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暴走するカレと妄想するカノジョと⑥

 モースリンは笑顔を取り繕って、その白い髪の少女に声をかけた。

「あなた、お名前は?」

 しかし、モースリンの言葉を聞いた少女は、いきなり素っ頓狂な声をあげた。

「え、やだ、こわい~、これ、いじめ?」

 彼女の反応に、モースリンははてなと首をかしげる。出来るだけ優しい声音を心がけたのだし、ただ名前を訪ねただけだというのに、どこにいじめと受け取られる要素があったのかと。

「あの、ごめんなさい、気に障ったのなら謝るわ。でも、あなたは初めて御見掛けするお顔だから、それでお名前をうかがっただけなのよ」

「いやああ、こわ~い、あなた、どうしてそんな意地悪いうんですかぁ」

「いじわる……かしら、名前を聞いただけなのに」

「それって『お前の名前は覚えたからな、覚悟しておけよ』ってやるためでしょ」

「私、そんな下品なことは言わないわ、『あなたのお名前は憶えましてよ、どうぞ夜道にお気をつけなさいませ』って言うわ」

「ほら、やっぱり名前を憶えて後でいじめるつもりじゃん~」

「ええっ、いえね、そういう言い回しはしませんわよっていう例えの話でしてね……」

「こっわ~い、ハリー、たすけてぇ」

 敬称もすっ飛ばした愛称呼びに、モースリンの片眉がピクリと跳ねあがる。

「ハリーですって?」

 さらにその少女は、いかにも怯えたふりをしてハリエットに抱き着いた。

「くっ、婚約者のいる男性に抱き着くなんて……はしたないっ!」

 少女はハリエットに抱き着いたまま、ニヤリと笑った。

「ねえ、聞いた、ハリー、あの人、こわ~い、嫉妬してるのかも」

 その言葉に、モースリンとハリエット両者の肩がぴくんと跳ねる。

「「嫉妬⁉」」

 モースリンのそれは怯えだった。彼女は自分が冷静であり、感情のコントロールに長けていると信じ切っていた。だけど今、言われてみれば確かにちょっとだけ嫉妬している気もする。

「だって、だって、私ですらそんな気安い愛称でハリエット様のことを呼んだことないのに……それに……それに、そんなにぎゅっと抱き着いたことだってないもん!」

 淑女らしからぬ本音を喚き散らしながら、モースリンはその場から逃げ出した。

 対するハリエットのそれは、どうやら喜びであったようだ。

「嫉妬……モースリンが、嫉妬……」

 たったいま、取り乱して何かを喚きながら走り去ったモースリンの姿を思い浮かべる。

 ハリエットは、自身が嫉妬の塊みたいなところがある。だからこそハリエットには、先ほど嫉妬に駆られて取り乱したモースリンの一言一言が、まるで愛の囁きであるかのように感じられたのだ。

「ふふっ、つまり、俺のことを気安い愛称で呼んで、ぎゅーっとしたいってことか、ふふふ」

 うっすらと笑みを浮かべて呟くハリエットの姿に、野次馬生徒たちはドン引きだった。

(うわあ、ろくでもないこと思いついた顔してるよ……)

 心の声でのざわめきが広がる中、白い髪の少女だけが、全くまるっと何も気にしない様子で――そう、会話の流れすら気にしない様子で、キィンと甲高い声で喚く。

「えーっと、アタシぃ、今日からこの学園に通うことになりましたミズノカエデですっ、よろしくね?」

 ハリエットが未だ自分にしがみついている彼女の手を振り払う。ただし、顔だけは作り物みたいに完璧な王子スマイルで。

「なるほどなあ、君をそばに置いておけば、モースリンは妬いてくれるんだな」

 野次馬生徒たちの心の声がざわっと……

(やっぱり!)

