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Barに吹く、あの夏の風

作者: つかさ こうじ

縦読みを想定した文章ですので、可能であれば縦読みしていただけますと幸いです。

それでは、あの夏へ…。

 

 三〇代が終わろうとしていた。

 ひとによれば人生の底、深い海溝に沈んだ誰にもかえりみられない船の底のように感じられたことだろう。しかし、僕はその船内に残った僅かな酸素を吸ってかろうじて生きていた。生きて、“おおい、僕はここにいるぞ、生きてるぞ”と冷たい船底を叩き続けていたのかもしれない。

 この夏は、そんなふうに過ぎて行った。桜の花散り果てる頃に交通事故に遭ったのだ。入退院を繰り返し、手術もしたが後遺障害が残った。仕事も失った。不自由な身体を引きずりながらのリハビリの日々。何もできない苛立たしさ。

 いささか特殊な夏だった。ある夏から僕の上を通り過ぎて行った幾多のそれのなかで。そのあいだ、どうしても僕は、別の意味で特別なその夏を思い起こさずにはいられなかった。



 病室のベッドの上で、するはずもない潮の香りがする。これまで僕を通り過ぎて行ったどの夏よりも少しばかり強く、それは僕を取り巻いていた。



 僕は常々こう考えている。よい物語には始めと終わりがあるものだと。終わりのない物語を綴ることは、僕、とりわけ今の僕にとっては辛い作業だ。



 “語られるべきよい物語がある限り、人生捨てたものじゃない”という、ある映画の冒頭にあった台詞が、何故かいま、僕の脳裏にこだまする。繰り返し、繰り返し…。そういえば、その映画もある船を舞台にした物語だった。たしか最後にはその船もまた沈んでしまい、主人公も運命を共にする。



 僕がこれから語る物語は、はたしてよい物語だろうか?

 誰にわかろう。僕自身がわからないのだから。

 そして、語り終わったとき、ナミや僕に救いがもたらされるかどうかもわからない。

 ナミは今も同じ生活を送っているのかもしれない。夏を追い求めて。彼女はまだ充分に若い。

 あるいは、あの夏のなかで永遠に一〇代のままなのかもしれない。



 とにかく、これは僕が冷たい鋼鉄の板を叩き続けていた夏の物語ではない。

 五山の送り火が過ぎて、病室の窓から見える北の空にはカシオペアが輝くようになり、京の街に秋がおとずれつつあるこの日々でも僕にとってこの夏はいまだ過ぎ去っていない。同様に、あの夏の物語も終わっていない。

 終わりのない物語に意味なんてない。

 おそらくは。



 この物語はこの殺伐とした人生のなかでいささか特殊なふたりが肩を寄せ合ったこころ暖まる物語かもしれないし、何処にも行きようのない時間をいっとき共有したというだけのエピソードかもしれない。もちろん、それが語るにふさわしいよい物語であるのかさえわからない。ただ、あの夏からずっと、彼女に対する贖罪をすべきだという考えが僕の中にいつもあった。僕も自分を幾分か磨り減らしてしまったけれど、僕が唯一、女性を磨り減らしてしまったことに対する贖罪だ。

 果てることのないこの孤独のなかで、今の僕にできることは言葉を綴ることしかない。

 だから語ろう。

 あの、終わることのない永遠の夏を。

 ナミと僕はそれぞれの一〇代、二〇代の最後の夏を共有したのだ。出口のない、すなわち救いのないこの物語において、僕達ふたりは何処へも行けなかった。

 ただ、夏だけがそこにあった。



 二十九の夏が始まった頃だった。もう記憶は曖昧な、しかし、厳然ともした霧のなかに薄れゆきつつあるのだ。そのことに愕然としながら、僕は言葉を綴る。今はそういう時間なのだ。



 僕は東京にいた。

 アパレル関係者が首都圏の中を西へ西へと移り住んでいくなかで、僕はひとり、千葉寄りの葛西に住んでいた。仕事とプライベートを切り離したいという思いもあったし、京の街への憧憬(愛慕、と言ったほうがしっくりくるような気もするが)押さえきれず、どうせ首都圏に住まねばならないのなら京の街にないものの近くへ、という想いが僕をその場所へと導いた。

 海、である。

 人工の海岸線とはいえ、海とその周りにある公園は僕の癒しとなった。その公園にはおまけに水族園まで付属していた。1Kのアパートには南向きの三畳程度のベランダが備わっていて、そこから見える空は、広かった。

 上京して最初に住んだ混沌のような街から引っ越してきたのには海とそのベランダと、もうひとつ理由があった。近くに女友達がふたり住んでいたからだ。ひとりは社会人になってから知り合った。もうひとりは学生時代からの親友で、お互い好意以上のものを抱いていたが、それは微妙なバランスの上に成り立つ関係だった。僕達は奇跡的にそのバランスを取り続けていた。

 もちろんふたりともに魅力的な女性だし、どうして友達(もしくは親友)以上に発展しなかったのかはわからない。自分で言うのもなんだが、僕には男性一般に対する女性特有の警戒心を解くような何かがあったのだ。

 よくよく考えてみると僕は、その人生の道が僕のそれと交錯する女性達にとって居心地の良いBarみたいなものだったのかもしれない。彼女達をほどよく気持ちよくさせる何かがあって、それでいてその場所にいても何も求められない。彼女達はふらりと扉を開け、好きなだけ滞在し、また好きなときに出て行く。そして、僕は少しだけ磨り減るのだ。何が、というわけではない。とにかく磨り減る。見えないくらいの分量の人生か何かが、確実に磨り減っていく。

 もちろん僕にとっても幾分かは見返りがあった。幾許かの楽しい時間を彼女達と共有し、それは仕事以外の時間を彩ってくれる。彼女達から求めてくれば、寝ることもあった。僕にも自由意志は存在し、寝ない選択肢を選んだことも多々ある。もしそこで、何時かの場面で違うパラグラフを選んでいたとしたらこのBarはもっと早く閉めることになったかもしれない。いろんな女性が扉を引き開けて入り、また押し開けては出て行った。友好的な思い出もあれば、何かに怒って出て行った女性もいるが、それはほとんどないに等しい。出て行った何年か後にまたドアを開ける女性もいれば、もう二度と訪れない女性もいた。そういった場合、大抵は家庭を持ち、もうBar、そう、僕なんかに用事はなくなるのだ。

 この物語は、そんなある週末から始まる。

 僕のBarの扉を開いたひとりの女性と、僕がただ一度だけ、自分のそれと同じような場所に迷い込んだある夏の物語だ。

 ナミも、彼女自身のBarで自らを磨り減らしていた。

 お互いに出口を見つけられないまま、それぞれ自分を磨り減らしていった。ひと夏かけて。

 そもそもBarには出口なんて存在しないのかもしれない。入口と、同じ扉をくぐって出て行くだけなのだから。



 海の近くのその町では、上手く自分自身でいられる気がした。仕事詰めだった当時の僕にとっては重要なことだ。とても。

 深夜、仕事を終えると地下鉄を乗り継いで帰宅する。それは大きな川を越える辺りで地上に出て、高架を走った。鉄橋を渡ってしまうあいだに僕の中でなにかがカタンと切り替わる。仕事から自分の時間へ。休日以外は就寝までの数時間だけれども、“自由”とも言えなくもないなにかがそこにはあった。

 仕事の性質上スーツは着ないですんだし、始業時間さえ守ればあとは好きにしてよかった。食事も都合のいい時間に摂れたし、休憩時間には食堂のソファで泥のように昼寝だってできた。深夜に及ぶ残業で帰宅できなくなれば駅前の提携ホテルに泊まることもできた。もっとも、徹夜で仕事をすることのほうが多かったのだが。休日出勤も多く、最長の連勤は二十一だった記憶がある。けれど、何事も自己裁量で仕事できたし、利益さえあげれば何も言われなかった。

 それでも、僕の追い求めていた本当の“自由”は手を伸ばした、ほんの少し先にあった。いつでも。



 休日はまた少し違う。

 休日には何も考えない。何もしない。朝そこそこに目を覚まし、ベランダに置いたガーデンチェアで読書しながらブランチを摂る。お気に入りのCDをかけることもあれば、適当なFMをただ聞き流している日もあった。食事を終えるとディパックにペットボトルのミネラルウォーターと読みかけの文庫本をいれて自転車を走らせる。海へと。マウンテンバイクでもないし、ロードタイプでもない自転車だ。引っ越して最初に買った。家具より先に。もっとも、海が近いせいですぐに錆が浮いてきて閉口したけれど。

 服を扱う仕事だけに、起きている間は全て仕事になってしまう。

 休日に街へ出てしまうと店も見なきゃいけない、道行くひとの着こなしも気になる…正直きりがないし、休んだ気にはならなかった。だから、原宿や渋谷には滅多に出なかった。東京に出て二年でそういう場所には飽きた。モノを生み出すパワーよりも消費する欲求やわけのわからない降り積もる欲望に目眩さえするようになったからだ。

 自転車に乗れない雨降りには、同じく文庫本を持って有楽町や銀座のカフェで読書をした。中学時代から僕は活字中毒だったのだ。何故有楽町や銀座まで出掛けるのかというと、そこには空があったからだ。雨降りでさえ、傘のひさしから覗き見るその辺りの空は、東京の街の中では一番広かった。それは、僕に“自由”を連想させた。



 東京では季節の移ろいに気づきにくい。

 電車や建物、地下街までもエアコンが効いているし、晴れようが降ろうが外にいない限りほとんど関係ない。ただ、僕だけは自転車とベランダと海のおかげでそれが記録的少雨だった梅雨の終わりを感じていた。その日の霧雨と、まだ暑くなりきらない空気がそれを体現していたのだ。

 霧雨、とはいえそれは間断なく降り続けていた。海辺で読書とはいかないくらいの降り方だった。僕は頭のスイッチを切ったまま、長袖の白いヘンリーネックTシャツに穿きこんだジーンズ、濡れてもかまわない生成り色のバスケットボールシューズという格好で、気の早いカフェで冷房が効きすぎていたときに羽織るためのデニムジャケットと文庫本一冊をキャンバス地のトートバッグにいれてアパートを出た。

 地下鉄を乗り継ぎ、有楽町の奥まったところにあるカフェまで歩いた。ここはちょっと見つけにくい場所にある。銀座の歩行者天国がどれほど混雑していても、デパートの催事がどれほど魅力的であるときでも、いつも適度な混み具合だった。カフェ特有の物音が、控えめなボサノヴァのBGMと混じりあい心地よかった。思ったとおり冷房は効きすぎていたが、ラタンのひとりがけの椅子にはブルーのブランケットが用意されていた。白い格子状のパーテーションの向こうでは身なりの良いふたりの主婦らしき女性達が大きすぎも小さすぎもしない音量で笑った。

 僕はもともとはカフェよりも昔ながらの喫茶店が好きだ。BGMはクラッシックで、美味しいコーヒーと、ケーキといえばチーズケーキしかないような。高校時代には出たくない授業をさぼっては、そんな喫茶店で、コーヒー一杯でねばりながら学内進学試験の勉強をしたり、手紙を書いたり(まだ携帯電話もメールもない旧き良き時代だった)、デートの待ち合わせをした。

 広い東京のなかでそんな店を見つけるのは至難の業だ。なにしろひとが多い。休む場所を見つけることすら難しい。ましてや、居心地よく読書しても店員に追い払われない店なんて…。

 そんなわけで、何年か前の雨の日にその店を見つけたのはそれまでの東京暮らしのなかでいちばんの僥倖ともいえるだろう。それ以来自転車に乗れない休日にはそこに通い続けている。店の名前は覚えていない。僕の悪い癖だ。

