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暴走するカレと妄想するカノジョと⑤

 昨日までのモースリンであれば、自らの死の運命を回避するべく、どんなに甘い菓子を差し出されようと、どんなに耳ざわり良い言葉をささやかれようともすべてをしりぞけてきた。しかし今日のモースリンは、「嫉妬さえしなければもしかして運命は変わるかも?」と思いついたばかりだ。それを確かめるためにも、これは絶好のチャンスである。

「どのような趣向ですの?」

 モースリンはフフフと淑女らしく笑って片手を差し伸べた。

 ハリエットは恭しく腰を折ってその手を取り、王子然として微笑む。

「美しい姫、どうか教室までエスコートする栄誉を私めに」

「あら、エスコートだけでいいの?」

「そう、今日はエスコートだけでいい、歩きながら少し話をしよう」

 そう言うと、ハリエットはモースリンの手を引いて歩きだした。その足取りは軽やかで、いまにも踊り出しそうだ。

 いや、ハリエットは明らかに、踊り出している。足元の運びが軽やかなステップを刻んでいる。それも「ワンツースリー、ワンツースリー」の眠たいワルツなんかではなく、「タッタタタン、タタッタン」と細かく刻むヒップでホップな感じのステップだ。

「おーおーおーあー、あああーもーすりーん♪」

 さらにはいきなり歌唱が始まる。モースリンは戸惑って足を止めた。

 ところがハリエットの方は止まらない。かなりアップテンポなビートを聞かせながら歌い、そして踊る。

「君はいつだって僕の女神さウォウ、ウォウ、イエー♪」

 突然、それに応えるコーラスが。

「メガミ、メガミ、イエー♪」

 コーラスの声をあげたのは、そこら辺を歩いていた登校中の通行人生徒たちだ。その数30人ほど、それがザザッと駆け寄ってきて、ハリエットをセンターに立てた見事なフォーメーションを組む。さながら歌劇の舞台のごとく。

 実はこの通行人たち、学生服をきっちりと着て通行人にまぎれてはいるが、プロの歌劇役者だ。近年、こうしたプロポーズがはやり始めていると聞いたハリエットの仕込みである。

 ついさっきまで学生服を着た通行人たちがのんびりと行き交う見慣れた朝の風景だったのに、いまや聞こえるのはアップテンポな愛の曲とそれを飾るコーラス、そして激しいステップの応酬――歌劇舞台さながらの光景が繰り広げられる。

 ちなみに一般の野次馬生徒たちは、突然のサプライズイベントにやんやの大喝采を送っている。まあ、たしかにプロポーズとしては先進的だし、非常識極まりないが、ハリエットの奇行としてはぜんぜん序ノ口であり、わざわざ驚くほどのこともない。

 しかし当事者であるモースリンだけは、このサプライズに戸惑って立ち尽くしていた。

「え、なにこれ……」

「サプライズさ、モースリン~♪」

「そ、そうね、確かにびっくりしますわね、これは」

 そんなモースリンの目の前でクルクルと華麗なターンを見せた後で、ハリエットはひときわ声高らかに愛を歌い上げた。

「どうか君の一生を僕に~、そして僕の一生を君に~、モースリン、君こそが僕の人生~♪」

 そのまま片膝をついてモースリンに片手を差し出す。

 さすがのモースリンも、ちょっと引いた。いや、淑女である彼女は感情を表にこぼさなかっただけで、かなり引いていた。

(ハリエット様の奇行には慣れたつもりだったけれど……)

 自分はまだまだ甘かったのだと思い知らされる。

 幼いころからいずれ王妃になるべく教育を受けたモースリンは、確かに他人の目に晒されることに慣れている。だがそれは舞踏会や人前でのあいさつに馴らされているというだけであり、こんなふうに日常の中で歌劇舞台のど真ん中にいきなり引っ張り出されたような、そういうタイプの注目を浴びるのは初めてだ。

(これ、かなり恥ずかしいわね)

 しかし、本当に恥ずかしいのはモースリンではない。衆目の前で舞台俳優のように歌い、踊ってしまったハリエットの方だ。傍から見れば恥ずかしいというか、もはや痛々しい。

 しかしここでモースリンがハリエットを拒絶しては、朝の校門前でド派手に歌い踊った浮かれた男という称号のほかに、渾身のプロポーズを断られた男という称号まで加わってしまう。

 モースリンとて愛するハリエットにこれ以上不名誉な称号を上乗せするつもりはない。

(大丈夫……よね、私が嫉妬さえしなければ、大丈夫……)

 モースリンは恐る恐るながらも、ハリエットに向けて手を差し出し返した。かなり恥ずかしいが、ハリエットだけに恥ずかしい思いをさせるのはフェアではないだろうと小声で歌う。

「あー、あー、はりえーっとー♪」

「おーおー、もーすりーん〜♪」

 声を交わし、視線を交わし、そして伸ばした手を絡み合わせようと……したそのとき、二人の間に何者かが割って入った。

「やっだー、これがオープニングってこと? イケてんじゃん!」

 割り込んできたのは一人の少女だった。彼女が動けば、色の一つもない真っ白な髪がサラリと揺れる。

 その少女はモースリンをドーンと押し退けて恥ずかしげもなく歌劇調に歌いながらクルクルと見事なターンを見せた。

「みんなおまたせー、この私がヒロイン〜、主役〜、スポットライトを当てて〜♪」

 そのままスタッと片膝をついてハリエットの手を取る。

「よろしくね、アタシの王子様〜♪」

 手を取られたハリエットは、ポカンとした顔で少女を見つめている。全く予期せぬ出来事に直面して思考が停止した、いわゆる『鳩が豆鉄砲を食ったような顔』というやつだ。

 しかし、どうやら白い髪の少女の解釈は違ったらしい。

「そんなに見つめちゃやだぁ、一目惚れってやつしちゃった?」

 ちなみに野次馬生徒たちもハリエットと同じく、突然主役ヅラをして現れた見知らぬ少女に驚いてポカン顔で立ち尽くしている。

 ただ一人、モースリンだけがガタガタと身を震わせていた。

(し、白い髪の……!)

 間違いない、夢の中でハリエットの隣に立っていた、あの少女だ。モースリンは震える肩を押さえ、いくつか深呼吸した。

「大丈夫、大丈夫」

 自分に言い聞かせるように、何度も口の中でつぶやく。

 醜い嫉妬心におぼれて彼女をいじめるようなことさえしなければ、まさか最悪処刑につながるような未来を迎えることはないはずだ。そのためにはまず初手から、彼女とは友好的に接して、あわよくば友人になっておくほうが良いだろう。


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