学校で有名な金持ちお嬢様、実は俺の親が管理する激安アパートの住人。
ノリと勢いで書きました。
俺の学校には金持ちがいる。
「見て、西園寺さんよ」
「相変わらずすごいなー」
俺が校門へ登校すると同時に周囲がざわつく。
皆の視線の先を見れば、丁度そこにはリムジンが停まっていた。
運転手が降りて優雅な物腰でドアを開ける。
中から現れたのは一人の美少女だ。
濡れ烏のように艶やかで綺麗な黒髪をたなびかせて、優雅な足取りでこちらに向かってくる。
――西園寺佳奈。
有名な西園寺グループの一人娘だ。
毎朝リムジンで通学し、昼休みには重箱に入った高級食材に舌鼓を打っている。
その金持ちっぷりは学校が始まってまだ二週間しか経っていないのに校内の至る所で話題になっている。
普通、この手の人間は嫉妬されそうなものだが、彼女に限ってはそんなことはない。
その容姿もさることながら、
「そこのあなた、落としましたよ?」
ちょうど彼女の前を歩いていた男子生徒がポケットから財布を落とした。
彼女は優雅な所作でそれを拾うと、優しく男子生徒に声をかけて手渡した。
――そう。彼女はその性格においても完璧だった。
金持ちであることを鼻にかけず、誰にでも分け隔てなく優しく接する。
おまけに成績優秀と来れば彼女を嫌う要素はなかった。
完璧美少女という言葉は彼女のためにあると、校内の誰もが思っていた。
俺もクラスで彼女を見ている限りではそういう風に思っていた。
……あの日までは。
◆ ◆
「ちょっと拓也~、お願いがあるんだけど~」
学校から家に帰ると同時に、待っていたと言わんばかりに母さんが呼び出してきた。
重い足取りで向かうと、凄くにこやかな笑みを浮かべた母さんが待っていた。
「……なに」
「ちょっと202号室の電気を変えてきてちょうだい。昨日から調子が悪いらしいのよ」
「またかよ。たくっ、しょうがないな」
「いや~、助かるわ~」
丸型蛍光灯の入った箱を受け取って家を出る。
隣に一分歩けば、二階建てのアパートに着いた。
このアパートはうちの両親が運営しているアパートで、ワンルーム月三万円という激安物件となっている。
元々は父方の祖父のものだったらしいが、高齢でまともに運営できないということで父に引き継がれたらしい。
「えーっと、202号室……っと」
外付けの階段を上がり目当ての部屋の前に辿り着く。
ちょっと緊張するな。
俺は一度落ち着かせてからインターフォンを押した。
家のとは違って少し安っぽい音が室内に響き渡ると、遅れて「は~い」という若い女性の声がした。
どこかで聞き覚えがある声のような……?
俺が必死に記憶の引き出しを開け閉めしていると、扉が開かれた。
慌てて用件を口に出す。
「え~っと、部屋の電気を変えに来ました」
「あ、ご苦労さ――……坂木くん?」
「え、西園寺さん……? え、どうして」
部屋から出てきたのは、ラフなティーシャツと紺のショートパンツを身に纏った西園寺佳奈その人だった。
◆ ◆
「西園寺さん?」
「そう。同い年っぽかったから気になって」
夕食の席で、同じクラスであることは隠しながらそれとなく訊ねる。
「そういえばあんたと同じ学校だったわね。入学のタイミングで202号室に入居されたのよ。実家が遠いから一人暮らしだって。偉いわねー」
「へ、へ~」
話を聞いてもまったく理解できなかった。
というか毎日リムジンで登校しているよな。
そもそも西園寺グループの一人娘があんなアパートで一人暮らし??
