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瞼の裏にうっすらと滲む光に呼ばれるようにして、目が覚めた。頬に当たる空気はキンと冷たく張りつめている。冬独特の冷たさと静けさが微睡を少しずつ私から遠ざけていく。


荒い生地のカーテンを横に引けば立ち並ぶ家々の間から太陽の光が差し込んでくる。


また朝が来た。何度繰り返されても変わらぬ憂鬱さでもって、眩さが不快なだけの、吐き気がするほど爽快な晴れ空にため息をつく。吐き出した息が白く濁った。朝は嫌いだ。すべてを照らし出そうとするから。見たくないものまで見えてしまう。隠したいものまで暴き立てようとする。

太陽など、一生昇らなければいいのだ。


足元にかけたストールをとって身を起こす。どうせ仕事は夜からなのだが、上の人間は昼間に活動する。指示を受けるためにはどうしても日中に動く必要があった。難儀にも、国直属の暗部という組織に属するもので。






現在のヘルミナ大陸はウィデュシュ公国の統治下におかれている。大陸を跨げば言語や文化の異なる国は様々存在しているが、国交は今のところさほど活発でなく、争いごとも少ない。それはここ数年で王位交代が起こったためであった。以前は暗愚な王の下内政すら統治できておらず、紛争が日常茶飯事であった。また公国の名も3つに分かたれ、今は亡き王国、聖教国の名のもとに大陸は分散されていた。

現王が賢王と崇められる大きな理由であろう。王位交代より以後、内政が整えられ、各組織を統治・運用またそれらが堅実に機能していることも民衆の支持につながる要因であるのだろうと思われる。


けれど、どれほど平和な世になれど、光ある限り闇は消え去らぬのが現状。安寧とした公国にもまた暗部と言われる組織が存在した。


暗部は総統のもと、10の実働部隊に分けられ稼働している。トップの元に副官、以下各10個隊の長が存在する。情報取集、潜入捜査、危険人物の排斥、護衛といった表沙汰にはできないが、人目に付かずに役割を全うできる人間が集められている。規律はあれど、騎士らとは違い、日の光の下で揚々と存在できる立場にはない。しかし国直属ということもあり、身分や地位は保証されている。もちろん金もだ。


くわりと欠伸を噛み殺し、王城内でもごく一部のものしか通らぬ通路を静かに歩く。すれ違うものはいないし、朝からキラキラしい汗をまき散らす騎士などとは違い、大体の時間に、大体で集まる。それでどうこういうのはそれこそ軍部や宰相殿辺りで、総統あたりは「はっはー今日も寝坊助さんだね!」といったところである。こっちは夜に働くことが多いのだ。朝はもちろん眠い。


ふわりふわりと何度目かの欠伸を噛み殺して地下通路へと続く扉へと足を向ける。よくよく見なければ行き止まりかというような地味な文様の前で足を止め、首元から鈍く輝く秘石を取り出し、これまたよくよく見なければ分からぬ窪みへとそれを嵌め込む。ぎぃと開いた扉の向こうは朝だというのに薄暗い中にランプの明かりがそこかしこにぽつりぽつりと浮いている。


「おや、早いねノーチェ。昨日は非番?」


顔かたちすら判別できぬような暗がりから人を食ったような軽い声が飛んできた。それに首を振って応える。ついとあげた視線の向こうには声と同じように軽々しい様相の細身の男がニコニコと佇んでいる。ここにいるものは皆、闇目が効く。


「昨日は2隊の欠員出たから応援行かされた」


「あらら、それはお疲れ。イシュ辺りがとちったかな」


「さぁね」


「君も7隊任されてるのに難儀だねぇ。断らないからいいように使われてるんじゃない?そういうのは口に出してはっきりさせておいたほうがいいと思うなー僕」


ニコニコと読めない笑みを顔に貼り付けたそいつに一瞥をくれてすっと視線を逸らすと視界の端でやれやれとでもいうように肩を竦めるのたのが分かった。


「うっさい」


「えー?人の親切心を何だと思ってるのさー。僕は君のためを思って言ってるのに」


「うそくさ」


吐き捨てるようにそう言い切ればそこかしこから小さな笑い声や噴き出すような音が聞こえてくる。


「キリルはノーチェが大好きだから構いたいんだろうよ」

「あーでもわかる。構いたくなる」

「お前もこの前バッサリ切り捨てられてただろうがよ」

「いや、それもまたよし」


「ちょっと、僕と君らを一緒にしないでくれる?不愉快なんだけど!」


ランプの下で何人か酒を飲みながらヤジを飛ばしてくるのを、ニコニコ男ことキリルが眉根を寄せて睨みつけている。こんな気の良いおっさんみたいな集まりでも皆暗部の一員である。いや。気の良いただのおっさん風だからこそ、とでも言えるのか。どこにでも居そうで、次に会った時にはもう思い出せないような普通の人間だ。やんややんやとくだらないことで盛り上がるそこへ近づき、机の上の酒瓶をよけて資料を置く。


「副長、酔いどれに混じってたら見分けつかないからやめて」


「おうおーう!今日も仕事がはえーなぁ。さっすが俺が7隊の長に押しただけのことはあんなぁ!」


「……酒くさ」


そんなこと言うなよーう!と酔っ払いの中からよいせっと掛け声をかけつつ立ち上がった副長をちらりと一瞥して踵を返す。……本当にただの酔いどれだ。これが演技だとしたら、私には真似できそうもない。そして最近の面倒ごとであった第7部隊の長へと自分が押し上げられた理由がここに来て判明した。意図せず眉根をぐっと寄せてしまう。


「……イグザの残党の処理完了。報告は確かにしたから」


「へいへい、了解っと。優秀な部下を持てて俺ぁ幸せよー」


「……。」


酔いで陽気なのか、性根からの陽気なのかこの人の場合は判別がつかないところが難しい。そして恐ろしいな、とも思う。多分今ここで斬りかかったところで、微塵も勝てる要素が見つからない所など、特に。


「おう、ノーチェ。しばらく休んでいいぞ。また任務が入り次第連絡するわ」


赤ら顔でひらひらと手を振る副長をつと見て頷く。ここ2週間ほどは潜入のために公都を離れていたため、買い物すら十分にできていなかった。ありがたく休ませていただくことにして出口へと身を翻した。

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