異世界転生は甘くない!……けど甘かった
少し改変しました
目が覚めるとそこは何もない真っ白な空間だった。
人が大勢いる、目算で三十人くらいか。なぜかみんな緑色のダサいジャージを着ている。勿論、俺も着てた。着た覚えもない。
殆どの人が軽いパニック状態だ。だが俺はこんな状況に心当たりがある。これは恐らく異世界転生の儀式……俺は選ばれたのだ。
さぁ女神様よ……いつでも来るがいい! 最高のチートスキルをゲットしてやるぜ。
やがて……地面に穴が空いて。そこから人影が見えた。それはゆっくり上昇して穴から出て来た。神々しいオーラを感じる……気がする。
俺は、ちょっとその空気に酔っていたのかニヒルな笑みを浮かべてカッコつけて言った。
「ふ……ようやく女神様のおでましだぜ」
そんな俺の言葉を周りの人が聞き、チラチラこっちを見ている。きっと只者じゃないと思ったんだろうか……そして俺は固唾を飲んで、静かに女神様降臨の時を待った。
全員が注目する中、少しずつ女神のご神体が眼球を通し脳にその存在を刻む。透き通るような白い肌、着用している神の衣は深いブルーに光沢のあるものだった。身体のほとんどの肌を露出している。上半身は何も着用していない。
髪はボリュームがあり、ゆるふわというか、エアリーヘアとでも言おうか。そしてハリウッドスターがよく愛用してるティアドロップ型のそれは、只者ではない雰囲気を醸し出していた。
手には一振りの剣を携えている、伝説の名剣エクスカリバーなのだろうか。そしてその口元のきちんと手入れされた口髭は清潔感を感じさせ……ん? 口髭……。
簡単に言うと、海パン一丁でアフロ。口髭にサングラスをして竹刀を持ったゴリゴリのおっさんだった……。
え、何これ。
みんな驚いている。勿論、俺も驚いている。
ただでさえ、この状況は普通理解できない。気が付いたら真っ白い空間にいたけど、普通こんなことは起こりえないのだ。この状況に心当たりのある俺ですら、このおっさんにはビックリだ。
そして、そのおっさんの第一声はこうだ。
「えーこれからお前らを異世界に転生させます!」
少し時間が止まったかのような錯覚を起こすほど、その場にいる緑のジャージ達は動きが止まった。だるまさんが転んだのだろうか。だとしたら全員優秀だ。
「え……この状況って、普通女神様が来るんじゃないんですか?」
しまった、つい反応してしまった。あまり目立ちたくない性格の俺だが、自分が思っていた状況とのギャップに違和感を覚えていたからだ。おかげでおっさんと目が合ってしまった。
このアフロどう見ても女神じゃないでしょ。そもそもおっさんじゃん。
そのおっさんは、全員を見回して『コホン』と咳ばらいを一つした。恐らく三十人もいるから緊張しているのだろう。
「いかにもその通りだ! そこの緑色のジャージ……なかなか察しがいいな!」
いやいや全然女神様じゃないし、確かに俺は緑色のジャージ着てるけど……全員緑色のジャージだよ!!
いちいち声が大きいこの女神を名乗るおっさんはいったい何者なのか? そう思った次の瞬間その真相は明かされた。
「目に上と書いて目上だ!」
何て事はない、ただの名字。そう名前だったのだ、ずいぶん斜め上から来た女神様だ。実際このおっさんが目上とわかっただけで、本当はどこの誰なのかはさっぱりだ。
「いいか! お前ら! 異世界甘く見んじゃねぇぞ! やれスキルだ、チート能力だの甘ったれた事言うヤツは叩き出しやるからなぁ!」
むしろもう叩き出されたいんですけど。
異世界を甘く見ているつもりはないけど、平和な日本でぬくぬく育った俺達にはちょっとくらい能力を与えてくれないと困る。
「魔法だの異能だの、そんなもんはありゃしねぇし、あってもお前らみたいな者にやる訳ねぇだろ!」
じゃあ何がしたいの?
