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15 掃討開始

 馬車が街を出てから、半日ほどが経過した。冒険者たちの乗った馬車は、ようやく目的地に着いた。馬車から降りた冒険者たちは、各々でストレッチしたり伸びをしたりしている。その一方でレイアは、


「お、お尻が痛い……」


 慣れない馬車での長距離移動で、荷馬車の中でお尻を押さえて蹲っていた。途中まではある程度舗装された道だったのでよかったが、一定の距離離れた途端に道が悪くなり、ガタガタと馬車が揺れ出した。というのも、街から数キロまでしか舗装されておらず、そこから先はただ馬車や人が何回も通って行くうちに踏み固められただけの、粗末な道だ。今まで街の付近でしか活動していなかったレイアにとっては、ちょっとした虐めのようだった。


「まあ、最初はそんなものよ。何回も乗っている内に、慣れてくるからさ」


「そう言いつつも、それでもまだ痛むんだけどね。流石にレイアちゃんほどじゃないけど」


 先に外に出たジェーンたちは、荷馬車の中で蹲っているレイアを見て、苦笑しながらそういう。誰もが最初は味わう苦痛を思い出しているのだろう。その隣には、リリアナが回復魔術をレイアにかけている。


 一分くらいで痛みが引き、それでもまだ少し涙目のレイアは、のそのそと荷馬車から出てきた。そして、思い切り伸びをする。


「ん~! やっと立てた! ずっと座りっぱなしだったから、なんだか清々しい気分!」


 そう言って息を大きく吸い込み、空気が大分澄んでいるのを実感する。ここまで街から離れると、やはり随分と空気が違うものだなと思う。ここまで澄んだ空気を感じられるのは、冒険者になる前に住んでいた村以来かもしれない。


「ここまで空気が澄んでいるなんて、珍しいわね。森に戻って来たみたい」


「そう言えば、あそこも随分綺麗な場所だったね。まあ、精霊が住み着くくらいだし」


 かつてベルが住んでいた森は、今いる場所よりも少し空気が澄んでいた。森に入った瞬間から全然違い、奥に行けば行くほど綺麗になって行く。昔から好奇心旺盛なレイアは、一番奥に行けばどんな風になっているのだろうと面白半分で探検していた。そしたら、偶然にもベルと出会った。


 よく母親からお伽話を聞かせて貰っていて、どれほど精霊が人と共にいるのが難しいのか知っていたため、割と近くにベルがいたことに驚いた。しかも、物凄く人懐っこいことにも驚いた。もし、ベルが人懐っこい性格じゃなかったら、一緒にはいなかっただろう。


「精霊が住み着いた森かぁ。どんなところなのか、気になるわ」


 精霊に興味のあるリーリスは、精霊が住み着くほど綺麗な森に興味を持ち、場所を聞き出そうとする。しかし、馬車で一週間くらいかかったと聞き、そこに行くのを半分くらい諦めかける。


「皆さん、一度お集まりください!」


 各々で会話したり準備したりしていると、同行して来た女性組合員が、手を叩きながらそう声を張り上げる。それを聞いた冒険者たちは、会話や準備を一度止め、彼女の周囲に集まる。全員が集まったのを確認すると、女性は一度小さく頷いてから口を開く。


「皆さん、半日の移動お疲れ様です。ですが、あいにくですが予想以上に魔物の数が増加しているのを確認したため、二時間の休憩を四十五分へ短縮し、そののち掃討を開始することにしました」


 四十五分後に掃討が開始されると聞き、冒険者たちは少しだけざわつき始める。それはレイアも同じで、どれくらいいるのかを確認するために、召喚したままのベルを偵察に向かわせた。


「ここで、報酬などの最終確認をいたします。一週間の遠征完了後に配布される報酬は、一人五五〇〇〇〇リルです」


 報酬についてはルミアから聞かされておらず、思っている以上の莫大な金額に思考が停止しかける。


「また、討伐した魔物の魔石や素材は、倒した人の物、もしくは倒したパーティーの物といたします。これは討伐遠征です。こちらに財政事情など気にせず、ガンガン討伐してください」