訳が分からなさ過ぎて混乱する。
俺が黙り込んでいると、母さんは何を勘違いしたのかニヤニヤしながら言って来た。
「可愛いからって変なことしたらダメよ。信頼関係に傷がつきかねないんだから」
「しねーよ」
とんでもない母親だと思いながら、俺はひとまず疑問を後回しにして夕食を食べ進めた。
◆ ◆
翌日。俺が普段通りに登校していると、やはり校門近くにリムジンが停められて中から西園寺さんが現れた。
昨日は作業中お互い無言で一切会話もせずに202号室を後にしたからろくに話していない。
……まあ何も見なかったことにするか、うん。
一人で納得していると、西園寺さんが俺の姿を認めてこちらに歩いてきた。
「坂木くん、少しいいですか?」
「え、俺?」
昨日の作業中に彼女が浮かべていた苦虫をかみつぶしたような表情とは比べ物にならないほどに穏やかで優しい笑顔を浮かべて西園寺さんが話しかけてくる。
その背後に物凄い圧を感じる気がするが、たぶん気のせいじゃない。
「いやー、ちょっと一限目の小テストの勉強をしたいなーって」
「大丈夫、少しだけだから。ね?」
「大丈夫じゃない大丈夫じゃない。じゃっ」
強引に話を進めようとする西園寺さんから距離を取ろうとする。
だが、いきなり右手を掴まれた。
物凄い力で。
「ね?」
「…………はい」
圧に屈した俺は大人しく西園寺さんについていく。
人気の少ない建物の裏手まで連れられた俺に、西園寺さんは冷たい声を発した。
「昨日のこと、誰にも言ってないでしょうね」
「え、あの」
「言ってないでしょうね!」
普段の学校での穏やかな物腰とは正反対に鋭い声音。
俺はなんとか頷くと、西園寺さんは一旦胸を撫で下ろした。
しかし、すぐに顔を上げると、俺に向けて人差し指を突き刺してきた。
「いーい! あたしがあのアパートに住んでるって、絶対に誰にも言わないこと! いいわね!」
「あたしって、西園寺さんそんな喋り方だっけ」
「いいわね!」
「は、はい」
有無を言わさない物言いに俺は反射的に頷いた。
それでようやく納得したのか、西園寺さんの剣幕がやわらぐ。
ここが会話の切れ目だと睨んだ俺は、昨日から内心で抱いていた疑問をぶつけることにした。
「あのさ、西園寺さんってどうしてあのアパートに住んでるの?」
「あんたに関係ある?」
「……いや、気になっただけですごめんなさい」
思わず謝ってしまった。
こええ。いつもの誰にでも気兼ねなく優しい西園寺さんどこだよ。
俺がすっかり委縮していると、西園寺さんは小さくため息を零した。
「……お父様と喧嘩したのよ。それで家を追い出されて、あそこで住んでるの」
金持ちの親子喧嘩、スケール凄いな。
「え、じゃあ家賃とかはどうしてるの?」
「家賃と生活費はもらってるわ。保護者責任がなんとかって。生活費と言っても本当に最低限だけど……十万円よ、十万円。考えられない」
「いや、十分だと思うけど……」
十万もあればそれなりに良い生活ができそうなものだけど。
まあお金持ちのお嬢様からしたら大変なものがあるのか。
「え、じゃああのリムジンは?」
「あれは西園寺グループからレンタルしてるのよ。一日の往復で二万円っていう契約で」
「じゃあお昼ご飯のあの重箱は?」
「あれも毎日届けてもらっているのよ。一食一万円で」
「……十万円じゃあ足りなくない?」
「貯金を切り崩してるのよ」
「……うわぉ」
お金持ちすごい。
「どれだけ続くかわからないから、それ以外のことで贅沢できないけどね」
「別にうちのアパートからなら余裕で徒歩で通学できるし、昼食も購買で買えばいいんじゃ」
「いやよ! だってあたしは西園寺佳奈よ? あたしがそんな暮らしをしたらなんて言われるか」
「なるほどね……」
イメージを守りたいってところなんだろうか。
金持ちで、性格のいいお嬢様っていうイメージを。
俺の前ではもう完全に瓦解してるけど。
「とにかく、喋ったら許さないから! もし喋ったら西園寺グループの名に懸けてあんたを潰すわ」
「でも今その西園寺グループから実質的に勘当されてるんじゃ――」
「なに?」
「……いえ、なんでもないです」
こええ。
「心配しなくても誰にも言わないって。元々そのつもりなんてないし」
これは本心だ。何が楽しくて本人が必死に守ろうとしている秘密を暴露しないといけないのか。
「……ならいいのよ。それじゃ」
俺の気持ちが伝わったのか、西園寺さんはそう言ってこの場を後にした。
俺は今更ながらに背中を伝う冷や汗に意識を向けながらふぅと息を吐き出す。
「……かかわらんとこ」
それが一番だ。
君子危うきに近寄らずという言葉もあるしな。
いつも通り傍観しておこう。
◆ ◆
スーパーに買い出しに行ったら不審者がいた。
ニット帽を被り、丸のサングラスにマスク、四月だというのにまるで冬もののようなコートを着込んでいる人物が特売コーナーの前で先ほどからうんうんと唸っていた。
