31話 怨念と恋慕
本日2話目です。
扉の先は運動場のような空間だった。
その中心には、洞窟と同じように騎士が立っている。
だがその立ち姿は荒ぶる感情を感じさせ、先程はなかった威圧感がある。
可視化されるほどの強い怨みの色。ドス黒く毒々しい、触れる者全てを傷つける。そんな色。
対するアイリスは前に一歩踏み出し、明るく強く、そして何より暖かいオーラを放つ。
俺はそっとその背中に触れ、最後に最低な事を言う。
「あの感情は、誰のものだ?」
「……酷いですね、貴方は。――ええ、私のものです。あの中で苦しんでいるのも私です。だから、私の手でケリを付けます!」
ああ、やっぱり強い。俺だったらあの問いから逃げるだろう。逃げても何もないのに逃げて逃げて、それでまた後悔するだろう。
だけどこの娘は違うのだろう。勿論逃げたいとも思っているだろうが、それでも立ち向かう勇気を持っている。
「がんばれ」
「はい!」
きっと、この戦いに俺が入る余地など、ないだろう。
向かい合う2人。
怨念のアイリスが構えるのは2振りの両手剣と見紛うほどの剣。
対する小さなアイリスが構えるのは1本の片手直剣。
2人は一歩も動かずに対峙しているように見える、だが。
『っ』
一瞬、怨念のアイリスがたじろいだ。その一瞬を逃さず小さなアイリスが踏み込む。
これは技量の勝負ではない。心の勝負だ。
対峙し、向き合い、逃げようとした方が負ける。
ただただ怨みに身を捧げた者と、その怨みも全て自分だと覚悟を決めた者。
どちらが強いかなんて、明白だろう?
振われる片手剣は鎧など無いかのように怨念の肩を切り裂き、苦し紛れに放たれる剣はアイリスの小さな手で止められる。
一度大きく退こうと背後に跳んでも肉薄したアイリスから逃れる事は出来ずにまた片手剣が振われる。
それを受けた怨念は、しかし怯む事をせずに嵐のように2本の剣を振り回す。
もはや型などなく、その剣に込められた意思は希薄。一刀一刀に迫力はなく、子供が駄々をこねるような、そんな剣。
「貴女は、頑張りました。殿下を守る意思を、捨てませんでした」
その剣を小さな体で振るう剣で防ぎ続けながら、彼女は語りかける。
「貴女はあの女狐の狡猾さに負けたのではありません。貴女の殿下への気持ちを超えることが出来ずに、その気持ちを利用したのです」
少しずつ、一歩ずつ歩みながら語りかける。
「貴女はその愛で、女狐の浅はかな心に勝利したのです。だから、だから!」
振われる剣を大きく弾き、体勢を崩した怨念に飛びかかり、優しく抱きしめた。
「一緒に戦いましょう。その嫉妬は、怨念は、殿下を想うからこそでしょう? 私と同じです。共に、歩みましょう」
『ア、アア』
アイリスの言葉に力が抜ける。彼女は自身の暗い心を受け入れた。受け入れ共に歩む道を選べた。
「大丈夫。私達は死んでしまいましたが、歩む足となってくれる人がいます。ね?」
そう言って俺の方を向くアイリス。
「ああ。君らの心が宿った剣は、俺が振るうよ。君らのような不幸な人を、これ以上生まないために」
そして、俺がいつか向き合う覚悟を決めた時、支えてもらう為にも。君は、俺を助けてくれるかな?
『アリ、ガトウ』
そう言って怨念は暗いまま、しかし前とは違う輝きを伴ってアイリスの中に吸い込まれていった。
アイリスは自身の胸に手を当てながら、その存在を感じている。
しばらくして俺の方を向いた彼女は、鎧越しでも分かるような明るい雰囲気を纏っていた。
「ありがとう、キリュウさん」
「キリュウでいいさ。これからよろしく。アイリス」
「じゃあキリュウ。手、出して?」
言われた通りに手を出す。握手かな?
手を差し出した俺を見て、アイリスは兜を脱ぎ綺麗な蒼い髪を晒す。そして俺の前に跪き、俺の手の甲に口づけをした。
「立場が逆じゃないか?」
「私は貴方の剣になるんです。逆だとダメですよ」
そうか。なんか恥ずかしいな。
お互いに顔を赤くしていると、アイリスが話を逸らそうとでも思ったのか、思い出したかのように言った。
「あ、そうだ。乙女の身体を触手で蹂躙したの、責任取ってくださいね!」
「うえ?! 骨だけだったしノーカンだろ?!」
「ダメです〜、では、次会う時にお願いしますね」
そう言った彼女は悪戯っ子のような笑みを浮かべながら手を振り、俺は力が抜け、そのまま遠くなる彼女に弱々しく手を振った。
「はぁ」
「あ、キリュウ!」
「グヘッ」
現実世界に戻り、先程のアイリスの責任云々をどうしようかと溜息を吐いていると、俺が戻ってきたことに気がついたライルが鳩尾に突っ込んできた。
待ってダメージ入ってる。ポーション、ポーション出させて。
「心配した!」
「悪い」
「ボクがいつでも逃げれるように案内しようとしたら、いきなり奥に入っていくんだもん! なんでそんな事したの?!」
「いや、つい」
「何が!」
「この剣の声がね」
手に握る剣は、怨念を感じさせる事なく、黒い刀身に光沢を持ち、吸い込まれるような輝きを放っている。
大きさも、死霊騎士が持っていた時の大きさではなく、小さなアイリスが振るっていた片手剣と同じになっていて、感じる暖かさは彼女の手と同じ。
怨念の剣改め、【秘愛の剣アイリス】。
俺がこの先、このゲームで振るい続けるであろう、強く気高く、内に秘めたる愛をもって戦った騎士の剣。
「これからよろしく、アイリス」
改めてそう剣に語りかけると、彼女は答えるようにキラリと輝いた気がした。
さて、目から大粒の涙を零しながら俺を責め立てる我が相棒を、宥めるの大変だろうなぁと思いながらも俺はそのふさふさの頭をひとまず撫で続けることにした。