「お前ら全員座れ!」
こいついちいち怒鳴るな。血管切れるよ。
そう思っていると目上はイラついた様子で、全員ににらみを効かせ再度怒鳴り散らす。
「いいから早く座れ!」
全員不満げな様子でちらほら座りだした。
仕方ない。とりあえず座るか……みんなも渋々座ってるし。
全員がきっちり座るのを確認した目上は、また一呼吸おいて大声を出す。
「これから俺の上司がいらっしゃる! 失礼な態度を取るんじゃねぇぞ!」
今度こそ本物の女神様が来るわけか。脅かしやがって、やっぱり異世界転生ってのはこうじゃなきゃな。俺達のやる気も出ないもんだ。
そしてまた目上の怒声が飛ぶ。
「全員立て!!」
何なんだよ! 何で座らせたんだよ!
その場にいた誰しもが、心の中で同じツッコミを入れた事だろう。
するとまた穴が空いてそこから人影が見える。先程と同じようにゆっくり穴から上昇を始めた。
黄金の髪の毛が揺らいでいて、褐色の肌に白い衣がよく映える。その衣の上から柔らかい生地で編まれた薄い桃色の上着を着用していて、短めのスカート。大きくぱっちりとした目の色は吸い込まれそうなブルーだ。まつ毛は長くアイシャドウが……。
ん? これ『カラコン』と『つけま』だね。途中からわかってたけど。
簡単に言うと現れたのは女子高生のギャルだった。
えっとマジで何なの? 上司が女子高生のギャルなの?
「えっとぉ、マジだるいんですけど、仕事だし仕方ないし? 自己紹介っていうか目上の上司の鼻上エリだけどぉ……てか全員緑のジャージとかマジウケるんですけど?」
お前らが着せたんじゃないのこれ? ギャルのテンプレみたいな話し方しやがって、こいつちょっと可愛いけどムカつくな。それに目と鼻かよ、安易だよ。
全員キョトン顔で、いまいち鼻上に対してのリアクションに困っている。そんな状況を見て目上はしびれを切らし、また大声を上げる。
「お前ら挨拶しろこのやろー!!」
目上は怒りをあらわにして、竹刀で地面を叩く。それを見てみんな「あっどうも……」という感じで軽く会釈をする
「ちょっと、マジ怖いんですけど……目上マジきしょいよ? てか竹刀とかないわ」
「何だ! このや……すみません、鼻上さん」
今間違えたよね?
この異様な状況の中、一人の勇気ある人が全員の要求であろう事を目上に告げる。
「あの……早く帰してくれませんか?」
ついに言ってくれたか……さて、目上の反応がどうなるのか見ものだな……楽しみだ。
「何だこのやろー! 立ててめー!」
もう立ってるじゃん……怒鳴ってるからまた鼻上さん引いてるよ?
勇気ある人に目上はゆっくり近づいていく。目上は一昔前の不良のように顔を近づけ、メンチを切りだした。そんな目上に負けじと、勇気ある人はしメンチ切り返した。そんな二人を見て鼻上が止めに入る。
「ちょっと! やめなよ! 目上いつも自分が気に入らない事あるとそうやって怒るじゃん。マジこわたんだよ? もう行こ、ねぇ行こ」
目上はなだめられ、振り向いてメンチを切りながら鼻上に連れられて、元居た場所に戻って行った。
何なんだ、この茶番。DQNの彼氏の喧嘩を止める彼女か!
