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5 依頼品の使い道

「レイアちゃーん!」


「ふわぁ!? 急にどうしたの、ルミアさん!?」


 翌朝、白と青を基調にしたフリル多めのワンピースを着たレイアは、探索許可証と採取の依頼書を発行してもらった後、昨日は疲れてそのまま宿に戻っていたので、魔石を換金し忘れていたことを思い出す。なので、許可証と依頼書を受け取った後、換金所へ足を運んだ。そしたら、カウンターにいたはずのルミアがいきなり目の前に現れて、抱き着いてきたのだ。


 いきなり消えたり現れたりするのは、ルミアの魔術だ。基本八属性のほかに、いくつか特殊な魔術が存在する。召喚術もその特殊魔術の一つだ。昨日会ったリゼの退魔術もそうだ。それで、ルミアが使用するのは、空間魔術だ。その名の通り、空間に干渉することの出来る魔術である。


 消えたと思ったらいきなり現れるのは、空間転移をしているからだ。凄いのは、詠唱を唱える必要もないし、魔術法陣も現れない。何より、発動してからタイムラグもなく転移する。よくこれで移動するので、知り合いや同僚から「神出鬼没のルミア」と呼ばれている。


「昨日探索に行ったっきり帰ってこなかったから、すっごく心配したのよ! 帰って来てたなら、顔くらい見せてよっ!」


「ご、ごめんルミアさん。昨日色々あって疲れてたから……」


「色々って? ……もしかして、まだダンジョンに潜ったのかしら?」


 謎の悪寒を感じるレイア。


「潜ってないよ! そうじゃなくて、昨日は連続してゴブリンとオークの集団と出くわしちゃって。しかも一回オークに押し倒されて、危ない目に遭ったの」


「……あなたが探索しに行った森はどの方角かしら。そこにいるオークとゴブリン、全て根絶やしにしてやるわ」


「他の人たちに迷惑だから止めて」


 昨日のことを少しだけ話すと、目からハイライトが消えるルミア。そして、抑揚のない声で言った。流石にそんなことされると、自分を含めて他の駆け出しや新人冒険者に迷惑が掛かってしまう。普通だったら「何冗談言っているんだ」で済まされるが、ルミアの場合それが冗談では済まない。


 何しろ、昔冒険者をしていて、最上位のSランクまで上り詰めた猛者だ。空間戦略級魔術なんか、一部省略した詠唱さえ唱えれば、簡単に使用出来る。厄介なのは、自分で指定したものだけを別空間に飲み込んで消滅させるという点にある。あらゆる敵を、空間魔術で消滅させるため、当時付けられていた二つ名は【暴食】だ。


「可愛いレイアちゃんを襲った愚かな魔物を、近くの森から排除するだけよ」


「だから、他の冒険者たちも倒すんだから、根絶やしにしちゃダメだって! それに、そうしたって魔素が結晶化すれば、元に戻るんだから意味ないよ! ただ魔力をたくさん無駄にするだけだよ!?」


 一応、理論上特定の魔物の根絶やしは可能である。それは、魔素をその場所から完全排除することだ。これさえ出来れば、あくまで理論上魔物は根絶やしに出来る。しかし、その魔素を完全排除する方法は、現時点で存在していない。なので、レイアの言う通り、戦略級魔術でゴブリンとオークを消滅させても、結局元通りになってしまい、魔力を無駄に消費するだけとなる。


 しかし今のルミアからは、例え何度復活しようが何度でも滅ぼしてやると言わんばかりの決意が、体中から滲み出ている。このままではまずいと判断したレイアは、昨日シェリーにしたようにお姉ちゃん呼びをし、強制ノックダウン。しばらく、胸を押さえて悶えていた。


「それで、換金だっけ?」


「うん。お願い」


 お姉ちゃん呼びされてノックダウンされたルミアは、冷静さを取り戻した。顔はまだ少し赤いが。


 レイアがここに来た用件を思い出し、一度確認を取ってからカウンターの向こうに戻る。レイアは『収納出来るんです』からパンパンに膨れ上がった革袋を二つ取り出して、それを渡す。