 本当にこの王子、モースリンが絡むとなりふりや常識というものを簡単に踏み躙りがちである。恋は人を狂わせる。

 しかし白い髪の少女はハリエットの笑顔の奥に見える狂気になど気づかない様子で、まるで決められた台詞を黙々とこなすかのように一人でしゃべくりまくる。

「ごめんなさい、アタシ、転校してきたばかりだから、この学園のことがよくわからなくて、職員室に行きたいんだけど」

 ハリエットは冷たい笑顔を浮かべたまま、無言だ。どうやら目の前にいる少女を値踏みしている最中らしく油断ない視線を彼女に向けている。

 少女はハリエットからの反応がないことに首を傾げ、そして、先ほどのセリフをもう一度。

「職員室に行きたいんだけどぉ」

「そうか」

「んん? オープニングスキップしちゃダメな感じ? えっと、アタシ、ミズノカエデ、16歳、今日からこのミラルク学園の生徒になりまーす、ここで始まるワクワクの……」

「さっきから何をぶつぶつ言っているんだ」

「えっ、ちょっ、なんでよ、なんでゲームの通りに進まないのよ」

「面妖な娘だな」

「面妖? つまり面白い、よね? はい、俺様系キャラの王道、『おもしれー女』いただきましたー!」

「まったく言葉が通じない……」

 さすがのハリエットも少し引き気味だ。だが、先ほどの可愛らしいモースリンの姿を思い出せば……

(ああ、嫉妬するモースリン……可愛かった……)

 いつもは取り澄ましているモースリンが、あんなに取り乱して声を荒げる姿なんて実に貴重だ。怒ったような、戸惑ったような瞳でこちらを見上げてくるのが幼子を見るようでほほえましかった。質の良い白磁のような白い頬を恥じらいで真っ赤に染める様子は、今までつぼみだった花がふわりと開いたかのように美しかった。華奢な肩をプルプルと震わせる様子は、雨の中に打ち捨てられた子猫みたいで、つい、ぎゅうっと抱き寄せてしまいたくなるほどだった。

「クセになりそう……」

 ハリエットの胸の内で、新たな性癖の扉がガコンと音を立てて開く。

「そうか、この女、使えるな」

 ハリエットとモースリンは誰から見てもあからさまな政略結婚であるがゆえに、恋の横やりというものを入れられたことがない。

 何しろ高貴な家柄同士、誰の目から見ても政略が絡む婚約なのだから、ちょっと気軽に「やあん、あの王子かっこいい~」程度の覚悟で割りこめるわけがないのだ。最悪、国家に対して何らかの悪心を抱いていると思われて投獄拷問御家断絶の可能性もある。むしろそちらの可能性の方が高い。そのせいで、今まではモースリンを嫉妬させるほどハリエットに近づく女など、一人もいなかった。

 しかし目の前に現れたこの女は……

(まあ、常識しらずなのだな)

 まずは異性の体に気安く降れるのははしたないという常識を知らない。初対面の、それも身分の高い相手を愛称呼びするのは不敬であるという常識を知らない。モースリンとハリエットがうかつに手出ししてはいけない地雷カップルであるという、この国の民ならば誰でもが知っている常識を知らない。極めつけは――ハリエットがモースリンがらみのことになると暴走しがちな危険人物だということを知らない――

 ハリエットは、その白髪の少女に向かってにっこりを鮮やかな笑顔を作って見せた。

「なるほど、悪くない。君、僕と友達になってくれないか?」

 少女の方はニヤリと笑った。

「キター、そのセリフを待っていたのよ、そのセリフ、ゲームで見た!」

「ん? なにそれ」

「いいのいいの、アンタは気にしなくていいから。えっと、確か選択肢は三つあったのよね」

 少女は少し考えた後で、スカートの端をつまんで下手くそなカーテシーをしてみせた。

「私で良ければ喜んで」

 こうして謎の少女とハリエット王子は『友達』になったわけだが――彼が最初にしたことは、その少女の身元調査だった。それはそうだ、ハリエットだって一応はいずれ国のトップになる身なのだから、素性のおかしなものを身近に置いておくわけにはいかない。


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