32話 陽動、そして侵入
お待たせしました。忙しすぎて書けない……。
「ねえキリュウ、その剣」
「ああ、こいつ自身が怨念に打ち勝った証さ。俺はただ見守っていただけだったよ」
ライルはアイリスを覗き込みながら、「素敵な愛だね」と呟き、満足そうにしながら剣を見つめた後、カーディガンに擬態して俺の衣服となった。
「結局何分だったんだろ。……5分? 短いな」
体感30分ぐらいあったんだけど……まさかちゃんと規約読んでなかったが思考加速システム使ってる?
いやいっか。違法って訳でもないし、それで寿命が縮まる訳でもない。それよりも王城ですよ王城。王女様を救いに行くのが当初の目標だよ。
「でもよく気がついたね。ボクには聞こえなかったよ?」
「あの怨念だって愛の果ての一つだ。だから小さな愛に耳を向けられなかっただけだろ」
「あれが愛? ボクはそうは思わないよ」
そうかい。あれも受け入れたから、この剣があるんだが。そこをわざわざ俺の口から話すほど野暮じゃない。
あれはアイリスの戦いで、心の戦いだ。語ったりするものじゃない。
人の心を赤裸々に話すなんて、普通に最低だし。
「行くぞ」
「うん!」
さあて、先ずは街の前を荒らさないとな!
30分後、王城のある街、ファイリオン
現在街を覆う城壁は大量の魔物に襲われている。
「いやぁ、人間って愚かだな」
「まあ、うん。そうだね」
現状を説明しよう。
アイリスが戦いを終え、渓谷から出てきた俺たちは1匹の猿に出会った。その猿は性格の悪そうな笑みを浮かべながらノロノロと――と言っても速度は速かったが――逃げ出そうとした。
まるで誘っているような逃げ方と、周辺に感じる大量の気配、そしてライルの「悪意しかない」という発言から罠だと判断した俺達はその場から離れることを選択。
罠にかからなかったと判断した猿達が去っていく所にその辺の石を投げて1匹にダメージを与えると、途端に全ての猿が怒り出した。
怒りのままに追い回して来たが難なくそれを撒き、捜索に入った猿の1匹を声が出ないように捕獲。
で、それを王城前にいる適当なプレイヤーに向かって拘束を解いた上で投げ込み風の拡声魔法を使えば。
森中に拡散された断末魔を聴いた猿達が王城に進軍する訳だ。
「咄嗟に投げられたらなにかを確認してから処理しなきゃ」
「性格悪ぅい」
「この程度どうせステラが前にやってる。行くよ」
「うん!」
「ど、どういう状況ですか?!」
「嬢ちゃん! よくあの状況から逃げ切れたな?」
という事で阿鼻叫喚な状況の隙間を縫って街に入り込み、見ず知らずのプレイヤーに向かって状況を聞く。
「俺もよく分かってねえんだが、どうやらどっかの誰かがクソ猿の悲鳴を拡散させたらしい。森中のが向かって来ているそうだ」
「クソ猿……?」
あの猿そんな風に言われてるの……? まあいかにもMPKしてくださいと言わんばかりのAIだけど。
「スクリームモンキーっていう、集団で狩りを行い味方の死に対して種族全体で怒る猿だ。見つけたら悲鳴を上げる隙を与えず即死させ、集団に襲われたなら奴らが尽きるまで戦わきゃならない」
「なるほど。確かにクソ猿ですね」
「嬢ちゃんは、剣士か。装備は?」
ん? 剣士……ああ、そうかアイリスのお陰か。確かに魔法職が剣は吊るさんわな。
「武器は大丈夫です。けど何分ソロなもので、ポーション類が枯渇しています」
本当は腐るほど持ってるけど。ストレージ内はほぼポーションと毒で埋まってますね。言う必要性ないし勿体無いから提供しないが。
「くっそ、やっぱりそうか。どうやらファースティックの方も大量の魔物に攻め込まれてるらしくてな。所謂スタンビードってやつだ。こっちにいた生産職連中も軒並みファースティックに行っちまった」
「NPCショップは?」
「もう買い占められた。王様はこんな状況でもうんともすんとも言わねえから騎士団の主戦力は城から降りて来ねえし……」
