4 仲間(精霊)のありがたみ
騎士精霊たちが、一方的に蹂躙して行った魔物の魔石と素材を回収した後、レイアは自動召喚された二体を送還し、近くにいるアークナイトに指示を出してしゃがませて手を差し出させ、そこに飛び乗ってから肩に乗せて貰った。
索敵魔術を発動させ、周囲に半径五十メートルに反応がないのを確認すると、アークナイトたちを歩かせる。
「今日はいきなり、結構な数の魔物と遭遇したな~。おかげで、魔石と素材がたくさん手に入ったけど。今日の稼ぎは、期待出来るかも」
およそ六十程の魔物を討伐したため、まだ午前中だというのにたくさんの魔石が手に入った。いくつか砕けてダメになってしまったのもあったが、素材もあるのでプラスマイナスゼロだ。召喚術を使わないで戦っていたら、間違いなく苦戦、もしくは負けて食べられるか種の苗床にされるかの、どちらかの最悪な末路を辿っていた。一人ではないことが、ここまで安心出来ると思ったのは、これで何度目だろうか。
しょっちゅうルミアや他の知り合いたちから、パーティーを組んだ方がいいと言われる理由も、よく分かる。仲間がいるかいないかで、安全性が大幅に変わってくる。魔術の実力を伸ばしたいからといって、使用を少し控えていた自分が、愚かだったと遅まきながら感じているレイア。まあ、使用を控えていたおかげで、魔術師としての実力も上がったし、仲間の大切さも知ったので、一概にも愚かとは言えないかもしれない。
アークナイトがずしずしと足音を立てながら歩いていると、レイアの広げていた索敵に反応があった。敵かと思って杖を構えながら斜め左前を睨むと、そこから四人の冒険者が出てきた。年齢は、見た目からしてレイアとそう変わらないだろう。魔物ではないと確認し、ほっと溜息をつく。
「ほらみろ! やっぱりそうじゃないか!」
「本当、だね……。信じられないけど……」
活発そうな少年剣士が、背後にいる仲間に向かってそう言うと、一人の妙にグラマラスで妖艶な少女が前に出てきて、ぽつりと呟く。一体何のことか分からないレイアは、こてんと首をかしげる。
「ごめんなさい。遠くから、あなたが大きな騎士様の肩に乗って移動しているが見えたもので……。あたしたちは、貴族の人が騎士様と一緒に探索していると思ってたのだけれど、この子だけは召喚術師だって言い張ってたもので……。近くで見ればわかるので、確認しに来たら、本当に精霊だったので驚きました」
どうやら、本当に召喚術師なのかどうかを、確認しに来ただけのようだ。特に悪意も感じないので、警戒心を緩めて、飛び降りずアークナイトの手の上に降りてから、ゆっくりと降ろしてもらう。
「君、やっぱり召喚術師だよね!?」
少年剣士が近くまでやって来て、目を輝かせながら質問してくる。
「そ、そうだよ? これはアークナイトって言って、バランス型の騎士精霊なんだ」
「アークナイト! かっこいいな!」
少年剣士はレイアの隣を抜け、興奮した様子でアークナイトをじっくりと観察する。
「ごめんね。ダニエルは召喚術師、というより騎士精霊が好きなの。お姫様を守る騎士のような荘厳で立派な騎士みたいだからって、そんな理由なんだけどね。でも、確かにこうしてみると、納得ね。……あ、自己紹介がまだだったね。私はリゼ・オースティン。退魔術師よ。よろしくね」
リゼと名乗った少女は、人懐っこさを感じる笑みを浮かべる。
「ボクはレイア・エヴァンデール。知っての通り、召喚術師だよ。まだまだ未熟だけど」
レイアも自己紹介し、愛想よく微笑みを浮かべる。騎士精霊に興奮しているダニエルと言われた少年以外は、その微笑みを見て頬を赤らめる。
「あ、えと、さっきも言ったけど、あいつはダニエル。姓はエメリア。剣士をしているわ。こっちのグラマーで大人しそうな͡娘がユーリ・ミリーゼ。中級魔術の使い手よ。で、さっきから呆けているこいつが、セイガ・アーマンド。こいつは弓使いで、腕は確かよ。……ちなみに、可愛い女の子に惚れやすいっていう特徴があるわ」