 はっきりそう告げると、冒険者たちは歓喜の雄叫びを上げる。報酬も良く、魔石や素材も換金後討伐した者の物になる。思っている以上に実入りのいい遠征に、誰もが心を躍らせる。


 一方でレイアは、思考を半ば停止させている。元々親にもっと贅沢させたいという理由で冒険者になっているので、この遠征で普段から送っている仕送り額よりずっと多いお金を送ることが出来る。それもそうだが、自分が自由に使えるお金もすごいことになるので、どちらかというとそっちの方で停止している。


 やがて復活し始めると、今度はどんな可愛い洋服や性能のいい杖を買おうかに傾き始める。洋服はともかく、杖ともなると値段が張るので、そのことに気付くとすぐに頭の中からその考えを振り払う。


「それでは、四十五分の休憩を取ってください。くれぐれも、勝手に討伐を始めないでくださいね」


 最後にそう釘を刺した後、女性組合員は乗っていた馬車の方に戻る。同行している組合員たちは、この休憩時間内にテントなどを組み立てる。他には、本部と通信するための通信魔道具の点検、持ち込んだ支給品の最終点検。報告に上がっている、大量発生した魔物の名称の再確認などを行う。


 組合員たちがそれをしている間、冒険者たちは各々で休憩を取り始める。干し肉を片手に談笑する冒険者。長い時間戦うため、それに備えて仮眠を取る冒険者。ソロの冒険者を見つけて、パーティーに誘う冒険者。それぞれ、その休憩時間の間に出来ることをやり始める。


 今回の遠征には、それなりの数レイアファンがいる。この遠征を機に、少しだけでも仲良くなりたいと考えており、レイアの方に顔を向ける。が、


「レイアちゃん、遠征中は私たちと臨時パーティー組まない?」


「いいんですか?」


「いいのいいの! 数が多いに越したことはないからね! それに、レイアちゃんなら私たちが危なくなっても、守ってくれると思うし」


「確かにそうだね。数を不利を補えるのは相当なアドバンテージだし。あと、一人で行動するより私たちと一緒にいた方が、ずっと安全だと思うわよ」


「何より、レイアちゃんとは話が合うし、一緒にいたいよ!」


 既に、レイアと同じ馬車に乗っていたリーリスたちが声をかけていた。レイア一人なら、まあ緊張はしただろうけれど、声を掛けることは出来たであろう。しかし、今彼女は五人の美女と一緒にいる。そこに近付くだけでも、かなり勇気が必要だろう。


「ん~……。分かった。リーリスさんたちと一緒に行動するよ。確かに、その方が安全そうだし」


 そしてレイアがリーリスたちと臨時パーティーを組むことが決定した。結局、レイアと仲良くなりたいと考えていたファンたちは、声をかけることは出来ず、肩を落とした。



 ♢



 四十五分後、休憩を終えた冒険者たちはそれぞれの武器を手に取り、合図が来るのをまだかまだかと待ちわびている。すると、そこに懐中時計を持った女性組合員がやって来た。


「五……、三、二、一……。それでは、現時刻を以って作戦を開始いたします。掃討を開始してください」


 そう宣言すると同時に、冒険者たちは我先にと一斉に駆け出していく。ベテランの冒険者たちはどんどん先を行き、その後ろを中堅冒険者たちが追いかけていく。


 レイアたちはそこまで欲に走っていないので、ゆっくりと行く……つもりだった。軽い駆け足で走り始めると同時に、カエデの脇に抱えられる。リリアナが全員に風属性による身体強化を施す。そして、五人が一斉に地面を蹴って走り始める。


 結構高い効果の身体強化なのか、一歩目から凄まじい速度で走り出した。急に景色が切り替わったかのようで、レイアはかなりびっくりしたが、それ以上にいつの間にか自分が脇に抱えられていることに気付き、少し暴れて降ろすように抗議するも、こうした方が早いと言われそのままぐんぐん進んでいった。


