格の不一致から穏便に婚約解消』では、スキャンダラス度が違う。
「カルティエ家の方はそうやって君に気を使ってるのにさあ、君はほんと、自分のことしか考えてないよね」
「だって……」
「言い訳はいらないよ、実際、どうなの、あの女とどこまでいってるのよ」
「どこまでもここまでも、何にもないよ」
「本当に? 君があの女に性的な視線を向けていたって噂を聞いたけど?」
「ああ、あれか」
ハリエットはクソほども面白くないと言わんばかりの真顔であった。
「あの女の胸元から妙な魔気を感じて、凝視してしまったことがある。そのことが誤解されて伝わっているんだな」
「なんだ、つまんない、君が色仕掛けに落ちたのかと思って期待したのに」
「あんなあからさまにベタベタベタベタするだけの色仕掛けで落ちるほど俺はおろかじゃない」
「で、その魔気ってなんだったんよ、やっぱり、魅了魔法とか?」
「いや、微弱すぎてなんの魔気だったのかはさっぱり……魔法ではなくおまじないみたいなものだったのかもな」
「ああ、あの女、魔法のない世界から来たんだっけ、魔法とおまじないの区別つかなそうだもんね」
それっきり、二人はその話題についての興味を失った様子だった。代わりにハリエットが話し出したのは、もちろん愛しのモースリンの話だ。
「そんなことより、モースリンとの婚約だ。なにか、婚約解消を回避する手はないかな、こう、確実で絶対的なやつ」
「そんな都合良い手はないでしょ」
「頼む、何か考えてくれよ、俺がカルティエ家に行っても門前払いを食らうばっかりで話も聞いてくれないし、学園の中でも優秀な隠密護衛たちがしっかり仕事してくれる星でちっともモースリンに会えないし、俺、モースリン不足で死にそう」
「そんな簡単に死ぬとか言うんじゃないよ」
口ではそういいながらも、このシープスキンという少年、決して冷酷なわけではなく。
「まあ、モースリンに会うだけなら、もうじき交流試合があるだろ、まさかモースリンだって学校行事を休んでまで君から逃げたりはしないと思うけど?」
「そうか、交流試合!」
この国にはミラルク学園のほかにも魔法技術を教えることに力を入れている学校がいくつかあって、年に何度か『合同演習会』の名目で各校の代表が戦う模擬戦が催される。昔は実際に戦争時の幹部候補をさがすためのものだったらしいが、長く戦争をしていないこの国では、すでに形骸化されて他校との交流のためのお祭り的な意味合いの方が強い。
もちろん各校とも特に優秀な生徒を代表選手として選ぶため、モースリンも代表選手として選ばれている。だから、まじめな彼女がこの交流試合の日に学校を休むことはないだろう。
ちなみにハリエットは代表には選ばれていないが。
「試合前に激励をとか言って控室に押しかければさ、さすがのモースリンも逃げるわけにいかないだろ」
「なるほど、さすがシープスキン! あたまいいな!」
「そこで直接、モースリンと話し合えばさ、婚約解消の話もなくなるんじゃないかな、何しろ彼女は……」
「君に惚れているから」と続けようとして、シープスキンは言葉をためらった。自分が恋敵だということすら気づいていないこの男相手に塩をおくるのもばかばかしい。
「ま、頑張りなよ」
そう言うとシープスキンは、手綱を繰って馬の足を少しはやめた。