「ちょっ、リゼ! 変なこと言うなよ!? 別に僕は惚れっぽくなんか……」
「なーに言ってんのよ。あんた、ユーリがパーティーに参加した時、ずっと意識していたじゃない。ま、気持ちは分かるけどね。十六歳で、これは反則よ。……レイアちゃんも、対外だけど」
「あ、あはは……」
どう反応すればいのか分からず、苦笑いするしかなかった。
「は~、やっぱ騎士精霊って凄いな! 滅茶苦茶強そうだ! やっぱ、ダンジョンの魔物も倒せたりするのか!?」
「い、一応ね。昨日試しに潜ってみた時に、キラーサーペントを倒せたし……」
「キラーサーペント! まだ俺達すら倒せない魔物を、倒したのか! すげぇ!」
熱く興奮しているダニエルに対し、レイアは微妙な顔をしている。確かに、倒すことは出来た。しかし、それはまだ幼体のキラーサーペントだ。成体のを倒せと言われると、少なくとも二体同時召喚を五回繰り返し、数の多さで圧倒するしかない。それでも、負ける可能性の方が高いのだから、遭遇した時にどうすればいいのか分からない。
「倒せた、といっても恐らく幼体の、ですよね? 成体のになると、小さくても二十メートルはあると聞きますし」
「そうだよ。幼体のキラーサーペントでも、正直強かった。ボクの【雷槍】でも貫通出来ないし、溶解液吐いてきて服が溶けそうになるし、もう散々だった……」
「ふ、服が……。本当、よく無事でしたね」
「仲間がいるって大切なんだって、身を持って実感したよ……」
召喚精霊以外で仲間のいないレイアは、仲良し四人組でパーティーを組んでいるリゼたち羨らやましくなってきた。けど、この四人はバランスがよく取れている。そこに加われば、そのバランスを崩しかねない。誘われても、やんわりと断ることにする。
「それにしても、召喚術師かー。数がかなり少ないって聞いてたから、こうして目のすることが出来るとは思ってなかったよ」
「俺もだ! こんなかっこいい騎士精霊を見れるなんて、感激だ!」
リゼがアークナイトの近くに寄り、塔楯に手を触れてそう感想を口にする。召喚術師は、見つけようと思って見つけられるものではない。それどころか、珍しすぎるので秘匿するほどだ。レイアは別に隠すほどの物ではないと思っているので、隠すことなく公言はしている。ベルだって、召喚したまま一緒に街を歩いたりするほどだ。
とにかく、他は大体隠すので、滅多に見れない。騎士精霊にあこがれを持つダニエルの気持ちも、分からなくはない。その後少し言葉を交わし、四人はこれから薬草の収穫と、ついでに魔物を討伐しに行くらしく、その場で別れる。
案の定勧誘してきたが、気持ちだけ受け取りやんわりと断った。純粋に仲間になりたいと分かっていたので、少々断り辛かったが。再び肩に乗ったレイアは、四人に手を振って探索を再開する。その背後を、特にダニエルが惜しそうに眺めていた。
探索を再開したレイアは、四人の姿が見えなくなったところで索敵魔術を発動。まだ、範囲内に反応はない。少しだけ気を抜いて力を抜くが、そういう時に限って邪魔が入る。
力を抜きつつも発動させていた索敵魔術に、たくさんの反応があった。少しは空気を読んでほしいと思いながら、数を数える。その数、二十前後。
「ま、また結構な数だなぁ……」
今日はやたらと、魔物と遭遇する。しかも、集団で。アークナイトを召喚しているので、苦戦することはないが、集団との連戦は、流石に少し気が滅入る。
『輝く雷光。地を叩く槌。圧壊し、轟け』
肩から飛び降りて先んじて詠唱を唱え、発動させずにそれを維持する。やがて、索敵に反応があった魔物の正体が判明する。それは、またゴブリンだった。
【魔術:雷槌】
無言で魔術を起動させるレイア。魔術法陣がゴブリンの集団の頭上に出現し、そこから一発の雷が落ちる。【雷槌】となっているが、別に雷の槌が出てきて、叩き潰すわけではない。法陣から、雷を落とすだけだ。シンプルだが、シンプル故に強力だ。