 家事が好きなわりに、食事には無頓着だった。ビーフシチューを作る冬の休日以外は。そうして食事もそこそこに活字の世界にどっぷり浸かっていた。僕にしかわからない一定の基準はあったにせよ、仕事以外の時間は活字と映画と音楽に溺れて過ごした数年間だった。



 東京では現実世界のBarにもほとんど行かなかった。学生時代、あれほど飲み歩いた僕が、である。もちろん理由はある。仕事仲間とは気が合わなかったし、酒を飲むスタイルも違った。だいたい、誰がそんな席で仕事の話をしたかろう?ひとりで通う店を見つけるにはこの街は広すぎたし、終電に縛られるのも好きじゃなかった。

 それにしばしば京都に帰っては飲み歩いていた(アルコール自体よりもBarという空間が好きだったのだ)。そんな店の片隅で、幾人かの女性が僕の内なるBarへの扉を開いてやって来ては、また出て行った。まだ若かった僕はそれで充分満たされていた。

 彼女達といったいどんな話をしたのかよくは思い出せない。まぁ、だいたいがそれ自体、デートになっていたのだろう。



 とにかく、その夏の始まりの日といっても差し支えない日曜日に読んでいたのは村上春樹だった。ナミが発した最初の言葉が“行き場のない話が好きなの?”だったから、克明に印象に残っている。

 ナミ(もちろんまだ名前は知らない)が隣のテーブルに座ったことには最初気づかなかった。ただそっと僕に向かって話しかける声が聞こえたのだ。見ると、僕の右側にこの季節には早すぎるが、ちょうどよく小麦色に灼けた肌をしたショートカットの女性(正直に言うと、“女の子”にしか見えなかった)がひとりでオーダーを取りに来るのを待っていた。髪は茶髪、までいかない茶色で、小豆色のロングワンピースにほっそりした肢体を包み、肩には白いニットのカーディガンを引っ掛けていた。足元は天然素材のサンダル。お揃いのかごバッグ。細く長い指の先には控えめな薄い水色のネイルをほどこしていた。目に見える装身具は涙滴型のアメジストのピアスのみ。すれ違っても取り立てて強い印象は残さないが、なにか独特の存在感があった。僕はいささか混乱した。真昼のカフェで、東京では見かけない、いや、京都でも、それまで訪れた日本中のどの街でも出逢ったことのない雰囲気をもった若い女の子に突然話しかけられたからだ。

「『国境の南、太陽の西』だよ、村上春樹」僕はまだ混乱から抜け出せないでいた。

「私も好きよ、その作品」

「どうして内容がわかったの?その、本のことだけど」その文庫本には革のブックカバーをかぶせている。

「あなたの目が、どことなく哀しそうだったから」女の子がそう言うと、眉間に少しシワが寄る。

 僕の混乱は、その子の不思議な雰囲気によって幾らかおさまった。今はわかる。彼女は僕の内なるBarに通じる扉を開け、僕もまた人生で初めての扉に手をかけた瞬間だった。

「私もよく本を読むわ。春樹だけじゃないけど。波を待つ間に海岸でね」

「僕も晴れた休日には海辺で本を読むよ。…波を待つってマリンスポーツやるの?」

 彼女は申し訳ないような微笑を浮かべた。この世にはそういう種類の微笑が存在するのだ。また彼女にはそういう表情がしっくりときた。

「サーファーなの」

「プロの?」

「いいえ、あくまで趣味…にしては少々行き過ぎてるかも」

「それにしてはあまり灼けてないね」

「もとが白いのよ。それに今年の夏はあまり波がよくなかったから」

 僕はまた混乱した。まだ夏はこれからなのだ。僕の怪訝そうな顔を見て、彼女はさっきより微笑みの度合いを幾分増した。

「南半球。オーストラリアから帰ってきたばかりなの」

「なるほど」

「私、日本の冬はオーストラリアにいて、夏になったら帰ってくるの。で、バイトしてお金貯めて、またオーストラリアへ行くの」

 僕は本を閉じて、ぬるくなったコーヒーを飲み干した。この子はどうして見ず知らずの僕なんかにそんなことをしゃべるのだ?疑問と共に興味が湧いた。見透かしたように彼女が言った。

「ごめんなさい、読書のお邪魔だったわね。私、日本語に飢えてるみたいだわ。見ず知らずのひとに話しかけたりして」

「いや、もう数え切れないくらい繰り返し読んでるんだ。別にかまわないよ」

 彼女は形のよい顎に手をやって少し考えてからこう言った。その場所にはよく見なければわからないほどの傷跡があった。

「ねぇ、店、出ない?オーダーもまだ取りにこないし、雨もこれくらいなら平気よ…あの、あなたさえよければ」

「名前は?」

「えっ?」

「僕らはまだお互いの名前も知らないんだよ、気づいてなければ、だけど」

 彼女は少し赤くなって笑った。

「僕はコウジだ。君は?」

「ナミ」

 そうして僕達の忘れがたい夏が始まった。



 ナミと僕は店を出ると銀座方面に歩き出した。雨はさらに細かくなり、傘をささなくともほとんど気にならない程度になっていた。

「こんなふうなことってよくあるのかい?」僕はナミに聞いてみた。彼女の背丈は僕とほぼ同じくらい。すらりとした手足がそれ以上に高く感じさせた。

「まさか…初めてよ、私。日本に帰ってきたばかりで日本語を話したかったのと、さっきバイトの面接がおわったところでね、緊張が解けてなかったみたい。それにあなた…すごく哀しそうな、悩ましそうな顔してページめくってるんだもの」ナミは僕の左側を歩いていて、そっと僕の腕に触れた。僕はまた混乱した。どうやらナミにはそういう力があるらしい。

「ねぇ、歳、当てていいかな?」

 ナミは歩調を緩め、僕の顔を覗き込んだ。僕は少し赤くなったに違いない。彼女が可笑しそうに笑ったからだ。

「コウジさんはいつもそうなのかしら?出逢った女の子の年齢当てるの?聞き出すのじゃなく?」

「ちょっとしたコツがあるんだよ。昔は誕生日まで当てられたもんだよ」

「コツ?」

 僕達はまた歩き出した。ゆっくりと。肩を並べて。

「まず、その女性からイメージできる花を想像するんだ。大抵ははずれない。誤差はあるけどね」

「花?私のは?」

 僕は考えるふりをした。それは第一印象ですでに決まっていた。

「コスモス。夏の終わりの花」

「で、幾つ?」

「十九。誕生日は九月だろ?」

 ナミは立ち止まって僕の左腕をつかんだ。その、目を見開いた表情に、はからずも僕の胸の奥でコトリと何かが動いた。

「当たったぁ、両方とも正解よ。九月二日が誕生日なの。どうしてぇ?どうしてそんなのでわかるの?あなた占い師か何かなの?」

 これは本当なのだ。だいたい花でわかる。周囲に女の子が絶えずいた、華やかなりし学生時代の遺産。

「まさか。アパレル関係の仕事をしてる。今度はナミちゃんの番だよ」

「えー、そんなのわかんないよ。それに、私のこと、ナミでいいわよ。オージーの友達ばっかりだから、NAMIって呼ばれることに慣れすぎちゃって」

「でも、まだ出逢って二十分も経ってないんだよ」

「意外と形式にこだわるのねぇ。私もコウジって呼ぶわよ」

 ナミはちょっと膨れた顔をしてみせた。本当に純粋なのか、それとも年齢のわりには男慣れしているのか、あるいはそんなことがあるのかどうか定かではなかったが、そのどちらもなのか。

「コウジ、か。そんなふうに呼ばれたことないけど、ナミがそう呼びたいなら。どちらかというと、気に入ったかも」

 ナミは後ろ手に組んで僕の正面にまわった。つま先とかかとで交互に身体を揺らす。

「合格」


「え?」

「コウジがもし、“気にしない”とか“かまわない”って言葉を選んだならここでサヨナラしようと思ってたんだ。だってそんなの上から目線じゃない。コウジが私より年上だってことはわかるわよ。でも、友達ならフィフティ・フィフティじゃなきゃ」

「よかったぁ、ほっとしたよ」

 本当にほっとしたのだ。僕はナミのどこかに、決定的な魅力を感じていたからだ。正直なところ、ナミは微妙に好みのタイプ、というかいつも惹かれてしまう女性のタイプとは違ったのだが、そのぶん、新鮮ともいえた。彼女は立ちどまって顎に右の人差し指をあてると僕の顔を見やる。また、眉間に微かなシワが浮かんだ。

「ん~、二十五位?それに夏生まれでしょ?」

 僕は笑った。大抵の場合、若くみられる。

「夏生まれは正解だよ。誕生日は八月十三日。でもずいぶん若くみえるのかな?もう二十九だよ、あと二ヶ月もしたら三〇だ」

「え~、嘘、みえないよぉ」

「嬉しいね。夏生まれはどうやって当てたの?」

「昆虫」

「え?」

「女の子が花でしょ?だから男のひとは昆虫を連想してみたの」

「カマキリとか、クワガタとかが頭に浮かんだから、夏かなぁって」

 僕は大笑いした。ナミは面白い。じつにユニークで頭の回転も速い。

「虫かよ、男は」

 そんなふうにしてあの夏は始まったのだ。ナミと僕はこの東京で、しばらく肩を寄せ合うことになる。



 どこをどう歩いたのだろう。そのうちに雨は止んだ。

 僕達はぽつぽつ話しながらあてどなくその辺りを歩いた。ナミも僕もデパートはあまり好きではなく、ウィンドウショッピング、とまではいかなくとも、路面店の靴屋でスニーカーを見て歩いたりした。僕のバスケットボールシューズがいささかくたびれはじめていたからだ。ナミと僕には余分な会話が必要ではなかったことが心地よかった。知り合ったばかりの男女にありがちな、あの沈黙を埋めるためだけの不毛な会話が必要ではなかったのだ。なにかがしっくりとしていた。年齢差も、フリーターとワーカホリックであることも、なんの障害にもならなかった。

 ナミと僕の共通点は他にもあった。ふたりとも葛西に住んでいたのだ。僕は東西線の北側で、ナミは南側だった。



「ねぇ、そろそろ帰らない?」六時をまわった頃、有楽町の駅にほど近い生活雑貨の店を出たときにナミが言った。

「その、食事でも、と思ってたんだけど」

「下心なしで?」

「下心なしで」

 ナミは少し考えるふりをした。だいたいナミぐらいの歳の女の子は十五種類の断りかたを知っている。そういう技術は高校生くらいから身につけ始め、三○代半ばまで普遍なのだ。

「明日から仕事だし、今日は帰るわ。銀座で食事なんて気分でもないし」

「じゃ、面接、うまくいったんだね。おめでとう」

 僕は少しがっかりしていたが悟られまいと言った。ひとり暮らしは気楽なぶん、孤独でもあったし、ナミのような素敵な娘ともう少し時間を過ごす、そんな休日の締めくくりがあってもいいのではないかと思っていたからだ。あいにく、その時期の僕は一緒に食事をするような女友達に事欠いていた。近所に住んでいる気のおけないふたりの女友達には最近それぞれに恋人ができ、誘いづらくなっていたからだ。もちろん、下心はなかった。まだ十代だぜ?

