12 不運な五人の幼馴染パーティー
「クソ! よりにもよって、何でこいつなんだよ!」
「……っ! ダメ! もう……持たないっ……!」
時間は、レイアが騎士精霊に足止めだけするように指示を出して、活躍できるようになったところまで遡る。その時森の中では、五人組の冒険者パーティーが大型魔物と戦っていた。五人組は、つい最近三ヶ月かかってやっとFランクに上がったパーティーで、まだまだ新人だ。五人で組んでて、パーティーには魔術師と退魔術師の二人の女性術師がいるので、上手く連携すれば中級の魔物は倒せる。
五人全員が幼馴染なので連携は上手く、それほど数は多くないけれど、中級の魔物を倒せている。それでも危険なので、主に下級上位の魔物を倒して、その魔石や素材を換金して生活費を稼いでいる。
そんな彼らは、やっとFランクになった。実力もそこそこ着いてきたし、魔術師の女の子も一つだけ中級魔術を覚えた。残り三人の剣士、弓使い、槍使いの男子三人も、武器を新調した。なので、少し危険かもしれないけれど、今いる森に行ってみようという話になった。
普段だったら女の子二人が反対するのだが、今回は魔術師の娘が同意してしまい、行くことになってしまった。退魔術師の娘は最後まで反対していたが、多数決で決まってしまい、渋々一緒に行くことになった。
最初は全然、割と余裕で魔物を倒すことが出来た。もしかしたら、意外と中級の魔物でも行けるんじゃないか、と考えが過ってしまう。しかし、中級はそんなに甘くはない。下級に比べて当然力は強いし、知性も高い。最初は一体ずつだったから、何とかなっていたのだが、次第に数が増えていった。
最終的にはパーティー人数の、倍の数の魔物と戦う羽目になってしまった。これは何とか討伐することが出来たのだが、その時の戦闘音を聞きつけたのか、大型の魔物がやってきてしまった。その魔物の名は、ブラッディドラグーンだ。
見た目は外に出て時間が過ぎた時のような赤黒い鱗に覆われており、その大きさは十五メートルを超える。爪は長く、掠るだけでも致命傷になりかねない。口からは火球を吐き出すことも出来、その威力は人が簡単に吹っ飛ぶほど。
そんな魔物に、五人組は遭遇してしまった。魔物の集団と戦い終えたばかりだったので、体力も魔力も少々消費してしまっていた五人にとって、最悪な遭遇となった。出会い頭にいきなり火球を吐き出してきたが、退魔術師の娘が結界を張ってくれたおかげで、何とかやり過ごすことは出来た。
その後魔術師の娘が地面に炎魔術を放ち、土煙を巻き上げる。その隙に木の陰に隠れ、それぞれ回復薬や魔力回復薬で体力と魔力を回復させ、どうにかしてブラッディドラグーンを一時的でもいいから動けなくして、その場から逃げるかを考えた。
そこで気付いたのが、脚には鱗が少なく防御が薄いことに気付いたのだ。そこを攻撃出来れば、ある程度動きを阻害出来る。追ってくるだろうけれど、全力で走って逃げれば、何とか撒くことは出来るだろう。そう思い、剣士と槍使いの男子が飛び出し、戦いながら術師の二人に指示を出した。
そこまではよかったのだが、思っている以上に強く、槍使いが少しだけバランスを崩したところに、前足による攻撃を受けてしまった。槍は破壊され、致命傷を負ってしまった。
それを見た魔術師は、すぐに駆け寄って、初級の光属性回復魔術を掛けるも、得意な属性ではない故に効果が薄い。しかも、その間にもブラッディドラグーンは、攻撃を仕掛けてくる。二人も戦いから抜けている状態なので、非常に厳しい状況だ。
「アンナ! カッシュの容体は!」
「傷は何とか塞がった! けど、失った血液までは戻せてないから、正直危ない! 急がないと、カッシュが死んじゃう!」
「クソ! 俺の責任だ! 俺がこの森に行こうって言ったせいで……! リンの言うこと聞いておけば……!」
「今更そんなこと言っても、意味はないわ! 今は、とにかく守りに集中して! アタシの結界は、そろそろ限界だから、ジェラール。あんたは、結界が壊れたら飛び出して、左側に回って。あいつ、左に行くときだけ反応が少し遅れているわ!」
「分かった! ……ヨナ! 溜め始めてくれ! 合図と同時に、目に向かって放ってくれ!」
「了解!」
リンと呼ばれた退魔術師の娘は、短い間に得たブラッディドラグーンの行動パターンを計算し、どう動くと弱いかを把握。それを、剣士のジェラールに言い、指示を出す。
指示を受け取ったジェラールは、木の上に登って隠れている弓使いのヨナに、魔力による溜めを開始するように言う。弓矢での魔力による溜めは、弓使いにとって必殺の一撃にもなりうる攻撃だ。推進力、貫通力全てが上昇し、魔物によっては数体一気に倒せる。
