6 カイル・エバーガーデン
結局、依頼は一日で完遂することは出来ず、二日かかってしまった。期限が三日間だったので、二日かかったところで何も言われなかったが。そこで、どうしてなるべく早く集めて来いとなっていたのか、興味本位で聞くと、精力剤と避妊薬の在庫が少なくなっていたからだそうだ。
今レイアがいる街は、最も冒険者が集まる街だ。必然的に、男性冒険者の割合も高く、娼館を利用する客が多い。利用する客が多いということは、その分使用する薬も早く減る。だから、なくなる前になるべく早く調達したいのだが、いかんせん客が多くて娼婦たちが行くわけにはいかない。というより、魔物のいる場所に、戦う力のない娼婦が行くべきではない。
そこで組合に依頼を発注し、冒険者に頼んだのだ。特に危険はないので、ランクはFランクと指定されている。それを何も知らないレイアが手に取ってしまい、受注してしまったので破棄するわけにはいかず、回収するたびに恥ずかしいことを考えてしまった。
そんなことがあってから、二日後。レイアは現在、武具屋に立ち寄り、ガラスケースの向こうにある魔術師の杖を眺めていた。その値段は、今のレイアの手持ちでは全く届かないほどだ。今の手持ちは約一三〇〇〇〇リル。杖の値段は、およそ一五倍だ。
杖の性能は、いかに魔力を無駄なく魔術に変換し、いかに発動する魔術の威力を補助するかによって決まる。駆け出しや新人の使う杖は、伝導率が三割なのに対し、今見ている杖は九割と倍以上高い。使う素材によって、その伝導率の高さは変化する。
例えば、そこら辺に生えている木より少し強い魔力の恩恵を受けている気を使った杖は、伝導率が低い。対し、魔力濃度が非常に高い地域で、そこに植生する木のどれよりも強く恩恵を受けている木は、伝導率が高い。
値段は、使用した木の希少さと、いかに手間をかけたかで変化する。駆け出し・新人用の杖は、初心者でも使いやすいようにと、少し雑に作られている。上級者用は、ゆっくりと時間をかけ、受けている恩恵を無駄にしないように、神経を使って削っている。それだけで、全然値段が違う。
「ボクもいつか、こんな杖を使えたらなぁ……」
そんな願望を口にするが、果たしてそれはいつ来るのだろうか。少なくとも、ソロで活動していれば、十年以内で買うことは難しいだろう。欲しい服や魔術書を買わず、頑張って貯金すれば、可能性は少し見えてくる。それでも、十年以内に買うという可能性は、低い。
はぁ、と、小さくため息を吐き、レイアは武具屋の外に出る。今使っている杖は幼少の頃、ある若い行商人が来て、父親にねだって買ってもらった杖だ。その時既にベルと契約済みで、魔術師としての才能の片鱗も見せていた。
初めて魔術師の使う杖を買ってもらったということで、当時のレイアは大喜び。その日の夜は、その杖を抱くように眠ったほどだ。そこから、ずっと使ってきている。物凄く愛着もあるし、何より魔力伝導率が七割ととても高い。Fランク冒険者が、持っているような武器ではない。見た目が古いので、ぱっと見上等なものには見えないが、見る人が見ればいいものであることは分かる。
「愛着はあるし、性能がいいからずっと使ってきたけど、変えた方がいいのかな……」
何故杖を眺めていたのかというと、ルミアに指摘されたのだ。特に目立った傷は無い。それは、レイアがいかに大切に使ってきたのか、よく分かるほどに。しかし、ずっと使って行けば、杖は負担に耐えられずいずれ自壊してしまう。街にいる時にそうなるのはともかく、戦闘時にそうなったら致命的だ。
購入してから今まで、七年間使ってきた。まだ持つだろうけれど、せめて予備の杖は買っておいて損はないと言われたのだ。なので杖を見に来たのだが、自分好みの杖の値段が高く、安いものを買うにも好みの物ではなかったので、購入することなく出てきた。
「今日この後どうしようかな……。図書館に行くにしても中途半端な時間だし。かといって、探索に出ると夜遅くなるし」
残りの時間をどう潰そうかしばらく首を捻って考え、結局討伐系の依頼を受けることにした。討伐系なら、期日が長いので、今日で狩り切れなくても明日明後日と時間を掛けてやってもいい。
そうと決まれば、早速組合に足を運ぶ。早歩きで人と人の隙間を縫うように歩いて行き、数分で組合に到着する。相変わらず冒険者が多く、酒場ではバカ騒ぎをしている輩がいるが、もう慣れた。特に気にすることなく、依頼掲示板の前に行き、どんな討伐系の依頼にするか考える。
