第六十八夜 はいあーんして も人の心
山栄での宴席は、神田の茶から始まった
アカデミアも茶くらいは嗜むし、財界人は必須項目
山栄に、女将三人衆が揃っていて
敷島の女将は色留袖で6分はある太い白い帯締めで
喜楽の女将は紋付きの色無地でこれも6分はある銀糸の帯留め
山栄の女将は金の太い帯締めで五紋の留袖で参戦してくる
着物系は鯨尺だが帯締めだけは曲尺だよくわからん
夏なので、絽でいいのに正絹単で見栄の張り合い 我慢大会
旦那衆は、木綿の着流しで揃えてきた
神田の後ろで検分なのだが、もう一人検分者が居る 地童大僧正その人
茶室に入ったら座っていた
しかたないので、二人で並んで見ることに
なんだかんだで40人以上を熟し、最後に俺達二人が頂き
地童大僧正が、神田くんにも一服と 手前座を代わる
おっさんも、神田の隣りに座り 順に地童大僧正の茶を頂く
二人して「久しぶりだわ、落ち着く茶だ」と能書きを垂れる
「慌ただしい一日だったようじゃな 落ち着ければよい」
神田がなにか改善点は と訊くも 言うことはない と返される
「この先は、遠いなぁ」と呟くと
「それが理解っておるのが、神田くんの凄い所 お墨付きが出た理由だ」
「よし、茶は終わりで、和尚も般若湯を呑んでいきましょう」
「それがいい」
と無理くり席に付かせたら、周りが引いていた
おっさんが上座にまわり
「始めます、短いので聞いて下さい
朝イチからやらかされ、大変な一日でしたが済んだこと
お疲れ様でした 挨拶は以上です
本題に行きます
この席の参加者のいわれはそれぞれ、思惑もそれぞれ
しかし、一点でだけは一致して貰いたい
神田に結婚前提の彼女が出来た
それも彼女さんが口説き落とした
神田弘樹さん と 間宮由美子さん の結婚を祝して」
盃に女将三人衆が注いで回る
これには、地童大僧正も盃に般若湯を受ける
注ぎ終わりを見て
「乾杯」とおっさんが発声し 乾杯が行われ
「おめでとう」と祝われる二人
お凌ぎを食べてると、女将達ですら地童大僧正の所に行かない
ボッチだ
しょうがなのでひろ子さんを連れ地童大僧正の近所へ
「やっぱ、大僧正の看板がいろいろ邪魔するんですね」
「儂は儂なんだがな、気にせんのはお前ら二人くらいじゃ」
「それで、今日の検分の結果は、如何ですか」
「人としての限界に近い」
「限界に近いですか 限界に行ってないと 修行が必要ですね」
「お前たちはそう取るのか」
「そうですよ、そういう教えを受けましたから」
「注げ」と盃を差し出す地童大僧正
「吉祥でも高野でも教えるものがおらん 比叡の双雲和尚に教えを請え」
「それなら、俺が直接 天界でやります」
「人の限界を超えると」
「そう教えたのは、地童和尚 あなたですが」
再び「注げ」と盃を差し出す
とシビアな会話とは別に、財界組とアカデミアは
真咲さん関谷さんの砕けた理解の有る対応で、話が弾んでした
三井さんと古山さんの関東組はは置いてきぼり
神田は神田で由美子さんに「はい あーんして」とやられ食べている
先程までの亭主ぶりが微塵も感じられない
「あれも人の心じゃ 忘れるなよ」と地童和尚に言われるおっさん
すると、ひろ子さんがお造里を「はいあーんして」とやってくれるので
美味しく頂くおっさん
「それでよい 注いで頂けるかな 素面では見ておれん」と盃を出す地童和尚
色留袖の敷島の女将が注いでいく
留袖の山栄の女将が来て
「本日は足をお運び頂きまして、有難うございます」と地童和尚に礼を述べていく
「今日の検分の結果は如何程に」
「三山のお墨付き通りの出来 人の限界に近い茶であった」と俺達以外にも公言してきた
