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プロローグ

約一年ぶりの投稿になります

よろしくお願いします

 


 その空は戦場だった。


 東京湾直上。高度7000m。

 上を見れば果てなき蒼穹、下には雪白の雲海が広がる世界。遮るものなく照る太陽は頂上からやや傾いた位置に居座り、強東風に流され高積雲の塊が空を泳いでいる。


 その穏やかな景色を、鈍色の閃光が切り裂いていった。

 白雲をかき分け姿を現したのは、二体の巨人と、それを追う四体の怪物ども。怪物が執拗に砲撃を浴びせかけ、巨人はヒラヒラと舞いながら砲撃を掻い潜る。


『デネブ12(トゥエルブ)よりレグルス(エイト)! ここは俺が食い止める! お前だけでも逃げろ!』


 切羽詰まった焦燥の声が無線機から聞こえる。それは明確な脅威を前に下された苦渋の判断。

 巨人の一体に乗る少女───四ノ宮(しのみや)光咲(ありさ)は、もう一体に乗る隊長からの言葉に悔しげに顔を歪ませた。


「……できません! 隊長を見捨てるなんて!」


 モニター越しに見える四つの影。禍々しい姿をした敵性ユニット。

 奴らが急襲してきてから、既に30分近く経過していた。6名いた小隊は、もう彼女たち二人しか残っていない。次々と友軍機は撃墜され、四ノ宮は隊長と二人、敵の猛攻から逃げ回っていた。


 そして今、隊長は自分を置いていけという。

 彼の機体は、左腕が肩から先が無くなっていた。先ほど四ノ宮を庇って、敵に抉り飛ばされたのだ。ひび割れた損傷部から赤茶色のオイルが滴り、白面の雲海に染みを作っては消えていく。


「私も戦います! この機体なら4体が相手でも……!」

『ダメだ! そんな甘い考えが通る状況ではない!』


 だが、食い下がる四ノ宮を、隊長は強い口調で遮る。

 彼にもまた四ノ宮との共闘を認められない理由があった。

 否、彼女だけは絶対に帰還させなければならなかった。


「ですが…………」

『お前が乗っている()()()のことも考えろ!』

「……っ!?」


 ハッと四ノ宮は息を呑む。

 視線が画面から自分の手元へと移った。

 肌が白く筋立つほどに強く握り締められた二つの操縦桿へと。


『お前が乗っているその機体はなんだ! 答えろ四ノ宮!』


 コードネームではなく、名前で。画面越しに四ノ宮を真っ直ぐに見据えて隊長は問いかけた。

 四ノ宮は瞳を潤ませ、食いしばった歯の間から絞り出すように答えた。

 人類の希望を懸けた新型機である、彼女が乗るこの機体の名は、


「……GS-001、〔ヴァイツ〕です」


 それを聞いた隊長は、言い聞かせるように言葉を重ねた。


『ならお前の役目は戦うことじゃない。生き延びることだ』

「………」


 返す言葉が見つからない。

 そんなこと、彼女も頭では理解しているのだ。しかし心がそれを受け付けない。相反する二つの思いが、胸の奥でぶつかりせめぎ合っていた。


 四ノ宮は喘ぐように苦しげな息を漏らす。

 共に戦いたい。けれどそれは許されない。

 その葛藤の狭間で、



『……あいつらの死を、無駄にするな』



 それは殺し文句だった。


『さあいけ四ノ宮! これは上官命令だ!!』

「…………了解っ!」


 素早く操縦桿を動かし、アクセルペダルを踏み込む。

 回頭、点火。フライトユニットが巡航形態へ変形し、噴射口から噴き出す蒼炎が機体を雲海へと押し出した。


『……生き延びろよ』


 スピーカーから小さく聞こえたその呟きにも、四ノ宮は振り返らなかった。

 頬を伝う雫を振り払うように、彼女は機体を駆った。


『さぁ来いバケモノ共ッ……! この先には絶対にいかせな───』


 ───それきりノイズ混じりの音声通信は途切れ…………二度と繋がることはなかった。


「……ッいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 少女の慟哭は、厚く気密されたコクピットの中に閉じ込められ、誰にも届くことはない。


 画面の端、爆散する最後の友軍機。砕け散った機体の破片は陽光に煌めきながら、眼下を占める雲の海へ消えていく。

 その残骸の中に居たであろう、つい先程まで言葉を交えていた隊長は、もうこの世には居ない。共に同じ空を駆り笑いあった、空戦第二十八小隊の仲間たちは、皆既に冷たい亡骸へと成り果て、雲海へと散っていった。


「あっ……ああっ……!」


 悲しみと怒りと悔しさと、いろんな感情がごちゃまぜとなり溢れ出ようとする。

 嗚咽が、涙が、止まらない。まるでひび割れた心臓に杭を打たれているかのようだ。声が掠れるほどに叫んでも、喉を突き破らんばかりに痛みがせりあがってきた。


 四ノ宮の哀哭が木霊するなかで、隊長機に群がった灰褐色の塊が晴れた痕は、既に何も残っていない。

 雲海の上にホバリングする者たちの両腕は、友軍機の中に通っていたオイルで皆一様に濡れていた。

 赤茶色の液体がまるで血のように雲の中へ滴る。

 流れる白の海に一瞬だけ染みを作って、やがて儚く消えていく。


 ……そして、四体の襲撃者(エネミス)は、その無機質な赤い目を四ノ宮へと向ける。

 それはきっと何気ない動きだったのだろう。

 そう。それは………



 次の獲物を仕留めるための───



次話は本日19時に投稿します

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