けんちゃんとみっちゃん
「ただいま。」
「……。」
無視か、けんちゃん機嫌悪いな。童顔で見た目も格好も大学生みたいだけど32歳で売れないバンドマンだ。私と違ってずっと夢を追いかけているところがとても好きだ。私は29歳のしがないOLで代わりなんていくらでもいる仕事をしている。
「けんちゃん好きなケーキ買ってきたよ。」
「みっちゃんどうしてこんなに遅くなったの?」
確かにもう21時過ぎだ。今日は同期の女に仕事を押し付けられてしまって残業だった。それなのに自分は合コンだからと定時でさっさと帰っていた。
「どうしてって。仕事だから。」
パシンッという音が響く。頬がビリビリと熱くなってくる。最近けんちゃんはすぐに手が出る。
そして買ってきたケーキは踏まれてぐちゃぐちゃになった。頬の痛みより、ああもうケーキは食べられないなと考えていた。
「みっちゃんが悪いんだよ!どうして僕を1人にするの?」
そして泣いて怒りながら私を突き飛ばし、冷たい床で抱くのだ。分かっている試しているのだ。どこまで許されるのか試している。暴言を吐いて、暴力をふるって、私の家に他の女を連れ込んで、そういえば最近はベッドに女と2人というのが無くなったな。
でも何をされたって私はけんちゃんが酷い事をすればする程愛する気持ちが高まる。
「みっちゃんが悪いんだ。みっちゃんが悪い。」
何度も何度も呪いのように繰り返す。全てが終わると私は片付けを始める。けんちゃんは何も言わずにじっと私を見ている。当てつけのように掃除していると思っているんだろう。子供のような考えだから何を考えているかすぐに分かる。
そして私が口を開く事が怖いのだ。出て行ってと言われる事を恐れている。けんちゃんなら何をしたって許してあげるのに。
朝になって目を覚ますとまた泣きながら謝り始める。
「みっちゃんごめんね、お願い僕の事嫌いにならないで。捨てないで。僕にはみっちゃんしか居ない。だからどこにも行かないで。」
「うん分かったよ。大丈夫、大好きだからね。でも仕事には行くからこれでご飯食べてね。」
と言って机に2000円を置いた。
「ごめんねぇ。みっちゃん。」
「ううん、いいんだよ。」
「あー違うくて足りないんだよ。」
ごめんと謝りながら5000円を置く。これで足りるようだ。
「みっちゃん今日は早く帰ってきてね。」
「うん。」
早く帰るつもりなんてさらさらない。もっともっと苦しめばいい私が帰ってくるまで、私がもう帰ってこない不安と戦いながら、私の事だけを考えて過ごせばいい。私が外で何をしていたか、どんな素敵な男性と話したか考えて考えてまた嫉妬に狂えばいい。
だから私は仕事へ行く。けんちゃんがもっともっとおかしくなって、私だけになってずっと傍に居てくれればいい、いつか私が飽きるまで。