暴走するカレと妄想するカノジョと⑪
もちろん、裏社会の情報に詳しいカルティエ家が、そうしたキュプラの目論見に気づかぬはずがない。ちょうど同じころ、カルティエ家ではモースリンとビスコースが、子飼いの隠密たちが集めてきた報告書の山をペラペラ、ペラペラと目を通しながら作戦会議中であった。
ちなみにコットンはその近くに紅茶のポットを持って控えているが、気分だけは隠密モードである。
まず最初に、疲れた目を押さえながらモースリンがうめいた。
「これを読む限りでは……光の魔力があるから『聖女』と呼んでいるということね?」
コットンが答える。
「そうですね、女神の祝福を受けてこちらの世界に顕現した光の巫女である、ということらしいですよ、神殿ってところでは、光の魔力こそが正義の力であると信じられていますからね」
「ばかばかしいわ、たとえどんな力であっても、それを使う者の心根が伴っていなければ、それはただの狂気ではなくって?」
「神殿はそうは言わないでしょ」
神殿は主神として光の女神を祭っているということもあって光属性こそがこの世で最も清らかな力であるということが教義の中にきちんと記されている。見ただけで膨大な光属性を持つとわかる髪の白い少女が現れれば、それは宗教的シンボルとして信者に崇めさせるに都合がいいだろう。
「中身はどうでもいい、見た目が大事ってことね」
「プロパガンダとはそういうものです」
そりゃあまあ真理だが、それを言っちゃ身もふたもない。
それに、報告書を丁寧に読めば、キュプラが彼女をただの広告塔として手元に置いているわけではないことが透け見えてくる。だからビスコースは、書類を眺めながら言った。
「ここにきて聖女なんてものを召喚するなんて、王家に対する反逆の意図アリってことだな」
コットンは、生涯をモースリンに捧げるべく躾けられた侍女だ、そうした疑問に答えられる程度の躾はされている。
「おそらくは。新しい神殿主さまはまだ若く、野心あるお方だという噂ですから、王を廃し、自分がこの国の頂点に立とうとしているのではないかと」
「だとしたら、召喚されたのが彼女だというのは失敗だな、礼儀もなく浅薄で、とても国盗りの手ごまに使えるような人物じゃない」
「それが、そうでもないと思いますよ」
コットンはその先の言葉を、モースリンに向かって投げた。
「お嬢様、ハニートラップはご存知です?」
「ナニソレ、お砂糖でワナを作るの? アリさんがたくさんとれそうね」
「砂糖ではなく、『色仕掛け』です」
「色仕掛けって……」
モースリンは件の少女が異様に身をくねらせてハリエットに抱き着いていたことを思いだした。
「なるほど、納得したわ」
なにも王族を追い出さずとも、神殿側の人間が宮中の実権を掌握してしまえば陰から政治を動かすことができる。つまり色仕掛けで骨抜きにした傀儡を王に据えればいいだけのことだと。
「つまり、あの女を使ってハリエット様を誘惑して、神殿側の操り人形にしちゃおうっていう作戦ね」
「いかがいたします、お嬢様、よろしければ私があの女をサクッと始末してまいりますけれど」
「だから、そんな物騒なやり方はダメだってば!」
神殿側の建前としては、彼女を異界より召んだのは『光の巫女』として大衆に救いを与えるためだろう。その巫女を害したりしたら、これ幸いとばかりに神殿側は王侯貴族を悪者に仕立て上げることだろう。
つまり、その少女によるハニートラップが成功しようが弑されようが、どっちに転んでも神殿側としては少しも腹は痛まないということ。
「なるほど、よく考えられているわね」
「どう戦うというんですか、お嬢様」
「もちろん、正攻法で。目には目を、ハニートラップにはハニートラップを。私が先にハリエット様を口説き落とせば、四方万事丸く収まるでしょう?」
ビスコースとコットンが、ほぼ同時に「は?」と声をあげた。
「お前、ハニートラップって、何をすればいいのかわかってるのか?」
「とてもわかっているとは思えないのですが……」
こうも異口同音で言われては、さすがのモースリンもムッとするしかない。
「知っておりますけど?」
わざとつっけんどんに言う妹を、ビスコースは窘めた。
「いいや、わかってないね」
「わかっていますってば、ちょっとエッチな感じでハリエット様に近づけばいいのでしょう?」
「いや、そうじゃなくって、そうやってエッチな感じで近づいたら何が起きるのかわかっているのかってことだよ、ハリエット様だって男なんだから……なあ?」
コットンがふっと目をそらす。
「男はオオカミですから……ねえ」
「まあ、結婚するっていなら、そういうのもアリだろうけど……お前、死の運命を回避するのに婚約を解消する気だろ」
ここに至ってモースリンはようやく、二人がナニの話をしているのだということに気づいた。
「え……あ、違う……そんな破廉恥なことをしようっていうわけじゃなくて……」
両手を振ってしどろもどろになるモースリンに対して、しかし二人は容赦ない。
「違うったって、目の前に据え膳があったらなあ……」
「男の欲望をナメてますよね」
「いや、『男の欲望』をナメさせられることになるんだろうけど」
「下品ですよ、坊ちゃん」
「これは失敬」
目の前で繰り広げられる茶番に、モースリンがむきぃ!と足を踏み鳴らした。
「だから、破廉恥なことをするつもりはありませんってば!」
ビスコースはあくまでも冷静だ。
「それはお前の気持ちであって、ハリエット殿下がどう思ってらっしゃるかわからないだろう、男はオオカミだから」
コットンの援護射撃が加わる。
「そうですよ、男はオオカミですから」
「ハリエット様はオオカミなんかじゃないもん!」
むきい、むきい!と足を踏み鳴らすモースリンに、ビスコースは優しい目をむけた。
「まあ、好きにやってみればいいよ、大丈夫、いざとなったらこの手で殿下をサクッとやってしまえばいいだけだからね」
「お兄様まで! そういう物騒なことはやめてくださいませ!」
「わかったよ、サクッとやるのは最終手段ということで。他にも君を守る方法なんていくらでもあるから、まあ、頑張ってごらん」
「そうと決まれば、さっそくハニートラップを仕掛けるわよ!」
モースリンは決意を込めて力強くこぶしを突き上げたのであった。




