14 初めての遠征
「ここを通りたければ、私の屍を超えて行きなさい」
「……」
シャワーを浴び、準備をしてから宿屋から外に出ようと出口に向かうと、いつの間にかそこの前に立っていたシェリーが、謎に香ばしいポーズを取りながら、そんなことをのたまう。シャワーを浴びて眠気が取れたとはいえ、寝起きに変わりは無く微妙にぼんやりしているレイアは、どうツッコめばいいか分からなかった。
シェリーが出口に立っているわけは、昨日の内に組合に通しておいた仕事に行くと、昨日シェリーに言ってしまったからだ。その仕事は、長期討伐遠征というものだ。
長期、と言っても一週間程度の物だが、これは魔物が大量発生した時に組合から、特別発注される依頼だ。この依頼を受ける条件は、まずDランクであること。レイアは現在Dランクなので、条件は満たしている。
ちなみにジェラールたちとは、結局パーティは組まなかった。というのも、元々お試しで入っていたし、丁度一週間後に五人とも別の街に移動することにしたのだ。レイアはまだ街に残っていたいということを伝え、ジェラールたちは非常に残念がっていたが、承知してくれた。
初めて組んだパーティーは、登録以降ずっとソロを続けていたレイアにとって、とても楽しい物だった。ベルやセリナ、グレン以外での話し相手が出来、効率も上がっていた。なるほど、確かにルミアが勧める訳だと、身を以って理解した。
それでも、レイアは正式にパーティーに加入しなかった。少し申し訳なかったが、もう少しこの街で活動を続けて、せめて十体同時召喚出来るようになっておきたかったのだ。それから二週間。レイアは午前中に街の外に出て探索をして、午後は組合の地下の修練場で訓練をした。結果、十体まで行かなかったが、今は八体同時召喚出来るようになった。第一目標まで、あと少しだ。
そこでレイアは、ルミアから長期討伐遠征に参加してみてはと、勧められたのだ。魔術も光属性の中級を二つ増やし、炎と風、氷の中級魔術をそれぞれ二つずつ増やし、それなりに実力もついてきたので、行くことにした。それから前もって下着や回復薬や魔力回復薬をなどを、準備しておいたのだ。
そして本日、一週間の討伐遠征に行くのだが……
「その発言とそのポーズについては、あえて触れないでおくね。とりあえず、これだけは言わせて。……心配性すぎ」
発言、および香ばしいポーズについては、一切触れないでおき、どうして通してくれないかはっきりとわかっているので、そう言う。
「心配しない訳無いじゃない! これから一週間、ずっと遠征に行くんでしょ!? そんなの、危険だよ! 行かない方がいいわよ!」
「確かに危険かもだけど、もう昨日の内に組合に言っちゃったし、ドタキャンするわけにはいかないよ。それだと、最悪ランクが下がっちゃうし」
事前に行けないという旨を伝えれば、こういった遠征に行けなくとも何のペナルティもない。しかし、報告をせずに行かなかったり、当日に行けないということを伝えれば、ペナルティが発生する。軽くて罰金、重いとランクが下がる。酷い場合だと、冒険者の資格を剥奪されるされることもある。実は毎月実家に仕送りをしているので、一番実入りのいい冒険者でなくなるのは、非常につらい。
「そこには、たくさんの冒険者が来るんでしょ?」
「そうだね」
「当然、男の人が多いんだよね?」
「ルミアさんによれば、集まる冒険者は五十八人。六割くらいが、男の人だね」
「行かない方がいいよ!」
「にゃ!?」
六割ほどが男性だと言った瞬間、シュバッと近寄りぎゅっと抱きしめる。いきなりのことで変な声を出してしまい、顔を赤くする。
「絶対に行かない方がいいよ! こんなに可愛いレイアちゃんが行ったら、寝てる時に絶対襲われちゃうよ!」
「流石に寝る時は、その前に騎士精霊を不寝番として召喚するし、前に男性冒険者が女性冒険者を襲ったことがあったみたいで、ボクたち女性冒険者には男性だけを近寄らせない、結界起動魔道具を渡してもらえるから、特に心配はないと思うんだけど……」
「油断は禁物! 道具をあまり過信しちゃだめだよ! とにかく行っちゃダメ! 危ないし、何より私が寂しいし!」
ちゃっかり本音を零してしまうシェリー。その後、何とかして説得しようと試みるも、中々納得してくれない。その後ベルを召喚し、一緒に説得を試みるも、全力で食い下がる。最終的には、父親から拳骨喰らって、奥に引きずられていった。
朝からそんな愉快なやり取りがあった後、しっかりと「いってきます」と言ってから宿を出て、早速集合場所である組合近くに大広場に向かって行った。宿を出る時、奥の方から「レイアちゃぁぁぁぁぁぁん!!」という叫び声が聞こえてきたが、無心になって走って行った。