 ジェーンは両手の籠手から鋼糸を飛ばして木に巻き付け、走るよりも速いスピードで移動する。彼女は斥候なので、先に移動してどこにどの魔物がいるのかを確認しに行くのだ。あとは、目的地に仲間が移動しやすいように、ある程度魔物を間引く役割もあるのだが、今回はそんなことをしなくても先に行った冒険者が勝手に間引いてくれる。


 凄まじいスピードで移動して行くジェーンを見たレイアは、ぽかんと口を開けて呆ける。尤も、激しく揺られているので舌を噛んでしまい、両手で口を押さえて涙目になったが。


 景色が流れるように過ぎ去っていくのを見ていると、不意に走っていたカエデが足を止める。何だと思って索敵魔術を発動させてみると、反応があった。それも、かなりの数だ。


「あ、いたいた! レイアー!」


 先に偵察に出していたベルが、手を振りながら戻ってくる。


「このあたり一帯に大量の魔物を確認出来たわよ。正確な数までは分からないけど、七十体くらいはいると思う」


「ボクの索敵にも、それくらいの数あるね。カエデさんは?」


「私も同じ。魔術とかは使えないけど、気配だけでも分かるわ」


 そう言いながら脇に抱えていたレイアを降ろし、東洋の武器「カタナ」の柄に手を添える。リーリスたちも杖を構え、先に詠唱を唱えておく。開始早々、攻撃を仕掛けるつもりだ。


 レイアもアークナイトを一体召喚し、【魔術:忘却された星空の夜想曲】の詠唱を唱えておく。そこで待ち構えていると、たくさんの魔物が遠くから走って来た。目視できるだけでも、三十体くらいはいる。一度深呼吸をして、ベルに息吹を放つように指示を出そうと、口を僅かに開ける。


「ジェーン!」


 その直前、リーリスがジェーンの名前を叫ぶ。そのすぐ後、いつの間にか仕掛けられていたのか、蜘蛛の巣上に張られた鋼糸が下から魔物に襲い掛かる。その罠に気付くことの出来なかった魔物たちは、あっさりと体を断ち切られて絶命して行く。


 そこへ、一足で魔物との距離を詰めたカエデが、手が霞むほどの速さで抜刀する。いつ抜いたのか認識できない速さで放たれた斬撃で、魔物が四体同時に頽れる。


【魔術:天津風あまつかぜの烈槍】


【魔術:忘却された星空の夜想曲】


【魔術:贖罪しょくざいの劫火】


【魔術:堕天使の塔】


 リリアナ、レイア、リーリス、そしてルーシーがそれぞれの得意属性の魔術を発動させる。リーリスとリリアナが風上級と炎上級、レイアとルーシーが光と空間の中級魔術だ。


 リリアナの周囲に複数の魔術法陣が出現し、そこから風で出来た激しく回転した槍が放たれる。リーリスは構えた杖の先に出現した法陣から青い炎の熱線を放つ。レイアは周囲に出現した法陣から光弾を放ち、ルーシーはカエデから離れた場所に魔術を発動させて、指定した空間内にいる魔物を空間ごと抉り飛ばす。それは上にも及び、木の枝が消滅する。


 先に罠を設置して先制攻撃を仕掛けたジェーンはいつの間にか戻ってきており、魔力で編んだ投げナイフを投擲したり、籠手から伸ばした糸を短剣の柄頭に開いている穴に通して巻き付け、投げ飛ばした後糸を巻き戻して手元に戻したり、投げ飛ばした後腕を振るってそのまま切りつけたりしている。他には、糸そのものでも攻撃が出来るようで、飛ばした糸で魔物を両断した後巧みにそれを操り、他の魔物に巻き付けて一気に締め付けることで、討伐して行く。