チッ、騎士団は残ってるのか。隠密スキルは無いぞ。
さてどうするか……あ、そうか今取ればいいのか。
「じゃあまだ残ってるお店がないか見てきます。また縁があれば」
「おう、嬢ちゃんも頑張ってな!」
にしても、足によく目がいくおっちゃんだったなぁ……。普通にハラスメント通報されても文句言えないぞあの露骨さは。
まあいい、とりあえず神殿に行こう。
神殿に到着。人はちょいちょいいるな。やっぱり突発イベントに対応するためにスキル習得する人は多いのかね。
えーっと、メニューの、スキル一覧っと。ついでに転職先も見るが特にめぼしいのはなし。……いや魔法剣士とか絆の騎士とかあったけど、どちらも毒魔導士の恩恵が得られないので却下だ。
……絆の騎士の意思ある剣を持つ時全ステータス上昇のパッシブスキルに惹かれたりなんてしてない。
もし錬金術師が毒魔導士に統合されたら取ります。
それでっと、あった隠密。30ポイントだな、ほい習得。…………後1000ポイントあるのか。3つぐらいスロット拡張して隠密と識別、後は魔力継続回復も差すか。
神殿を出て人目が少ない場所で路地裏に入る。直線距離的に言うなら猿が暴れてる門への近道になりそうな場所を選ぶ事で近道をしていると錯覚させ、ひっそりと王城へ向かう。
師匠に貰った地図、路地裏まで完璧だから超便利だな。
「よし、忍び込むよ」
「ここ完全に壁だよ?」
「まあまあ、見てなって」
ここなら、大通り完全に死角なんだよな。
ウィンドクリエイトで作り出した風の塊を踏みしめ壁を駆け上がる。誰かに見られた可能性もゼロではないが、隠密プレイなんてどのプレイヤーも考えることだし大丈夫だろ。こう言う火事場泥棒みたいなプレイする奴が俺だけとも思えない。
「よしっ! まずは侵入完了。アイリス、兵士は殺さない方がいい?」
明確に帰っては来なくとも耳をすませば今も意思を感じ取る事はできる。問題ないと言っているが抵抗はあるってとこかな? では無力化方針で。
「ライル、全力で感知。反応があった場所は全部報告して」
俺は俺で感知だ。
魔力操作を用いて薄く魔力を広げる。それにぶつかった魔力を持つ物体、あるいは現象は俺にフィードバックされ、その形と方向、距離を教えてくれる。ただし情報量は膨大だ。
「強制ログアウトになったりしないよな……」
「なんの話? あと口調」
「なんでもないよ」
脳に対する負荷が、一定以上。又は心拍数の異常増加と低下によって強制的にログアウトさせる機能がVRデバイスには搭載されている。前に5、6回ぐらい脳の負荷で引っかかったことがあるのだが、今回の情報量はその一歩手前ぐらいだと思われる。
処理できるけども。
「こっち」
「ライル?」
「色欲の眷属が近くにいるよ」
あー、待ってまだ処理が終わってない……あ、ほんとだ近くにいるね。ひっそりともしてない。他に潜んでいる影もない。けど歪な魔力。
「なんていうか、ゾワっとする魔力だな」
「人は恐怖とその後に起こる安心感の後に最も感情が脆くなるからね。眷属は恐怖を掻き立てるように作られてるんだよ」
性格わっる! うわぁ、なんていうか、うわぁ……。
要はマッチポンプって事だろ? 眷属が恐怖を与えて色欲の悪魔はそれにつけ込む。そうする事で人の心に踏み入って徐々に侵食する。或いは一気に落とす。
そしてこの魔力、恐怖には至らなくても不安は煽る。ホラー映画を観た後の様な感覚が一瞬感じられたから、これは心の弱い人間は無理だな。俺も弱いから分かる。
「さっさと救出して脱出だね。王女様は……3階の最奥。ただ一度5階に行かないと進入できなさそうかな?」
うーん、なんというか守りに特化してる内部構造だな。
正直攻めづらい。どうにかして戦闘なしで行きたいんだが、いかんせん隠密も熟練度20程度。ライルのサーチと合わせても一本道の見張りはどうしようも……待てよ?