そして目上は何事も無かったようにまた話し始めた。
「……いいかお前ら! お前らはこれから異世界行って、異世界を救う勇者になってもらう!」
目的だけはいっちょ前にテンプレかよ、 能力とかくれないくせに。
「ただし! この中で勇者になれるのは一人だけだ!」
「ちょっとぉ、マジで声大き過ぎ。うるさいんですけど? あたしもだけど、みんなビックリしてんじゃん?」
鼻上が目上に注意すると、口をとがらせて軽く頭を下げた。
「すみません……」
反省の色を示した目上が、気を取り直して話を再開させる。
「この中から一人だけだ!わかってんのかぁ!」
だから声大きいって……全然上司の言う事聞かねぇな、反省してないじゃん目上。
「それでも、もし! もしこの中に『勇者になりたくありません』と『勇者になりたくないんだ』と、そんなクソヤローがいるなら手を挙げろ!」
すると殆どの人が手を挙げた。その様子を一瞥して目上はため息をつく。
「よーしわかった」
これですんなり帰れるなんて事あるの……まさかな。
目上は少し難しい顔をして何か考えているようだった。そしてしばらくの間沈黙が続く。
「この中から一人だけだ! 勇者になってもらう」
対応策思いつかなかったから、聞かなかったことにしたなこいつ。
全員不満が募っていく中、また別の勇気ある人が目上に質問した。
「あの……勇者になって異世界を救うってどうすればいいんですか?」
それを聞くと目上の顔が急に明るくなった。
「緑のジャージ! いい質問だ!」
だから全員そうだよ!
目上はおもむろに全員の前をゆっくり歩き出し、端から端へと行ったり来たりそながら遠い目をして語りだした。
「異世界には平和を守る魔王がいる……魔王のおかげで人々の暮らしは豊かになり、笑顔が絶えない世界になっている……お前らにはその魔王を倒し、再び異世界を混沌と恐怖に満ちた世界にしてもらう」
それだけタメて話した事だけど、勇者の仕事じゃないよね? 完全に逆だよね?
うわぁ。めっちゃ帰りてえ。
鼻上はさっきからスマホをいじっている。流石ギャルだ、期待を裏切らない。そんな鼻上をよそに目上は話を続ける。
「この中にどうしても行きたくないってヤツがいたら、ここにある穴に飛び込め!」
目上がさっき自分たちが出てきた穴の方を指差してる。
「いいか、この穴がどこに、通じているかは俺達は教えない!!」
いや、これ多分罠だよな……
目上は深呼吸した、そして右の人差し指でサングラスをくいっと上げてか眉をひそめた。
「自分で自分の運命を切り拓け! それが勇者だ!」
何かカッコいいっぽい事言ってる。
そう言った目上は顔を赤らめている。それを聞いた鼻上は相変わらずスマホをいじりながら、目上に声をかけた。
「マジカッコいいじゃん、目上。あたし意外とそういう熱いのあげぽよー」
鼻上の気持ちのこもってない言葉に目上は照れながら、頬を掻いている。しかしすぐいつものテンションに戻って大声を出す。
「早く飛び込め! いないのか? 行きたくないヤツは? 手を挙げろ!」
目上は反応を伺っていると、鼻上はスマホで誰かと電話で話し始めた。
「はいもしー、おーナミチじゃん? とりまチョーひさびじゃない。マジウケる。この前のイケメンどしたん? ワンチャンあった? ……」
「ワンチャ……チャンスは一回だけだぞ、もしかしたら家に帰れるかも知れないぞ」
つられたな。
目上は鼻上に気を使って小さい声で話し始めた。
「よし、みんな異世界に転生希望でいいんだな?」
全員の不満を代弁するかのように、また一人勇気のある人がついに怒鳴った。
「そんなどこに通じてるかもわかんない穴に飛び込めねぇよ!!」
「てめー! このやろー! 今鼻上さんが電話してんだろうが! 大きな声……」
「目上! マジうるせぇんだよ! あたしが電話してんだろ、もう少し小さい声で話せよ」
鼻上は目上に怒鳴った後、またスマホを耳に当てる。
目上は完全にビビってしゅんとなって、一人でぶつぶつ不満を言っているようだ。しかし気を取り直してその怒りをこちらにぶつけてきたが、声は小さい。
「何だジャージてめー、立て」
だから立ってるって。後声小さいよ?