 僕のつまらない強がりは見透かされていた。

「バイトだけど、土日は休みにしたの。だから来週逢いましょ」

 ナミはごめんなさい、という微笑を浮かべた。ナミぐらいの年頃になると、デートの断りかたと同じくらいの数の微笑みかたを会得している。僕達は地下鉄銀座線の駅に下り、電車を待ちながらそれぞれの携帯を取り出すと連絡先を交換した。



 休日とはいえ夕方の東西線は混みあうのだが、その日は、乗り換えてすぐに僕達は座ることができた。家族連れ、休日出勤のサラリーマン、都心で遊んできたのだろう、学生のグループ。向かいのつり革に背の高い外国人ビジネスマンがつかまり、何かの書類を読んでいた。つり革一つ空けてスーツスタイルの女性が本を読んでいた。電車が鉄橋を渡りきるときにふたりは互いに目を合わせ、微笑みかけた。そしてキスをして、それから何事もなかったように書類と読書に戻っていった。素敵だった。それは完全にプライベートで自然なキスで、ナミと僕以外には車内の誰も気づいていないようだった。

「素敵ね」ナミがほんの少しばかり僕の肩に体重を傾けて言った。もっとも、それは僕の気のせいで、たんに電車が揺れたからかもしれなかった。



 葛西駅の西口で僕達は別れた。さっきの素敵なカップルはずっと先まで行くようだった。もしかすると休日の電車でキスすることが彼らのデートなのかもしれない。



 僕はパスタを茹でるための湯を沸かしながら、ベランダでひとり、ギネスを飲んでいた。七時過ぎからディズニーランドの花火が見えるのだ。もちろん平日には観ることはできない。時間的に。だから週末の最高の楽しみだった。フィナーレを迎える花火を遠目に観ながら、ナミの部屋からも見えるのだろうか?と考えている自分に、ふと気づいた。



 そんなふうな出逢いだった。

 トウキョウ。

 風変りな街だ。それは実際には幾つもの違った個性のある町の集合体であった。どの町にも共通することはとにかくひとが多いこと。よくベランダで夜風に吹かれて家々や駅周辺の高層マンションの灯りを遠目に眺めながら、その灯りの数だけ、いや、それ以上にたくさんの僕と同じようなひとがいて、それぞれの生活を営んでいるのだと思うと、何とも言えない不思議な気持ちになったものだ。

 そんなときの僕は、自分の人生がまるで誰かからの借り物のそれのように思えて、時々哀しくなった。

 東京に出てきて、気づかないうちに七年が経っていた。

 よく夢見がちに思われるが、実際は非常に現実的なパラグラフ、というか必然的にこの街に出てきてしまっていた。

 だいたいにしてそういうふうに生きてきた。

 学生時代には興味のある講義しかとらなかったし、そうした講義はその他の必修科目よりも断然よい成績だった。

 ジーンズをはじめとしてカジュアルな服が好きだったから、スーツを着る仕事はごめんだった。だからジーニングカジュアルを企画生産する企業に就職した。その会社がたまたま東京にあったわけで、特に上京したいという思いはなかった。したい仕事が、そこにあっただけだ。広報部門採用だったが、何故かモノづくり畑の部門長に気に入られて企画生産部に配属された。そのうちにその職種にどっぷりと浸かってしまい、以来動くことができなくなった。期待もされていたし、それに応えようともした。おかげで超過勤務もいいところだったし、今で言う“ブラック企業”なのかもしれなかったが、それなりの報酬はもらっていたように思う。なによりモノづくりの現場が好きになったから生来の飽きっぽさ(適度な飽きっぽさはモノづくりにプラスに働く。新しいモノを生み出す原動力になるからだ)でデスクに齧りつくのに嫌気がさすと、縫製工場や洗い工場、地方の営業所でも行われる展示会や商談に立ち会うために出張へ出た。出張は楽しみだった。特に西への出張は週末に絡めて京都に立ち寄っていた。今思えば、そうした時間が僕を何処かにつなぎとめる数少ない接点だったのだ。

 学生時代に半同棲のような生活を送ったひとつ年上の恋人とは、四回生の冬に破局していた。その後社会人になり、東京でひとり暮らしを始めた矢先に人生の転機となるような出来事がふりかかり、僕はしばらく特定のパートナーを積極的にはつくろうとしなかった。もともとひとと群れることが苦手な僕の一面は、そのことでさらに強固なものとなった。やがて、その自主的謹慎ともいえる期間が過ぎ、ある成り行きで社内の一年後輩とつきあうことになるのだが、いざつきあってみると僕にとっては子供過ぎる女性だということがわかった。僕から別れを切り出したたったふたりのうちのひとりだ。その後は東京で、京都で、何人かの女性とかかわりあい、恋に落ち、恋もされたが、いかんせん仕事が忙しすぎた。よく上司に“プライベートを見せない男”とからかわれたが、見せるべきプライベートなんてなかったのだ。

 僕はトウキョウでひとり彷徨っていた。ほかの誰かと同じように。



 翌週も忙しかった。満員の東西線に揺られ出勤。外線、内線問わず絶え間なく電話が鳴り響くオフィス(まだそれほどメールはビジネスシーンでは普及していなかった)での目の回るような午前中を切り抜けると、食堂で文庫本片手に急いで昼食を終える。三十分ばかりソファでまるまって眠り、それから午後の勤務に就く。自分の担当ブランドの販売予測を立てながら、分刻みの商談の合間に資材の手配をし、発注書を切り、受け持ちの縫製工場の生産予定を組む。夜、ひとけの少なくなったオフィスで、来シーズンの企画を練ってから深夜に帰宅。もちろんサービス残業だ。そうして一週間が過ぎた。



 金曜の深夜、帰宅した直後に携帯が鳴った。ナミからのメール。



 本気でナミからの連絡を期待していたのかどうかも、何故自分から連絡しなかったのかもわからない。ただ、連絡はあると確信していた。僕達はひとの絆あやかな大都会で、霧雨の午後に出逢ったのだ。その事実がどれほどナミと僕を結び付けたかについてはなにか直感のようなものがあったからだ。

 “コウジ、元気?”とそのメールは始まっていた。“忙しかったのかしら?私も忙しかったわ、それなりに。明日のお昼、海に行かない?お昼は私がサンドウィッチ作っていくわ。嫌ならコンビニで買ってきて(笑)。”

 “ナミ、連絡ありがとう。今週もバタバタだったよ。いいよ、明日は休める。出張もなし。サンドウィッチご馳走になる。公園の入り口でいいのかな?”

 すぐに返信が来た。“公園の入り口にお昼頃。”

 “わかった。雨が降らないといい。”

 僕はなんとか入浴を済ませると駅からの途中にある終夜営業のスーパーで買った弁当を食べて眠った。



 翌日は気持ちのよい天気だった。暑すぎもせずにきれいに晴れ渡っていた。僕はシャワーを浴びるとその夏初めてのショートパンツとコットンニットのポロシャツを身につけた。海外出張のたびに買い足していたバナナリパブリックだ。トートバックにはいつものミネラルウォーターとデニムジャケット、少し迷った末に読みかけの文庫本をほり込み、素足にビルケンシュトックのサンダルを引っかけて自転車で出掛けた。

 公園まではほぼ南に一直線だった。東西線の高架をくぐり、十分ばかり幹線道路を走る。気持ちのよい海風に身体をさらしながらもう一度、今度は首都高の高架をくぐると臨海公園だった。まだ約束には早い時間だったから僕は短いほうのサイクリングコースを走り、少し汗ばんだところで入り口に戻る。

 それでもまだ約束の時間には早かったが、入り口の木陰にたたずむナミの後姿が見えた。ブルーを基調とした花柄のロングワンピースに先週と同じサンダルとバッグ。真っ白な日傘。僕はナミの前で自転車を降りた。

「おはよう。ごめんごめん」

「おはよう。待った?」ナミが強くなりつつある日差しに目を細めて言う。

「いや、早く着いちゃったからコースを少し走ったんだ。雨の日はカフェ、晴れの日には海風が休日モードに切り替えるのに一番だから」僕は自転車を押し、彼女はその左側を静かに歩いた。どちらが合わせるでもなく、自然に歩調が合った。公園のレストランの横に自転車を停め、ふたりで海のほうに歩いた。肩を触れ合うでもなく、離れるでもなく、それは“友達の距離”だった。とても心地のよい距離感。幾分もの哀しいそれでもあった。

 運河にかかる橋を渡ると、人工とはいえ、左右に海岸線が広がっていた。もう子供連れの家族やら、恋人達の姿がちらりほらりと見える。まだ少し冷たそうな波打ち際では裸足で遊んでいる子供もいた。微かに潮の香りがする。

「ナミは右側と左側、どっちが好み?」

「右側」ナミは躊躇う事無く歩き出した。僕はあわてて後を追う。サンダルに砂が入る。

「僕も右側にいつも座る。海岸の終わる辺り」

 右側は海を取り囲むように緩くカーヴしていて、僕はいつもその突端辺りのコンクリートでできた護岸に腰掛けて読書をする。それに飽きると身体を灼くこともあった。

 ひとには落ち着く場所、もっと言うとごく限られたテリトリーのようなものがあるものだ。ある場所まで来るとナミは迷わず立ち止まった。

「ここにしましょ」

 そこはこの小さな海岸の中でもひとけの少ない、海と運河に挟まれた静かな場所だった。

「ひょっとして、僕を見かけたことがあるのかな?ここで。夏だろうが冬だろうがここに座るんだ」

 ナミは手持ちの微笑のなかから、一番謎めいたものを引っ張り出して浮かべた。

「ここがいいの」



 全粒粉のパンにローストビーフとレタスを挟んだサンドウィッチだった。

「昨日の昼間にローストビーフ作ったの」ナミが言った。

「オーブンのあるキッチンなの?」僕は十九の娘がローストビーフをオーブンに入れる姿が上手くは想像できなかった。


「叔父の持ってるマンションなの。だから設備は整ってるわ。普段は使わないから夏の間は借りるの」

「ひとり暮らし?」

「そうよ。母は私が小さい頃に交通事故で亡くしたし、父はイタリアにいるわ。ミラノかどこか。実家と呼べるものがないのよね」

「そうか。お母さんは気の毒なことをした」僕はこういうときにどんな言葉をかければいいのか、いまだにわからない。僕にはいささか現実感に欠けるところがある。

「お父さんは仕事で?」

「そう。叔父とふたりで陶磁器の輸入業をやってて、まぁ、成功はしてるんじゃないかしら。ほとんど日本に帰ってこないから、もう何年も会ってないわ」

「叔父さんは?」

「同じくイタリア。アンジェラっていうイタリア人と結婚して、イタリアの永住権もとっちゃったから、もう帰ってこないわね。ただ、叔母のアンジェラがだいの日本好きだから、彼女のためにマンションを持ってるわけ。ほら、葛西って東京駅にも近いし、羽田、成田に行くのも便利でしょ?全て叔母の旅行好きのため。以上、私の身の上」ナミはワンピースの上にこぼれたパン屑を払いながら言う。それはゆるやかに吹く海風に運ばれて、少し離れた海面に舞い散らばった。

「僕は京都出身だ。実家は自動車整備工場をやってる。服が好きだからこの仕事を選んだ。とはいえ、ほんとは雑誌が作りたかったんだ」

「どんな雑誌?」

「ファッション誌とか、ライフスタイル誌かな。大手の出版社一社は面接、いいとこまでいったんだけどね。その合否が出る頃にはマスコミ関連の就職戦線は終わってて、アパレルとか衣食住を扱う業界にターゲット換えした。いくつか内定もらったけど、一番面白そうな会社に入ったよ。で、今に至る」

「でも、コウジの頃って景気が悪くなり始めてた頃でしょ?就職活動って大変だったんじゃない?」

「確かに氷河期とは言われた。団塊ジュニアの世代でもあるし。でも、あんなの海で泳ぐのと同じだよ。深さは関係ない。ちゃんと泳げれば何処かにたどり着くようになってるんだ」

