34話 憑依と解放
正面から打ち込まれる手刀
それを色欲の悪魔の背後に向かって踏み込む事で回避し、その腕に剣の腹を添えて落とす。
すると悪魔は体勢を崩し、無理に耐えようとした結果、アイリスの刃に手を切り落とされる。
「っ!! 悪魔に痛みを与えるなんて、どういう剣なの?!」
「さあ? ほら、さっさと来たらどうだ?」
「っ」
「来ないなら、」
「舐めるな!」
うーん、分かりやすい。使い慣れていない身体。というよりも、恐らくだが本来の色欲の体格とは大きく異なるが故に発生する無駄な動き。
あー、あとこれを見てわかることがもう一つ。
「お前、力任せにしか攻撃した事ないな?」
意味が分からないという様な顔をしながら左手で斬りかかって来る。が、アイリスにビビっているのか腰が引けている。これじゃあ、
「カハッ!」
「おいおい、どうした? 蹴りなんてまともに喰らって」
踏み入った俺の蹴りすらも察知できない。
とはいえアイリスの斬撃も今の蹴りも、大したダメージにはならなさそうだ。
俺が毒魔術師で、物理ダメージに半減近いデバフを強いられているというのもあるがそれ以上に。
「ふふっ」
「チッ」
これが本体じゃないのが大きい。
俺は様々な見た目をした色欲の悪魔が、城から飛び降りてきたり入り口から気色悪い笑みを浮かべながら歩いてくるのを御手思わず舌打ちをしてしまった。
「形勢逆転、ね?」
「これリソースどれぐらいあるんだろ?」
アイリスからは分からないと、ライルからはほぼ無制限だと返ってくる。
脱出したいけど、エアルロア様が傷つかないっていう条件だといい案がない。
「いやキリュウ、さっきの蹴りも危なかったよ」
「そうか? あんなの掠りもしないでしょ」
ああ、なんかいい案ないかなぁ。
「空間魔法で師匠の家まで飛ばすとか……」
「無理」
「だよなぁ。粘液を飛ばす隙は無さそうだし」
というかさっきからちょいちょい飛ばしてるけど壊されてるんだよな。あんなに多用したらそりゃバレるか。
「もうお終いかしら?」
「いや、終わりじゃないんだが。使いたくないなぁ」
毒じゃないんだけどなぁ……正体不明って怖いよ。
「ええい、ままよ!」
ポーチから1本の瓶を取り出し、一気に飲む!
「? 何かしら、それ、は、」
俺の視界に映るHPバーに、一つのアイコンが発生した。
これ、デバフアイコンでは?
「ああ、なるほどぉ。あの人やっぱ凄いや」
「やる?」
「やろう!」
デバフ【悪魔適正】
効果は、悪魔による影響への耐性の低下。
一見するとなんの恩恵もないデバフ。だが、これが俺とライルの場合は言うまでもないだろう。
「憑依!!」
『秘剣解放!!』
うん? 待って今なんか変な声聞こえなかった?
と思った瞬間、俺の意識は暗転し……次の瞬間真っ白な空間に立っていた。
「えーっと、これどういう状態?」
「私の意識と」
「ボクの意識が」
「「キリュウに入った」」
なるほどぉ、つまりこれは俺の中の空間って事かぁ!
「じゃあ次の質問。どうなる?」
「うーん、憑依はとりあえず他の悪魔からの干渉は防げるのと、相手の攻撃の先が見える様になるよ。ボクのスキルも全部使えるし、ステータスも上昇してる」
なるほどなるほど、ライルはそんな感じと。
アイリスは?