「……何してんだ、西園寺さん」
パっと見では誰かはわからないが、俺は彼女がちょうどアパートから出ていく姿を数分前に目撃していた。
もぞもぞと懐から何かを取り出して深くため息をしているその様子に、俺は今日立てた誓いを早々に無視してしまった。
「あの、西園寺さん」
「ひゃっ、ひゃい! ……って、あんたか。何の用よ」
「いや、何してるんだろうって思って」
「見たらわかるでしょ。買い物よ買い物」
いや、わからんが。
目の前には半額になった野菜たちが並べられている。
「お嬢様もこういうところで買い物するんだな」
「何よ、皮肉のつもり?」
「いや、純粋に驚いているだけだ」
「家では自炊してるのよ。ちょっとでもお金を残すために」
「へー、西園寺さんの手料理か。食べてみたいな」
俺がそう言うと、西園寺さんはふんっと鼻を鳴らすと半額になったキャベツをカゴにいれてレジへと歩き出した。
俺も一緒に行って買ったものをレジに通す。
そのまま西園寺さんと一緒にスーパーを出た。
「ちょっと、なんでついてくるのよ」
「いや、俺も帰りこっちだから」
「気を利かせて時間を空けなさいよ」
「つっても急いで醤油を買って来いって言われたからな。早く帰らないと怒られる」
俺が事情を説明すると、西園寺さんは諦めたようにため息を零した。
「その恰好暑くないのか?」
「暑いわよ」
「なら脱げばいいのに」
「変態」
「ちが、そういう意味じゃねえ」
酷い風評被害もあったもんだ。
「……変装よ。あたしがスーパーで買い物してたらおかしいでしょ」
「なるほど、イメージを守るためにか」
「バカにしてるでしょ、バカな女だって……そんなの自分でもわかってるわよ」
途端にしおらしくなった西園寺さんに、俺はどう接すればいいのかわからなくなる。
でもまあ本人にも思うところはあるってことか。
ただ、誤解して欲しくないのは、俺は別に西園寺さんのことをバカにはしていない。
むしろ凄いと思っているのだ。
「西園寺さんがどういう理由でお父さんと喧嘩したのかは知らないからその辺りのことは何も言えないけど、俺は西園寺さんのこと凄いと思ってるよ」
「え?」
「だってそうだろ。俺だったらこんな目にあったら早々に謝って元の生活に戻りそうなもんだけど、西園寺さんは頑張ってる。しかも学校のみんなの理想を守ったまま。簡単にできることじゃない」
俺だったらプライドも何もかなぐり捨ててごめんなさい許してくださいなんでもしますからと父さんや母さんに頭を下げる。
それをしないでちゃんと自分を持っているだけ凄い。
「……そ、そう」
西園寺さんが小さく頷く。
黙り込んでしまった西園寺さん。
もしかして変なことを言ってしまっただろうか。
軽く頭をかきながら、罰が悪くなった俺は必死に言葉を探す。
「まああれだ。そういう風に生きるのをバカにはしないけど、大変だろうなとは思ってるよ。だからまあ、俺の前でぐらいは楽にしてていいんじゃないか。西園寺さんの秘密も知っちゃってるわけだし」
「――――」
「お、おい」
突然西園寺さんが歩く速度を速めた。
慌てて追いかけようとするが、歩く速度はさらに早まり、もう完全に走っている。
遠ざかっていく背中を見届けながら、俺は「なんなんだよ」と一人呟いていた。
◆ ◆
あれから一週間が経った。
あの日から西園寺さんには露骨に避けられているようで、顔を合わせてもすぐに逃げられてしまう。
もしかして西園寺さんの逆鱗に触れてしまっただろうか、なんて考えながら朝の支度をしていると、家のインターフォンが鳴り響いた。
一階にいた母さんが応対している声が聞こえる。
その会話の気配をBGM代わりにネクタイを締めていると、突然階下から呼ばれた。
「拓也~、お迎えよ~!」
「お迎え……?」
急いで鞄を手に取り上着を纏いながら階段を降りると、そこには西園寺さんがいた。
「あれ、西園寺さん、どうしたの」
「どうしたってあんた、一緒に行くんでしょ? ほら、行ってらっしゃい」
「え、ええ?」
ニヤニヤする母さんに背中を押されて家を出る。
すでに歩き出した西園寺さんの後を慌てて追いながら、俺は彼女に訊ねる。
「えっと、西園寺さん、どういうこと?」
「どういうこともなにもそのままよ。一緒に学校に行くわよ」
「え、でも西園寺さん、リムジンなんじゃ」
「大丈夫よ」
「大丈夫って……」
何が何だかわからないが、歩き出してしまったものは仕方がない。
そのまま一緒に歩いていく。
教室まで一緒に行くと流石にクラスメートたちがざわついた。
「えっと、西園寺さん?」
「それじゃ」
俺が事情を訊こうとするもまったく取り合わないで西園寺さんは自分の席へと向かっていった。
その後、先生が来るまでの間俺は友達から質問攻めにあった。
いや、質問したいのは俺なんだが――。
昼休みになり、購買へ行こうと席を立つと、いつの間にか隣に西園寺さんが立っていた。
「えっと、なに?」