 ナミは少し考えてから言った。

「コウジって、表現はユニークだけど、わりにちゃんと考えるのね」

「そうかな?そうありたいとは思ってるけどね。つねづね」

 ナミは笑った。彼女の笑う声は素敵だ、と思った。

「今の仕事は好き?」ナミと僕は二個目のサンドウィッチに手をつけた。

 僕はどう伝えようかと、言葉を選びながら言った。「好きな部分とそうじゃない部分があるよ。あまり上手く言えないけど…僕の会社は主にジーンズを取り扱ってるんだけど、たまにデニムなんて見たくない日々が襲ってくる。そういう時期は地獄だね。仕事が嫌で嫌でしょうがなくなって、しばらくジーンズを穿かなくなる」

「ほらね、コウジはちゃんと考えてる。正直なのよ、自分に。大抵のひとが“仕事だからね”って言うんじゃないかしら?」

「そんなふうにはなりたくないんだ。わがままなんだよ、きっと」僕は笑った。「たぶん、サラリーマンには向いてないのかもしれないな」

「どうしてそう思うの?」

「だって束縛されるのは苦手だし、スーツすら着たくない。ほら、東西線って、混むじゃない?ずいぶんと」

「うーん、通勤時間帯には使わないからよくわかんないけど」

「とにかくひどいんだ。それに乗って、他の乗客の疲れた顔を見ていたらやりきれなくなる。あぁ、僕もこんな顔しているんだろうな、って」


「社会に、その、世の中に束縛されるのが苦手ってこと?」ナミは、眉間に軽くシワを寄せて僕の顔を覗き込む。

「そうだね。自分が自分じゃなくなっていくみたいで、あまり好きじゃない」

「ふぅん、なるほどね…わかる気がするわ。私もそうだから。私も自分らしく生きていたい」海からの風が、彼女の髪を揺らす。その風が幾らか強く潮の香りを運んできた。

 僕達は無言のままサンドウィッチの残りをたいらげた。ナミといるとそういう沈黙が苦にならない。彼女が自分のことをあまり話さないことも気にならなかったし、僕への質問も立ち入り過ぎない、なにか引き際を心得たようなことばかりだ。静かな海のようだ、と僕はナミのことをそう感じた。

「さて、これからどうする?また散歩する?それとも水族園でも行く?」

「そうねぇ、もう少しおしゃべりしてから、私の部屋に来ない?私、陽に灼け過ぎると赤くなって痛いの。だから、あまり外に居たくないわ」

「いいよ。僕もとりたてて魚が見たいわけじゃない。水族館は好きだけどね」

 僕達はそれから何を話したのだろう?たぶん、僕が行ったことのある水族館の話だ。日本は世界で最も水族館が多い国なのだ。もちろん、僕が行ったことのあるそれの数なんてしれているのだが、高校生になってデートに出掛ける頃に大阪に大きな水族館ができた。大抵の関西人はそこでデートする。恋人と別れてもまた新しい相手と行くくらいのスポットなのだ。僕は一緒に行った彼女や女友達の話をしたのだと思う。実にいろんなエピソードがあったし、その話だけで本が一冊書けそうなぐらいだ。

 それから僕達はナミの部屋に行き、心地よくエアコンを効かせた寝室で、寝た。

 ナミが選んでかけた、エンヤがながれていた。

 僕の部屋よりも海に近いぶん、そこは潮の香りに満ちていた。



 普段のナミは物静かだったけれど、ベッドの上ではまた違う一面を見せた。僕の身体の下で二度ほどのけぞったとき、アメジストの小さなピアスが揺れた。彼女はへそにも金のピアスをしていた。



 午後の気だるくも心地よい時間のなかで、ナミは僕の右腕の中でその白い背中を見せていた。半袖のウエットスーツや水着に護られていた部分はナミが言ったとおり白かった。本当に。

「ねぇ」ナミが静かに言った。

「私、誰とでも寝るわけじゃないのよ」

「わかる気がするよ」

 ナミはこちらに寝返りをうって僕の目を見つめた。「後悔しない?」

「するわけないさ。ナミのこと好きだし、男と女は寝ないとわからないこともある」

「“男と女は寝てみないとわからないこともある”それ、小説かなんかに使えるわよ」ナミが笑う。

「だって本当だもの。まぁ、友達の言葉の引用だけどね」

「コウジ、二十九でしょ?今まで何人の女の子と寝たの?」

 僕はゆっくりと両手の指を折っていった。

「ナミ、そろそろ止めてくれないか?」ナミは笑った。

「だって本当だと思ったんだもの。コウジには女の子を安心させるような何かがあるもの」

「五人くらいかな?基本的には恋人としか寝ないから」

「基本的に」ナミが繰り返す。

「そう、基本的に。成り行きとかじゃなく、一度だけ、女友達と寝たことがある。ふたりとも、当時つきあってた恋人と別れたばっかりでさ、親友の証っていうか、そんなふうに」

「それで」ナミは両肘で身体を起こしながら聞いた。「何人の女の子とわかりあえたの?」

「ひとり」

「それは恋人?」

「いや、その友達だけだよ」

 ナミは少し考えてから言った。「哀しいことね」

「哀しいことだ」



 僕達は時折まどろみながらその午後中話をした。大抵ナミが質問し、僕が答える。

 そんなふうにして、ナミはわかりあえたふたりめの女性になった気がした。僕にとっては。

 ナミにとってはどうだったのだろう?

 彼女は何も言わなかったし、僕も何も聞かなかった。



 ナミの2LDKのマンションは首都高のすぐ北側にあった。ベランダに、外から見えないように干された下着以外、一切生活感のない空間だった。そこでは、ナミの生気だけが唯一のそれとよべるような不思議な感覚があって、僕は軽い眩暈さえ覚えた。ジーンズをはじめとする大量の洋服と文庫本、DVDとCDに溢れた僕の部屋とは大違いだ。

 寝室のセミダブルのベッドのヘッドボード辺りには何冊かの文庫本が散らばっていた。もちろん、『国境の南、太陽の西』もそのなかにあった。部屋自体は八階建ての二階で北向き、海には面していなかった。そんなわけでディズニーランドの花火は見えず、その音だけが僕のアパートよりも大きく聞こえた。僕が自分のアパートのベランダから見える花火の話をするとナミは言った。

「来週行ってみましょうよ。ここから近いんだし、もっといいところから見えるわ」

「苦手なんだ、遊園地は」

「私も特に遊園地は好きじゃないけれど、ディズニーは別よ。特別な場所よ。花火だけでもね」

 僕はどう説明しようか迷ったが、正直に話すことにした。

「一度ね、行ったことがある。その当時好きだった会社の同僚とね」

「彼女じゃなかったの?」

「成り行きで寝たけど、彼女じゃなかった。俺は好きだったんだけどね、その娘はある夜寂しかったから俺と寝たんであって、好きじゃないと言ったんだ。そういう娘もいるってことさ。で、お礼にって、ディズニーに連れて行かれた。全然楽しくなかったよ」

「そんなひと、いるの?この世に」

「いたさ」

「そのひとは?」

「去年辞めた。ストレスで体調崩してね。彼氏がもう無理するなって言ったみたいだよ。俺にだけは、って先に呼び出して辞めることを話してくれた」

 ナミが考えをまとめるとき、眉間に微かにシワが寄る。そのことには出逢った日から気づいていたが、その時初めて、可愛い、と思った。

「それなら、そのひとにとってもコウジは特別な存在だったのよ、きっと」

「あのキスのせいだ」

「え?」

「その晩、その、寝た夜だけど、仕事帰りに大宮で飲んでたんだ。彼女は春日部、俺はちょうどその頃川口に住んでたから、中間地点ということで」

「それで?」

「飲んでるうちに雨が降り出して、店を出たころには本降りになってた。週末でもなかったし、駅周辺はひとけがなかった。雨宿りをしながら駅に向かってたんだけど、なんだかいい雰囲気になって雨のなか抱き合ってキスをした」

「そこのところだけ聞いてると素敵な話みたいだけど」

  ナミはちょっと口を尖らせて言った。嫉妬?

「そこのところだけはね。で、彼女は俺の部屋に来たわけだけど、その娘にとってはただの遊びだったんだ。キス以外はね。少なくともそう思いたい。でなきゃ救いがない」

「素敵な話だと思うな。ほら、こないださ、電車のなかでキスしたカップルいたじゃない?」

「覚えてるよ」

「あれも素敵だったけど、雨のなかで抱き合ってなんて、作ろうとしても作れないシチュエーションじゃない。そのキスだけはそのひとの思い出のなかで特別なんでしょう?その、悪い思い出じゃないというか」

「うーん、まぁそうかもね」

  ナミは身体を寄せて肘で僕をつついた。短い髪が僕の頬をくすぐる。

「ねぇねぇ、そのキス以外にもあるんでしょ、思い出のキス」

「ある。飲み明かした先斗町で朝日を浴びながらしたキス」

「ふぅん、また聞かせてね、それも」ナミが少し離れる。思い切って聞いてみた。

「やきもち妬いてる?ナミ?」

「そうかもね、友達だって妬くかもよ」ナミは怒ったふりをしてベッドから降り、素肌にワンピースを纏い始める。それがふりだということはわかっていたが、思った以上に“友達”と断言されたことが僕には何故か重くのしかかった。そう、友達。サーファーで資産家の娘。かたや特段趣味もなく“プライベートを見せない男”と呼ばれるほどに仕事詰めの僕。

 あとから考えると、ふたりは何処にも行きようがなかったのだ。ただ、今そばにいる、そんなにもはかなく、すぐにも切れてしまいそうな細い糸で繋がっているだけだった。



「お酒を飲みたいわ、買出しに行きましょう」

「よく飲むのかい?」僕はあわてて身支度を整えながら言った。

「好きだけど、そんなには飲まないわ。仲間とバーベキューをするときくらいかしら。あと、たまにこの部屋で。コウジは?お酒、好きじゃない?」

「好きだよ。シングルモルトならグレンモーレンジ、普通のビールはあまり飲まないけれど、ギネスなら飲む。ワインなら白、シャルドネならなお良し」

「“なお良し”。なんだか時代劇みたい」ナミは笑った。

「私も“シャルドネならなお良し”よ。さぁ、ワインホリデーといきましょうか」



 こういうベッドタウンには大型の酒類販売店が必ずある。ナミのマンションからは北へ歩いて十五分ほどだった。僕達は広い店内をカートを押しながら色とりどりの瓶や輸入食材の山のなかを、週末の買出し客の間をぬいながら歩いた。買い物リストは長くはなかったので、すぐに店を出た。ほかに何もしなくて済むよう、スーパーに寄って出来合いの惣菜類を買い求めてからナミのマンションへと戻った。



 開けたてのボトルから注ぐ、一杯目の、幸せな音。シャルドネは一番白ワインらしい味がする品種だと思う。チリンとグラスを鳴らしたあとは短くもゆっくりと時は流れた。それはワインだけの魔法だ。ほかの酒ではいけない。上質の白ワインだけが持つ、ちょっとした魔法。

「私、時々ひとりでするのよ、ワイン開けて、なんにも考えずにゆっくり過ごすの」ナミの飲むペースは少々速すぎる気がしたが、そんなことは別にかまわない。

「俺はワインを持って風呂に入る。文庫本とキャンドルつきで」

  ナミはグラスの半分ほど飲み干している。「それに、女の子つきでしょう?」僕はナミのグラスに注ぎ足した。

「そんなわけないよ。もう何年もひとり。キッチンとリビングのドアを開け放して、大きめの音で何かかけて入るんだ。ベランダや出窓も開け放してね。ウィークディは仕事詰めだし、休日出勤も多いから、そうでもしないと自分の時間みたいなものがとれなくてさ。周りに高い建物がないから覗かれる心配もないし、三階角部屋だから多少ボリューム上げても苦情はこない」

