第五話 〈ASCF〉
一部修正してたら遅くなりました
目が覚めて、真っ先に視界に飛び込んできたのは、清潔感ある白い天井だった。
見慣れぬ景色に、木崎は数度目を瞬く。
「ここは……?」
ふかふかとした感触があって、自分がベッドに横たわっているのだとわかる。さらさらしたシーツの純白が寝起きには少し眩しい。
木崎は寝ぼけ眼で視線を巡らすと、まず薄桃色のカーテンが目に入った。ベッドの隣には背の高い棚があって、真ん中の空いたスペースにテレビが備え付けてある。
ドラマシーンなどで見たことのある光景だ。
そこは病室だった。
「あら、起きたのね」
シャッ、とカーテンが引かれ、看護師がやってきた。
「具合はどう? 痛みはある?」
「ない、です」
「あ、身体無理に起こさなくていいからね」
そう言いながら看護師は慣れた手付きで、テキパキと木崎の脇に体温計をさしこみ、血圧計を指先に挟む。
ピピッと電子音が鳴った。36度7分、平熱だ。その数値を見て「問題ないね」と頷いた看護師は、
「じゃあ先生呼んでくるから、少し待っててね」
と言って、カーテンの向こうへと去っていった。
しばらくして、再びカーテンが引かれる。
やってきたのは、丸眼鏡の柔和そうな顔立ちをした医師の先生だ。医師はベッドの横にある椅子を引いて腰掛け、優しげな口調でたずねてきた。
「やあ、木崎優真くん……だね?」
「そうです」
「私はここで医師をしてる秋中です。で、具合はどうだい?」
先程と同じ質問。
身を起こして大丈夫だと答えると、秋中医師はガーゼや包帯など巻かれた傷の様子を確認しながら、いくつか質問してきた。
それらに木崎は正直に答える。
診察が終わると秋中医師は、
「うん。傷の方は大丈夫だね。特に入院とかは必要ないよ。風呂とかで注意することは後で看護師が教えてくれるから、そのとおりにね」
「わかりました」
「それともう一つ質問させてほしいんだけど……」
そう前置いて、今度は少し気遣うようや声音で、
「意識を失う前のこと、覚えているかい……?」
意識を失う前のこと。
意識を失う前に起こったこと。
その問いに、木崎ははっきりとうなずいた。
「覚えてます」
体育館が崩壊したことも。
IGと出会ったことも。
エネミスが襲ってきたことも。
……あの蒼い光のことも。
全て、はっきり覚えている。
「そうか。大変だったね」
「はい……」
秋中医師は気遣わしげな表情を浮かべた。
「でも、もう大丈夫だよ木崎くん。もう安心してもいい」
「あの……」
「ああ、友達が心配かい? それも大丈夫だ。あの襲撃での被害者はいないよ。君の家族や友達もおそらく無事だ」
その知らせは喜ばしいものだった。
初めて表情を和らげた木崎を見て、医師や看護師たちもほっとしたような顔をした。
「あの、俺どれくらい寝てたんですか?」
「ん? ああ。君が運ばれてきたのが四時前で、今が八時だから……四時間くらいかな」
四時間か。結構な時間が過ぎてしまったようだ。
きっと心配されているだろうし、家や拓真に無事だという一報を入れておきたい。
木崎がその旨を伝えようとした、その時。
「失礼する。秋中先生、ちょっといいか?」
秋中医師を呼ぶ野太い声が、病室の入口から聞こえてきた。
「やれやれ、すまんね木崎くん。少し席を外すよ」
そう言って秋中医師は病室の外へと出ていく。
そして秋中医師と誰かが話す声が聞こえてきた。
くぐもってうまく聞き取れないが、秋中医師の方の声には若干の怒気が含まれているように感じた。
ややあって、話し声が止む。一人が立ち去る気配。
そうしてやってきたのは、秋中医師ではなく。
病院にはあまりに似つかわしくない、迷彩服を身に纏った屈曲な男たちだった。
ーーー
男たちは看護師も病室の外へ追い出してから、木崎の方へ向き直った。
「さて、はじめまして木崎優真くん」
「は、はい。どうも」
屈曲な体躯と鋭い眼光に気圧され、そんなへっぴり腰な返答になってしまう。
「いきなり押しかけてすまない。実は、君に用のある人がいて、君を呼びに来たんだ。疲れているところ悪いが、少しばかり時間をもらえないだろうか」
「え、あ、はい」
サバサバした口調に流されるようにして、思わずうなずいてしまった。
「ありがとう。では案内する。立てるか?」
「大丈夫だと、思います」
ベッドの手すりに掴まりながら、ゆっくりと足をおろし、男がさっと用意してくれたスリッパを突っかける。
一瞬皮膚が伸びてひりつく感覚がしたが、すぐに気にならなくなった。怪我の痛みもなんともないようだった。
歩くのも問題なかった。若干の筋肉痛を感じながら、男たちの案内についていく。
「もし辛いようだったら言ってくれ。すぐに車椅子を用意する」
「ありがとうございます」
いちいち気遣ってくれる男たち。
服装と体つきのせいでビビっていたが、もしかしたらそう怖くないのかもしれないと、木崎は思った。
「ここだ」
しばらく歩いて、男たちはとある扉の前で足を止めた。
重厚感ある木製の扉を、一人がノックして言う。
「失礼します。木崎くんを連れてきました」
「入れ」
返事があって中へ入ると、そこは広い執務室になっていた。
高級そうな木製の調度品に彩られ、落ち着いた感じになっている。
その中にいた人影は二つ。
片方は白のスーツを来たヒョロッとした男。
背中まである長い髪を肩口のところでまとめている。派手な色の眼鏡が目を引く。
口元は笑みの形を作っているが、眼鏡の奥の眼光は鋭い。
なぜか純白のスーツの下にはピンクのアロハシャツという、なかなか奇抜な格好をしていた。
もう片方は机を挟んで椅子に腰掛け、机の上で手を組んでいる偉丈夫だ。こちらは、やや生地の良さそうな至って普通の黒いスーツに身を包んでいる。
肩幅は広く、着慣れていないのかスーツはやや張っている。机の上で組んだ手は、鍛えているのが一目で分かるほど筋肉質で浅黒く焼けており、あちこちに傷痕が見える。
まさに歴戦の勇士といった風体であった。
「よく来てくれました。わざわざ呼びつけて申し訳ない」
白スーツアロハの男がまず口を開いた。
案内してくれた男が椅子を持ってきてくれ、それに木崎も座る。
白スーツアロハの男は、控えていた男たちを下がらせてから、
「まずは自己紹介させてください。私は阿多野信英と申します。そしてこちらが」
「……睦戸義和だ」
そう名乗った。
白スーツアロハの方が阿多野。
椅子に座っている方が睦戸というらしい。
そして、
「我々は〈ASCF〉。エネミスとの戦闘を専門とする、秘密部隊です」
次回蒼い光の正体がわかります
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