 レイアもレイアでアークナイトとベルに指示を出しており、シールドバッシュや長剣での斬撃、精霊故に強力な風精霊術で魔物を蹴散らしていく。


「いやー、随分と便利だね、召喚術って」


 離れたところでベルが魔物を吹き飛ばし、その魔物をアークナイトが長剣で斬り付けるか強烈なシールドバッシュで倒している光景を見ていたリーリスが、そう呟く。


「そうですか?」


「そうよ。数の不利を覆せるっていうのは、不利な状況をも打破できるってことよ。こういった大規模な掃討作戦の時は、間違いなく重宝されるわ。下手すれば、取り合いにすらなるわよ」


「確かにそういった状況では有利な状況にまで持っていけますけど、言い換えれば他の人の役割を奪いかねないので、ちょっと複雑ですね」


「そんなの気にしなきゃいいのよ。そんなの承知の上なんだから、文句言ってくる方がお門違いて奴よ」


 リーリスの言う通り、召喚術師は他者の役割を奪いかねないということは、既に周知なことだ。パーティーやギルドに誘うのも、そのことを承知の上なはずだ。確かに、知っているはずなのにそれで文句を言うのはお門違いかもしれない。


 初めてそんなことを言われたレイアは、いい勉強になったと胸に秘め、シャドウナイトを一体召喚して、すぐ後に詠唱を唱えて【魔術:雷槍】を発動し、三体まとめて撃ち抜く。


 何体かの魔物はカエデの猛攻や魔術師組の魔術の弾幕、ジェーンの鋼糸の罠をすり抜けてきたが、リリアナ、リーリス、ルーシー、そしてレイアに、召喚されて一体ずつ貸し与えられたアークナイトが、その魔物を打ち払って行った。おかげで、その場から動くことなく魔術の詠唱と魔物の討伐だけに専念することが出来た。


 その一方でレイアは、もしこの先パーティーを組むことがあれば、その時は今のような使い方を使用と決める。そうすれば、多少前衛の仕事は減るが、それは言い換えれば負担が減ることにもなるし、前方にいる魔物の討伐だけに集中することが出来る。


 なんでもっと早くそのことに気付かなかったのだろうと割と激しく後悔し、【魔術:灰燼のつるぎ】で魔物を焼き切り、薙ぎ払う。


「それにしても、魔物の数多すぎ! 倒しても全然キリがない!」


 戦闘を開始して既に十分ほど経過しているが、いまだに魔物の数が減る気配がない。むしろ、どんどん増えていっている。


「多分だけど、この戦闘音を聞きつけて他の魔物が駆けつけてきているんじゃないかしら? さっきから結構派手な音響かせているし」


 息吹を放って魔物を十数体吹っ飛ばしたベルが、そう言う。実際、ベルの予想は当たっている。離れたところにいる魔物たちは、レイアたちの戦闘音や魔物の血の匂いを嗅ぎ付け、向かってきている。たいていの魔物は総じて鼻が良く、女性特有の甘い香りも嗅ぎ付けている。


 そしてすぐに、そこには柔らかく仄かに甘い味のする極上のご馳走があると、欲望と本能に従って走り始める。普通であればここまで数は多くないのだが、魔物が大量発生しているため数が中々減らない。


 このままではジリ貧になってしまうと感じたレイアは、ウンディーネのセリナとサラマンダーのグレンを召喚する。ついでに、離れた場所にアークナイトとシャドウナイトを四体ずつの計八体を召喚し、こちらに向かってきている魔物を討伐して、数を減らすようにと指示を出す。


 指示を受け取った騎士精霊たちはそれぞれの得物を抜き放ち、疾走して行く。大丈夫だろうかと考えが過るが、遠くで魔物の断末魔が響いてきたので、大丈夫だろうと思考を戦いに戻す。


【召喚術:シャドウナイト】


【召喚術:アークナイト】


 八体の騎士精霊が魔物を倒しに行ったが、それは後から来る魔物の数が減るだけで、今戦っている魔物は自分でどうにかするしかない。そこでレイアは、シャドウナイトとアークナイトを手始めに六体ずつ召喚する。