「サイクリングの後で?」

「そう、大抵五時か六時から入ってるね。そのあとはベランダでワインの続きを楽しみながら花火を観る」

 ナミはまた少しグラスに口をつけて言う。

「コウジって、ひとりの時間の過ごし方を知ってるのね」

 僕はグラスを空け、きっちり一杯分注いで答える。

「ひとりの時間も好きだけれど、ほんとは寂しがり屋だよ、ずいぶんとね。ただ、騒ぐのが苦手なだけだよ、大勢でね」

「私もよ」

 ナミのマンションのリビングだった。ナミはローテーブルにグラスを置くと、落ち着いたトーンのグレーのソファの上で身体を横向きにして、両手で膝を抱えて座りなおす。その彼女に尋ねてみる。

「寂しがりなとこ?騒ぐのが苦手なとこ?」

 ナミはテーブルからグラスを取り、一口飲み干す。手のネイルと同じ淡い水色のペディキュアをほどこした自分のつま先をじっと見つめる。小さな足だった。とても。短い髪がはらりと顔を隠し、表情が見て取れない。

「両方、かな?」

「だから海が好き?」

「どうしてそう思うの?」ナミがこちらを向く。

 僕は少し考えて言った。

「俺はマリンスポーツなんてしたことがないし、母方の実家が石川だったから、日本海しか知らない。葛西の海以外は。なんだか日本海は塩が濃い気がするんだ。海からあがるとべたべたするのが好きじゃなかった。ただ、スキーはする。こうね、朝一番のリフトを降りて積もりたての新雪の上を滑るとき、自分自身を再確認できるような感覚が身体中にわき起こって来るんだ。サーフィンも自然と向き合うスポーツなんだろ?だから、そんな感じなのかなって」

  ナミはソファから足を下ろすとこちら側に身を乗り出して無言で僕の目を覗き込んだ。

「なに?どうしたの?」

「コウジがはじめてよ、そんなふうにサーフィンのこと、言ってくれたの。私が上手く言葉にできなかった思いはそれだわ。私、スキーはしないけど…私には夏しかないもの」ナミの空いたグラスを満たしてやる。手酌しないとこも好ましかった。十九にしては酒飲みのマナーを心得ている。

「私みたいにね、定職にもつかずにオーストラリアなんかでサーフィンにかまけてるとね、遊びたいだけだろう、怠惰な娘だって思われちゃうのよ。皆で騒ぐのが楽しいだけだろうって」ナミはチーズをひとかけ食べて言葉を続ける。

「父も叔父もそう思ってるのよ。サーフィン仲間は皆ストイックに海に向き合って波を待ってるだけなのに」眉間にシワを寄せてナミは言う。

「まぁ、その間に読書に没頭してる女の子なんて私だけだけれど」

「神秘の東洋人」

「そう、そのとおりなの。皆にもNAMIはどこかイカレテルとか思われてるわ、きっと」ナミは笑う。

「でも、仲間なんだろう?」

「うーん、いつも同じスポットで波を待つ、いつものメンバーってとこかしら」

「それって、寂しくない?」

 ナミはふと立つと、テーブルをまわって僕のソファに来た。僕の左側にそっと腰を降ろす。

「寂しいのかな?」ナミはふふんと鼻で笑って、僕の目を覗き込む。ふたりの唇が静かに出逢った。

 僕達はどちらからともなく寝室に移り、もう一度寝た。



 翌日はふたりとも昼前に起きた。身支度を済ませると駅前の大きな本屋まで歩いて、一番新しいディズニーのガイドブックを買い、隣の中古CD店でああだこうだ言いながらDVDを一枚買った。『セレンディピティ』

 嬉しいことにナミも映画が好きだとわかった。僕の好みはずいぶん偏っていたけれど、それにも結構ついてきた。僕はラヴコメディーや古い戦争映画、スポーツを題材にした作品が好きだった。

「今はコンポでDVDを再生してるから無理だけど、ヴィデオデッキの頃は『ローマの休日』なんかを無音で再生しながら、好きな音楽をかけてキャンドルの灯かりでワインを飲んだもんだよ」

「女の子つきで?」

「いいや、ひとりで」

 道すがらにそんな話をしながらナミと僕はナミのマンションまで歩いて戻った。少しばかり遠かったけれど、いい散歩になった。僕達はまたしても“友達の距離”で歩いた。手をつなぐでもなく、肩を触れ合うでもなく。



 昨日買った総菜をつまみながら、この日最初のワインを空けるあいだに映画を観終わった。

「ねぇ、運命の恋って信じる?」

 エンドロールを観ながらナミが尋ねる。

「運命の恋ねぇ…なんていうか、まだ出逢っていない気がするから、なんとも。でも運命の出逢いなら信じる」

「運命の出逢いねぇ…」

「ナミも俺も、まだこれからさ、たぶんね」

「ちょっとぉ、ずいぶん無責任なのね。コウジは私の倍生きてるんだから、アドバイスしてよ」

 僕は怒ったふりをしてナミをソファに押さえつけ、こそばした。ナミがくすぐったがりなのを僕は昨日のうちに発見していた。

「いやぁ、やめて!感じちゃうから」ナミがクスクスと笑って身をよじる。僕は手を放してやる。

「倍じゃないだろ、一〇年。長いようだけど、あっという間だよ、特に二〇代は」

「質問の答えになってないわよ」ナミの息はまだ荒い。

「出逢い、なかったかい?」

「わからないわ。コウジは?」

 僕はふたつのグラスにワインの残りを等分に注ぎ足す。

「その出逢いが特別かどうかなんて、そのときにはわかんないんじゃないかな?哀しいことだけど、通り過ぎたときに気づくこともあるんじゃないかな?俺はいつもそうだったような気がする」

「それがアドバイス?“今を生きよ”かしら」

「そうかもしれない」

 ナミは手に持ったグラスにしばしのあいだ目を向けていた。なにか想うところがあるようだった。

「そういえば、ここのベランダからも見えるかな?カシオペア。ほら、映画に出てきたじゃない?」

「秋の星座じゃないの?北半球じゃ」

「そうか…そうだね、またいつか一緒に探そうね」

 ナミはそれには答えず、僕に視線を戻すと言った。

「シャワー、かかりましょ」



 翌週、僕は天気予報に釘付けだった。

 首都圏に季節はずれの大型台風が接近していたからだ。このままでは週末にかけて直撃するコースをたどっていた。ディズニーランドどころの騒ぎじゃない。気をもんだ僕は、比較的早く帰宅できた夜にナミの携帯を鳴らしてみたがナミの応答はなかった。夜の仕事なのだろうか?それはありえないことではなかった。ナミは仕事について話したことはない。ナミが質問し、僕が答える。そんなふうなコミュニケーションがふたりのあいだでひとつのパターンのようになっていたし、なんとなくではあるが、それは踏み入ってはいけない領域のような気がしていたからだ。僕は夜の仕事に偏見があるわけではなかったが、ナミに対して、いや、ナミの仕事に対して嫉妬心のようなものを抱くのを恐れたのかもしれない。

 どんなに忙しくて帰宅が深夜になっても、地下鉄が鉄橋を渡ってしまえば自分自身に戻れる。そしてその僕自身は、ナミをひどく求めていた。ナミと過ごした週末を思い出すと、こころの渇きのような感覚にさえ襲われた。何故かはわからなかったけれど。



 そんなふうに一週間が過ぎ、電車が止まらないうちにと、珍しく早めに帰宅した金曜の夜にナミからメールが来た。外は雨風とも次第に強まりだしていた。

 “おかえりなさい、かしら?電話でれなくてごめんなさい。怒った?”

 “ただいま。そんなことで怒らないよ。ただ寂しかっただけ。”

 しばらく間が空いた。

 “寂しいと思ってくれてたの?”

 “あぁ、思ってたよ。仕事は?”

 僕は初めてナミの仕事について尋ねた。

 “こんな天気だもの、早上がりさせてもらったわ。明日のこともあるし。”

 “明日、行く気かい?台風だよ。”

 “行くのよ!きっと混んでないわ。台風は今夜のうちに通過するから大丈夫。だてにサーファーやってないわよ。風と雨の具合でそれくらいわかるわ。明日、七時に迎えに来て。”



 翌朝、僕は六時頃に起きた。ベランダへ出てみるとまだ風は幾分強く、時折雨が叩きつけるように降ってきたが、外出できないような天気ではなかった。千切れ雲が飛ぶように海のほうへと流れてゆく。

 僕は何故かライトセッドフレッドの『ドントトークジャストキス』のばかげた歌詞を口ずさみながらシャワーを浴びると、ジーンズとTシャツに着替えてナミのマンションに向かって出かけた。今日はさすがに歩きだ。

 ナミはもう支度を済ませてマンションの前で待っていてくれた。黒のロングワンピースが眩しかった。

「ほらね、台風、通り過ぎちゃったでしょ」

「確かに。ナミ、黒が似合うね」

 ナミはくるりと廻ってみせた。アメジストが揺れる。

「ありがとう。黒は特別なときにしか着ないのよ」



 僕達は吹き返しの強い風に閉口しながらも臨海公園の駅まで歩き、下り電車に乗った。一駅。たしかにこの天候ではディズニーランドへ行こうかという乗客は少なかった。舞浜で降り、イクスピアリを通過しても、僕達と同じほうへ向かっていく人間は数えるほどしかいない。

 チケット売り場も閑散としていた。行列というほどの行列ではなかった。順番がまわってくるとナミは僕の前に出て言った。

「トゥーディ、二枚」係りのキャスト(もうここからキャストなんだろうか)が微笑んでパスを二枚差し出す。

「明日も?」

「一日では周れないわ。私、最初はシーに行きたい」

「かまわないよ。ナミに任せる」

 ナミの言っていたとおり、風も雨もおさまった園内はがらがらで、シーの水辺で子育て中のカルガモの親子が歩道を横切って歩くくらいのどかだった。どのアトラクションにもほとんど待たないで乗ることができた。ナミは十九の娘らしくはしゃいでいて、それは僕に初めて見せる姿だった。時折優しい風が海へ向かって吹くせいで、潮の香りは仄かにするだけだった。



 さんざん楽しんでしまうと、夜になった。僕はナミに導かれるままにシンデレラ城の横の比較的ひとけの少ない静かな場所に陣取り、花火を見上げた。確かに、僕の部屋のベランダから観えるそれとは格段に違った。

 花火がクライマックスを迎えるその時、僕はそっとナミの手を握った。ナミは僕を見やると微笑み、同じくらいそっと僕に身を寄せた。

 僕はナミの肩に手を廻すとこちらを向かせてキスをした。

 ナミもそれに応えてくれた。静かな情熱をこめて。

 それはもう、友達じゃない距離だった。



 僕は一度着替えを取りに帰ったけれど、すぐにナミのマンションへ引き返し、彼女の部屋に泊まった。初夏の一日を過ごした後の汗をシャワーで洗い流し、僕達はまたワインを空けて、ソファで静かに抱き合った。何度も何度もキスを交わした。

 音楽が止まったとき(ナミはまたエンヤをながしていた)、ナミは僕の首に腕を廻したまま、言った。

「コウジ…私なんかでほんとにいいのかしら…私、なんにも約束できない」ナミの吐息が甘く僕の耳を擽る。

「約束なんて、なにもいらないよ。今はただ、こうしていたいだけだ」僕はナミの背に廻した腕に、少し力をこめる。

「でも、男のひとって、大抵…なんていうのかしら、“証”みたいなものを求めるから…」

 僕はワインの酔いの中でちょっと考えて言った。

「恋人とか、彼女とか?」

「そう。それに…うぅん、なんでもないわ」ナミは腕をほどいて僕の目を覗き込んだ。

「ナミは、今が心地いいんだろ?」

「そう」

「俺もそうだ」

 僕達はどちらから誘うでもなく寝室に行った。



 翌日から、ナミと僕は手をつないで歩くようになった。そっと、そしてしっかりと。

 雨の街でも、晴れの海辺でも、水族園でも。

 僕達はいつもふたりきりで過ごした。この大都会では、ふたりのほかには誰も存在しないかのように、静かに時間を過ごした。周りの人間が悩んだり、怒ったり、泣いたりしていても、ふたりの時間は穏やかに流れていた。