そこに張り出されているのは、ゴブリンの討伐、オークの討伐、コボルトの討伐、ワンホーンウルフの討伐。ラッシュラビットの討伐と、結構多い。ラッシュラビットとは、脚の筋肉が異常発達し、ただ跳ぶのではなく、鋭い跳び蹴りを放つように飛んでくる。喰らえば、骨が軽く一本折れるほど。打ち所が悪いと、即死する。それでも、下級魔物扱いだ。上位の方に入っているが、ランク付けを間違えている気がしてならない。
流石にそんな魔物に挑む勇気はないので、無難にコボルトの討伐依頼を受けることにする。ここで一つ、問題が発生する。依頼書が高い所に貼られており、背伸びしても届かない。不親切なことに、踏み台は無い。とりあえず、頑張って背伸びをしてみるが、
「と、届かないっ……」
少し震えるほど背伸びをしているのに、全然届かない。本当に不親切だ。せめて、横に長くなってもいいから低くしてほしいものだと、内心で愚痴る。
背伸びで届かないのならとジャンプをしてみるも、これもギリギリ届かない。そもそも、レイアのように百四十二センチと背の低い子供が討伐依頼を受けることを、組合は想定していない。
こうなったら、恥ずかしいけれど誰かに頼んで、あの依頼を取ってもらうことにする。最後に試しにもう一度ジャンプするも届かず、諦めて溜息を吐いた時、ぬるりとした視線を感じた。
ぞっとして振り返ってみるも、何人かレイアのことを見ている冒険者はいるが、それはいつものように見守るような温かい目だ。さっきまでしていたことを見られたと、恥ずかしくなって少し顔を赤くするも、感じたあの視線を思い出し、体を震わせる。
「君、もしかして困っているのかい?」
「ひゃわっ!?」
警戒して周囲を見ていると、ふいに声を掛けられて、変な声が出てしまう。ばっと振り返ると、そこには高身長で金髪の、爽やかといった印象の美青年が立っていた。変な声を出したからか、少し驚いた顔をしている。身長は……、四十センチくらい違うだろう。
「ど、どうしたんだい?」
「い、いえ! いきなりだったので、驚いただけです。変な声出して、すみません」
そう謝罪してから、レイアは腰を曲げて頭を下げる。
「いいよ。いきなり声を掛けたオレも悪かったし。それで、何か困っているんだろう? ちらっと見たけど、依頼書を取ろうとしてたみたいだけど」
「はい。あのコボルトの討伐依頼書を取りたいんですけど、身長が足りなくて……」
見られていた。そう意識すると、顔がどんどん熱くなっていく。真っ赤になっているであろう顔を、俯かせる。
「なるほどね。君みたいな冒険者もいるかもしれないというのに、組合は不親切だよ。せめて、踏み台くらいは置いてあげた方がいいと、オレも思うな」
青年はそう言うと掲示板に歩み寄り、コボルトの依頼書を剥がして、それをレイアに差し出した。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます! えっと……」
「あぁ、自己紹介がまだだったね。オレはカイル。カイル・エバーガーデン。よろしくね」
カイルは自己紹介をすると、爽やかに微笑んだ。美青年なので、レイアはつい見惚れてしまった。顔が少し厚くなるのを、自覚した。周囲から、カイルに向かって鋭い視線が向けられるも、彼はそれを華麗にスルーした。
少しポーッとしてしまったが、ハッと我に戻って、慌てて自己紹介する。
「ボクは、レイア・エヴァンデールです。よろしくです、カイルさん!」
自己紹介した後、先ほどと同じように腰を曲げてお辞儀する。カイルは、随分礼儀正しい娘だなと思ったが、名前に物凄く聞き覚えがあって、記憶を引っ張り出す。
「レイア……、あぁ! 召喚術師の! そうか、君がレイアちゃん何だね」
レイアの名前を知ると、明るく笑った。それを見て、ドキッとするレイア。今まで結構な数の人から声を掛けられたが、こうも優しくかつ人当たりのよさそうな笑みを向けられるのは、初めてだった。そして、爽やかなイケメンだ。恋愛やら何やらに興味のある、十四歳のお年頃の少女だ。ドキッとしないはずがない。
少しドキドキして名前を頭の中で思い浮かべると、聞いたことのある名前であることに気付く。カイル・エバーガーデン。彼は、Bランクの上級冒険者だ。Fランクの下級冒険者であるレイアにとって、Bランク以上の上級冒険者は、憧れの的だ。
