33話 王女と騎士
色欲の悪魔の眷属とニアミスする事都度4回
見張りの兵士を気付かれないまま無力化する事計7回
なんらかのクエストか、王城内を歩き回るプレイヤーから隠れる事3回
それら全てを乗り超え、たどり着いた意外と質素な扉。
それを開けた先のベッドの上に座っていた金髪の人形の様に可愛らしい少女。
彼女は音を立てずに部屋に侵入してきた俺を見て、自分が求めていた物が手に入った事をまるで疑っていない様な顔でこう言った。
「貴方が、私の騎士様ですか……?」と。
は?
おうこら待てや王女様。
警戒心の無さとか色々突っ込みたいところではあるけどさ、それは許されないだろ。
お前を守る騎士はアイリスの家系、彼女の妹があてがわれている筈だ。
それもアイリスの様に幼い頃からお前を守るために一緒にいた筈だろ?
アイリスの記憶を少しだけ見たぞ、お前には幼馴染で騎士の女の子がいた筈だ。
その子を差し置いて、俺が騎士?
お前の騎士はその子だ。
「白馬には乗っておられないのですか? それに随分とラフな格好ですわね。私をここから連れ出して頂けるのですよね?」
この王女、白馬の王子にでも憧れてるのか? 悪いがそんな都合の良い存在は居ないぞ。
優しくて強くていつでも護ってくれるなんて、妄想も大概にしないと現実に押し潰される。
いや、それはいい。問題はこの王女が俺を騎士様と呼んだ点だ。
アイリス、お前の妹は? そう剣に問いかけると、彼女は色欲に抗っていたと返ってくる。
ならアイリスと同じか、或いは別の結末か。
どっちにせよ碌な物じゃないな。
「王女様、貴女を守る騎士は、私ではない筈です」
昔野戸華達とやったゲームでやった騎士役を思い出しながら言葉を発する。
懐かしい。
姫役だった野戸華が前線で殴るバーサーカーになり、俺と同じ騎士だった舞が敵国の城下町に火を付けてたっけ。
ちなみに俺は敵の要人のみを殺す暗殺者騎士でした。
「? 何故ですか? 貴方の剣は騎士の剣でしょう? ここに騎士は来ません。来るとすれば、救い出してくれる外様の騎士様に違いありません」
アイリスの剣は確かに騎士の剣だ。だがそうか、そういう勘違いか。
この王女は、何も知らないのかもしれない。
「貴女をお守りしていた騎士が、他にいた筈です」
「他に……? いえ、私に騎士はいませんでしたよ」
剣が微かに震える。
「サンドル家の娘さんが1人、貴女の側にいたはずです」
「サンドル家? 何処でしょう?」
まさか……忘れられているのか?
「アイリス・サンドルという名に聞き覚えは?」
「……いえ、ありません」
…………アイリス、後で話そう。
ライルも交えて3人でな。だから、頼む。
今は落ち着いてくれ。
お前の妹も死霊騎士になっているなら、必ず手を差し伸べに行く。だから落ち着いてくれ。
アイリスは、一旦は落ち着いてくれたのか怒りの思念が鎮まった。
剣も震えをなくし、今はおとなしくなっている。
「少し気になる点はありますが、ここから連れ出させて頂きます。が、一つだけ断っておきたいことが」
「なんでしょう?」
少しだけ息を整えて、湧き上がる怒りを抑えながら言う。
「私は貴女の騎士ではありません。これ以降その地位に立つ気もない。そこには、もっと相応しい立場の人間がいる」
「ですが」
「繰り返しましょうか? 何を言われようと答えは変わりません」
敬語を維持できているだけでも自分を褒めてやりたいぐらいだ。
色欲に抗えた王女かと思えば、夢ばかり見ていて後でどうとでも出来るから放置されていただけなのだろう。
そんな王女に対して、八つ当たりの様な怒りを抱いてしまう。
そして、アイリス達の存在を無かったことにしたであろう悪魔にも。
「分かり、ました。ですが、私にとって貴方は」
「それ以上口になさるのはやめて頂きたい」
物語の騎士様の様だとでも言いたいのだろう。だがそれを口にはさせない。
させてはならない。
彼女は忘れてしまったとはいえ、俺は知っている。
アイリス達の事を。
王族の護衛騎士たる一族を。
その崇高なる心のあり方を。