 静かにではあったが、確実にそれは流れていった。

 夏は、その盛りを迎えようとしていた。



 そうするうちに、僕の誕生週がやってきた。

 三〇歳の誕生日。

 だいたい、お盆休み真っただなかの誕生日なんて誰にも祝ってもらえないから、僕は京都にある、学生時代からのいきつけのBarの片隅でひとり、飲んでいることが多かった。

 あいにく、その年の誕生日は平日だった。ナミはごめんなさい、と言った。

「どうしても仕事、抜けられないの」

「仕方ないよ。仕事だもの」

「そのかわりに週末は期待しておいてね?ほんとにごめんなさい」



 僕は帰省することにした。

 東京では耳に届きもしなかった蝉時雨に包まれて、暑い、京の街は変わらずにそこにあったが、ナミの不在が僕をそこはかとなく落ち着かなくさせていた。

 三〇歳。

 ちょっと特別な誕生日だったと思う。昨日と今日、たいして大きな違いはなかったけれど。僕はその夜を、いつものBarで過ごすことにした。



 “三〇になったときにお互いひとりだったら結婚しよう”そんな約束を、高校、大学時代つかず離れずの関係だった女友達としていた。本当のことだ。たまたま読んでいる小説の中にもそんなエピソードがあったが、こちらの現実世界では彼女はすでに僕の人生から消えてしまい、かなわなかった約束だけが、ふたりきりで飲み明かした明け方の先斗町で交わしたキスと同じ時間に留まっていた。当時、彼女には恋人がいたが、互いにとっては特別な存在、幼馴じみのようなもので、その恋人にも僕の存在を隠してはいなかった。東京に就職が決まり、生まれ育った街から旅立ち行く僕を駅まで見送りに来てくれたのも彼女だった。僕達は人目もはばからずにホームで抱き合い、長いキスを交わした。あとで知ることになるのだが、彼女も恋人と別れようとしていた。

 十六になる年に出逢い、七年間を共に過ごした僕達には、それは至極当然なことのように思えていた。ふたりでいろんなことを経験し、大人になる階段を連れ立ってのぼったふたりは、それぞれの人生から互いの存在がいつか欠けてしまうことにまだ気づいてもいなかったし、ただ若過ぎただけかもしれない。

 京都から、僕の部屋に一度だけ来てくれたことがある。僕の、二十三歳の誕生日だ。

 たぶん、僕達の約束を彼女なりに確認しに来たのだったろうと思う。

 夜、ベッドのなかで抱きしめてキスしたとき、彼女は言った。

「おやすみ、のキス?」

 彼女の僕への期待は謎めいていた。その夜、僕は彼女を抱かなかった。最後まで、僕と彼女は友達の距離以上にそれを詰めることができなかった。いや、そうなることをお互い選ばなかった、というほうが正しいのかもしれない。ふたりには、“友達”という言葉がさりげなく、そして重くのしかかっていたのだ。

 ともあれ、今となっては彼女は永遠に喪われてしまった。

 その彼女もいない、ナミもいない誕生日だった。



 携帯に、友達からの誕生日メールが何通かきていた。それらに返信してしまうと、あとはひとりでグレンモーレンジの杯を重ねるだけだった。

 僕は今、何処にいて、何処へ行こうとしてるんだろう。ふと、そんな疑問が脳裏をよぎり、そのあとは何杯飲んでも酔いがまわらなくなった。



 金曜に東京の部屋に戻った僕はパソコンを立ち上げてみた。何通もメールが溜まっていたが、取り立てて重要なものは無いようだった。ほとんどどうでもいいメルマガにまじって、一通だけ、見慣れぬアドレスからのメールが僕の目にとまった。

 “Saoridesu. Happy birthday!”というタイトルだった。

 サオリという友達はひとりしかいない。京都に帰った時の飲み友達で、英語が堪能な色白の美人。ドラムを叩き、大型バイクを駆るという女性で、今はモントリオールにフランス語の語学留学に行っているはずだった。僕はメールをクリックしてみた。どうやらネットカフェから送っているらしく、そこには日本語のソフトに対応していないからローマ字でごめんなさい、と前置きがあった。

 “誕生日おめでとう。こちらに来て半年になります。京都が恋しいとは思わないけど、あなたが元気かどうかは気になっていました。”

 サオリからのメールは嬉しかったし、インターネットというツールがありがたくもあった。僕はしばらく考えたあと、サオリと飲み歩いた日々を懐かしく思い出しながら返信した。指が無意識にその短い文章を綴っていた。

 “恋をしている、おそらくは。”

 僕は、海の彼方からの一通のメールで、ようやく自分の気持ちを認めたのだった。



「コウジ、誕生日おめでとう!」

 土曜の朝、彼女のマンションのドアを開けた途端にナミが僕に抱きついてきた。

 いつものようにたった一週間ぶりの再会だけれど、一年にも二年にも感じた一週間だった。

 ナミは僕の腕のなかにいた。黒のロングワンピース姿で。

 それだけで充分だった。

「ただいま」僕は言った。



 よく冷えたワイン、寝室。

 ナミと過ごす、いつもの週末。



 ナミからのプレゼントは指輪だった。

 ハートを持つ両手に、王冠がデザインされた指輪。

「クラダリングっていうの」

 僕達はまだベッドのなかだった。

「ふぅん、クラダリング…。どこの指輪なの?」

「アイルランド。ほら、コウジがワイン以外でギネスが好きだって言ってたから、気にいるかなぁと思って」

「気にいったよ。なにか謂れがあるの?」

「ほんとはゴールドで女のひとが母から娘へと受け継いでいくものなんだけど、シルバーのはカジュアルにつけられてるんだって。ハートを外側に向けてつけると、“私には相手がいません”ハートを内側に向けてつけると“私には相手がいます”ってことなの」ナミは僕の右手の薬指にハートを内側に向けてはめてくれた。サイズはぴったりだった。

「で、左手にはめるときは“私はこのひとと結ばれます”っていう意味」

 僕はナミにキスして言った。

「ありがとう。すごく嬉しいよ。とっても気持ちのこもったプレゼントだ」

「ほんと?私だと思ってね」

「もちろん」僕はナミの髪をくしゃくしゃにしてからもう一度キスをして抱きしめた。

「ほんとに私だと思ってね」僕の耳元で、ナミは言った。いつになく真剣な声だった。



 遠く、京の街では五山の送り火が焚きあげられ、京都人にとっては夏の終わる日だった。

 思うに、ナミにとってそのプレゼントは一番“約束”に近い表現方法だったのだ。

 その指輪は今も僕の右手の薬指にある。ハートを外側に向けて。あの夏以来、外向けになり内向けになり、ずっと僕の薬指の上にある。

 それは僕を苦しくさせる。

 今となっては、それの意味するところはその後の人生で出逢い、つきあった女性に対する気持ちのひとつの表現方法であって、それ以上の意味はなかったが、その小さな存在自体がナミと過ごしたすべての時間、ふたりで寄り添ったあの夏を僕に想いださせたからだ。



 この指輪にまつわる話はサオリしか知らない。



 僕はパソコンの画面を通して、サオリにだけはナミのことを話した。

 ナミのいない夜、海の向こうのネットカフェにいるであろう美しい長い髪を持つ女性に向かって、キーボードをたたいた。

 何故かそういうふうにしかナミのことを話せる相手がいなかったからだ。



 “So cute!! ナミさんはとても素敵なひとだと思います。”

 サオリの返信はそんなふうだったと思う。



 僕はナミへのプレゼントを探し始めた。とはいっても、もうそれは決まっていた。

 クラダリング。

 それ以外にあるはずもなかった。僕はネットで検索し、本格的なクラダリングを扱っている店が日本に一店舗しかないことを突き止めた。ローマ帝国によって植民地と化したブリタニアを、戦場にその身を散らしてまで救った気性の激しい女王の名を冠したその店は、予約制のショールームしかなかったが、幸い北赤羽にあった。会社からそんなに遠くない。週末はナミに逢うから平日にしか行けなかったが、多少無理を言って予約を入れることができた。



「トーマス・ディロンという工房の、復刻版ですね」小柄な女店主は僕の右手を見るなり言った。

 これの、サイズが小さいのを探しているんです、僕はすがるような気持ちで言った。

「このタイプの在庫はあるだけしかないの。限定生産だから」彼女は自宅の玄関先を改造した小さなショールームに僕を残して家の奥に入っていき、しばらくしてひとつの指輪を出してきた。

「小さなサイズはこれしかないわ」僕の小指ほどのサイズだった。僕は意味もなく、ナミの小さな小麦色の足を思い出していた。

 たぶん、これでサイズは合うと思います。僕はそれをギフトラッピングしてくれるよう頼んだ。店主は微笑んで言った。

「そういえば、あなたのその指輪、探しに来た女の子がいたわよ。とっても綺麗に日焼けしてて。そうね、ほんとは灼きたくなかったんだけれど、というふうに。彼女さんかしら?」

 ナミは彼女、なのか?僕はナミと交わした会話を思い出しながら答えた。

 それはナミです。ちょっと複雑な関係なんです。

「複雑な関係ね…でも、クラダリングを贈りあうなんて素敵だと思うわ。お幸せに」

  彼女はラッピングを終えると僕に手渡しながら言ってくれた。



 ナミの誕生日が迫った週末。土曜日。気のせいかナミは少し哀しげな表情だった。

「ナミ、どうしたんだい?ずいぶん哀しそうだけれど」

 ナミの部屋のソファでいつものようにワインを飲みながら僕は聞いた。

「うぅん、なんでもないの。『国境の南、太陽の西』を読み終えるとこだからかもしれないわ」

「それは哀しいかもしれない」僕はナミのグラスに注ぎ足しながら言った。あいかわらず、彼女の飲むペースは僕よりも速い。

 ナミはしばらく目を伏せていたが、突然僕に抱きついてきた。僕はあわててテーブルにボトルを置きながらナミを抱きとめた。彼女は、そのほっそりとした身体からは想像もつかない力で抱きついてくる。

「来週は何処かに出掛けるかい?」

「うぅん、コウジとこうしていたい」その力を緩めながらナミが静かに言った。

「姫の仰せのままに」

 ナミは僕に廻していた腕をほどき、僕の目を覗き込んで少し微笑んだ。やっぱりどこか寂しい微笑だった。

「コウジは出掛けたかった?」

「いや、とくには。ナミがいればそれでいい」

「ほんと?」

「ほんとだよ。ナミがいれば何もいらない」ナミの薄い唇に指を這わせて言う。

「そういえば、この傷跡はなんなの?」ナミの顎のそれにそっと触れる。

「ずいぶん前に板にぶつけたのよ。気になる?」ナミは微かに眉根を寄せて言う。

「いや。ナミの美しさを際だたせてると思う」

 ナミは冗談で僕の胸を軽く打った。「“美しい”なんて…ほんとに言ってるの?」

「本気だよ。ナミは美しい。それより、今日はやたらと“ほんと”って言葉をつかうなぁ」

「そういう気分なのよ」ナミは自分のグラスに口をつけた。もう、いつものナミだった。少しばかり謎めいた、人生を謳歌する、女の子と大人の女性とのあいだを揺れ動く美しいひと。