「ライル、これ使っていい?」
「睡眠薬…………………………いいよ」
うーん、葛藤が長い。睡眠薬媚薬は本当に嫌なんだなぁ……剣からも講義の声が聞こえる。
あー、うるせうるせ! 女性には使わない! それでいいな?!
「それなら」
ライル、アイリス両者から許可が降りた。では、作ったはいいがほぼ使われずにストレージの肥やしになっていたお薬を処方するかぁ!!
一先ず忍び足と不意打ちで気絶させてを繰り返して第一関門、階段へ。
当然だが1階から登るための階段には見張りが立っている。それも2人。
しかも階段は大広間の中心にあり、階段前の見張り以外にも何人か人がいる。
「最初が一番難しいね」
「粘液でワープは?」
「ありだけど、バレずに飛ばす方法がね」
「……細かくしてあっちで集合させる。とか?」
ボクはできないけど。と言いながら俺を見るライル。
いやまあできますけどね。ただ、今までで一番むずいかもしれない。どうするか……。? 後ろ?!
気づいた瞬間に首筋にナイフを突き付けられた。が、同時に仕掛け人にも10個ほど魔法を突きつけてある。一旦は硬直状態だ。だが、死ぬと色々都合が悪いのはおそらく俺だけ。それを悟られない様にしないとな……
「キリュウさん、ですね」
「……」
俺の名前を? まさかとは思うが。
「沈黙は肯定と判断します」
「アフロディーの指示か?」
「はい。変装と魔法を解いてもらえますか?」
言われるままにディスガイズブレスレットでの変装を解き、装備も女物に近いが中性的な短パンと少しだぼったいTシャツに変更。同時にライルに指示してカーディガンからタオルの様な形状に変化させる。
同時に魔法も解除すると、ステラのメンバーであろう男もナイフを仕舞った。
「あまり変わりませんね」
「うっさい。で、協力してくれるのか?」
男はいわゆる老紳士と言うべき風体をし、恭しく俺に頭を下げてきた。
「はい。物騒なご挨拶になり申し訳ありません。セバスと申します」
「キリュウだ。で、アフロディーの執事かなにかか?」
「ご想像にお任せします。陽動を行えばよろしいでしょうか」
目的を知ってる? いや、俺がなにかしらの潜入を依頼されているのを知ってるのか? なんにせよやっぱアフロディー信用ならねえな。
「あの階段登れる?」
「可能です」
余裕か。ならこれ持っていってくれ。
「粘液……ですか」
「ちなみに少しでも回収したら気付くからな」
「承知しました」
まーじでちょろまかしたて調べようとしたら分かるからな。鑑定を封じてるわけじゃないからある程度の情報は漏れるだろうが、こいつの本質がバレなかったら問題ない。明らかな錬金のバランスブレイカーだから。
「では」
そう言って彼はスッとその気配を消した。
すごいな、目の前にいるのに注視できない。目を離したら多分見つけられないだろう。こういうビルド組んだ事もあったけど、ここまで極まったのは出来なかったなぁ。
まあ彼は俺の出した粘液を持ってるから場所分かるんだけどな。
っと、着いたか。じゃあ、粘液と位置を交換! 次いで俺が元いた場所に出現した粘液を四散させておく。
「感謝するよ」
「もうよろしいので?」
「ここまで来たらな。じゃ、ああ後」
その懐の粘液、3秒後に燃やすから。
「失礼致しました」
油断も隙もねえ爺さんだな。まあいいや、さーて行こうかライル。