「とにかく魔物の数を減らしてきて!」


 すぐに指示を出すと十二体の騎士精霊は目を幽鬼のように妖しく光らせ、抜剣して魔物に襲い掛かる。東洋の剣士サムライ独自の剣術、抜刀術で高速の斬撃を繰り出して次々と魔物を切り伏せていたカエデは、いきなりやって来た騎士精霊に一瞬だけ驚くが、レイアの精霊であると理解し一度下がって体勢を立て直し、呼吸を整える。


「十六夜一刀流抜刀術───白南風しらはえ!」


 騎士剣術や近代剣術とは全く違う、深く腰を落とし引き絞られた弦のように体を捻り、回転させるようにしてカタナを抜き放つ。カエデは魔術はからっきしだが、剣術に魔力を組み込むことくらいは出来るようで、闘気を使わずに斬撃を巨大化させて飛ばす。


 しかも驚くのは、使用した魔力量はごく少量、それこそ生活魔術レベルだ。だと言うのに、放たれた不可視の斬撃は次々と魔物を両断して行く。ここまでの威力を出せるのは、腰の回転、体の発条ばね、そして踏み込み。それらを余すことなく伝えることで、爆発的な加速を成し、威力が上昇する。魔力による攻撃ではなく、圧倒的な技術によって成された技だ。


 凄いと思いながらも魔術を放ち続けるレイアは、大分魔力が減って来ていることに気付く。


「ベル、セリナ。少しの間お願いね」


「了解よ!」


「かしこまりました!」


 魔力を回復させるべく、鞄の中に手を突っ込み魔力回復薬マナポーションを取り出し、蓋を開けて中身の一気に呷る。ほろ苦い味が口いっぱいに広がり、実は苦いのが少し苦手なレイアは、顔を少しだけ顰める。


 前使っていた物よりも効果が高めなので、すぐに回復が始まり、あっという間に完全回復する。


『月が地の果てに沈み、空は明るく染まり、陽が大地を淡く照らす。眠りについていた者たちは、今夜明けとともに目を覚ます』


【魔術:暁天のともしび


 回復した魔力を少し多めに消費し、カエデと騎士精霊たちの身体能力を向上させ、一定の攻撃の無効化を施し、魔物の動きを阻害する。そんなに多く使っていないのでそこまで高い効果が出る訳ではないが、それでも一瞬の駆け引きが重要なこの戦いでは、少しだけでも動きを阻害できるのであれば、それは非常にいい手である。


 もともとリーリスからかけられていた身体強化魔術に加えて、レイアの支援魔術もかけられて、動きがさらに加速するカエデ。バッタバッタと魔物を切り伏せていく。


「東洋の剣士ってのは、こっちの騎士たちと違って、全身の力を余すことなくカタナに伝えて、それを速度に変えて強烈な斬撃を叩きこむのが主流みたいだからね。本当、あの速さは異常だっての」


 両手の籠手から放っている鋼糸を指先だけで巧みに操り、同じく魔物をズバズバ倒しているジェーンが、ため息交じりにそう言う。出会った当初、あんなに細い剣で何が出来るのだろうと馬鹿にしていたが、いざ戦わせてみるとパーティーメンバーの誰よりも強かった。何より、踏み込んでから攻撃に移るまでが恐ろしく早く、認識したころにはすでに斬られている。


 一番のスピードファイターであったジェーンは、信用も信頼もしているが、あの速さに少し嫉妬している節がある。今でもまだ諦めておらず、特訓してパーティーいちのスピードファイターに返り咲こうと画策しているところだ。


「それより、魔物の数が減って来ているよ! このままいけば、あと少しで討伐し切る!」


 広範囲にわたって索敵魔術を広げていたリリアナが、魔物が来た方角にいる魔物の数が減って行くのを確認し、その結果として向かってくる魔物の数が減っていることを、全員に伝える。