「ナミの誕生日、休めないのかい?」僕は思い切って口にした。

「俺は有給とれるよ。せっかくだし」ナミの仕事に関する話題は極力避けてきたけれど、僕は二〇歳という特別な誕生日をどうしてもふたりで祝ってやりたかったからだ。

「ごめんなさい、私もコウジと過ごせたらいいなって思うけど…」

 僕は一口ワインを飲み干した。「わかったよ。じゃ、次の週末に乞うご期待」

 ナミは何も言わずに僕をもう一度抱きしめる。しばらくしてから言った。

「ありがとう、コウジ」

「何が?」

「こんな私といてくれて」

「こちらこそ、だよ」僕がグラスを空けると、ナミは僕の手を引いて寝室に誘った。



 日曜日。

 前祝いに何処か出掛けるかい?と僕は聞いた。ナミは黒地に赤い花を大胆にあしらったロングワンピースに身を包んでいた。

「うぅん、ふたりで静かに過ごしたいの」

「バースディブルーかな?」

「そうかもしれないわ。ねぇ、コウジが好きだって言ってたお酒、ギネスと、なんだっけ」

「モーレンジ。グレンモーレンジ。ウィスキーだよ」

「飲んでみたいわ」ナミが微笑んで言う。やっぱりいつものナミとどこか違った。

「いいよ、買いに行こうか。それにしても、なんだか昨日からナミは寂しそうだ。どうしたの?」

 なんでもないったら。さぁ、行きましょ」



 グレンモーレンジの一杯目を空けたとき(僕達はロックで飲んでいた。ストレートで飲むにはまだ時間が早すぎる)、ナミが唐突に言った。

「恋をしているせいかもしれないわ」

「え?」

「あなたに。コウジといると、今まで感じたことのないふうな気持ちになるの。どうして…」ナミの頬をそっと、涙が伝う。淡い小麦色の柔らかい肌のなかで、そこだけ髪に覆われて白い、その耳を飾るアメジストのピアスと同じ形の。

「あなたはあれこれ聞いたりしない。私が話した以上のことを知ろうとしない。ほんとにそれでよかったの?」僕はナミの肩を抱いた。そっと、けれど、ナミが何処へも行ってしまわないようにしっかりと。

「ナミ…俺もナミが好きだ。俺の知らないナミがいても平気だよ」

「そんなの嘘よ。コウジと一緒じゃない時間の私なんて最低なんだから。ほんと、最低の女よ」

「そんな女性がクラダリングなんてプレゼントしてくれるかい?」

  ナミは顔を上げた。その瞳にはまだ涙が宿っていたが、もう笑っていた。

「俺も恋をしている。ナミに。それを認めるのにずいぶん時間がかかったような気がする」

 僕達はグラスを置いて見つめあい、いつもよりも少しだけ激しいキスを交わした。ナミの唇は、微かに涙の味がした。それは僕に潮の香りを思い起こさせた。

 しばらく経ってナミが言った。

「いつ?その、認めた時って?」

 僕は少し迷った。ここでナミを喜ばせることを言うことはできた、いくらでも。罪のない作り話を。けれど僕は正直に言うことにした。

「サオリにメールを返した時かな?」

 ナミは僕の左肩をぶつ。

「ちょっとぉ、誰よ、サオリって。また女の子なの?コウジったら…先斗町のキスのお相手かしら?」ナミは頬を膨らました。

「違うよ、ただの飲み友達。今モントリオールにいて、誕生日にメールをくれたんだ」

「それで?」

「“元気?”って聞いてくれたから、“恋をしている”って返したんだよ」

「それだけ?」

「それだけ」

「サオリ以外に誰にも話してない、ナミのことは。実際に言葉にしてしまうとナミが何処かに消えてしまいそうな気がして」

 僕は溶けかけた氷を気にせずにふたつのグラスに琥珀色の芳醇な液体を注いだ。

「静かなコウジに似合ってるわ、その認めかた。泣いたりしてごめんなさい」

 僕はグラスに口をつける。

「いいんだよ、涙はいろんなことを上手く言葉にのせられないナミに似合ってる。そのピアスと同じくらい」

「これね、母の形見なの。海ではさすがにつけられないけど」

「ともあれ、我々は恋をしている」

「“我々は”」ナミはクスクス笑った。

 僕達は乾杯した。

 恋に。

 華やかで脆いくらい繊細なグレンモーレンジの香りが心地よかった。

「先斗町のキスの話、聞きたい?」

 ナミはリビングに敷かれたグリーンのカーペットに視線を落とすと、そのまま、言った。

「…無理に話さなくていいのよ。私、やきもち妬いちゃうかもしれないし、コウジのことだから、哀しい話なんじゃない?その、コウジにとって」

「哀しい話ではある。でも、この先も生きていくのなら…ナミとこうして生きていくのなら、話してしまいたい」こちらを見たナミの瞳に宿った光は、なんとも形容しがたいものだった。「じゃ、聞かせて」

「俺には幼友達がいた。とはいっても、高校、大学とつかず離れずの仲だったというだけだけれど…クラブが同じで、だからいつも一緒だったんだ」

「クラブ…って、スキー以外に何かしてたの?はじめて聞くわ」ナミはソファの上で座りなおした。

「フェンシング」

「へぇ…」

「俺の高校は元男子校でね、一学年上から共学になったんだ。だから女子が少なかった。ひとクラス五〇人弱のうち、女子は一〇人くらい。そんなだから、クラブにも女子はひとりしかいなかった」僕はグラスから一口飲み、口を湿らす。

「その娘と仲良くなって、クラブの練習や遠征以外でもよく遊ぶようになった。大学に入って俺はフェンシングを辞めたけど、その娘は続けた。お互い恋人ができたけれど、それでも時々逢って飲みに出かけたりしてた」

「つきあわなかったの?」

「あぁ。そりゃ、酔っ払ってキスくらいはしたさ。でも、つきあおう、という言葉はお互い口にしなかった。あの頃はそれが心地よかったからかもしれないし、いったんつきあったら、今度は失うことを恐れなきゃならないということが、ふたりともわかってたからかもしれないな」ナミは伏し目がちな僕を気遣っているのか、静かに耳を傾けている。

「いろいろあって俺は恋人と別れて、東京に就職が決まった。そんなときに先斗町で朝方までふたりで飲んで、その別れ際に四年ぶりにキスしたんだ、朝日を浴びながら。あとから知ったことだけれど、彼女も恋人と別れようとしていた」

「そのひとはいま?」

 僕はありありとその日のことを思い出すことができた。

「もうこの世にはいない。その年の彼女の誕生日に事故があって…」

「…」ナミは何も言わずに立ち上がると、テーブルをまわって僕の左側に、出逢ってからいつもナミが占めている場所に腰をおろした。小麦色の小さな両手で、そっと僕の左手を包む。

「彼女の誕生日は俺のちょうど三週間後で…俺の誕生日には、彼女、東京まで来てくれたんだ」

「そのぅ…恋人同士の関係になったの?」ずっと昔、サオリから同じ台詞を聞いたような気がした。

「いや、抱かなかった。最後まで俺と彼女は友達だったんだ。だから、いつか言ったろ?男と女は寝てみないとわからないって」

「そうね、コウジ、言ってたわ」

「俺の本当の気持ちだ」

 僕はグラスに残っていた琥珀色の液体を一口に飲みほした。

「今もそのひとのこと、想ってるの?」ナミが、珍しくおずおずと尋ねる。カーペットから目を上げてナミを見ると、彼女もまた、床に視線をさまよわせていた。

「想っていないと言えば嘘になるけれど、もう仕方のないことだから…それに」僕はナミを抱きしめた。

「今はナミがいる。ナミに出逢った。それが俺にとってどれほど大きいことか、わかる?」

  ナミは返事の代わりに僕の唇を求めてきた。すぐにそれは、貪るような口づけに変わる。

「あのとき、先斗町でキスをしたとき、俺達は約束した。三〇歳になってもお互い独り身だったなら、結婚しようって…」

 いつしか、ナミは静かに涙を流していた。何故だか、その彼女が滲んで見えた。僕はナミの頬を伝う涙を見て、自分が泣いていることに初めて気がついた。僕達はどちらからともなくもう一度抱き合った。その抱擁は静かだったが、いつにも増してしっかりとした抱擁だった。



 ナミはその夜、自分の部屋に戻ろうとする僕に一枚のメモを手渡して言った。

「なにかあったら、ここに電話してみて。私がつかまるかもしれないわ」

 千葉の市外局番の電話番号だった。



 翌週は忙しかった。週末の出張を避けたかったので火曜から岡山に入った。秋冬物でトラブルが発生し、僕が現場でジャッジする必要のある案件が幾つもあったからだ。

 “ナミ、誕生日おめでとう。こうしてナミの特別な誕生日を祝えて嬉しい。”

 その夜に携帯からメールをうったが返信はなかった。結局全てが片付いたのは金曜の午後だった。僕は最終の羽田行きになんとか乗り込み、クタクタになって帰宅した。

 シャワーを使ったあとにギネスを飲みながらナミからの連絡を待っていたが、僕はそのままソファで眠り込んでしまった。

 閉め忘れた遮光カーテンの隙間から差し込む眩しい朝日に目覚めると、すでに土曜の七時半を回っていた。僕はシャワーを浴びると麻の黒い半袖の開襟シャツとグレーのショートパンツを身に着け、部屋を出た。いつものトートバックに、二泊分の用意とナミへのプレゼントだけをいれて。昨夜は結局彼女からの連絡はなかった。金曜の夜に連絡がないなんて、出逢って初めてのことだった。きっと仕事が忙しかったんだろう…そう考えながら、僕はナミのマンションへと自転車を走らせた。



 ナミのマンションはオートロックだ。彼女の部屋番号を押してみるが、応答はなかった。

 もう一度。

 応答なし。

 携帯を鳴らしてみる。

 こちらも応答なし。

 ナミはいつも早起きだ。少なくとも週末は。おかしいな…と思いながら、もう一度部屋番号を押してみる二〇三。…応答なし。

 ふと、僕の部屋のパソコンの上にあるナミのメモが脳裏に浮かんだ。

 “なにかあったら”ナミはそう言っていた。

 僕は部屋にとって返した。



 汗を拭うのももどかしく、その番号をダイヤルしてみる。

「おはようございます。サヨでございます」ワンコールで若い男が出た。

 あの、ナミさん…いますか?

「あいにくナミさんは先週で辞められまして、今週入ったばかりの女の子もおりますが」

 僕は混乱した。今週入ったばかりの女の子?何のことだ?

「…お客様、お取引されるのですか?されないのですか?」男が微かな苛立ちがこもった声で言う。

 僕はますます混乱した。

 いや、ナミさんがいないなら結構です。ちなみにサヨってどんな字でした?

「小さい夜です。それではお切りさせていただいてよろしいですか?」

 電話は切れた。



 小夜。

 最初は僕のかけ間違いかと思い、ナミのくれたメモと携帯の発信履歴を見比べる。間違いではない。それに、男はナミという女性が先週までいたと言っていた。



 小夜。



 僕はパソコンが立ち上がるのをイライラして待った。暑い。エアコンをつけることさえ思いついていなかったからだ。

 手がかりはその店の名と電話番号。

 僕はそのふたつを打ち込んで検索してみた。

 あった。

 会員制高級エスコートクラブ、小夜。

 艶やかなドレス姿の女性達の画像が並ぶトップページから先へは会員番号とパスワードを入力しないと入れないようになっていた。

 僕はふいに悟った。

 ナミがもう日本にはいないことを。オーストラリアに向かってしまったことを。

 ソファに投げ出したトートバッグからは、渡せなかったナミへのプレゼントの小箱がのぞいていた。



 その週末はどうやって過ごしたのか覚えていない。ただ街を彷徨ったように思う。

 気がつくとナミと出逢ったカフェにいた。僕の前には飲みかけのコーヒー。その横には買った覚えのないタバコと灰皿があった。もう半分くらい減っている箱をゆすり、一本取り出した。店のマッチで火をつける。

 通りかかった店員にふと尋ねる。すいません、今日は何曜日でしたっけ?

