水曜日の恋人
「あ、メールだ。」
明日は水曜日だね。会いに来てくれたら嬉しいな。
「ふふふっ今週は行くよっと。よしっお風呂でヘアパックして夜ご飯は抜いて、顔のパックもしよ。」
明日は涼ちゃんに会いに行くんだから。精一杯着飾って1番可愛い自分にならないと。
お気に入りのバスソルトで汗をかきながらマッサージをする。浮腫をとらないとね。
「ケータイ…返事は来てないか。忙しいもんね。」
お風呂から出たら急いでパックをして身体にミルクを塗り込む。この前行った時肌がモチモチだと褒めてくれた事を思い出して少し顔が熱くなる。
スキンケアを全て終えて白湯を飲む。明日に備えてもう眠ってしまおう。
「こんばんはアキちゃん来てくれたんだ。さあどうぞ。」
「こんばんは。」
涼ちゃんは黒いスーツを着ている。いつもはパーカーなのに今日はイベントでスーツを着るようだ。
2時間かけてメイクして雑誌に載ってた服を着ていても彼の隣は居心地が悪い。彼は人気者だしカッコイイし優しいし隣に居るだけで恐れ多い気がしてくる。だけどここで下を向いてたら彼に余計に迷惑がかかるのでグッと堪えて上を向く。
「おしぼりどうぞ、何飲む?」
「うーん。涼ちゃんは何飲みたい?」
私の言葉にクシャッと目を細めて微笑む。2週間ぶり、この笑顔を見る為にここに来ているのだ。ああ、もう帰ってもいい位だけどお金をおとさないと涼ちゃんに申し訳ないし。
「じゃあそうだなぁ。これは?」
とメニューの中から1番価格の低いお酒を選んでくれる。本当に本当に優しい。って噛み締めている場合ではない。
「あの給料日だったからこっちを。」
と少し高価なお酒を指さす。本当はコールのあるようなものをと思うのだが少し恥ずかしいし皆に来てもらうと他の女の子達が1人になってしまうのでそれを考えるとやっぱり頼めない。
「本当にいいの?」
「うん。涼ちゃんもよかったら飲んで。」
「ありがとう。いただきます。」
そしてまたこの笑顔。彼の笑顔を見るだけで目眩を起こしそうになる。
お酒が来たので乾杯する。何か食べ物をと聞いたら涼ちゃんがお腹いっぱいだから大丈夫と言うので頼まなかった。
「「乾杯。」」
1口飲む。うん、毎回思うけどこの味は苦手だ。
「ふふっ本当に可愛いね。」
「へぇっ。」
可愛いって!思わず変な言葉が口から出てしまった。
「これ嫌いなんでしょ。なのに俺の為にありがとう。」
そしてこの笑顔。って否定しなくては!彼はこれが好きだったはず。
「嫌いじゃないよ!じゃんじゃん飲んでね!」
私は次、違うものにしたいけどボトルだし。
「ふふっ、じゃあグレープフルーツジュース。」
「うん。飲んで飲んで。」
あえてお酒じゃないんだ。可愛い。私は自分のグラスのお酒をチビチビと飲む。ぐぬぬぬ。苦手だ。そもそもお酒が苦手。
「ねえアキちゃんグラス貸して。」
「うん。」
そうして半分程お酒が残った私のグラスにジュースを注いでくれた。
「どうぞ。これで飲みやすくなるよ。」
好き。
「好き」
「ふふっありがとう。ゆっくり飲んでね。」
「いただきます。えっ美味しい!ありがとう涼ちゃん。」
「どういたしまして。この2週間はどんなだった?」
「えっとね。」
そしてとりとめのない話をする。私は主に仕事や家族、見たテレビの話。この前見た俳優がかっこよかったと言うと分かりやすく拗ねて、
「妬けちゃうなぁ。」
と言って可愛く頬を膨らませている。
「あ、ごめんね!涼ちゃんが1番!1番カッコイイよ!」
私が慌てて言うと私の好きな笑顔になって、
「嘘だよ冗談。でも他の男の話はしないで妬けるから。」
と言われてぶわっと顔が熱くなるのが分かる。ああ、本当に好きだなぁ。お金を払えば彼と過ごせるなんて。本当に幸せだしありがたい。
それから涼ちゃんが話をしてくれる。料理が得意だから何を作ったとか何を食べたとか楽しそうに話す姿もカッコイイ。そういえば前にご飯を作って欲しいって言ったら家においでって言ってくれたなぁ。冗談だろうけど嬉しかったなぁ。涼ちゃんって本当に優しいなぁ。
「そうだ俺、来月誕生日なんだ。イベント来てくれる?最後の週の水曜日だから。」
「うん、もちろん行くよ。誕生日はコール付きの飲み物頼むね。プレゼント何がいい?」
「ありがとう。じゃあ…財布がいい。」
顎に手を当てて悩んでから笑顔で答えた。
「うん、分かった。」
ブランド品を売って食費を削って貯金をくずせば何とかいけるかな。涼ちゃんの好きなブランドはそれ程高価ではない。
「ありがとう。楽しみだなぁ。」
15分程話していると後ろからボーイさんが現れた。
「すみません、ちょっと。」
涼ちゃんはどうやらお呼びがかかったようだ。
「今日は誰も来ないはずなんだけど?」