「弟子に抜かれるのは師匠の喜び 一杯注いでいけ」と盃を山栄の女将に差し出す
般若湯を次ぐ女将
「地童様も認める茶であったと」
「認めるなどと烏滸がましい 抜かれておるわ 今日は呑んで泊るので世話になる」
山栄の女将の鼻がピノキオ
残り二人の女将の残念な顔
しかたがないので「先の話になりますが、式後の初の茶会を
敷島の贔屓筋で、女将の推しの方のみでやりましょうか」というと
敷島の女将の顔が明るくなる
「今年の釜納めと来年の初釜は喜楽で これも女将の推しの方のみで」
喜楽の女将の顔も明るくなる
「両方共二人してやります、これで勘弁してもらえませんか」
「勘弁などと、大歓迎です」と明るくなり、酒を注いで回りだす
「着物作らないと 冬に作務衣は寒いから」
「今から織っては間に合わん 二人共儂と背丈も変わらん
第一礼装の法衣を貸してやるから、着てゆけ」
「大僧正の第一礼装 それは面白いかも」
「笹岡も永観も同じ背丈じゃ 一番二番を貸すように言っておく
しばらくはそれで我慢しておけ」
「有難うございます」
「それでは、お先に連れていきます」と間宮さん
「連れて行かれます」と神田
出ていく二人
「神田は何処に帰るんだろう」
「間宮さんの部屋に行く未来しか見えません」
「そうですよね、では我々も ひろ子さんの部屋に帰りましょう」
「お先です」と言って帰るおっさんひろ子組
部屋に着き、お茶を貰い一服するおっさん
「激動の一日だった、なんとか一日で収まった」
「本当に、朝のパニックになった秘書室から始まって」
「風呂に入って寝ましょう、疲れました」
「あの激動を、疲れました で済ます貴方に惚れ直しました」
翌水曜日から、普通に朝ご飯を食べ、普通に出社して、会議三連発を熟して
通常業務を熟して、午後から、ひろ子さん結婚式と披露宴の招待客の打ち合わせ
同時並行で、会議体への常務の出席のルール作り
一般会議には 9月以降、月曜日と金曜日の会議には出ない
木曜日の午後は、役員会議なので、こちらを優先する
最後の最後、どうしよう無くなったら、月曜日に午後に設定し出席する
そうならないように、火〜木で済ませるよにして下さい
常務の出席がなくても、タスクリスクスケジュールを理解して会議を進めて
必ず50分で終わらせるようにする事
よしこんなモンだと、ひろ子さんに清書を頼み、各部に展開してもらう
今週は、午前に集中しているので、午後に招待客の打ち合わせがガンガン進む
おっさんは、式・披露宴とも両親と弟だけとしていたが、親戚筋がグダってきたので
更に喧嘩となり、絶縁宣言が宣言が双方から出され、スッキリしたようだ
金曜日のお昼休み5分前にに常務室に戻ると
絽の訪問着でお重を前に座っている山栄の女将
「絽になりましたね、やはり夏は浴衣か絽ですね」と挨拶するおっさん
ここまでは、想定内
が、もう一人 デカイ風呂敷包みをテーブルに置き、男が座っている
「ひろ子さん、大至急神田を呼び出して 大至急」
即反応して、電話に飛びつき会話を開始するひろ子さん
「阿闍梨、先日はお会い出来なく申し訳けありませんでした」
「立行をしておってな、こちらこそだ」
「しかし、いきなりのお越しとは 腰は大丈夫ですか」
「まだ、病院に通っておる」
神田が入ってきて「あ、笹岡さん お久しぶりです」となる
「神田も知ってるのか」
「おっさんが冬の吉祥に行った時、比叡の集団の中で最初から最後まで居た人だ
朝と午後の、茶に必ず参加して、何も言わずに飲んで戻っていった人だよ
今でも覚えてる 2回しか話さなかった