「日曜日です。お代わり、お持ちしましょうか?」

 いや、結構です。僕はタバコをもみ消すと立ち上がった。



 ナミは行ってしまったのだ。彼女もまた、僕というBarから出ていったのだ。

 誕生日のお祝いもせずに。

 “サヨナラ”も言わずに。

 夏が、終わったのだ。

 カシオペアが、夕暮れの北の空に輝くようになった。



 九月の残りと十月と、しばらくのあいだ僕にできることは仕事だけだった。いつにもまして仕事量を増やし、終電まで働いた。

 もちろん、手がかりはあった。ナミのマンションの管理会社に問い合わせればナミの叔父とは連絡をつけることができそうだったが、僕はそうしなかった。ナミは僕の前から、ただ、消えた。それが彼女の選択だったのだ。運命の出逢い…運命の恋…。そして、最後の夜に抱きしめたナミの身体の重み、お互い拭いもしなかった涙。彼女と話したこと、一緒に過ごした時間が、ぐるぐると脳裏を駆けめぐるのを、僕は止める手段を持たなかった。



 仕事と、サオリとのメールのやり取りだけが、僕と現実世界との接点だった。



 身体に変調をきたし始めたのは十一月の初めだったように思う。音が駄目になり始めた。テレビ、音楽。ついで、オフィスの電話の音。僕は自分の机の電話機の線を抜いて仕事をした。やがて、隣の席で部下が叩くパソコンのキーボードの音が耳障りになった。帰宅する自分の足音が、深夜の寝静まった街並みに響くのが耐えがたくなった。

 もう、ベランダからの夜景も僕を楽しませなくなった。幹線道路沿いにある高層マンションにともる灯りを見ていると、“あぁ、あそこから飛び降りたら楽になるんだろうな”そんなふうに感じるようになった。週末の花火も、シンデレラ城の傍らでナミと交わした、あの特別なキスの思い出を呼び覚ますだけのイベントとなり、もう楽しみではなくなった。花火の時間が近づくと僕は窓を閉めて浴室に入り、何かを洗い落とすように熱いシャワーを浴びた。それでも、音に敏感になった僕の耳にはその音が届いた。はっきりと。ナミの部屋で聞くよりも遠いはずなのに。



 ある日、会社の最寄り駅近くの心療内科に予約を入れた。

 診断は、鬱、だった。

「最低三週間は家で安静にしていなさい」と医師は言った。この忙しい時期に三週間も休めるはずもなかったが、もはや僕は仕事ができる状態ではなかった。

「できれば、旅行でもしなさい」医師は診断書を書きながら言葉を継ぐ。

「病名、鬱状態と鬱、どちらがいい?ほら、会社によっては病名で受け止めかたが変わってくるから」

 もう、どうでもよかった。



 “逢いたい”

 僕はサオリにメールをうった。

 今の僕を受け止めきれる友達は、サオリ以外にいなかったから。



 旅行といわれても、行きたい場所はマンハッタンしかなかった。京都に帰れば、以前喪ったものの大きさをあらためて突きつけられるような気がしていたし、あと、少しなりとも土地勘があって、かつ好きな土地といえばそこだけだったのだ。今はナミのいない東京ではない何処かを歩く必要があった。ただそう感じたのだ。僕は社会人になって初めての長期休暇をとることにした。正確にいえば休職だった。

 海を越えてメールが幾度となく往復するうちに、十二月の半ばにマンハッタンで逢おうということになり、サオリは高速バスで来てくれることになった。僕はタイムズスクエアのホテルのツインを三泊と、空港に近いホテルを一泊予約し、バンクーバートランジット、ジョン・F・ケネディ行きのチケットを取った。すべて自分で手配したせいか、クリスマスシーズンにしては驚くほど安かった。



 僕は成田に駐機しているアメリカン・エアの機内で、クラダリングを外向きにはめなおした。もう、ナミはいないのだ、とその時やっと実感のような、何とも言えない不思議な感覚に包まれた。高まっていくエンジン音を子守歌代わりに、僕は数カ月ぶりの夢も見ない眠りに落ちた。



 セグウェイが行き来するバンクーバーの静かで清潔な空港の中で四時間ほどをつぶさねばなかったが、機内で深く眠ったおかげで気分は良かった。あとは大陸を横断してしまえば懐かしいマンハッタンだ。仕事で二回ほど滞在したそこは、モノを生み出すエネルギーに満ちた場所だった。二回、どちらとも真夏で、店を見てまわったりサンプルを探したりして街を歩く合間、ひそかに好きな映画のロケ地に行ってはひとり喜んだものだった。『恋人たちの予感』『グリーンカード』『ユー・ガット・メール』『レオン』…ただ、あくまで仕事であって、観光ばかりもしていられない。街歩きと、マンハッタンが京の街と同じく碁盤の目だったこともあって土地勘だけは身についたが、自由の女神すら訪れたことはなかった。

 今回、どうしても行きたい場所がある。それは『セレンディピティ』のロケ地だ。そして、ふたりで探すはずだったカシオペアの輝きをどうしてもセントラルパークから眺めたかった。

 『セレンディピティ』

 “幸せな偶然”というタイトルの、ナミと観た最初の映画。

 ナミの部屋のリビング。よく冷えたシャルドネ。



 その日の夕刻、僕はジョン・F・ケネディに降り立った。

 冬のN.Y.は初めてだ。羽織っていたN-3Bのジッパーを上げてマフラーを巻き、イエローキャブを待つひとの列に並ぶ。思っていたよりも寒くはなかったが、白タクの勧誘がうっとおしかった。

「Times Square」僕は行き先だけを伝えると、後部座席に身を沈めて窓の外を流れる景色をただ眺めていた。路面の凹凸に、時折車体が揺れる。けれどもそれは決して不快ではなく、丸一日近い空の旅のあとでは、こうして地面の上にいる感覚をもたらしてくれるそれはありがたかった。

 イーストリバーに架かる橋を渡っている時に、“お前は何回目のNYC.か?”と運転手が聞いてきた。

「Three Times」僕は短く答えた。

 渋滞もなく、イエローキャブはすんなりとミッドタウンに入った。



 名前は忘れたが、そのホテルはタイムズスクエアの中心部にあった。二階にあるフロントに上がると、アーリーチェックインを済ませたサオリがロビーで待っていてくれた。

「久しぶりやね」サオリは読んでいたペーパーバックを置くと、僕をハグしてくれた。ピエロのような、おかしな帽子からのぞく長く美しい髪が流れるように背中まで垂れている。

「元気そうだ。相変わらず綺麗だし」

「元気なのは確か。でもすっかり太っちゃって…」確かに日本にいた頃よりは頬のあたりが少しふっくらとしていた。

「食事のせいやわ。食事といえば、お腹空いてない?」

 荷物を部屋に置くと、ふたりでミッドタウンの適当なレストランに入って食事を済ませ、そのすぐ近くのアイリッシュパブで一杯だけ飲んだ。

 最初は僕が聴き手にまわった。京都でソムリエをしている恋人への不満うまくいっていないようだった、モントリオールでの生活。働いているカフェの話。

 そういえば、ナミと僕は滅多に外食をしなかった。彼女が、ふたりきりの静かな時間を過ごすことを好んだからだった。そのことを悲しんでいいのか、よい思い出と感じればいいのか…チップの計算をしながら、ふとそんなことが脳裏をよぎった。



 サオリは部屋にワインを用意してくれていた。赤だ。僕は白のほうを好んだけれど、その夜は赤がふさわしいような気がした。

 今度は僕が話す番だった。

 仕事や、病気のことなんてどうでもよかった。ナミと出逢い、過ごしたひと夏。一緒にしたことや行った場所。そのとき、なんの話をしていたか…。そして、忽然と消えてしまったナミ…。

 久しぶりのワインの酔いも手伝って、僕の話は支離滅裂だったかもしれない。けれどサオリは時折質問をしたり、英語で合い槌をはさみながら辛抱強く聴いてくれた。

 僕が話し終えると、ずいぶんと遅い時間になっていた。僕達はワインを空けてしまうと、交代でシャワーを使い、それぞれのベッドに入った。すぐには眠りは訪れない。

「クラダリング、はずさないの?」サオリがそっと言った。

 しばしの沈黙。

「こっちに来ない?」サオリが静かに誘ってくれた。

 僕がサオリのベッドに移ると、彼女はその胸に僕を抱きしめてくれた。乾きかけの髪から香る温かな匂いが僕を包む。

「お眠りなさい」

 僕はサオリの腕のなかで、ただ静かに泣いた。

 ナミが消えてしまってから、初めて流す涙だった。泣きながら僕は、ナミがいつもつけていたアメジストのピアスを思い出していた。そして、それと同じ形の、最後にふたりで過ごした夜にナミが流した涙を。

 僕がとどまることなく流す涙と、記憶のなかのナミのそれが、サオリの着ているパジャマがわりのスエットの胸のあたりに点々と温かい染みを作っていく。そのふたつの涙は、いつしか混ざりあい、ひとつになっていつまでも流れ続けた。それは誰がいつ、何のために流したものなのかわからなくなった。あれから一○年経った今でもそれはわからない。



 サオリと僕は三日間という限られた時間の中で、連れだってただブラブラとマンハッタンを歩いたり、あるいは幾分観光客らしいこともした。自由の女神のあるリバティ島にフェリーで渡った。グラウンド・ゼロに献花した。スケートをしようとロックフェラーセンターのリンクに行ってみたものの、すごい行列で諦めざるをえなかった。

 クリスマスのマンハッタンは街全体がテーマパークのようだった。

 夜には赤ワイン。そして、僕は毎夜サオリの腕のなかで眠った。



 サオリがモントリオールに戻る日が来た。

 僕は彼女をバスターミナルまで送り、そこでハグを交わした。サオリが思ったそれよりも少しばかり長く、強いハグになってしまったかもしれない。

 サオリの乗ったバスが見えなくなるまで手を振った。

 ひとりになってしまうと、僕は旅の最後の目的を果たしに出かけた。映画のなかと同様に買い物客でにぎわうブルーミングデールズ、ついで、セントラルパークのスケートリンクから夕暮れの空を見上げる。あれほど見たいと願ったカシオペアの光は、薄い雲にさえぎられて地上までは届いてこなかった。そして“Serendipity3”でコーヒーを。

 コーヒーのカップを手に、ナミと運命の恋について話したことを思い出していた。

 あの時、運命の恋には出逢ったことはないけど、運命の出逢いは信じると僕は言った。



 僕は地下鉄でタイムズスクエアまで戻ると、荷物をピックアップしてマンハッタンに別れを告げ、ジョン・F・ケネディの近くのホテルにチェックインすると食事もせずにベッドにもぐりこみ、ただひたすら眠った。



 僕は今何処にいて、何処へ行こうとしてるんだろう。



 三〇歳の誕生日に抱いた疑問は、いまだに答えを見いだせずに、そこにあった。



 右手の薬指の上にある、小さな指輪を見ると、時々ナミのことを思い出す。ナミと過ごしたひと夏。そして、指輪はもちろん黙して語らない。

 あれから一〇年経った今も、ナミは同じ生活を送っているのかもしれない。夏を追い求めて。彼女はまだ充分に若い。

 あるいは、あの夏のなかで永遠に一〇代のままなのかもしれない。

 僕は、自らのBarの扉を、閉ざした。

 その空間はいつも夏だった。僕の夏は、ナミのためだけに通り過ぎる季節となった。

 幾つもの夏が、通り過ぎて行った。

 そこに吹く風は、いつも同じ匂いがした。微かな、潮の香り。

 カシオペアの輝きだけが、僕に夏の終わりをそっと告げる。


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