「やっぱレイアちゃんと組んで正解だったかも! 私たちだけだったら、この数の魔物は絶対に無理だったわ!」


「ボクも、リーリスさんたちがいたから、ここまでできるんですよ。ボク一人じゃ、無理だったと思います」


「ま、お互いさまってことね。さあ、最後の仕上げに入るわよ! ガンガン行くわよ!」


 数が減ってきたことを機に、リーリスが上級魔術の詠唱を始める。レイアも知識としてしか知らないが、今唱えている魔術が、どんなものなのかが分かった。


『この大地に劫火あり。煉獄に業火あり。赤く燃ゆるは始祖のほむら。燃え盛る焔は、万象一切を等しく塵へ帰す。そこには慈悲などありはしない』


 リーリスの周囲に魔力が吹き荒れ、巨大な魔術法陣が現れる。今だに至っていない高みに、レイアは肩を震わせる。


『駆け抜ける一陣の旋風。集いし怒りの暴嵐。曇天を断つは狂乱の大鎌。疾風は暴虐な嵐となりて、一切を奪い去る』


 更にそこに、リリアナの詠唱も加わる。これもまた、上級魔術の詠唱だ。


『骸無き葬列。墓標の前で奏でられるは、悲しき葬曲。そらに上って行く魂たちは、無窮の夜天に鏤められた星屑のように輝こうと、遥かなる月を目指す。やがて、星屑の加護を受けた魂たちは、想い紡ぐ詩を唄う』


「カエデさん、下がって!」


【魔術:追憶の瞑想曲】


 素早く詠唱したレイアは、カエデに下がるように声を張り上げると、姿が掻き消えるほどの速さで離脱したのを確認すると、魔術を発動させる。


 高速で回転していた魔術法陣は、拡散するように展開し、そこから極大の白光を放つ。破壊を齎す光は、射線上にいる魔物を消し飛ばしてく。


【シルフィードの息吹】


【サラマンダーの息吹】


【水砕竜の顎】


 ベルとグレンが同時に息吹を放ち、攻撃力を爆発的に上昇させて、セリナは水で出来た巨大な竜を魔物に向かって放ち、その顎で噛み砕いて行く。


『免れ得ぬ暴虐なる烈火は、尽くを焼き払い、一掃する。放たれた焔は大空を、大地を、海を、泉を、山を、生命いのちを無へ還す。そなたは化身であり王。業火の支配者であり、統べる者】


【魔術:劫火・始祖の炎帝】


『大地を荒らし、大空を断つ嵐は、絶望を運ぶ。駆けと駆けよ、疾く駆けよ。一切の慈悲を持たず、略奪せよ。殺せ殺せ、今宵は殺戮の宴。万人の最後の晩餐となる。果てよ果てよ果てよ、全てを散りばめ果てよ。終わりなき死を、絶望を見せよ』


【魔術:暴嵐・殺戮の大鎌】


 リーリスとリリアナの魔術が、ついに起動する。リーリスの魔術法陣からは炎の巨人が現れ、リリアナの魔術法陣からは風の死神が現れる。それぞれ、青い炎の大剣と風の大鎌を持っている。そしてそれが振るわれると、訪れたのは圧倒的熱量と暴風。破壊そのものだった。


 炎の剣が振るわれるたびに炎の斬撃が、風の大鎌が振るわれれば風の斬撃が森を駆け抜ける。これを破壊そのものと言わず何と呼べばいいのか、レイアには分からなかった。ただ分かったのは、自分がこの恐ろしい魔術を目指しているという恐怖と、その力を得ることで守れる人々のことだった。


 その後も【魔術:劫火・始祖の炎帝】と【魔術:暴嵐・殺戮の大鎌】による猛攻で、魔物が紙くずのように散っていく。最初はあれだけの数の魔物がいたというのに、二人の魔術が消える頃には全て倒されていた。


 六人は「やったー!」とはしゃぎお互いの手を叩くが、大量に転がっている魔石と素材の回収が待ち構えていると意識すると、その量の多さにげんなりしながらも、それが報酬になるのだから頑張って集めた。


 なお、疾走して行った八体の騎士精霊たちは、倒した魔物の魔石と素材を両腕に抱えて戻って来た。

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