「購買に行くんでしょ。一緒に行くわ」
「……え?」
「ほら、早く」
半ば強引に服の袖を引っ張られるようにして教室を連れ出される。
購買について俺がパンを買っていると、西園寺さんが隣で同じものを買っていく。
売店を出て教室に戻ろうとすると、西園寺さんがまたしても服の袖を引っ張ってきた。
「向こうで食べましょうよ」
「なに、一緒に食べる前提なの」
「ん?」
「……いえ、なんでもないです」
大人しくついていく。
昇降口で靴を履き替え、体育館近くの階段に腰を下ろす。
その時スカートを押さえる西園寺さんの姿に少しドキッとした。
「いただきます」
「い、いただきます」
俺に全く取り合わずにパンの袋を開け始めた西園寺さんに続いて俺も袋を開ける。
もぐもぐとリスみたいに頬張る西園寺さんを見ながらパンにかぶりついた。
「……それで、今日のこれは一体どういうつもりなんだ」
食事のタイミングぐらいしか会話のタイミングがないと思った俺は、ここぞとばかりに話しを挟みいれる。
西園寺さんは口をモグモグと動かして飲み込むと、小さく言った。
「……あんたが自分の前でぐらい楽にしてろよって言ったんでしょ」
「いや、そりゃ言ったけど、ここ学校だし。……まあ俺の前ではあるけど」
え、そういうことだったの、この一連の流れって。
軽い気持ちでとんでもないことを言ってしまったな……。
……まあ、西園寺さんが楽しそうならいいか。
◆ ◆
一日の授業が終わり、家に帰った俺は自室のベッドに寝転がって漫画を読んでいた。
今日は色々あって疲れた。もう動きたくない。
そんな俺の願いを踏みにじるかのように、母さんから米の特売があるから買ってきてと言われてスーパーへ繰り出した。
5kgの米を二袋、計10kgを自転車の籠に載せて押して帰る。
たぶん普通に乗ったら倒れてしまう。
のろのろと重い足取りで家の近くまで来ると、アパートの前に高級車が停まっているのが見えた。
西園寺さんだろうかと思いながら近付くと、俺の予想通りアパートの入り口には西園寺さんがいた。
そして彼女の前には黒服を身に纏った男が数人と、そんな彼らに守られるようにして、カーキ色のスーツを着た壮年の男性が向かい合うようにして立っていた。
なんだかただものではないオーラを感じて俺は思わず壁裏に隠れた。
「……それで、話とはなんだ」
男性が口を開く。
西園寺さんは少しの間俯いて、しかし顔を上げると強く言い切った。
「ごめんなさい。あたしが悪かったです、お父様」
お父様!?
あの男の人、西園寺さんのお父様なの!?
衝撃の事実に動揺していると、男性は暫く黙り込んだ。
それから重々しく口を開く。
「……私も少し大人げなかった。今回のことはこれでお互い水に流そう」
「……はい」
「アパートは明日にでも引き払おう。今日は私の車に乗って帰りなさい」
「そのことでお願いがあります」
「ん? なんだ」
西園寺さんは少し躊躇ってから、意を決したように言う。
「……その、あたしはまだここに住みたいです」
え? 西園寺さん?
見たところお父さんとは仲直りしたみたいなのに、どうして……?
俺は混乱するが、意外にも西園寺さんのお父さんは落ち着いていた。
小さく「そうか」と零してから少しだけ考え込む様子を見せる。
「……わかった。引き続き契約しておこう。帰りたくなったらいつでも帰ってきなさい。それと、何か困ったことがあったら連絡するように」
「ありがとう、お父様」
とても嬉しそうに笑う西園寺さんに背を向けて、男性はアパートの敷地を出た。
俺は慌てて壁に張り付く。
その時、
「娘を頼んだよ」
「え?」
俺の方を見ずに、彼は小さくそう零してから高級車の中へ乗り込んでいった。
車が動き出し、そして走り去っていったのを確認してから俺は西園寺さんの方へと向かう。
「えっと、今のお父さんだよね? 帰らなくていいのか?」
「……別にいいの」
「そうか」
会話は驚くほどに短かった。
たぶん、俺が米を10kgも乗せた自転車を押していたのも関係しているのかもしれない。
ともかく西園寺さんは俺に背を向けると、アパートの自分の部屋へと向かっていった。
カンカンカンと階段を上がり、彼女の姿が二階に消え、俺も家へ戻ろうとする。
そのタイミングで、頭上から俺を呼ぶ声がした。
「拓斗、今度うちに招待してあげる。あたしの手料理を振舞ってあげるわ」
落下防止の柵から僅かに身を乗り出して、満面の笑顔でそう言って来た。
俺は彼女を見上げて応えた。
「楽しみにしとくよ」
「それだけよ。また明日」
そう言い残して、彼女は扉を開けて202号室の中へと消えていった。
俺も家に戻り、母さんに米袋を渡してから自室に向かう。
自室の窓からぼんやりとアパートの方を眺める。
学校で有名な金持ちお嬢様は、今日も激安アパートに住んでいる。
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