死を選ぶ
自殺について書いています。
苦手な方はそっと閉じてください。
自殺を容認する意図も否定する意図もありません。
昔、誰かが言っていた。
「死にたい理由がお金で解決できないなら死んでも赦されるのではないか。」
と。だから僕は死ぬ事にした。
「痛い思いも苦しい思いもしたけど結果的に死ねたし良しとしよう。」
光に包まれてゆっくりと目を開けると人が立っていた。場所は変わっていない僕が死に場所に選んだ自分の部屋。
「お疲れ様。ゆっくりこれからの事を説明するね。」
と微笑みながら僕に言う。団扇の柄の赤い着物に身を包んだおばあちゃん位の女の人だ。笑うと目がなくなりえくぼができる。
そしてゆっくりとした口調で説明を始めた。
「あなたはゆっくりと消えていく。死んだ人は皆、同じ、大丈夫、怖い事ではないの、肉体が土に還るようにとても自然な事だから。だからそれまでは自由に過ごせばいいわ。行きたかった場所や見たかったものを見てきたらいいわ。もう誰にも迷惑をかけないもの。」
「そう、ですか。分かりました。」
自殺だしもっと何か言われるかと思ったけど何も言われなさそうだ。
「だけどあなたは自分で命を絶った。そういう人には1つだけ聞く事にしているの。」
「なんですか?」
来たか。僕は何を言われるんだと身構える。それが分かるのかいっそう優しく微笑み言う。
「あなたが望めば今すぐに消える事もできるわ。消えたいという感情で死んでしまう人も居る。だからその願いを叶える事もできるの。あなたはどうしたい?」
何とも親切な話だ。確かに死という感情はこの世から消えたいという感情と同義だろう。
「僕はゆっくりで大丈夫です。」
「そう、じゃあゆっくり過ごしてね。」
そしてまたさっきと同じように光に包まれて目を開けた時にはもう消えていた。
死んだ理由は?なんて野暮な質問が無くて本当に良かった。死んだ理由は僕だけのもので、僕を長年苦しめてきたものだから誰にも知られたくない。それに他人に聞かせて理解されたいとも思わないし、して欲しいとも思わない。そんな事で死んだのかなんて言われたらぶん殴っているところだった。
「はあ、やっと終わった。」
何からも解放された気がした。僕は死にたい気持ちとずっと一緒に生きてきた。常に僕のそばにいる、影のようにずっとそばに居て濃くなったり薄くなったりするのだ。その影から解放されたのだと思うと酷く安心した。生きていた時には感じられなかった安堵感だった。
もう感情に押し潰されて泣きながら眠れない夜を過ごす事も、これからの人生、未来が全く見えなくて不安で仕方がないという事に悩んで自分の全てを否定して生きていかなくてもいい。もう本当にやっと全て終わったんだ。
行きたい場所、見たいもの。
「雪が見たいな。」
ふっと目を閉じ想像する、雪国を。そして目を開けると一面の雪景色だった。寒くもないし冷たくもないのは寂しいがなんとも美しい景色だ。
「もう一度来てみたかったんだよな。」
と周囲を見渡す。雪と凍った湖、それ以外には何も見えず何も聞こえない静かで穏やかな場所だ。目を閉じて少し眠る事にする。死んだというのにおかしいが久しぶりに何も考えず何も感じずにぐっすりと泥のように眠った。
「所謂、幽霊というものには会えないようだ。」
生きていた時も会えなかったのだからそれもそうか。色んな場所へ行って静寂を楽しみ穏やかな時間を過ごした。生きている人は僕が見えないし、僕も幽霊は見えない。
僕は生きているだけで迷惑をかけると考えたりしたけど今はもうそんな心配もない。僕が何をしても誰の目にも入らないのだから。その事実を僕は何度も噛み締める。その度に安心し落ち着く事ができた。
長い時間が経った気がしたけど地上の時間だと2週間程経っただけのようだった。僕は自分の部屋に戻って来てそこから久しぶりに近所を歩き始めた。
「ここを歩くのあんなに辛かったのに、今はもう辛くない。息苦しくもないし吐き気も動悸も起こらない。やっと解放されたんだ。」
僕は嬉しくて小躍りしながら歩いて行くとふと女の人の叫び声が聞こえた。
「お願い何か食べないと!彼は死んでしまったの!だけどあなたは生きているわ!ちゃんと生きないと!」
「うるさい!どこかに行ってよ!」
僕は気になって家の中に入って行く。母親らしき人が叫ぶ部屋の中でベッドの上で布団にくるまって泣いている。枕元には僕の写真が置いてある。母親は出て行ってしまった。
「どうして?どうして死んじゃったの?」
泣きじゃくる聞いた事のある声。彼女を知っている。
「もっと話せば良かった。悩み事とか聞いてあげたら良かった。」
自分を責めているようだ。彼女の部屋は荒れていて服や本が散乱している。
彼女には申し訳ないがきっと僕の悩み事を聞いてくれたとしても少し生きるのが伸びるだけで死を選んでいたと思う。僕の死にたいという感情は根深く悲観的なものだったから。でも。
「だけど、悲しいよ。死んでしまって初めて僕は悲しい。僕は君を知っている。君は優しい人だ。皆に優しくてお母さんにあんな言い方しないし、明るくて元気で僕とは正反対の素敵な女の子だ。それなのに僕のせいで。」
僕が死んだせいで。勿論、僕の声は届かない。
「彼に好きだと言えば良かった。ちゃんと言えば良かった。そしてずっと彼のそばにいれば良かった。」
そしてまた静かに泣き始めた。それを聞いても僕は死んだ事に後悔していない。それよりも彼女がこんな風になってしまった事に少し罪悪感を覚えた。
「お願い、出てきてよ。」
それから日替わりでたくさんの人達が彼女に会いに来た。
「顔が見たいな。」
「元気?欲しいものない?」
どんな人にも言葉にも返事をしなかった。母親が置く料理に手を付けず食べるものといえばお菓子を少しだけ。何日も何日もそんな日が続いて会いに来るのも彼女の親友だけになっていた。
「彼の四十九日の法要だよ、行かないの?」
もうそんな日が経ったのか。彼女の親友が言った言葉に彼女はすくっと立ち上がり服を着替え始める。
「行く。」
「うん、一緒に行こう。」
僕の自宅に着いてお焼香をしその足で僕の母親に話をして彼女は1人で僕の部屋に入った。
「お別れだね。もう泣かないよ。ずっと考えていたけど私は生きるね。さようなら。」
彼女はすっきりとした表情で僕の写真を置いて出て行く。良かった。これで僕も終わる事ができる。
「すみません!」
女性をイメージして叫ぶ。そうするとあの時と同じように光に包まれて着物を着た女性が現れた。
「どうしました?」
「もう心残りはありません。僕はもう終わります。」
以前と同じ微笑むと目がなくなりえくぼができる、穏やかな女性だ。僕の言葉に優しく微笑む。
「そうですか。分かりました。じゃあ目を閉じて美しいものを思い浮かべていて、その間に終わるわ。」
そっと目を閉じ僕は彼女の表情を思い出していた。
不謹慎だと思われるかもしれませんが、やるせなくて文章にしました。