「これ、多すぎない?」


「さっき言ったでしょ、連続して集団と遭遇したって。おかげで魔石と素材がいっぱいになっちゃって」


 普段持ち歩いている革袋は二つ。それに対し、昨日倒した魔物の数は、百前後。せいぜい二、三十個の魔石と少しの素材しか入らないその袋では、全部の魔石と素材を仕舞うことが出来なかった。もったいないと思いつつ、それは放置した。誰かに拾われるかもしれないが、別に構わない。


 ルミアは二つの革袋を受け取ると、両手でしっかりと持って換金室に引っ込む。それから約六分後、懐中時計の発条ぜんまいを巻いていると、四つの袋を持ったルミアが戻って来た。四つの袋を見たレイアはギョッとして、危うく懐中時計を壊すところだった。どう見ても使い古されている銀色の懐中時計だが、愛着があるのでほっとする。


「はい、八二〇〇〇リルよ。凄いじゃない、レイアちゃん」


「は、八二〇〇〇……!」


 予想外の金額に、目を丸くするレイア。これだけお金があれば、魔術書も買えるし、何より可愛い服も買うことが出来る。今日、依頼と探索を終えて帰ってきたら、何か買おうかなと思考が偏りかけるが、無駄遣いするとあっという間になくなってしまうことに気付き、ハッと我に戻る。


 邪念を頭の中から振り払い、少し震える手で袋を受け取る。中にお金がぎっしりと詰まっており、三つの袋を仕舞い、一つだけ少しだけ開けて中を覗いてみると、金貨がぎっしりと詰まっている。これと同じことになっているのが、あと三つ。また、邪念が浮かび上がってくる。


 すぐに袋の口をキュッと縛って鞄の中に放り込み、再び浮かんできた邪念を払う。そんな一人の葛藤を、ルミアは頬杖をして微笑ましそうに、ニヨニヨ微笑みながら見ていた。


「あ、そうだ。ルミアさん、聞きたいことがあるんだけど」


「何かしら?」


「さっき依頼書を受け取ったんだけど、この『月光草』と『幻華』って何?」


 先ほど発行してもらった、採取の依頼。今名前の挙がった二つを、出来れば今日中に探してきてほしいというものだった。一応期限は三日となっている。


 何の植物なのか分からないのでした、素朴な質問。だと言うのに、生暖かい目で見られているのは一体どういうことか。


「知らないっていうのはいいわね。まだ心が純粋な証拠……」


「何言ってるの? そんなことより、どんな植物なのか教えてよ」


「……分かったわ。月光草は、名前に月って入っているけど、夜の時にしか見つからない訳じゃないわ。花の一種で、形が三日月みたいだからそうついたの。幻華は、植生している場所の背景に応じて色を変えて、見つけづらいからそう名付けられたの。二つとも、薬草よ」


「どんな効果があるの?」


 薬草と聞き、どんな効果があるのか気になり、再び質問する。そこで、ルミアが顔を少し赤くする。


「この二つを依頼してくるところはね……、言っちゃえば娼館なのよ」


 それを聞き、思考が停止する。表情も、固まっている。依頼主だけで、どういう用途で使われるのかを理解してしまった。


「月光草は男性に飲ませる精力剤として。幻華は、避妊薬よ。どっちにも媚薬効果があって、一回飲めば、それはもう欲望に心が飲まれ―――」


「せ、説明しなくていいからっ!」


 説明を始めたところで思考が復帰し、顔を真っ赤にして遮る。二人の会話を聞いた隣にいる同僚や仕事仲間は、趣味が悪いと思いつつも、純情な反応を示したレイアを見て微笑んだ。ルミアは、レイアが精力剤と避妊薬、および媚薬という単語の意味を知っているのに驚きを示したが、可愛い反応が見れたので良しとした。