遭遇して早々、いきなりの落雷で、二体が直撃を受け即死。四体が、その余波で感電死する。落雷の轟音で一瞬怯んだゴブリンたちは、それが隙となってしまう。一体のアークナイトが剣を持って飛び出し、水平に薙ぎ払い、シールドバッシュで三体殴り飛ばす。
ここで明確に敵と判断し、ゴブリンが襲い掛かるが、その前にレイアの【魔術:雷槍】が飛来し、一体のゴブリンの頭を貫く。他のゴブリンがレイアのことを見ると、先ほどと同じように醜悪な笑みを浮かべる。過剰戦力になってはいけないので、悪寒を感じつつも目を逸らしてないようにする。
少しして視線を戻すと、殆んどのゴブリンがこちらに向かって来ていた。
「ちょっと、欲望に忠実過ぎないかな!?」
背後から白銀色の死の影が迫っているというのに、それでも性欲を優先したようだ。既に欲情済みなのか、腰に巻かれた布を押し上げるように危険物が姿を現す。いくら魔物でも、それを目の当たりにしてしまったレイアは、顔を真っ赤にして顔を逸らし、前方に立っているアークナイトに指示を出す。
―――前には既に動き出しており、シールドバッシュで殴り飛ばしていた。そういえば、害意のある存在は全て打ち捨てろという指示を出していた。すっかり忘れていた。
『雷精の雷よ、一条の槍となりて、刺し穿て』
【魔術:雷槍】
もう一度詠唱を唱え、なるべく下を見ないようにして発動させる。杖の先端に現れた魔術法陣から、一条の雷の槍が飛び出し、まとめて三体貫通する。
『万物の起源である母なる水よ。そなたは静かなる静流。静かに喰らい、飲み込め』
【魔術:水流の大蛇】
水初級上位魔術の詠唱を唱えるレイア。頭上に魔術法陣が現れ、そこから水の大蛇が姿を現す。その大蛇は、レイアを囲うようにとぐろを巻く。そしてその中でレイアが杖を振るうと、呼応して大蛇が動き出す。
顎を大きく開き、二体を飲み込む。飲み込まれた二体のゴブリンは、腹の中で押し潰される。【魔術:水流の大蛇】は、圧縮した水で出来ており、飲み込まれればその水圧で押し潰される。中級や上級となると、深海の水圧より高い水圧が掛かる。防御魔術を発動させれば何とかなるが、しなかったら一瞬で押し潰される。戦略級ともなると、上級以上の水圧に内部に水の刃が無数に発生しているので、潰しながらズタズタに切り刻む。
水の大蛇はレイアの振るう杖と同じ動きをし、一体、また一体と飲み込んで圧殺する。ゴブリンたちは逃げ惑うように走るが、それを利用して誘導し、アークナイトが剣で切り伏せる。二度目のゴブリンの集団は、あっという間に殲滅させられた。
♢
日が傾き夕飯時となり、食事店を兼ねたレイアの泊まっている宿は、とても繁盛している。味も量も良く、冒険者が多く訪れている。特に、三か月前からは売り上げがぐんぐん伸びている。宿主は気付いていないが、シェリーはその原因に気付いている。というか、そうなるであろうと予感していた。
売り上げが上昇する原因となった銀髪紅目の少女レイアは、定位置と化している窓際の席に座り、テーブルに突っ伏して見るからにぐったりしている。理由は、今日の探索でゴブリンとオークに遭遇しまくったのが原因だ。どちらも、性欲の塊と言っても過言ではない魔物だ。それに、合計七回も遭遇した。連戦だったので魔力も体力も消費して疲れているが、精神的な疲れの方が強い。
何しろ、奴らはレイアを見るたびに、布に隠された危険物を肥大化させ、その姿を見せるのだ。羞恥心で顔を真っ赤にし、同時に貞操の危険を常に感じていたのだ。それに、オークが一体だけアークナイトの攻撃と防御をすり抜けてきて、押し倒して来たのだ。幸い服は破られなかったが、脚を左右に広げられて本気で犯されると思った。咄嗟に、【魔力衝破】という、魔力を衝撃波に変換して、それをぶつけて吹っ飛ばす初級魔術を使用したので、何とか切り抜けた。
そのオークは、吹っ飛ばされた後シールドバッシュで殴り飛ばされ、もう一体のアークナイトのシールドバッシュも喰らい木に激突し、その木ごと両断された。何とか助かったとはいえ、それがトラウマになりかけてしまった。トラウマにはならず、何とか立ち直れたが。
