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暴走するカレと妄想するカノジョと⑮

 しかしそれから一週間、ハリエットはモースリンに会えずに過ごした。というのも、カルティエ家が婚約解消のために本格的に動き出したからだ。

 もちろん公爵家には出入り禁止、学園でも隠密護衛に先回りされてモースリンに近づけない、校門で待ち合わせてもモースリンに逃げられる……そんな状態が一週間も続いたのだから、ハリエットはすっかり『モースリン欠乏症』に陥っていた。いつも心穏やかなハリエットにしては珍しく、肩を怒らせてずしずしと歩く。

 見かねた従者は彼にこそっと耳打ちした。

「あの。王子……そんなに不機嫌そうでは、イメージというものがですね……」

 この一言が、かえってハリエットの不機嫌を煽った。

「モースリンに会わせてくれたら、すぐに機嫌なんか直してやるけど?」

「そ、それは……あの……カルティエ家のご意向なので俺たちではなんとも……」

「ああ、モースリン、モースリン、今すぐっ! 会いたいっ!」

「おっ、王子、落ち着いてくださいっ! ここでは他の生徒さんの目もありますゆえ、ご乱心はっ!」

 会えない時間が愛を育てるという言葉があるが……ハリエットの場合は愛の方はカンストしているのだからそれ以上育ちようがない。代わりに、おかしな能力が覚醒したようだ。

「はっ! モースリンの匂いがするっ!」

「お、王子、どちらに行かれるんですか、王子っ!」

 ここから先は王族の護衛であろうとも許可なく立ち入れない学園の敷地、護衛兵たちが躊躇するその隙に、ハリエットは従者たちを振り切って走り出してしまった。

 中庭を抜けて第一校舎に駆け込み、休み時間を楽しむ生徒たちがあふれる廊下をツイツイとすり抜けて、音楽室の前でモースリンの姿を捕捉することに成功したハリエットは、喜色満面で彼女に飛び掛かる。

「モースリーン!」

「は、ハリエット様!」

 振り向いた彼女が心底驚いたような顔をしていたが、構っていられるわけがない。何しろ一週間ぶりに愛しの令嬢を見かけたのだから、ハリエットのテンションはマックスだ。

「もぉおおすりーぃいん!」

 その名を呼んで彼女に飛びつこうと……したその時、廊下の角から飛び出してきたミズノカエデにとてつもない勢いで体当たりされて、ハリエットは二メートルほど吹っ飛んだ。

「あっ、ヤダ、大丈夫ですか? 私ってばドジっ子、テヘッ⭐」

 人を二メートルほどふっとばしておきながらこのふざけた態度……ふき飛ばされた方のハリエットは、モースリンとの接触を阻まれて不機嫌マックスだ。思わずぽろりと嫌味も出ようというもの。

「カエデ嬢、君はもう少し淑女としてのふるまいというものを学んだ方がいい」

 しかしカエデには嫌味など通じない。

「そっか、そうよね、アタシはいずれハリーのお嫁さんになって皇后になるんだから、礼儀作法は大事だもんね!」

「そうやって自分に都合のいい解釈もやめた方がいい」

「え、なに、やめたらお嫁さんにしてくれるって?」

「いや、しないけど?」

「もぉん、いじわるぅ、まだ好感度がたりないの?」

「コーカンド?」

「ああ、気にしないで~、アンタはゲーム通り、アタシを好きになればいいの」

 ニタァと笑いに顔をゆがめるカエデを見て、ハリエットは身の危険を感じた。

「ち、近づくな……近づくんじゃない……」

「あら、どうして? アタシたちは恋人同士なんだから、いいじゃなぁい?」

「恋人になったつもりは無い、俺の恋人は……」

 ハリエットは傍らに立ち尽くすモースリンに視線を向けた。

「モースリン……俺の恋人は、君しかいない」

 しかしモースリンはおびえきって大きくあとずさる。

「いいえ、いいえ殿下、私たちは単なる婚約者の身であるはず」

「似たようなもんだろ」

「全然違います。政略で結ばれただけの間柄ですもの、そんな恋人なんて甘い関係じゃ……」

「じゃあ、いま、ここから、二人で恋をはじめよう」

「殿下、わがカルティエ家が再三再四、婚約の解消を申し入れていることはご存知ですよね?」

「いや、ぜんぜん知らない」

「嘘をおっしゃらないでください、その話が始まると聞こえないふりをするって、有名になってますよ」

「だって、婚約解消とか……モースリンはさ、僕のことが嫌いになったの?」

「う……嫌いじゃ……ありませんけど」

「だろ、なのに別れるとか意味わかんないよ、せめて理由を聞かせて?」

 そこへカエデが無遠慮に割り込んだ。

「ねえ、ハリー、さっさと婚約破棄しちゃいなよ、で、アタシとラブラブしようよ~」

「君はちょっと黙っててくれないかな?」

 怒声を上げるハリエット、それすら気にせずグイグイと彼女に擦り寄るカエデ、そしてそんな二人から逃げようとジリジリと後ずさるモースリン……間違いない修羅場の光景である。

「ちょ、モースリン、逃げないで、君に渡すものがあるんだ、えっと、このポケットに……」

「そ……そんなもの、いりません」

「いらないんだってさ、ハリー」

「本当に、君はちょっと黙っててくれ!」

 あまりにガチすぎるハリエットの怒鳴り声に驚いて、モースリンが「ぴゃっ!」と飛び上がった。

「あ」

 ハリエットは慌てて口を抑えたが、もう遅い。

 今までハリエットは、人前で声を荒げることなどなかった。王子として大事に育てられてた温和な性格もあるが、特にモースリンが隣にいる時はときめくのに忙しくて、不機嫌になる暇などなかったのである。それなのに、このカエデという少女が現れてから、イライラすることが多すぎる……

 ハリエットはそのイライラを無理やり飲み下して、王子然とした笑顔を浮かべた。

「ごめんよ、モースリン、だけど、君に怒ったわけじゃないんだ」

 モースリンはまなじりにぷっくりと涙を浮かべて後ずさった。

「分かっています……つまりその方には素の自分を見せるほど心許しておられると……」

「違う! なぜそうなる!」

「私とて乙女の端くれ、恋愛小説の嗜みもございます、だから、知っているんです……喧嘩するほど仲がいいってやつですよね」

「本当に違うから!」

「私も、あなたと喧嘩しあえる仲になりたかった……でも……ダメ、喧嘩なんかしたら、うっかりサクッとしちゃいそうで……」

「なんか物騒なこと言ってるけど!」

「だから、さようなら、殿下、どうかその方とお幸せに……」

 モースリンがスカートを翻して駆け出す。

「あっ! モースリーン!」

 ハリエットの呼びかけも虚しく、彼女は後ろも振り返らずに走り去ってゆくのだった……


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