 落ち着きを取り戻したレイアは、その二つの薬草がどこに植生しているのかを聞き出し、探索ついでに採取することにした。出来れば今日中となっているが、三日後と期限がなされているので、急いで集めるつもりはない。


 娼館が依頼主だと意識すると、また顔が赤くなるが、頭を左右に振って追い払って、ごまかすように組合から飛び出した。昨日の魔石と素材を換金したおかげで、今手持ちにはお金が十分ある。無駄遣いはしないが、回復アイテムは買っておいた方がいい。


 そう思ったレイアは、すぐに街の外に出ないで、組合の隣にある雑貨屋に足を運ぶ。そこには、戦いのときに便利になる魔術の篭った魔道具や、サポートアイテムなどが売られている。回復アイテムは、サポートアイテムの部類に入る。


「まず、やっぱり魔力回復薬マナポーションだよね」


 魔力回復薬は、文字通り魔力を回復させるアイテムだ。魔術師の生命線ともいえるそれは、効果の高いものほど需要が高くなる。そんな高いものを買うお金はないし、平均より魔力が多いとはいえ、そんな効果の高いものはいらない。まだ、駆け出しや新人が使う、効果が低くて安い初級回復薬で十分だ。


 魔力回復薬を、とりあえず十本籠の中にいれ、ついでにその隣にある緑色の液体の詰まった瓶、回復薬ポーションも十本籠の中にいれる。回復薬は、傷と体力を回復させるアイテムだ。実際には、体力を回復させ、その服地効果で傷も治るというものだ。昔にこれを作った薬師も、予想外だったと言われている。


 他にも魔道具も買おうかと考えるが、そっちは値が張るので止めた。籠にいれた二種類の回復薬を会計に通し、『収納出来るんです』に仕舞い、今度こそ街の外に向かって歩き出す。



 ♢



「わぁ……、これはまた……」


 街に出た後、レイアは昨日と同じようにアークナイトを召喚し、肩に座って移動した。昨日と違うのは、もう一体の騎士精霊はシャドウナイトであること。今日はバランスではなく、少し攻撃に傾けてみることにしたのだ。


 それで、月光草と幻華が植生している森に来て探索を始めたのだが、十分も経たずに魔物と遭遇した。今日の魔物は、ワンホーンウルフという、額から黒い角を一本生やした魔物だ。新人冒険者にとって、一番ハードルの高い魔物でもある。


 ワンホーンウルフは、体は大柄なのだが、動きが非常に素早い。ただ速いだけなのだが、その勢いを乗せた前足の爪の一撃が、強力だ。しかもその爪は、伸縮自在という厄介さがある。下手すると、胴体が分離するかもしれない。そんな魔物に、いきなり遭遇してしまった。


 昨日のゴブリンやオークの集団より数はマシだが、それでも十体前後はいる。もしこれが二十体三十体といたら、有無を言わさず回れ右をして、逃げていただろう。


「昨日のあれよりマシだよね……。よし……、シャドウナイト!」


 手始めに、シャドウナイトに指示を出す。シャドウナイトは目を赤く光らせ、背中の大剣を引き抜きながら、間合いを詰める。ワンホーンウルフたちは、向かってくるシャドウナイトが敵だと断定し、地面を蹴って突進してくる。


 互いが衝突する前に、シャドウナイトの大剣が一撃必殺の威力を孕んで振り下ろされる。正面か飛び掛かっていたワンホーンウルフは、避けられずに盾に両断されるが、他は横に回避していた。情報通り、動きが速い。


 シャドウナイトは、地面に振り下ろした大剣が深く突き刺さり、動けなくなっていた。好機だと踏んだワンホーンウルフたちは、一斉に襲い掛かる。しかし、シャドウナイトはあっさり大剣から手を放すと、左右の腰の双剣の柄を掴み、すれ違いざまに切りつける。