「私のは剣に秘められた想いを知る人に、想いを鎧として纏わせて護ります。背負っているエアリー様も一緒に。それで、それで……」
それで? 顔赤くしてどうしたのさ。
と思った瞬間、意を決した様にアイリスが俺に詰め寄り頬に口付けをした。
一瞬で内に入られ、反応できなかった俺は遅まきながらそれに気づき、はにかむアイリスに魅入ってしまう。
「私が気持ちを形にしたから、剣をしっかり刃筋を立てて振るえばキリュウの持つデメリットを打ち消せるよ」
それって、お前。
いや、彼女がそう思うのなら、きっとそうなんだろう。
「返事はいりません。私は貴方の剣だから」
「いや、そう思ってくれるなら、俺も他の剣に浮気はできないな。ナイフとかの小道具は身を守るために使うかもしれないが、俺のメイン武器……振るう得物はお前だけだ」
「はい! なら次の段階ですね!」
「素晴らしい愛だね! ボクも手伝う!」
「あの、ちょい待ち。とりあえずここで止めよう。一応隠密だし、色欲に必要以上に見せたくない。毒だって今は隠してるんだ」
俺がそう言うと2人は不満そうな顔をしたが、受け入れてくれた。
いやマジで、強化ラッシュはゲーマーとしては嬉しいがリアルタイムシュミレーションだと見せすぎは良くないんですわ。という事で戻るぞ!!
「ふぅ」
場所は戻って城の庭。恐らく時間は憑依開始時からほぼ変わっていない。どうせ時間加速してたんだろ? 知ってる。
「うしっ!」
さぁて、俺の姿はどうなったかなっと。
見える範囲では白銀の鎧。
それもフルプレートではなく急所を守るだけのプレートに、関節を邪魔しない程度に四肢を守る防具。
「素晴らしい。しかも音が出ない。いいねぇ」
『当然です! そもそも金属じゃないですし』
『愛の鎧!!』
「それで俺自身は、変わってない?」
『ああ、擬態の応用で変化は無くしてるんだよ。多分耳とか生えてるぐらいじゃない?』
お? ほんとだ、耳生えてる。尻尾は……ないか。
『変化が大きいのは嫌でしょ?』
さっすがライル。分かってるねぇ。それじゃあ、試運転と行こうか。
「お待たせ」
「愛情を憑依させたの? 酔狂ねぇ」
「お前よりずっと俺好みだよ。ライルは」
というかお前普通にどうでもいいんだよ。
俺はさっさと帰って昼飯を作らなきゃならないんだ。今何時だと思ってるんだ? 11時だぞ11時! 徹夜で! 疲れたんだよ!
「シッ!」
とりあえず、最初に会った色欲に向かって踏み込み、アイリスを振るう。
するとなんの抵抗もなく刃は振り下ろされ、色欲は黒いモヤになって消えた。
「さあ、次だ!」
そう言った瞬間、周囲の色欲は一斉に襲いかかってきた。
直接殴りに来たのは6人。他は後ろから魔法を放つ。
目視できるだけで現在30人近い悪魔がいるが、どれも作り物だな。あとみんな巨乳ですね。これが城中の人間を誘惑した姿なのかなって考えると、本当に男って胸好きだねぇ。
『キリュウも男ですよね?』
いや俺胸でかいのあんまり唆らないんだよなぁ。別に悪いとは思わないけど、言うほどか? ってなる。
正面の色欲を斬り、そのまま転身して背後の色欲に向かって振り下ろしながらアイリスのツッコミに応える。
あー、魔法は密度が足りないので出直してもらっていいです?
『身の危険を感じます』
ひどい! 貧乳派ってだけで性的な目で見てるわけじゃないのに!!
思念で言いながら横凪に剣を振るって3人同時に両断する。スルスル切れるな。
『キリュウは愛に溢れてるからね。色欲に溺れないのはいい事だよ!』
『でも確かに朴念仁ではないですよね』
俺は朴念仁よりタチ悪いよ。現に色々目を逸らしてる。
『そういえば背中に背負った王女様は?』
ああ、それなら色欲が出てきた時点で眠らせたよ。危ないからな。
っと、今のは危なかった。エアルロア様はアイリスが守ってくれてるから大丈夫だが、背後からはダメじゃないかな。
俺後ろと右隣に人が落ち着かないんですよ。
だからその方向から敵意を持たれると、ね?