まだ朝早いので、街を歩いている人は少ない。見掛けるのは、全員冒険者だ。
「みんな遠征に行く冒険者なのかな?」
「多分そうじゃない? みんな大きな鞄持ってるし」
ベルの言う通り、見掛ける冒険者は総じて大きな荷物を抱えている。恐らく、『収納出来るんです』に入りきらない程の荷物が入っているのだろう。それに、レイアが向かっている方向と、一致している。組合も同じ方向なので、全員が全員、討伐遠征に行くわけではないだろうけれど。
レイアは、冒険者になってから今いる街の近くでしか活動しておらず、離れた場所に行ったことが無いので、初めての討伐遠征に緊張している。そのことにドキドキしながら、どんな魔物が出るのだろうかと想像しながら歩いていると、いつの間にか組合近くの広場にたどり着いていた。
そこには既に多くの冒険者が集まっており、持ち物の点検や武器の整備を行っていた。ざっと見渡してみると、確かに六割ほどが男性だ。それも、殆んどが前衛だ。今日からこの冒険者たちと一緒に行動するのだと思うと、更に緊張が高まって行く。
「うぅ~……、緊張してきたぁ……」
別に人見知りという訳ではないけれど、それでも全く知らない人たちの中に一人でいれば、緊張はする。ましてや、レイアはまだ十四歳だ。無理はない。とりあえず、到着したことをいるであろう組合員に報告しに行こうと、周囲をきょろきょろと見回してみる。
「お、レイアちゃんも来てるんだ」
「本当だ。よくこれに参加しようと思ったな」
「話によると、中級冒険者としての実力を、着実に伸ばしているらしいぜ」
「確か、精霊も八体同時に召喚出来るようになったんだっけか?」
「そうらしいわよ。デンが地下修練場で、訓練しているのを見たって言ってたし。その時に、八体同時に召喚してたらしいわよ」
「凄いよねぇ。精霊の同時召喚なんて、相当難しいんでしょ?」
「みたいね。それでいて魔術師でもあるんだから、将来有望よ、あの娘。色んな意味で」
レイアが来たのに気付いたのか、密かなファンが本人に聞こえないように、会話を始める。どうやら、地下で必死に訓練しているのを見られていたらしい。とても集中していたので、レイア本人は全く気付いていない。
周囲がひそひそと陰ながら努力しているのを称賛しているが、当然中には嫉妬する者も出てくる。女性冒険者は、小柄で可愛らしいレイアに対して嫉妬している数が少ないが、男性は多い。何しろ、十四歳でありながらもDランクにまで上り詰め、更には最も修得するのが難しいとされる光属性を得意とし、数少ない召喚術師でもある。
主に嫉妬する者は、そこそこ裕福な家庭で育った者や、自分の腕に絶対の自信を持っている魔術師だ。今現在、露骨にギロリと睨みつけている。しかしレイアファンの方々が、レイアを睨んでいる冒険者に、殺気の篭った目で睨む。いきなりの殺気に、びくりと体を震わせる。
陰でそんなやり取りがされていることに気付いていないレイアは、発見した組合員の所に駆け寄り、来たことを報告する。組合員は、こんな幼い子供まで来るのかと驚きつつ、レイアだと知ると何故か納得した。
「どんな魔物が大量発生したんだろうね?」
「確かにそうね。ただ、魔物が大量発生したとした教えられてないし。……もしかして、そこの全域で増えてるんじゃない?」
「うひゃあ……。そうだとしたら、凄く大変なことになりそう……」
もしベルの言ったことが本当ならば、非常に大変だ。下手すると、一週間では狩り切ることが出来ない可能性が出てくる。そうなると判断したら、恐らく組合に報告して、増援を呼ぶかもしれないが。
そんなことを想像した後、出発するまでまだ時間がありそうなので、鞄の中から土属性の魔術書を取り出して、広場にある噴水の縁に腰を掛けて読み始める。黙々と読書を始めたレイアを、周りの女性冒険者たちが優しい笑みを浮かべた。読書を始めた時、というよりレイアの頭の上にベルがいるからだろう。小さなベルと小柄なレイアは、互いの可愛らしさを引き立たせていた。
「……これで全員揃いましたね。それでは、これより移動を開始いたします。各自、馬車に乗り込んでください」
黙々と魔術書を読んでいると、いつの間にか全員揃ったようだ。しおりを挟んで鞄の中に仕舞い、一番女性冒険者が乗り込んでいる馬車を見つけ、そこに向かう。人見知りという訳ではない。むしろ、いい判断だ。
