暴走するカレと妄想するカノジョと⑭
「ていうか、ハリエット、なんであんな厄災みたいな女を拾ってきたのさ」
ハリエットがうぐっと口ごもる。
「だって……」
「はっきり言いなよ、もしモースリンと別れてあの女と付き合いたいってんなら大歓迎、モースリンは僕が娶らせてもらうからさ」
「だ、ダメだ、モースリンと別れるつもりは無い!」
「じゃあなんで、モースリンを泣かせてるのさ、返答次第では、僕も容赦しないよ?」
「それは……やきもちを焼いてほしかったんだ。俺の計画では、あの女と仲良さそうに歩いているところにモースリンが来て、ちょっとした嫌味を言うくらいの、そのくらい軽い感じのやきもちを焼かせるつもりだったんだけど……あの女が急に俺にキスしようとするから……」
ハリエットがしょぼんと肩を落とすのを見たシープスキンは、無邪気な笑みを浮かべた。元が童顔なのだから、まるで野の花がほころんだのかと思えるくらいに可愛らしい笑顔だった。
だが、この少年の本性は毒舌である。容赦ない言葉がハリエットに浴びせられる。
「ハリエットさあ、本当に恋愛のことになるとバカだよね」
「うっ!」
「モースリンにやきもちを焼いてほしかったってさ、ようするにモースリンの心を自分の思い通りにしたかったってことでしょ」
「それは、まあ、はい」
「そのためによく知らない女の子を利用しようとしたわけだ」
「ううっ、はからずも……」
「はかってんじゃん、そんなの、自業自得としか言えないよね」
「はい……」
ひとしきりハリエットを罵り倒した後で、シープスキンは「ふう」とため息をついた。
「それでも僕はさ、モースリンには幸せになってほしいわけよ、だからさ、こんな駆け引きしないで、さっさと指輪を渡しちゃえばいいのにって思ってるよ」
「指輪のことを、なぜ知っている!」
「あのさあ、僕だけじゃない、みんな知ってるよ、バレバレなんだよね、君のやることってさ」
「まさか、モースリンも……」
「いや、あの子は知らないだろうさ、みんな君に同情して、“片想いをこじらせた王子がプロポーズのために用意した指輪”の話は伏せてくれているからね。これだけみんなしておぜん立てしているんだから、さっさと渡せばいいのに」
「いや、こういうのはタイミングってものがあるだろう、そのタイミングっていうのが、なかなかなくてさ」
「嘘ばっかり、わざわざ指輪を渡すために彼女を城に呼んで食卓を共にして、その後、みんながわざわざ二人っきりになれるようにまでしてくれたのに、ヘタレて告白すらできなかったって聞いてるけど?」
「そんなことまで筒抜けなのか!」
「そうだね、もう少し城の警備に気を使った方がいいよ、こんなことまで僕の耳に入るようではねえ」
シープスキンは実に少年らしい可愛いしぐさで、いすからピョンと飛び降りた。ただしお口の方はちっとも可愛げないけれど。
「ともかく、指輪くらいさっさと渡しちゃいなよ、難しいことじゃないだろ、パッと渡して、ちょちょいっと愛の言葉をささやくだけじゃないか」
「わかってるよ」
ハリエットは上着のポケットに片手を突っ込む。そこにはいついかなる時でもチャンスさえあればモースリンに渡せるようにと、指輪の入った小箱を忍ばせてあるのだ。
「わかっているんだよ、でも、タイミングが……」
「ふふん、賢い僕がひとつアドバイスしてあげるよ、タイミングってのは待つものじゃなくて作るものだ、恋愛に関しては特にね」
「タイミングを、作る?」
「まあ、そう簡単ではないけどね」
「が、頑張る」
そう言いながらハリエットは、ポケットの中の小箱をきゅっと握った。
彼とてわかっているのだ、このままではモースリンと何の進展もないことは。今回、彼女にやきもちを焼いてほしいと厄災のような少女を拾ってしまったのも、そのせいだ。
ハリエットは一国の王子ではあるが、その中身は普通のオトコノコ、好きなオンナノコと放課後にたわいない会話をしながら街を歩いたり、ちょっと目が合った瞬間に「ああ、この子と付き合ってるんだな」と胸キュンしたり、浮気を疑うカノジョに「馬鹿だなあ、俺が好きなのはお前だけさ」と囁いたり、そういう『青春』がしたいのだ。
そのためにはまず、告白――政略で決められた婚約者だから側にいるわけじゃなく、本当に心から愛しているということをモースリンに伝えなくてはならない。だって、ハリエットが一緒に『青春』したい相手はただ一人、モースリンだけなのだから。
「うん、頑張る……頑張るよ!」
ハリエットは力強く言いきって、ポケットの中でしっかりと、小箱を握りしめた。