「笹岡だ、茶を頂きに来た」「笹岡だ、茶を頂いた ありがとう」
ですよね、笹岡さん」
ノックがあり間宮さんも入ってくる
「久しぶりに二人の顔が見れて、元気そうでよかった
法衣を持ってきた 茶会で着るとか
地童和尚も面白いことを考える
「頭は剃りませんよ」二人でハモる
「地童は二人の 永観はおっさんの茶を飲んでおるが
私だけ仲間はずれだ 今日は興雲寺に泊まる
良ければ夕方にでも、茶を頂きたい」
「ひろ子さん 俺のスケジュールは15時からが最後だよね
神田の予定は」
「もう、普通の仕事から外された 幹事長が始動したし
なんか、部屋も貰えるというか隔離されてる」
「秘書も要るな 間宮さん ジョブチェンジで幹事長秘書に」
「そうしたいんですが、引き継ぎとかで来週いっぱい社長秘書です」
「再来週からは幹事長秘書ですか」
「常務 16時で空きます」
「なら、喜楽の茶室を抑えて 大阿闍梨と行くって 明言しといて
女将さん、山栄ばかりでは他が僻むので、ご理解を」
「山栄の格が上がったのはおっさんのおかげ
おっさんの判断に間違いはありませんから」
「大阿闍梨? 笹岡さん そんなに偉い人だったんですか」
「ただの修行僧だ それも修行の道半ばも行っておらん
先日のおっさん達の比叡への挨拶で思い知らされた」
「おっさんが”また”やらかしたのか」
「神田 その”また”ってのは勘弁してくれ やらかしたの帝釈天だ」
帝釈天にビクリと反応する阿闍梨 話を変えないとマズイと判断したおっさん
「それよりも、お世話になった 比叡の僧に何か言うことはないか
俺達は先週言ったぞ」
「あ、笹岡さん 神田は この由美子さんと結婚します」
「由美子です、お見知りおきを」
「それは目出度い 比叡からもお祝いを贈るからな」
「さてご飯にしましょう 山栄のお重が尺角2寸が三段
これだけ居ても無理 足の速いのから食べましょう」
「山栄の女将です どうぞ、先日のお礼のお重です」
と三段を広げてくれ、取り分けを三人で始める
「役立たずの男は引っ込んでるに限る」と撤退宣言のおっさんと神田
「ははは、修行を経てもなかなかその境地に立てぬわ」と阿闍梨が笑う
やっぱり六人でも食べ切れず、常務室の冷蔵庫に仕舞われ
明日の昼食に廻される
足の速いのから取り分けられて、日持ちのする料理を残してあるし
旨いので問題ない と明日も食いにくる気の神田
「神田、設計部に戻ると、周りに迷惑がかかる と言うか
迷惑をかける連中が、寄っていく
隔離部屋が出来るまで、ここのテーブルと電話で幹事長をやってくれ」
「すでに、松田さんがお怒りだよ 席に帰れない状態
応接室に仮住まいしてたが、こっちの方がいいな
ここに電話は廻して貰うわ 直接来る連中もここでやるわ」
「その様に手配しておきますね」
「阿闍梨 神田の仕事ぶりを見張っていて下さいね
16時過ぎですが一緒に行きましょう
では、仕事してきます」と出ていくおっさん
「では、神田くんの仕事ぶりを見張っていよう」と笑う阿闍梨
会議室間の移動時間が必要なので、常務室には戻ってこれない
水筒に紅茶を入れて持ち歩きく
会議室に灰皿が配られる時代なのは有り難い
が、会議中はほとんど吸う暇もなく、暇も与えずに議事を進めるので
移動しての休憩の5分で吸うのが精一杯 その間にも
「常務 と言うより 特別顧問 相談が」と着た
「頑張った結果か、俺が助けるのは最後の最後だぞ」と念を押す
「頑張れない環境で」
「なら16時に常務室に」
「揃ったか、ドア締めろ 会議始めるぞ」と進めていく
今夜も深けたようで