「いきなり何なんだよ、このアフロやろー早く帰らせろよ」
なぜかその人も鼻上に気を使っているのか、声が小さい。この状況を考えると、鼻上のが悪いと思うけどね。
そしてその人はいきなり目上の胸ぐらを掴もうとしたが、上半身何も着てないから掴めなかった。その姿はちょっとシュールだった。
さっき同様、目上はその人との距離を詰めていく。
「何だこのやろー……」
「やんのかこのやろー」
メンチの切り合いになったけど……さっきのパターンじゃね? 今鼻上は電話中だからもう止めてくれないぞ。どうなるんだこれ……。
……いやこれ大丈夫だ。喧嘩になりそうになったんだけど、お互い本当はちょっとビビってて『誰か止めてくれないかなぁ』って思ってるんだ二人とも。
「ちょ……近い……やめろや……やめろやって……やめろやって」
もうすぐキスしちゃうくらい顔近いな。そして目上ちょっと押されてんな。
「そんな言うなら帰れ……すぐ帰れや」
「だからどうやって帰るんだよ? ああん」
「そこの穴から帰れるから……」
苦し紛れに出た目上の言葉はこれだ。目上はその穴から目をそらしながら、人差し指で穴をさす、完全に目が泳いでいる、挙動不審だ。
「お前それ嘘だろ? なぁ嘘なんだろ?」
うん、多分嘘だと思うよ。
「本当だ……早よ帰れや……もう」
「わかったよ! 飛び込んでやるよ!」
そう言ってその人は穴に向かって走り出し、本当に飛び込んだ。
それを見てみんな驚いて、辺りは沈黙に包まれる……中で鼻上のアホみたいな会話だけが聞こえる。
「マジでチョーウケるんですけど、てかさっきから何食べてんの? ウケる! でも美味しそうじゃん。あたしも帰りに買って帰ろうかなぁ。あ、マジで? もうそろなんだ。うんわかったーはいはい」
マジかよ……本当に飛び込んじゃったよ……あの人どうなったんだろう。
どうやら鼻上の電話が終わった。それを確認した目上は何事もなかったようにまた大きな声で話を続けた。
「よし、それじゃあお前ら異世界行くから! そこの穴に飛び込め!」
やっぱその穴異世界に行くやつじゃねぇか! こいつやっぱ嘘つきやがったな
「早く飛び込めこのやろー!」
そりゃみんな飛び込まないだろ……。
「目上さぁ……このままじゃ仕方ないからぁ? 全員に異世界特典として、魔法のアイテム渡していいんじゃね?」
「鼻上さん……そんな経費使ったら、後で叱られますぜ」
「だってしょうがなくない? ずっとこのままって訳にいかないっしょ。マジ、あげぽよアイテムやれば言う事聞くっしょ」
鼻上はちっとは話がわかるヤツだな。たまに何言ってるかわかんないけど。
「鼻上さんがそう言うのなら……」
「おらぁ! お前ら! 今回だけは特別だ! 鼻上さんの心遣いに感謝しろよ。今から魔法のアイテムをやる。中身はランダムだ、大切に使えよ!」
目上と鼻上がアイテムの入った袋を一生懸命配ってる……福袋みたいだな。よし……早速開けてみるか。出来れば剣とかがいいな。
…………よし、花火セット。
舐めてんのぉぉぉ!!! どうしろってんだよ!!!
花火セットを手にしている俺を見て、目上は近づいて来て声をかけてきた。
「ほう……貴様、当たりだな」
これで当たりなのかよ!! 夏の夜の思い出作りに最適だよ! 他のヤツはどんなの入ってんだ……? ちょっと見せてもらうか。
隣のヤツ……ゲームのコントローラーじゃん……マジかよ、コントローラーだけじゃ何も出来ないじゃん。あっちの奴は……つけまつげか。鼻上の趣味だな。男には必要ない、てか異世界でも役に立たねえ。
あっちのヤツは……タンバリンか。タンバリンは当たりだな……楽しそうだ。
いやおかしいよ? 俺も感覚おかしくなってきたじゃねぇか! タンバリン当たりって思っちゃったよ!