『暗い夜空を照らす月明かり。散りばめられた星々は、私たちの祈り。願いをここに。裁きあれ』


【魔術:月下の祈祷】


 魔術を発動させると、ワンホーンウルフたちの頭上に、七つの魔術法陣が出現。そこから垂直に、光線が放たれる。危険を察知しされて初撃が躱されたが、レイアが魔術法陣を三つ操作して動かす。すると、三つの魔術法陣が縦横無尽に動き、数体を断つ。


 【魔術:月下の祈祷】は光属性魔術で、熱を持っている。それで敵を両断するか、貫通させる。【魔術:灰燼のつるぎ】と同じ、自分の意思で維持し続け、動かすことが出来る。空間把握が優れていないと難しい魔術で、複数を同時に操るから集中力が必要だ。上級の【魔術:審判の光芒】も似ているが、威力、一発が及ぼす規模、その数は段違いだ。


 魔術を維持し続けるが、三つ同時操作だと集中力をそちらに割かれてしまい、攻撃を仕掛けられると咄嗟に避けられないので、すぐに解除する。


『暗き世を照らす救済の光。安寧と平穏の地。そこに悪は、あってはならない』


【魔術:裁断の光剣】


 魔術を解除した後、すぐにまた別の詠唱を唱え、発動させる。現れたのは、一本の大きな光の剣。この魔術は、レイアの持つ杖の動きと同じ動きをする、単純な魔術だ。


 その魔術を発動させると、前で戦っているシャドウナイトを一回下がらせる。好機だと踏んだワンホーンウルフたちは突進してくるが、それに合わせて杖を振り下ろす。ただ振り下ろしただけの攻撃だが、初級の魔物にとっては必殺の一撃となった。


 一気に三体が吹っ飛び、絶命。他も、辛うじて逃げるも、無視出来ない怪我を負う。そこに、下がったシャドウナイトが地面に突き立てられたままの大剣を強引に引き抜き、突貫する。逃げようとするも、素早く詠唱し【魔術:氷結姫の抱擁】を発動し、動きを封じる。


 そこにシャドウナイトが、一切の慈悲なく大剣を薙ぎ払う。何とか逃げようとした個体もいたが、【魔術:雷槍】で穿たれて絶命する。


「ワンホーンウルフも、ある程度簡単に倒せるようになったなぁ。でも、絶対に油断はしないっ! 油断したら、対処できるはずの物に対処出来なくなるし」


 目の前に転がるワンホーンウルフの死体を見ながらも、油断は絶対にしないと意気込む。その後、魔石と素材を回収し、月光草と幻華の採取に向かう。今日は、その採取がメインなのだ。二種類とも他の植物と同じように、地面に生えているので、アークナイトの肩に乗らず自分の足で歩いて探すことにする。


 この二体の精霊に指示を出して、回収するのも手の一つと考えるかもしれないが、あいにくそこまで便利な精霊ではない。魔石や素材程度なら、見た目が単純なので、集めて来いと言えば集めてくる。しかし、細かい特徴を踏まえて傷付けないように集めろと指示しても、反応しない。早い話、複雑すぎる指示では動けないのだ。そもそも、戦うことを生業とした騎士の着ていた鎧や、使っていた剣や盾に宿る精霊だ。その用途も、当然戦いだ。決して、お使い用ではない。


 騎士精霊が背後に追随し、常に周囲を警戒している。安全は、確保されているような物だ。けど、少し不安もあるので、シャドウナイトとアークナイトをもう一体ずつ召喚した。少し過剰な気もするが、そこは気にしないでおくこととする。


 二体の精霊を召喚した後、索敵魔術を使って周囲を探りつつも、軽い足取りで依頼の薬草を探し始める。ここで、その薬草がどんな用途で使われるかを思い出し、顔を真っ赤にして、考えないようにと顔を左右に振るう。その背後を、黒騎士と白銀の騎士が追随する。もし、レイアがもっと上等な服を着ていれば、騎士四人と散歩するお姫様だ。


 他の冒険者たちも同じ森におり、レイアと四体の騎士精霊を見て、本当に貴族か何かと勘違いしてしまった。そして、その可憐な姿を見て、また密かなレイアファンが増えてしまった。

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