暴走するカレと妄想するカノジョと④
モースリンは着替えを終えたが、もう眠気も遠のいて、冴え冴えとした頭でこれからのことを考え始めた。
考えれば考えるほど、『嫉妬しないように心掛ける』というのは良い作戦であるように思えた。
「そうね、もしも夢に出てきた『白い髪の少女』と仲良くなれば、穏便に済ませることもできるわね」
たとえハリエットと別れることになっても、その新しい恋人である少女と仲良しならば、よもや断罪されるようなことはないだろう。
「別れる……」
ほんの一瞬、ツキンと胸の奥が痛んだが、モースリンはそれに気づかないふりをした。
「そうね、そうと決まれば、コットン、白い髪の少女を探してちょうだい、先んずれば人を制すってやつよ」
「なるほど、先んじてサクッと……」
「物騒なことを言わないでよ、仲良くなるためなんだから、好きなものとか、好きな食べ物とか、そういうものを調べて欲しいのよ」
「ちっ!」
「舌打ちしない!」
「んむ~」
「かわいくむくれてもダメ。私は出来るだけ穏便に済ませたいの」
コットンが小さく肩をすくめた。
「もう探してるんですけどね」
一度目の予知夢を見たすぐ後から、カルティエ家では何人かの隠密を放って『白い髪の少女』を探している。始末するにしろ、穏便に脅して話を片付けるにしろ、何しろその相手がまず見つからないことには話にならないからだ。
ところが、優秀なカルティエ家の隠密をもってしても、それがどこの誰なのかを未だ探し当てることができずにいる。
「お嬢様ほどの黒髪が珍しいのと同じように、色の一筋も入らないほどの白い髪も珍しいですからね、すぐに見つかると思ったんですけど……」
「その言いようでは、まだ見つかっていないのね」
「そうですね、ここまで探して見つからないと言うことは、おそらくは『大神殿』の関係者ではないかと」
「大神殿……厄介な相手ね」
この国は政教分離を大原則においている。『教』の頂点である大神殿には王家とはまた別の権力が与えられており、たとえカルティエ家といえども容易く手を出せる相手ではない。
「それでも、どこの誰なのかを調べる程度なら大事にはならないでしょう、コットン、あなたが直接いって調べてきて」
「はい」
コットンはシュパッと飛び上がって天井裏へ消える。なにも機密事項を探って来いというわけじゃないのだから、そんなに時間はかからないだろう、おそらく登校するまでにはコットンは帰って来るに違いない――モースリンはそう考えた。
しかしその予想に反して、登校のために馬車を出す時間になっても、コットンは帰ってこなかった。しかたなく、モースリンはコットンの代わりに護衛メイドを二人つけて、学園へと向かった。
学園の校門の前には、今日もハリエットが立っていた。モースリンはここ一週間、毎朝この調子で、ハリエットに待ち伏せされている。
馬車から降りてくるモースリンを見つけたハリエットは、ぱあああっとまぶしいぐらいの笑顔を浮かべて駆け寄ってきた。
「モースリン! 今日は少し趣向を変えてみたんだ!」
実はここ一週間、モースリンはハリエットから毎朝プロポーズされている。ある時は花を、ある時は菓子を差し出して片膝をつき、「どうかこの愛を受け取ってください」とささやかれているのだ。