運命ってしっちゃかめっちゃか③
つぎの日、カエデはさっそく『アイテム』を身につけて登校した。それは制服の下に隠してつけるにはちょうどいい大きさで、たぶん誰にも気づかれることはないだろう。
「本当にこんなのが『アイテム』なわけ?」
不満顔で制服の胸元を押さえる。
「だいたい、こんなアイテム、ゲームに出てきたっけか……」
カエデは自分が元いた世界での記憶をなぞってみた。
「学園の名前もミラルク学園だし、王子さまの名前もハリエットだし、でも……なんか微妙にゲームと違う気がする」
とても残念なことに、カエデはネトゲ廃人だった。暇さえあればスマホをいじり、食費はおろか光熱水費の支払いも滞るほどの課金沼に身を沈め、新しいゲームがリリースされればさっそくダウンロードし、見知らぬゲームがあればダウンロードし、乙女ゲームと呼ばれるものも相当数プレイした。だから実をいうと、どれがどのゲームの設定だったのかの記憶が混濁している部分も多い。
それにカエデは深く考えることが苦手な性質である。
「ま、アタシの勘違いかな」
それ以上悩むこともなく、カエデはハリエットのクラスに足を向けた。彼女にとって今一番大事なのは、メイン攻略対象である王子の好感度を上げることだ。だから彼女は飛び切り明るい声であいさつをした。
「おはよ、ハリー!」
ハリエットはあからさまに嫌そうな顔をしたが、カエデは気にしない。ハリエットにグイグイと身を寄せる。
「やだぁ、眉間にしわ寄せててもイケメン~」
「レディ・カエデ、嫁入り前の娘が男にベタベタするのははしたないことだと、この前教えただろう」
「やぁん、いいじゃん、どうせ私、ハリーの所にお嫁入りするんだし、婚前交渉ってやつ?」
「婚前交渉の意味が解っていないのか、君は。それに私には婚約者がいると、何度も言っているはずだが?」
「どうせ政略結婚ってやつっしょ、そんなの、さっさと破棄しちゃいなよ」
「恐ろしいことを言うな、君は!」
このやり取り、実はここのところ毎朝のように繰り返されているモーニングルーティン――ハリエットはこれにすっかり辟易しているのだが。
いつもならばこの後、帰れだの帰らないだの、消えろだの消えないだの、しばらくの押し問答の末にハリエットが逃げ出すのが常なのだが、しかし今日はハリエットは押し問答を始めるよりも先に、カエデの胸元にふと目をむけた。
「ん? 君、なにか……」
まるで布地を透かすかのような強い視線でカエデの両胸の間、ちょうどあのペンダントがある辺りをにらみつける。
しかしカエデは、盛大に勘違いをした様子だった。
「いやん、えっち!」
「えっち……?」
「あ、でも、ハリーにならいいよ~、見せてあげようか?」
カエデはくねくねと身をくねらせて胸を少し突き出してみせた。ハリエットはそこでようやく自分がどこに視線を向けていたのか気づいた様子で、大慌てで両手を振った。
「ち、違う! 見てないから!」
「ええ~、うそー、じっと見てたじゃん、オッパイ」
「別に君の胸を見ていたわけじゃなくって……いや、確かに胸部に目を向けてはいたけれど……」
「いいのいいの、王子さまって言ったって、所詮は思春期ボーイだもんね、オッパイ、好きなんでしょ?」
「いや、オッパイは好きか嫌いかで言ったら好きだけど、誰のオッパイでもいいってわけじゃなくて……」
「わかってる、わかってるから、アタシのオッパイが好きなのね」
「違うんだ、本当に違うんだってば、うわあああああああ!」
ハリエットはいつになく動揺して、頭を抱えるようにして逃げ出した。
カエデはそんなハリエットを見て、にいっと笑いながら制服の胸元を押さえた。
「ヤバ、もしかしてこのアイテムの効果ってやつ?」
ご存じの通り、この『アイテム』にそんな効果はない。しかしカエデは、これがゲームでよく見る魅了魔法を込めたミラクルアイテムなのだと思い込んでしまった。
「やっば、これ、王子攻略らくしょーじゃんね」
ほくそ笑むカエデの背後で誰かが「ぴろん、好感度が上がりました」とつぶやく。もちろんキュプラが送り込んだ者がこっそりささやいた声なのだが、これがカエデをさらに奮い立たせた。
「よ~し、この調子でガンガン行っちゃってみよ~!」
それがキュプラの思惑通りなのだとも知らず、カエデはますます張り切ってハリエットを追いかけ回すようになったのである。