とにかく、そんな出来事があったので、突っ伏してぐったりしている。魔力もほぼ使い切り、体が物凄くだるいというのもある。
「レイアちゃん、大丈夫……?」
心配になったシェリーが、レイアの傍に来て優しく声を掛ける。その声に反応したレイアは、ゆっくりと顔を上げて起き上がる。その目は、少し涙で潤んでいる。
上目遣い+涙目のダブルコンボで、シェリーの胸がキュンっとときめく。シェリーの背後の席に座っている冒険者も、同じようにときめき、鼓動を加速させる。
「シェリーさん~……」
「わっ。ど、どうしたの?」
普段あまり自分から甘えてこないレイアに、嬉しくも動揺するシェリー。本当に妹に見えてきて、自然な手つきで頭を撫でる。癖のないサラサラな銀髪が、凄まじく触り心地がいい。
「今日探索してたら、たくさんのゴブリンとオークと遭遇したの……。怪我はしなかったけど、一体だけだけどオークが、ボクのアークナイトの攻撃と防御をすり抜けてきて、押し倒されたりして……」
「ちょっ、それ本当!?」
オークに押し倒された。こうして無事に帰って来ているので手を出されていないのは分かるが、それでも心臓が止まるかと思うほど驚いた。周囲の聞き耳を立てている冒険者たちも、それを聞いてざわついている。
「【魔力衝破】で吹っ飛ばして、その後アークナイトが倒してくれたけど、凄く怖かったよ……」
そう言って腕を背中に回し、ぎゅっとしがみつくレイア。シェリーは更にときめく。男性冒険者は、抱き着かれているシェリーと一瞬でもいいから、入れ替わりたいと切に願った。
十四歳の幼気な少女のレイア。オークに倒されて、よく初級とはいえ魔術を使って逃げ出せたなと、感心するシェリー。もし自分がレイアだったら、まず恐怖で体が動かなくなるだろう。その間に服を奪われ、純潔も奪われて、醜い奴らの子を宿すことになるだろう。仮に他の冒険者に救出されても、心を塞ぎこんで部屋に引きこもるか、自害するだろう。
そう思うと、レイアは少なくとも自分よりずっと強いと感じる。こんなに小さな体で、よく魔物に立ち向かえるなと思い、空いているもう片方の腕で優しく抱擁する。レイアは、子猫のように甘えてくる。
宿に泊まるようになって三ヶ月。一度も自分から甘えてこなかったレイアが、初めて自分から甘えに来てくれた。そのことが嬉しすぎて、仕事のことを忘れてしまう。シェリーの父親である宿主は、何をしているのだろうと顔を覗かせるが、レイアが甘えているのを見て少しそっとしておくことにする。
それからたっぷり五分。レイアが体から離れる。温もりが離れて名残惜しそうにするが、恥ずかしくなっているのか顔を赤くしているのを見て、その顔を見られたので良しとした。
「ご、ごめんね、いきなり……」
「いいのいいの。たまにはお姉さんに甘えなさい」
そう言って、もう一度頭を撫でる。他人に撫でられるのが気持ちいいのか、すっと目を細める。シェリーの背後のテーブルに座る冒険者が、胸を押さえて蹲る。
「……うん、疲れた時にそうさせてもらうね」
ふわりと微笑みを浮かべた後、悪戯笑顔に切り替わり、
「シェリーお姉ちゃん♪」
「はぅっ!?」
一人っ子のシェリーは、真正面から「お姉ちゃん」と呼ばれ、ついに胸を押さえて蹲ってしまう。その後、見かねた宿主がやって来て、シェリーを引っ張っていく。その前に、パスタを注文しておいた。
少しして、復活したシェリーが綺麗に盛り付けられたパスタを持ってきた。瓶に入った粉チーズと一緒に。かけすぎるとしょっぱくなるので、程よく粉チーズを掛けて、美味しくいただく。食後には、蜂蜜入りの牛乳を頼み、ほっと一息ついた。
夕食を取り終えた後、部屋に戻ったレイアは、バスタオルとショーツ、寝巻代わりのぶかぶかの白いシャツを鞄の中から取り出し、シャワー室へ突入。体を清潔にして、ショーツをシャツを着て、腕輪のタイマーをセットし、ふかふかのベッドの中に潜り込んだ。疲れがたまっているし、何より魔力切れを起こしかけている。目を閉じると、あっさりと意識を手放してしまった。