表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Freedom Survive Online〜回避特化近接魔法使いの軌跡〜  作者: 海溝
1章 全ての始まり
30/34

30話 アイリス・サンドル

「ここが、アイリス・サンドルの怨念……いや、無念の中か」


 その声に応えるように、俺の胸の少し下あたりの身長の鎧が姿を見せる。

 そして目の前の小さな騎士は、何かを問いかけるように俺を見つめる。


「何故あんたの小さな、呑まれきれなかった嘆きを俺が聞き取れたか、だろ?」


 黙って頷く少女。それに答えるのは当然なんだが、その前に。


「あの、さ」

「?」

「聞いていい?」

「(コクン)」

「なんで小さく?」

「…………」


 俺より身長高かったよな? どう見ても身長が半分ぐらい低くなってるんですが。


「私、は、えっと、あの方をお慕いし始めた、時の、私で」

「なるほど、つまり初心の姿だと」

「(コクン)」


 成長して感情が変化するに連れて忘れられていった、それでも消えなかった自分ってとこか。

 なら、あの怨念は何かを奪われて殺された。何かとはこの娘の言うあの方だろう。


「誰に殺されたんだ?」

「……あの方のお相手、です」

「――スゥ」


 まじかぁ、嫉妬の攻防かぁ……ちょっと待って心の整理付けさせて。


「私は、あの方をお守りしたくて騎士になったのですが、大きな私は恋心を抱いてしまって」


 待って、ほんとに待って。話進めないで一旦、ね? 俺の心の整理をですね。


「そこにあの女狐が現れまして、あの方を、殿下を誑かしたのです」


 ん? 殿()()? それはつまり?


「あ、はい。私は殿下の護衛騎士でした」


 なるほど、これ嫉妬のぶつかり合いとは違うな?


「オッケー落ち着いた。続けてくれ」

「では。あの女狐は、殿下の護衛を別の者にするよう働きかけ、少しずつ、私を引き離していきました」


「そして、私に対して別の男を充てがおうとしたのです」


「私はそれに憤り、小さな、ただ殿下を慕っているという気持ちを塗り替えるほどの嫉妬に狂ってしまい、最後に女狐に殺されました。その怨讐の果てが、あの姿です」


 これつまりあれか、色欲の悪魔がこの国の王子を操るのに護衛が近くにいると邪魔。

 護衛があちら側に堕ちればそのまま活用できたがこの娘の精神は強かった。

 だけどその強い恋慕の感情は、逆を言えば嫉妬に堕ちやすい。

 そこを突かれて狂った所を殺され、その怨念をアンデットに仕立て上げられた、と。


「なるほど。アイリスがその姿でいる理由は分かった。強いな、君は」


 そう言って彼女の肩に手を置き、彼女の奮闘を讃えながら少しだけ憧れを抱く。俺にもその強さが欲しいよ。


「では、私の質問に答えていただきたいです」

「俺が君を見つけられた理由だな?」

「はい」


 そう言ってぐっと顔を寄せてきて、鎧の隙間から見える金色の目で見つめてくる。


「私は確かに精一杯叫んでいました。けど、貴方のお隣にいた悪魔が聞き取れなかった声を、どうして貴方は?」

「自分が絶望に沈みかけた時に、助けを求める小さな声を拾った事がある」

「それから?」

「それだけだ。少し似てたから、聞こえた」


 そう、似てたんだ。愛する者の手を取れなくなって、誰かに手を取ってもらいたがっていた人の声に。


「……不思議な方です」

「少しの経験の違いだよ」

「やっぱり、不思議です」


 そう言って、少しだけ笑った気がした。顔が見えないが、きっとあの2人と同じような笑みだろうと思う。


「お願いします。私の肥大した嫉妬に一緒に立ち向かってください。私の小さな力では、足りないのです」

「ああ。勿論だ。君の力になろう!」


 俺に見せてくれ。そして俺にも、その心の強さを少しだけ分けて欲しい。


「此方です」




 しばらく歩いた。10分か20分か、はたまた1時間か。何もない場所を歩いていると、自分が歩いているのかも判断が付かなくなってくる。

 俺の手を引く小さな娘は、一度も立ち止まる事なく淡々と歩んでいる。が、少しだけ手が震えている気がした。

 ほんの小さな震え。これまで自分を呑み込もうとした暗闇に自分から踏み込む者として、当然の震えの筈なのに、それを抑え込もうとしている強い心を感じる、そんな震え。


「ほんと、強いな」

「強くないです。怖いです」

「怖くても歩めるのは、強くないとできないよ」

「そう、でしょうか」


 俺には出来なかった。弱い俺は、向き合えなかった。ああ、もう。蓋をしたはずの感情が溢れてくる。

 大丈夫、俺はあいつらの前を歩く。置いていかれないように先を歩かないと。


「大丈夫ですか?」


 気づけば、彼女は歩みを止めて俺の顔を下から覗き込んでいた。

 俺はいつの間にか俯いていたらしい。


「ああ。大丈夫」


 けど今は、俺のことじゃない。彼女の舞台だ。


「着きましたよ」


 顔を上げると、どこかの建物の中だった。

 見覚えのない景色だが、所々傷ついた壁に並んでいる武器や、盾、鎧に中に水でも入っていそうな樽から、修練場か何かの準備スペースであろうと推測できた。


「覚悟は?」


 俺の問いに彼女は握る手を強くし、少し弱々しい目でこちらを見る。


「……分かりません。けど、支えて下さると嬉しいです」

「その為の俺、だろ? お前が立ち向かう限り支え続けるさ」

「立ち向かうのを支えて欲しいのですが」



 俺の言葉に少しだけ不安を覚えたのか、彼女は不満そうに言う

 だけど、俺の役目はそうじゃない。


「逃げたくなったら逃げろ。退路ぐらい用意してやる」


 自分の感情から逃げても、誰も攻めないさ。


 俺の役目は、背中を押すでも、覚悟を決めさせるでもない。その覚悟を貫くのに足りない力を補う事だ。


 それに、もう無理だと悲鳴を上げる女の子の背中を蹴り飛ばすような趣味は持ってない。


 だが、俺の逃げを勧めるような言い方に彼女は笑いながら少し前の言葉を繰り返す。


「本当に、不思議な方です。――覚悟は出来ました。行きましょう!」

「おう!」


 俺達は、横並びになって扉を開けた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