欠片だけでも見てしまっている。
忘れて失ったものを無意識に埋めようとしているのだろうが、その道だけは選んじゃダメだ。
失ったものの代替品は、いつだって救いになんてならないんだからな。
「分かり、ました。ではなんとお呼びすれば?」
「キリュウ、とお呼びください。王女様」
「ではキリュウ様、私はエアルロア、エアリーとお呼びください」
「ではエアルロア様。失礼します」
「いえ、ですからエアリーと、わっ!」
粘液を使いたいのは山々だが、目立つのは避けたい。
そのためライルに指示しておぶりやすい様にエアルロア様を固定する紐を作ってもらい彼女を抱き上げ背負う。
「では、口は開けないで下さい。舌を噛みますので。後声を上げられては脱出ができなくなります」
後ろで頷く気配。素直で助かる。
王城内で細かく分散させていた粘液を外に集めて場所を入れ替える。
「脱出出来ました。このまま逃げ……られそうにないか」
「ふふふ、懐かしい顔だ事」
俺が外の庭に飛んだ、その目の前に降り立つ女。
その髪は漆喰の様な黒。目は蠱惑的なものを感じさせる朱色。その肌はシミひとつもなく、スタイルは男なら誰もが見てしまう様な豊満なもの。
俺のストライクゾーンから一番離れた格好してんね。
残念ながら、そういう誘ってる格好苦手なんですよ。
「あの、作り物の身体で人誘うの、シンプルに不快なんでやめてもらっていいです?」
憧れで演じるのはいい。それはその人の心の在り方に繋がるから。だが、そういうのは嫌いだ。
「あらそう? 確かに視線は感じないわね」
「まあそもそも俺貧乳派なんで」
おっと、剣と毛皮から何かを訴える様な思念を感じるけど無視だ無視。ついでに妹と幼馴染の思念も感じたが絶対に気のせい。
「覚えておくわ。ふふふ、でも頑張ったわね? あの部屋まで行くの、大変だったでしょう?」
「誰かさんが手加減してくれたおかげで予想よりは苦労しなかったよ。色欲の悪魔さん」
「手加減をしたつもりはなかったわ。その王女様、特段愛情を持ってるわけでもないし、こっちで作るのはあんまり楽しくないのよねぇ」
「拗れてねじ曲がった愛情とか好きそうだな」
そういうと嬉しそうに笑いながら
「分かる? 良いわよねぇ、誰かを愛する、誰かを守ると決意した人の愛から生まれる欲。性欲に嫉妬。人が人である限り異性に抱かざるをえない性欲。そして性欲を愛情と感じ自分のものにしたいと思い、生まれる嫉妬。素晴らしいのよ、無自覚に恋をして、それを気付かぬまま嫉妬して最後にはその嫉妬がその人を殺すの。その表情はどんな美しい絵よりも私を興奮させるのよ。その感情は剥製にして取っておくのよ。
聞かせてあげましょうか? 不相応にも王子様に恋慕を抱いた哀れな女の話を。あの子、消えちゃったのよね。あの感情は素晴らしかったわぁ。もう少し味わいたかったけれど、戦闘力の実験に置いたらすぐに倒されちゃって、残念、」
「黙れ」
その瞬間、俺はアイリスを抜き放ち悪魔を斬りつける。
その刃は悪魔が纏う結界を斬り裂き、その肌に一閃の傷を生んだ。
が、浅すぎる。致命傷にはなりえないし、行動を阻害する事さえ出来ないだろう。シンプルな素早さの差。
「痛っ! なぁに? その剣」
「誰が教えるか。自分で考えろ」
「ふぅん? まあいいわ。死になさい」
飛んでくる無数の魔法。けど、足りない。
魔法は一つ一つ相反する属性で破壊し、しきれないものはアイリスで斬り払う。ああ、つまらないな。
呪いも飛んでくるがそれはライルが防いでくれている。
師匠との特訓と、森でのレベル上げは確実に彼女を強くした。昔の様な受け身で戦いを知らない悪魔じゃない。
「こんなものか? じゃあ、死ね」
「死ぬのは貴方よ!」
色欲の悪魔は手刀に魔力を纏わせ、斬り込んできた。
同時に魔法を自身に追従させ、全てに呪いがこもっている。決死の特攻とでも言いたげだが……。
「腰が入っていない。それに魔力は力任せに振るうものじゃないだろう。ライルの方が上手い。ああ、後」
肉弾戦は、リアルの俺の得意分野だぞ?