涼ちゃんが怖い笑顔でボーイさんを威圧する。ボーイさんは困ったように私と涼ちゃんを交互に見ながらコソコソと話す。
「あ、あのでも…。」
「うん、だから?」
涼ちゃんは珍しく不機嫌だ。いつもならすっと行くのに。
「涼ちゃん大丈夫。大丈夫だから行ってあげて。」
私が笑顔で言うと分かりやすく態度を変えて立ち上がった。
「わかった。じゃあちょっと行って来るね。待ってて。」
ウィンクして行ってしまった。ごねたりするのも私を喜ばせるパフォーマンスのようだ。それでも嬉しい。
「初めましてぇ、薫です。」
「初めましてアキです。」
ヘルプの男の子は金髪マッシュヘアの可愛らしい感じの男の子だ。新人さんかもしれない。グレーのスーツがよく似合っている。お話の仕方が優しくて緊張せずにすみそうだ。
「薫くん、なんでも飲んでね。」
「わーいありがとうお姉さん。」
メニューを見る可愛い薫くんに、にっこりとしながらハッとして言う。
「あっ恥ずかしいからコールがあるのはやめてください。」
「あははっ分かりました。」
薫くんが明るく笑ってまたメニューに視線を戻す。フロアの見える所に涼ちゃんがいないのでVIP席かもしれない。
それから薫くんがお酒とお菓子を頼んでくれて10分程話した後、帰る旨を伝える。
「えっごめんねお姉さん。僕怒らせちゃった?もうちょっとで亮介さんが戻って来るから!」
少し焦ったように言うので慌てて否定する。
「あっ違う!違うの!お相手ありがとう薫くん楽しかったよ!本当にありがとう!」
「じゃあどうして?」
可愛く小首を傾げて言う姿はこなれ感がある。
「恥ずかしいし引かれるかもだけど涼ちゃんに見送られると寂しくなっちゃって帰りたくなくなるし、だからといって長居しても他のお客さんに迷惑だからいっそ涼ちゃんの居ない間に帰らせてもらおうかなって。」
「それなら、僕が来た時に帰ってもよかったのに。」
「折角来てもらったのに悪いもん。お相手ありがとう。お会計をお願いします。涼ちゃんは呼ばないでください。」
「分かりました。ありがとうございます。じゃあお会計しますね。あ、そうだじゃあ…。」
薫くんが手馴れた手つきでお会計をしてくれた。やっぱり新人さんじゃないかも。私は本当に涼ちゃん以外見てないんだなぁ。ふふっ、さあまた2週間頑張ろう!
「お見送りありがとう。じゃあバイバイ。」
「お気を付けて!」
「薫!」
「あっ亮介さん。」
アキさんをタクシーに乗せて見えなくなるまでお辞儀をして顔をあげたところで後ろから声がした。
「間に合わなかった。アキちゃんが帰る時は俺を呼べって言っただろ。」
亮介さんが怖い顔で階段を降りて来た。走って来たようで少し息が上がっている。
「アキさんが亮介さんに見送られると離れるのが辛いから呼ばないでってだから呼びませんでした。すみません。」
「それでも呼べよ。」
ドスの効いた声で僕に言う。怖い。さっきチラッと見た時はアキさんに対して子犬みたいな笑顔で話してたのに。猫かぶり男め。
「これ手紙です。僕の名刺の裏で申し訳ないですけど。」
アキさんからの手紙を渡す。手紙と言うよりはメモに近いが。内容はさっき見てしまった。
涼ちゃんへ
今日はありがとう。
お仕事頑張ってください。
また会えるのを楽しみにしてます。
アキ
「アキちゃん。」
嬉しそうにじっと見ている。猫かぶりは撤回だ。素の笑顔はああらしい。
「亮介さん、涼ちゃんって本名すか?昨日から時間調整うるさい位してたし。水曜日はいつもソワソワしてて、あの人の事好きなんですか?」
「俺は女の子はみんな好きだよ。」
「亮介さんのキャラじゃないですよ。それは瞬さんでしょ。別に仕事とプライベート割り切って恋人作ればいいじゃないですかみんな居ますよ。本カノくらい。」
「アキちゃんは割り切って俺を好きなんだよ。お金を払って仕事だって割り切ってる。本命になりたいなんて微塵も思ってないんだ。きっとホストを辞めるまで信じてもらえない全て喜ばせるパフォーマンスだって思ってる。俺相手に本気になってくれないんだ。」
「うわぁ…。」
「でも俺はまだ辞められない。だからここでお金を使わせる、そしたら他の男に会う金なんて無くなるだろ。とにかくここで俺にお金を落とさせて俺にだけお金を使うように仕向けないと。他に余裕がなくなるくらい。」
「うわぁ…。」
「でも、そんな俺に愛想をつかせたら?飽きられたら?つまんないって俺を残して帰ってしまってもう2度と来なくなったら?」
亮介さんが拳を握ってタクシーが消えていった方角をじっと見ている。
アキさんは亮介さんの水曜日の恋人。水曜日だけの恋人。
ホストクラブの制度や決まりが間違っていたら本当にすみません。




