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運命ってしっちゃかめっちゃか①

 さて、その騒動の発端となったカエデの方はというと……大神殿に帰りつくとすぐに、今日の出来事をキュプラに報告した。

 ちなみに場所は玉座の間――この『玉座の間』自体が、カエデの夢想をもとに神殿の空き室に豪華な椅子やらそれっぽい調度品やら花を生けた花瓶なんかを運び込んでそれっぽく整えた『舞台』である。キュプラはこうしてカエデの夢想をかなえることによって、彼女を完全なるコントロール下に置いているのである。

 キュプラは旅芸人の一座から譲り受けたいかにもそれっぽい大きな椅子に、長い足を組んで座っていた。胸元は少しくつろげ、肩肘はけだるげに肘置きにおいて、大人の色気を演出する。これ自体がこの国に出回っている乙女用の娯楽小説を何冊か取り寄せて研究した結果編みだされたイケメンのふるまいなのだが――どうやらカエデのいうゲームの『スチル』というものに近しい仕上がりだったらしく、彼女はなにも疑うことはなかった。

「でね、でね、ハリエットったら、私が抱き着くと恥ずかしがって乱暴な口をきくんだけど……あれは絶対照れ隠しよね!」

「我らが聖女様は愛くるしいですからね、たとえ王子といえど、その魅力には抗えないのでしょうね」

 キュプラはニコニコと報告を受けているが、これはすべて演技だ。彼は廊下でカエデが一方的に王子にすり寄ったことも、すり寄られた王子があくまでもモースリンを呼び留めようと必死だったことも、学園に潜り込ませた信者の子息たちから全てを聞き及んでいる。それでも否定の言葉を一切口にしないのは、これがすべてカエデを意のままに操るための芝居だからだ。

 そんなこととは知らないカエデは、無邪気に答えた。

「あ、でも、好感度は上がっているはずなのに、イベントが起きないのよ」

「『イベント』でございますか」

「そう、本当ならこのタイミングでね、私、悪役令嬢に階段の上から突き落とされて、そこを通りかかったハリエットに助けられるはずなのよね」

 これを聞いたキュプラは、腹の中に留め置いたニヤリが表にこぼれ出さないように表情を引き締める。頬の筋肉がピクピクしたが、心の中ではあまりに自分の思い通りに事が運びすぎて、大笑いしたい気分だった。

「それはですね、聖女様、『アイテム』が足りないのですよ」

 キュプラは上着の隠しから小さな小箱を取り出してカエデに渡す。

「これはとある特別な魔石をネックレスに仕立てたものです。いつでも肌身離さず身につけていてください、王子サマと一緒にいる時は、特に、ね」

「ええー、そんな、アイテムなんてゲームに出てきたっけ?」

 カエデはブツブツ言いながらも小箱を受け取り、それを開けた。中には小さな青い石に細い金のチェーンを通したさりげないデザインのネックレスが入っていた。

「え、地味っ! アイテムってこんな地味なの? 手抜きじゃない?」

「ピロン、好感度が下がり……」

「わ、わーい、素敵! シンプルでかわいいじゃん!」

「常に身につけていてくださいね」

「うんうん、もちろん」

「それで、できるだけ王子サマとベタベタしてください」

「え、いいの、アンタ、それでいいの?」

「ん? どういう意味です?」

「だから、アンタ、アタシがハリエットとイチャイチャしたら、ヤキモチやくでしょ?」

「ああ、そうでしたね」

 キュプラは、自分も彼女のことを憎からず思っているという『設定』であることを思いだした。

(ちっ、めんどくせえ女だな)

 腹の中で悪態をついても、それを表情には一切出さないというのが、この男の特技――キュプラは清廉な百合の花もかくやという美貌に、少し寂し気な色を混ぜてうつむいて見せた。

「何度も言っているでしょう、私は、あなたさえ幸せになるのならば、それが本望なのです」

「あっ、あっ、そんな悲しそうな顔しないで、アタシね、ハーレムエンドを目指すつもりだから、そしたらアンタも、私のこと好きでいても問題ないし」

「『ハーレムエンド』とは?」

「つまりね、攻略対象全員の好感度を上げて、そうしたらね、エンディングで全員から私が告白されて、『みんなで幸せに暮らしましょう』っていうの。つまりね……」

「重婚ですね、それはこの国では認められていないのですが」

「え、うそ! そんな設定無かったと思うんだけど」

「ああ、ああ、そうですね、聖女様だから特例的な扱いがあるのかもしれません!」

「ほらね、だったらやっぱり、ハーレムエンドを!」

 このままではそのハーレムエンドとやらのために自分も攻略対象として付きまとわれてしまう、そう思ったキュプラは、奥の手を発動した。

「ぴろん、好感度が下がりました」

 途端にカエデの顔が不安に歪む。

「え?」

「私はね、聖女様、美しく清らかなあなたが大勢の男に汚される未来なんて見たくないのですよ」

「ええ、だってさあ……」

「ぴろん、好感度が下がりました」

「ああ、わかったわよ! もうルート変更はできないってことね」

 どうやらカエデは勝手に納得した様子、キュプラはホッと胸をなでおろした。

「そうですよ、聖女様、あなたはこの国のトップである王子と結ばれ、世界一幸せな花嫁になる運命、それを違えてはなりませんよ」

「そうね、そうよね」

「そのためにも先ほどお渡ししたアイテム、これを必ず身につけて、もっと王子とお近づきになってください」

「わかった、頑張る!」

 どうにかカエデを説得して部屋へ下がらせた後で、キュプラはふうっと大きなため息をついた。

「まったく……疲れる女だ」


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