周囲から絶望的な声が聞こえる。 しかし喜んでるヤツもいるじゃないか!? まさか本当に伝説の剣とか……。
「うひょーやったぜ!! 最新のグラボ入ってたぜ!!」
うーん……わかるよ? 戻れるなら嬉しいよ? うーん。
みんなが絶望に包まれているときに目上は、いかにも「どうだ、よかっただろ?」と言わんばかりに満面の笑みだ。
「よしお前ら魔法のアイテムは行き渡ったな!」
よく考えたら魔法の要素ねぇじゃねぇか!
そんな絶望的な状況で、また一人の勇気ある人が全員が密かに気になっていた質問をぶつけた。
「あの……この中から一人だけ勇者になれるのはわかったんですけど……その他の人はどうなるんですか?」
「そうだった、俺としたことが……いい質問放り込んで来たな、緑!」
色だけになっちゃったよ? しかも何か妙にご機嫌だな目上。
「異世界行く前に、テストをしてもらう! その中で一番優秀な者が勇者になって、後の者は勇者以外に転生してもらう!」
「勇者以外ってまさか村人とかですか……?」
目上は首をかしげながら、あごに手を当てて何かを思い出すように考えている。
「そうだなぁ……主に……アジになるヤツが多いな……」
「え……アジ?」
全員が固まった。
「ん、魚のアジだよ?」
「おいおいおい! ちょっと待て待て! 魚って何だよ!! 人間はおろか魔物ですらないの!?」
「はっはっは、アジになると大変だからなー、主に漁師との戦いの日々だ! でもアジは美味いぞー」
最後の方のお前の目線、食べる側だよね? もう魔王と関係ねぇじゃん!
全員が不満と苛立ちを爆発させる寸前だった。
アジだけは避けたい……アジだけは嫌だ! これは……勇者になるしかねぇじゃねぇか……
「どうだ……お前ら。勇者になりたくなって来ただろう? ふふふ」
目上の勝ち誇ったような笑い声に絶望感を覚えた。
くそ! これあれだ。デートに誘う時の『ダブルバインド』ってヤツだ。
デートに『行く』か『行かない』の二択じゃなくて、デート行くなら『和食』それとも『洋食』どっちがいい? という二択にして、女の子を自然に誘う魔法のテクニックだ。
流石、異世界! 魔法使ってんじゃん! ……ってあほか!!
『アジ』か『勇者』か……目上のクセに……くそ!
「さぁ、お前ら! テストを始める! 鼻上さんが出題して下さるから、よく聞けよ! 最初の問題だ! デデン!!」
鼻上がスマホを見ながら問題を読み上げる。
「えーと……よんでも、よんでも返事をしないものはなぁに?」
なぞなぞじゃん……これで俺達の運命決まるの? アジになるかも知れないの?
「わかったヤツから手を挙げて答えろ!! 早くしろ!」
えーと、よんでも? 何だよそれ……。
すると誰かが手を挙げた。
「よし、そこの……緑のジャージ」
もうツッコまないわ。
「……本?」
「正解だ! おめでとう! 今この喜びを誰に伝えたいですか?」
目上は竹刀の柄をマイクに見立てて、正解者にコメントを求める。その姿がまた全員の怒りのボルテージを加速させる。
どうでもいいよ! クイズ番組なの?
「えっと…… 明日結婚する予定の彼女に……だから帰らしてくれないですか?」
マジか……すげー可哀想じゃん……流石に帰らしてあげようぜ……
少しだけ目上は考えたが、目上の答えはこうだ。
「はい! その思いが彼女に届くといいですね! それでは……今からあなたが勇者です! おめでとう!」
「えーーーーーーーー!!!!」
全員一斉に声を上げた。
え、今ので決まったの!? 一回勝負なの? 最初から言えよ!!
じゃあ……俺、アジになるの?
