第七話 阿多野の誘い
阿多野はこちらに手を差し出しながら、言った。
「木崎くん。我々〈ASCF〉に入隊しませんか?」
木崎は咄嗟には答えられず、目線を下ろし黙り込む。
その一言が来ることを予想していなかったといえば、正直嘘になる。《フリューレ》システムのデータを見せられたときから、なんとなくそう提案されるのではと感じていた。
試験機の存在や《フリューレ》システムのこと。一般人である木崎が知っていいような内容の話ではない。情報量の多さに頭がパンクしかけていても、阿多野の話が重要な機密であることくらい、木崎は気付いていた。
それを教えたということはつまり、最初から阿多野たちは、木崎を〈ASCF〉に引き入れる気だったということだ。
「現在我々〈ASCF〉には、君以上に《フリューレ》システムと同調できる者がいません。正規パイロットである四ノ宮特務一尉でも同調率は70%前後……起動レベルに達したことはありませんでした」
納得できる話だ。でなければ木崎に入隊を提案する理由がない。
「君も間近で見たならわかるでしょうが、《フリューレ》システムは強大な力を持つ兵器です。我々としてもその力は是非とも活用したい。
隠さず言うと、システムを起動できる君は、我々にとって喉から手が出るほど欲しい存在なのです」
ついでに阿多野はつけたすように続けた。
「もちろんそれなりの待遇は保障します。隊員としてちゃんと報酬は出ますし、戦闘に出るのが嫌ならばシステムの試験要員として裏方で働くことも可能です」
少なくとも〈ASCF〉に入ることで、いきなり戦場に投入みたいなことにはならないようだ。
けれど、そもそもこの提案には木崎のメリットが全くない。木崎にはエネミスとの戦いに参加する動機というものがないからだ。
窮地を救ってくれたことに恩は感じている。しかしそれは、危険の中に飛び込んでいく理由にはならない。
ならば、断ればいいだろうという話なのだが、そうはいかない事情もある。
悩んだ末に、木崎の選んだ選択は……
「……少し、考える時間をください」
「ええ、構いません。部屋を用意しているので、休みながらじっくり考えてください。お互いに、今後に関わる重要なことなのでね」
木崎の問いに、阿多野は薄い微笑を張り付かせながら即答する。
まるで初めから用意してあったかのように、すらすらと。
いや、実際に用意してあったのだろう。おそらく全ては、彼らの筋書き通りの流れなのだ。
一見、阿多野たちが下手に出ているように見えて、実はこの提案は阿多野たちのほうが優位なものなのだ。木崎は迂闊な選択がができないようになっている。
なぜなら、今の木崎は実質的に軟禁されているようなものだから。
今この建物の外では、木崎はエネミス騒動による行方不明者という扱いになっているだろう。なにせエネミスが暴れ回ったせいで、市内はめちゃくちゃなことになっている。避難時にいなかった木崎の捜索は難航していることだろう。
となれば、今木崎の身になにかが起こっても、彼らはそれを簡単に隠蔽することができてしまう。下手な回答をしようものなら、なにをされるのかわからない。
それに加えて、これまでわかりやすく機密を晒していたことによって、木崎の選択に圧をかけているのだ。機密を知ってしまったことによる、「断ったらどうなるかわかるよな……?」という、言外に滲ませた圧力が。
木崎が返答を先延ばしにした事情はここにあった。
「(部屋を用意してある、ね)」
随分と、意地の悪い言い方をしたものだ。木崎が阿多野の思惑に気付いたとわかった上で、あえて弄ぶような言い方をしているのだ。
ともあれ、ひとまず考えを整理する時間はできた。
結論を出すのはそのあとでいいだろう。
そうなげやりになるくらい、木崎はすでに疲れきっていた。
阿多野が部下を呼びつけると、すぐさま木崎を連れてきた二人の隊員がやってきた。一人が扉をおさえ、部屋の外へ木崎を促す。
それに従い、木崎は部屋を後にした。