『キリュウは物騒ですねぇ』
『でもエルメシアさんはいつも右に座ってるよ?』
あの人敵意持ってないし、どこにいても一瞬で俺を殺せるからな。一周回って問題ないんだよ。
あと好意的な感情が強いのもあるか。こっちからもあっちからも。
そ、れ、よ、り、も!
「なんというか、もっと対話する気はないのかお前ら」
『こうも単調だと訓練と言い聞かせるのも難しいですね』
『その辺よく分かんないや』
数が多いから逃げ出す隙こそ見出せずにいるものの、色欲の群れ自体は脅威でもなんでもない。
まず、俺の足捌き、視線、身体の流れに対して相手からの反応がない!
次に! どいつもこいつも身体の使い方が変わらん!
そして最後、これが一番大事なんだが。
「お前ら俺に問いかけてこいや!!!」
動きに技がない! 身体能力でのゴリ押ししかしてこない!
力が不要とは言わないさ。
力の伴わない技は圧倒的な力の前に無力であり。
技の伴わない力は極まった技の前に無力だ。
技さえあれば力はいらない。と武道家が言う時もある。
だがそれは、力を使わなくても良いってだけだ。
力を持っていないのと、使っていないでは意味が違う。
同じように力があれば技を封じる事も可能だ。
だが、それも技を理解してこそ。相手が何をしているかも分からないのにそれを防ぐなんて不可能だ。
つまり、力と技はどちらも両立して然るべきであるのだ。
俺は技と技の応酬を対話と捉えている。
自身の技、相手の技。そのどちらもが相手を捉えようとし、その結果互いの理解へと至る。それこそが技による対話なのだ。
しかしこの悪魔にそれはない。昔のライルと同じだ。攻撃への返答がない。だからこそつまらない。
「でもこの数普通に厄介だなぁ」
『殲滅手段は?』
無くはないが、破壊がなぁ……あ、待って空間魔法の結界使える?
『行けるよ』
『私の反魔属性も付与しますか?』
いいねぇ。やろうか。
「『反魔結界・裏!』」
『秘剣結界!』
俺の周囲に前に見たライルの反魔結界、それも効果を逆転させた【裏】と言う効果も付けた。
これは師匠から教わった考え方の一つで、魔法を使う時に構築する術式を、反転させる方法だ。
通常の魔法で行っても反転結果のイメージが出来ず構築に失敗するが、こう言う分かりやすい効果だと使いやすい。
全ての魔法、結界に当たらない軌道を取った魔法さえも結界は吸引し、アイリスの結界により魔法が解かれる。
さらにそれでは終わらずに、その魔力さえも吸収して、結界内の魔力がどんどん濃くなっていく。
「よし、飛ぶぞ!」
『『飛ぶ?』』
その全ての魔力を魔力操作と魔力纏で足に集め、風魔法で一気に飛び上がる!!
「魔力はまだある! このまま推進力で吹っ飛ぶぞ!」
『あわわわわ!』
『怖っ! き、キリュウ、離さないでね?』
俺が剣を落とすなんてあり得ねえさ! じゃあな色欲!
突然空に飛び上がり空中を踏みしめて去っていったキリュウに、愛情の悪魔と行動する人間に興味を抱いて赴いた色欲の悪魔は楽しそうに笑う。
「……逃げられちゃった。ふふふ、面白い子ねぇ。食べちゃいたいわ」
でも、と続ける。
「もーっと調理した彼の欲は、どれだけ美味しいんでしょうねぇ」
彼女はキリュウが去っていった方向を見つめ、まるで恋する乙女の様な顔で唇を舌で湿らせた。
第1章はこれにて終わりとさせていただきます。
長らく更新が止まったりしていましたが、止まっている間も読んでくださっている方がいたので励みになっています。
2章は少し間が空き、恐らく来年になりますが更新はするつもりなので気が向いたら見に来てやってください。
それでは、良いお年を!