暴走するカレと妄想するカノジョと⑬
少女の妙に赤い唇が、恐怖に青ざめたハリエットの唇をとらえようとしたまさにその時、生徒会室のドアがババーンと開いた。
「おほほほほ、ごきげんよう!」
やけくそ気味の挨拶とともに飛び込んできたのは、モースリンだ。肌を見せることを良しとしない貴族の子女としてはちょっと頑張った、肩がつるりと見えるドレスを着ている。つまりは色仕掛け。
「モースリン、その恰好は!」
ハリエットが目を見張った。が、モースリンのほうが、もっと目を見張った。
そりゃあそうだ、自分の婚約者が他の女と抱き合って、今まさに唇を重ねようとしているのだから。
「何をなさっていらっしゃるんですか!」
モースリンが、およそ令嬢らしからぬ悲鳴のような声をあげる。驚いた少女が集中を欠いたのだろうか、ハリエットの体からしびれが消えた。
「しめた!」
ハリエットは両手を張って自分の胸に縋りつく少女を思いっきり突き飛ばした。
「違う、これは違うんだ、モースリン!」
だが、時すでに遅し――考えてみて欲しい、王子の行動は見た通りならばすべて、浮気現場に踏み込まれた浮気男のそれではないか。
「無理やりだ、この女が無理やりキスしようと!」
何を言ってもまるっきり浮気男の言い訳にしか聞こえない。
モースリンの両の眼にみるみるうちに涙があふれた。
「破廉恥な!」
「モースリン、頼む、話を聞いてくれ!」
「聞くことなど、なにもありません」
貴族令嬢のプライドだろうか、モースリンは涙をぬぐうと、何事もなかったかのようにお辞儀をする。
「お邪魔をいたしました」
くるっと踵を返して、モースリンは生徒会室から出て行ってしまった。ハリエットはその場に両ひざをついて、呆然としていた。確かにモースリンにやきもちをやかせたいとは思っていたが、それはこんな形じゃない。
ハリエットはゆらりと立ち上がり、よろけながら廊下に出た。しかし、モースリンの姿はすでになかった。
背後から耳障りな声が聞こえる。
「あぁーん、続きしましょうよぉ」
いくら王子といえど人の子、さすがのハリエットもイラッときた。このふしだらな少女を怒鳴りつけてやろうかとも思った。しかし、それでは完全に八つ当たりではないか。
穏やかな声音を心掛けて、ハリエットは和やかな笑顔で言った。
「すまないが、誰か彼女を案内してあげてくれないか」
眠りの魔法から解き放たれた兵士がの一人が、ピシッと敬礼で応えた。
最初からこうしておけばよかったのだ。
兵士に両脇から抱えられた少女は、ギャーッと不快な喚き声を上げた。
「触るんじゃないわよ、モブが!」
ああ、もう怒鳴りつけてしまいたい--だが、この少女をここに連れてきたのは他でもない自分だ、そんな引け目がハリエットにはある。だから、つい、優しい声になる。
「ねえ、君、もうすぐ予鈴がなるよ。早く教室に戻りたまえ」
少女はコロリと態度を軟化させる。
「やだ、ハリエットってば優しい」
「そうやって僕を呼び捨てにするのも、人前ではやめたほうがいい、僕も一応、この国の王子なのでね」
「え、じゃあ、二人きりの時はいいのね?」
「う、うん?」
肯定の返事である「うん」ではなく、ナニを言ってるんだ君はという気持ちが溢れてしまったただけの「うん?」だったのだが、少女はこれを自分の都合の良いように解釈したようだ。
「つまり、アタシと付き合っていることは他の人にはナイショってことね!」
「はいぃ?」
「『はい』なのね、そうなのね。オッケー、みんなには内緒にしておいてあげる⭐」
「いや、そうじゃなくて……」
「うふふふふ、私のことも『カエデ』って呼び捨てにしていいからね、ダーリン♥」
ハリエットに向かってウインクを投げる少女は、少女は二人の兵士に両脇をガッチリと抱えられて連れていかれた。後に残されたハリエットは茫然自失。
「……どーすんだよ……」
涙を浮かべながら走り去ったモースリンの姿を思い出してため息をつく。
「随分と色っぽいドレスを着ていたな……」
白く細い肩と、くっきりと浮いた鎖骨を惜しげもなく見せた、大人っぽいドレス――体の線に沿わせたタイトなデザインが、美しいボディラインを引き立てていた。足元から太ももに向けて一本、足さばきを良くするためのスリットが入っていたが、そこからのぞく太ももの白いこと……
「って、ちがうだろ! いま考えるべきはそこじゃない!」
あんな扇情的なドレス、貴族的には裸同然――はさすがに言いすぎだが、感覚的に下着姿と変わりない。そんな格好で、しかも泣きながら校内を歩くモースリンの姿を思い浮かべれば、股間がきゅうっと……いや、胸がきゅうっと痛む。
「モースリンを探さなくては!」
拳を握りしめてがばっと立ち上がったその時、シープスキンが生徒会室に入ってきた。
「モースリンなら、僕が保護したけれど?」
「保護って、まさか!」
「安心しなよ、手を出したりはしてないから。ちゃんと家に送り届けるように馬車を手配してあげただけさ」
そう言いながらシープスキンは、開いているいすにぽすんと座った。