「よし、勇者以外は初期装備を返却してもらうぞ!」
「初期装備ってどれだよ!」
全員がまた不満を漏らし出した。これでもみんなよく我慢している方だろう。
「落ち着けお前ら! 初期装備はそのジャージだ。脱いで返却して下さい。次の転生者が装備しますので」
ついに全員の怒りが頂点に達して、さっき貰った魔法のアイテムという名のゴミを、全員で目上に投げつけ始めた。
「いい加減にしろ! このやろー!」
「ふざけんじゃねーぞアフロ!」
「早く家に帰せよ! そのサングラス踏みつぶすぞこらぁ!」
みんなが口々に不満を叫びながら、ついにクーデターが起こった。圧政が続きすぎたようだ、こうやって歴史が動くのだろう。
「やめろ! てめーら!! や……やめて。痛い痛い」
「ちょ……マジ痛いから、やめてよ。ぐすっ」
投げつけてるアイテムの中には、車用のバッテリーもあった。
いちいち使えない物ばっかり入ってたんだな。しかしそのバッテリーが目上にクリーンヒットした。
鼻上はもう普通に泣いている。まぁ女子高生だしな……女の子だし。
「くそ! でももう終わりだ! もうすぐ自動的にそこの穴が大きくなって、全員を……ああああ」
目上が開き直って説明している間に穴が急に大きくなって、全員飲み込まれた。
…………………………………………
うん……背中が妙に熱い……俺は、アジになったのか? それとも別の何かに……。
「おい! 起きろ! おい、目を覚ませ!」
誰かが呼んでる……何だ……?
ゆっくり目を開くと、俺は。
たい焼きになっていた……。
アジよりひでぇじゃねぇか!!! しかももうすぐ焼き上がるのかよ!
「ふ……目が覚めたようだな?」
すると隣のたい焼きが話しかけて来た。
「誰だかわかんないけど、お前も……たい焼きになったのか?」
「はっはっは、わからないか? 俺は……目上だ」
「何でお前もたい焼きになってんだよ!」
「さぁ……どうしたものか……これまで随分ひどい事をしてきた……天罰かも知れないなぁ」
目上は死んだ魚のような目……で、すらなくたい焼きだった。
勿論、俺もたい焼きだった。
ジュー……ジュー……。
今度は別のたい焼きから、泣き声が聞こえて来た。
「何でだよぉ!! なぞなぞ正解したのに!」
「はっはっは、残念だったな」
ジュー……ジュー……。
目上……貴様には地獄すら生温い。
こうなったら、最後はせめて綺麗なお姉さんに……食べられたいな……
「いらっしゃいませー」
誰かがたい焼きを買いに来たようだ……これまでか。
「二つ下さいー」
そして……そのタイミングで俺達は焼き上がり。袋に詰められた。最悪な事に目上と同じ袋だった。
「くそっ。俺、まだ名前も紹介してないのによ……」
「ふっ……名もなきたい焼きか……ハードボイルドだな!」
「目上、お前ぶん殴るから、ちょっとこっち来いこら」
「よろしくな……相棒!」
「うるせぇよ!」
俺達を買ったのは……見知らぬ女子高生だった。俺達のオーナーであるその女子高はが誰かに電話をかけたみたいだ。俺達は袋の中で会話を聞いていた。
何か鼻上みたいな話し方だ……そう思った時、袋が開いて俺は体をつかまれて持ち上げられる。
「達者でな……名もなきハードボイルド……俺もすぐ逝くぜ」
目上はにやりと笑い、親指を立てた……かったんだろうが、やっぱりたい焼きだった。
「目上てめーってやつは……じゃあな、先に逝ってるぜ」
袋から取り出された俺は体をかじられた、この女子高生はどうやら尻尾から食べる派だった。身体の痛みは全くなかった。
しかしスマホからどっかで聞いたことのある声が漏れてくる。
あれ……これ鼻上がさっき話していた内容じゃないか……この女子高生まさか『ナミチ』か!?
どうなっているんだ? 過去に転生したのか!?
そして『ナミチ』はたい焼きを食べ終わった……。
…………………………………………
目が覚めるとそこは何もない真っ白な空間だった。
人が大勢いる、目算で三十人くらいか。なぜかみんな緑色のダサいジャージを着ている。勿論、俺も着てた。着た覚えもない。
またか……今度はたい焼き以外がいいな。