「召喚術師か。その才能があったとしても、精霊と契約するのが難しいと言われているのに、よく契約出来たね」
「か、風精霊のベルが、住んでた村の近くの森にいて、小さいころから遊んでいたので……」
「へぇ、珍しいね。人里の近くに精霊がいるなんて。まあ、人好きな精霊もいるって言うしね。レイアちゃんは、運が良かったんだね。凄いよ」
物凄く自然な手つきで、頭を撫でられる。少し意識してしまっているところに、追い打ちで球を撫でられて、恥ずかしさが限界突破しそうになる。顔は、茹でられたタコのように、真っ赤になっている。それを見ている男性冒険者たちは、カイルを羨ましそうに見ている。
十四歳で、背の低いレイア。そんな子供に声を掛ければ、下手するとロリコンと間違われてしまう。何か、話しかけるようなきっかけがあれば、誤解されることはない。なので色々と伺っていたところに、高い所にある依頼書を取ろうと、頑張って背伸びを始めたり、ぴょんぴょん跳んだりした。
ここで出れば、間違われることはあまりない。しかし、女性と接点の少ない彼らは、声を掛けるのをためらってしまった。そこに、カイルが登場し、自然な流れて問題を解決し、少し楽しそうに会話をしている。単純にパーティーに誘いたい冒険者や、単純に好意を抱いてしまった少々危ない冒険者たちが、羨望の目を向けるのは仕方のないことだ。多分。
「ほ、本当に偶然ですよっ! ベルと仲良くなれたのだって、人懐っこいからでしたしっ! それに、あの子にとってボクは妹みたいな存在で、姉妹同然って言うんですか? そんな感じで、一緒にいましたのでっ!」
「それでも、契約するには信頼を取らなければいけないと聞くよ。騎士精霊は例外って聞くけど。よほど、信頼されたんだね」
「はうぅ……」
優しく話しかけられながら、優しく頭を撫でられる。よく父親にしてもらったことだが、若いイケメンにされると物凄く恥ずかしい。そろそろ、恥ずかしさが本気で限界突破しそうだ。ちょっと上目遣いでカイルを見ると、ちょっと申し訳なさそうな顔をして、手を離した。
「ごめんね。つい、頭を撫でてしまって。嫌だった?」
「い、いえ! 大丈夫です!」
特に嫌な気持ちはしなかったので、全力で否定する。必死になってしまっており、それにカイルが笑ってしまった。
いきなり笑いだしたので、少しむっとなってそっぽを向く。
「ははっ。ごめんね。気を悪くしないでくれ。これから、依頼をこなしに行くんだろう? オレもついて行こうか?」
「いえ、大丈夫です。それに、コボルト程度の魔物に、カイルさんの手を煩わせるわけにはいかないので」
「それもそうか。それに、君は召喚術師だからね。数の不利は、いくらでも補える」
羨ましい限りだ、と続けて言うカイル。まだ実力的にも未熟で、知名度も変な方向で広まっているので、たまに勧誘されるが、頻繁にという程ではない。しかし、もし実力が十分に着き、知名度も召喚術師として広まれば、色んなパーティー、更に言えばギルドからも勧誘を受けることになるだろう。
ギルドは冒険者で結成した組織で、小さくても二十人前後。多いところだと、千人を超える。主な活動は、普通の冒険者と変わりはない。ただ、大規模な討伐依頼などを、指名依頼されるようになる。大規模討伐依頼は、いわゆる魔物の異常発生のことを示し、組合に緊急依頼として貼り出される以外に、ギルドにも依頼される。
とにかく、ギルドには実力者が多く集まる。レイアが十分な実力を付ければ、勧誘をされるだろう。しかし、一人でそのバランスを崩してしまいかねない。今はまだ、少しやり方が分かって来たので三体に増えているが、まだ一桁だ。腕が上がれば十体、二十体、果ては百体以上の軍勢規模で召喚することも可能だ。そこまで行くと、多重召喚ではなく、軍勢召喚となる。名を、【召喚術:騎士王の軍勢】だ。最初にこれを編み出した召喚術師は、万単位で召喚したという。
「それじゃあ、討伐頑張ってね」
「はい!」
頑張れと言われて、気を良くしたレイアは、元気よく返事を返して受付まで走って行った。その小さな背中を、カイルは気付かれないように狩人のような目で見ていた。
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