目的地まで移動するまで、数時間かかる。その間、ずっと男性に見られ続けるのは、どの女性でも嫌だ。そう思っている故に、無意識にそう判断しそちらに向かった。
「お、お邪魔します……」
言う必要はないだろうけれど、既に何人かの女性冒険者が乗っているので、癖のように呟く。
「あら、いらっしゃい」
高身長でスタイル抜群のグラマーな女性が、レイアを見てそう言う。
「この馬車に乗るの?」
「はい。よろしくお願いします」
荷馬車に入り込み、ぺこりと頭を下げる。礼儀の正しい娘だなと、そこにいる全員が思った。
♢
「へぇ。じゃあ、レイアちゃんは親に仕送りするために、冒険者しているんだ」
「はい。別に貧乏って訳じゃないんですけど、もう少し豊かな生活が出来たらいいなと思って」
「親孝行な娘ね。ご両親にとって、さぞ誇りでしょうね」
ガタガタと揺れる馬車の中、レイアは早速打ち解けた荷馬車の中にいる女性冒険者たちと話していた。人数は、五人。レイアを含めれば六人だ。五人中三人は魔術師で、残りが剣士と暗殺者だ。
暗殺者の女性はジェーンといい、碧眼を持ち金髪ショートボブのスレンダーで綺麗な女性だ。物凄い軽装で、腰にナイフがあるのでナイフ使いの前衛かと思ったが、全然そうではなかった。ジェーンの戦闘は、ナイフによる近接もあるが、何より得意とするのは、自分の魔力で編んだ投げナイフによる投擲、両手に着けている籠手に仕込まれた、目に見えない鋼糸による攻撃や罠だそうだ。ニコニコと自分の戦術を言っていたので、少しだけ怖かった。
他には、燃えるような赤いロングヘアーにレイアより頭一個半背の高く、同色の目に左目の下に泣き黒子のある、グラマラスな魔術師リーリス・ティアベルトは、使える属性は四つと少ないけれど全て上級まで覚え、一番火力の高い炎属性を得意とし、百七十ほどはある高身長に黄金比のスタイル、セミロングに伸ばした東洋にしかない黒髪黒目を持ち、東洋の武器である「カタナ」を持つ東洋の国出身の東洋の剣士のカエデ・イザヨイ。
青い髪を持ちそれをサイドテールにし、水色のぱっちりと大きな目に身長はレイアと大差ないスレンダーなリリアナ・ブリストル。使用出来る魔術は、四大元素上級と光回復魔術。カエデと変わらぬ身長にリーリス並みの抜群なスタイル、濃い茶髪を腰まで伸ばし、瑠璃色の瞳を持ち、ややたれ目のルーシー・フリーナ。使える魔術は、特殊魔術の空間と同じく特殊属性の鋼。両方とも、中級までだそうだ。
「どうでしょうか? ボクの両親は、冒険者になることに賛成していませんでしたから。反対もしていませんでしたけど」
「そりゃ、レイアちゃんまだ十四歳でしょ? まだ成人していない子供が、冒険者になるって言って、乗り気になる親はいないわよ」
確かにそうだろう。レイアは、エヴァンデール家の娘だ。将来信頼出来るいい相手に嫁いで、幸せに過ごしてほしいと親に思われている。そんな娘が、いきなり冒険者になりたいと言い出せば、賛成したくないだろう。どの職業の中でも、一番死亡率が高いのだから。仮に死ななくても、レイアの柔肌に傷が付いてしまう。
嫁入りはおろか、恋愛すらしたことのない愛娘に、僅かにでも傷跡は付いてほしくない。でも、物凄く意気込んでる上にふざけている様子の感じない真剣な目で、はっきりと自分の意思を伝えられれば、断ろうにも断れない。結局、レイアの両親は、毎月必ず手紙を送ることと、怪我を負ったら傷跡が付かないように、仕送りが送れなくなってもいいから傷跡すら残らない程効果の高い回復薬を買うことを条件に、許可を出した。
今の所怪我は負っていないし、手紙だって毎月仕送りとともに送っている。正直、過保護すぎる気がしてならないが、それだけ心配してくれているのだと理解している。
「ミリアもアルバートも心配性すぎるのよね。私がいるんだし、あまり危険はないのに」
「ベル。あまりここでお父さんたちの名前は出さないで。個人情報だから」
幸いというべきか、この荷馬車には優しいお姉さんしかいないので、聞かなかったことにしてあげた。
「ところで、レイアちゃんの同時に召喚出来る数は、どれくらいなのかしら?」
ベルの言ったことを聞かなかったことにしようと全員が思っている中、気になったのかジェーンがそう質問して来た。
「今の所、八体が限界ですね。目標の十体同時召喚まで、あと少しです!」
その質問に素直に答え、かつ両手をぐっと握ってそう言う。まだ無邪気さ溢れる見た目なので、その仕草が実に可愛らしい。なんというかこう、保護欲というか母性本能というか、そういったものが凄まじく刺激される。謎に人気の高い理由が、なんとなく分かった気がする五人だった。