第四話 結末
木崎視点に戻ります
刃がIGの装甲を貫く直前、木崎は見た。
青空と同じ色の光の奔流がIGから溢れ出すのを。
そして、
────視界が蒼く埋め尽くされた。
溢れ出た閃光は、圧倒的熱量を持つエネルギーの風となって吹き荒れた。びりびりと大気を震わせ歪ませながら、IGも、エネミスも、なにもかもを呑み込んで。
だが、不思議と木崎は何ともなかった。
周囲は嵐のような豪風が渦巻いている。木崎など木っ端の如く吹き飛ばせそうなほどに。
だというのに、木崎の周りは台風の目の中にいるように穏やかだった。
光の奔流は止まらない。
その勢いは凄まじく、最初はせめぎ合っていた刃も、やがて少しずつ押し戻されていく。光の風はなおも膨れ上がっていき、ついにはエネミスもなにもかもを、いっしょくたに吹き飛ばした。
星が一つ生まれたのかと見違えるほどの閃光の爆発は、やがて臨界を迎えると中心へ収束していく。それを生み出した者、鋼鉄の巨人の元へ。
そして最後に蒼い残滓を残して、光の爆発は消え去った。
「…………」
IGの手の中で木崎は呆然と立ち尽くす。
体育館の崩落。エネミスの襲来。始まった戦闘ときて、今度はいきなり蒼い光だ。
一体、何がどうなっているのだろう。
IGが動き出す気配はない。排気口から大量の白煙を吐き出しながら、ジッと横たわっている。
素人目に見てもわかるほどの満身創痍だった。白亜の装甲はあちこちひび割れ凹んでいるのが目立つ。
当然だ。
ずっと木崎を庇いながら戦っていたのだから。
あのパイロット、彼女は木崎を絶対に傷つけないように立ち回っていた。割れて降り注いでくる窓ガラスを払い、ガトリング砲を撃つときはなるべく遠ざけ、先程落下した時だって衝撃を和らげるために背中から落ちていた。
自分だって、エネミスから逃げるのに必死だろうに。ぎりぎりの状況だろうに、見ず知らずの木崎のために死力を尽くして。
IGに抱えられたまま、あの酷い揺れの中でもそれだけはわかった。
彼女の思いが。必死さが。
──……そうだ、だから俺は。
刃が振り下ろされたあの時。
彼女が危機に瀕したあの瞬間に、
──守りたいと思ったのだ。
「っ!」
ガラガラと瓦礫を跳ね除ける轟音がして、木崎はその方へ振り向いた。
新たに積み上がった瓦礫の中、立ち上がる黒鉄の影。あの光に押し飛ばされたエネミスが再び身を起こした。
その身体は、IGほどではないにしろ傷に塗れている。先程の光がどれだけのエネルギーを持っていたかが見て取れる。
だが、未だヤツが健在であることに変わりはない。脅威は過ぎ去ってはいないのだ。
どうしようもないと知りつつも木崎は思わず身構える。
IGはまだ動き出す様子がない。そもそも中にいる彼女は無事なのだろうか。
わからない。木崎にはどうすることもできない。
とうとうエネミスがこちらへ一歩を踏み出した。その手には殺意にギラつく曲刀が。
IGは動かない。先程の蒼い光も現れない。
木崎は祈るような心持ちでいたが、その願いは届かなかった。
眼前に、エネミスがそびえる。
今度こそ、命運が尽きた。
今度こそ、あの刃がIGを、彼女を貫くのだろう。
木崎はギュッと目を瞑り、身を震わせた。
IGと彼女の最期が、ありありと瞼の裏に幻視できた。
……だがその時はいつまでもやってこなかった。
「…………?」
ちっとも音がしないのを訝った木崎は、恐る恐る目を開く。
そこには変わらずエネミスの姿があった。ただし、その怪物じみた顔は、IGとは別の方向の彼方へと向けられている。
釣られて木崎も同じ方向を見た。
東の方角、彼方の空。冴える蒼穹の一点に、小さな黒い影があった。三つ並んでいる。こちらへ近づいてくる。
「あれは……」
木崎は目を凝らす。
まだはっきりとした形はわからない。あれは味方なのか、それとも新手の敵なのか。ここからでは判別がつかない。
と、すぐ傍から強烈な不快音が鳴り響いてきた。
思わず耳を塞ぎながら音のする方を向くと、音の主──エネミスが歪な翼を広げ、飛び立とうとしていた。
露出したスリットから鱗粉のような赤い光粒が振り撒かれる。ふわりと重力に逆らい、黒鉄色の巨体が浮き上がった。
耳に障る羽音が遠ざかる。
エネミスはそのまま上昇を続け、地上100mほどの高さで静止する。そしてくるりと身を翻し、どこかへ飛び去っていった。
拍子抜けするほど。あまりにあっけなく。
脅威は去っていった。
「ほぅ…………」
へたりと、木崎の足から力が抜け、その場に座り込む。
張り詰めていた緊張感が途端に解けたせいか、無意識に深いため息が漏れる。
終わったのだという実感はわかない。ふわふわとまだ夢の中にいるような、据わりの悪い感覚だった。
そうして木崎は呆然としていると、
やがて入れ替わるようにして、轟くようなエンジン音が聞こえてきた。
「あ……」
さっきまで小さな黒点だったものは、今はその形がはっきりわかるほどの距離にいた。
エネミスの刺々しい邪悪なシルエットではない。木崎の隣に横たわるものとよく似たシルエット。
少しの間警戒するように上空で旋回してから、降下を開始する。
安定翼を折りたたみ、ニ、三度スラスターを吹かし位置を調整して、三機のIGは木崎の前へと着地した。
鈍色の市街地迷彩が施された装甲。肉付きのいいがっちりしたシルエット。
日本の主力IG、〔九十二式〕だ。
援軍がやってきたのだ。
『君、怪我はないか?』
真ん中の九十二式からそう呼びかけられた。
後の二機はそれぞれ木崎たちを挟むように立ち、油断なく周囲を警戒している。
木崎はまだぼんやりとした口調で、
「はい……大丈夫です」
『そうか、よかった。安心してくれ。もう大丈夫だからな』
気遣うようなパイロットの声。
その言葉にようやく木崎は自分が助かったことを実感した。
もう大丈夫だと。安心していいのだと。
そうほっとした途端に、
「あれっ…………?」
ふっ、と抗いようもなく全身から力が抜けていく。同時に意識の外にあった疲労が濁流のようにやってくる。
焦点が滲む。〔九十二式〕からの慌てた声も遠くなる。
そして心地よく微睡むように。
木崎の意識は闇に落ちていった。
今夜8時にもう一話投稿します