ヨナが今回使う溜めは、魔力爆破の溜めだ。過剰に魔力を矢に送り込み、当たった瞬間に起爆する。全く効かないだろうけれど、無視は出来なくなるはずだ。ブラッディドラグーンが意識をヨナに向ければ、その隙にジェラールが剣で前足の健を斬ることが出来る。健が斬れなくとも、脚に怪我は負うので、逃げやすくはなるはずだ。
ヨナが矢を構えて溜めを始めると、リンの張っていた結界が破壊される。同時に、ジェラールが飛び出し、左側へと回り込む。ブラッディドラグーンは、口から火球を吐き出すが、戦いを始める前にアンナにかけて貰った身体強化のおかげで、見切って躱せている。
「どぉらぁ!!」
バスターソードを両手で振るい、脚に叩きつける。しかし、固い鱗で防がれてしまう。より高い強化を掛けてもらえれば、自分の使える闘気を合わせて傷をつけることは出来たかもしれない。
闘気は、近接戦を行う剣士などが使える力のことで、使用することで身体能力が上昇したり、特殊な技が使えるようになる。今ジェラールが使えるのは、身体能力の上昇と飛ばす斬撃だけだ。一流と比べれば当然つたないが、それでも今掛けて貰っている強化より高いものと合わせて使えば、傷はつけられるはずだ。
しかし、アンナは最初に攻撃を受けてしまった槍使いのカッシュの治療に当たっている。これ以上、強化されることはないと思った方がいいだろう。どこか自虐めいた笑みを浮かべて、斬撃を近距離で飛ばしてから、大きくバックステップをして離れる。
「ヨナぁ!!」
追撃を転がるように躱し、大声で叫ぶ。それに応じて、溜めが完了していたヨナは、矢を放つ。推進力が強化された矢は、真っ直ぐ勢いよく飛んでいき、狙いが多少ズレたが顔面に当たり、起爆する。顔面は全生物の、共通弱点だ。ある程度はダメージは入っただろう。
そう思ったのだが、ブラッディドラグーンには傷一つついていなかった。
「嘘だろ……」
「ヨナの攻撃が効かないだなんて……。どうしろっていうのよ……」
瞬間的な火力に置いて、アンナとリンをも上回るヨナの溜め。それでさえも、傷付けることすら敵わない。ジェラールたちは、どうすることも出来ないという事実に、絶望する。そこに、ブラッディドラグーンが口を開けて、炎を吐き出そうとする。
『この手に携えるは、魔を払う盾。魔の名を冠する者は、この先を通ってはならない』
【退魔術:魔祓の境界】
先んじてリンが詠唱を唱え、退魔術を発動させる。青白い結界がドーム状に広がり、五人を包む。そのすぐ後に、火球が吐き出される。巨大な火球は、結界に衝突すると大きな爆発音を響かせる。その一回だけで、結界に罅が生じる。
「くっ……!」
たった一回の攻撃で壊れかけた結界に、リンは舌打ちをして、また詠唱を唱えて重ねる。ブラッディドラグーンは、火球を吐き出した後、尻尾や前足で攻撃を叩きこむ。一回一回衝突するたびに、鈍い衝突音が響き、結界に罅を刻む。
このままではジリ貧だ。そう思ってまた重ねて結界を展開しようとするも、安い魔力回復薬を一本飲んだだけで、回復し切っていなかった魔力が、底を尽いた。脚から力が抜けて、その場に倒れてしまう。
「リン!」
突然倒れたリンに、ジェラールが駆け寄る。抱えるように上体を起こすと、顔色は酷く呼吸が荒く、肌も冷たくなっている。完全に魔力が底を尽いた証拠だ。辛いかもしれないが、念のためにと持っている魔力回復薬飲ませようと、ポーチの中から取り出そうとする。
その前に、貼られていた結界が破壊される。振り返ると、口を大きく開けて、火球を吐き出そうとした。
(あ……)
間違いなく一撃で焼け死ぬ。それを理解したアンナは、全てがゆっくり動いているように見えた。その脳裏には、村で楽しく五人で過ごしている記憶が、駆け抜ける。走馬燈だ。
(お父さん……、お母さん……。ごめんなさい……)
親の反対を振り切って五人で村を出たアンナたち。もう会えない。村に戻れない。そう思い、涙を流しながら心の中で、届かない謝罪を告げる。
いよいよ巨大な火球が吐き出され、それが五人に迫る。せめて、死の瞬間だけは見ないようにと、ぎゅっと目を瞑る。焼けるような熱が、迫ってくる。これは、確実に助からない。
(ごめんなさい……。さようなら……)
もう一度心の中で謝罪し、涙を流す。直後、火球が五人に当たる前に炸裂した。
いつまで経っても襲ってくるはずであろう痛みが来ないことを不思議に思い、恐る恐る目を開ける。そこには、三メートル近くはある白銀の鎧を着た騎士が、半壊した塔楯を持って五人の前に立っていた。
「……え? き、騎士様……?」
いつの間にか目の前にいる、白銀の鎧を着た騎士。今の火球を防いだからか、塔楯以外もボロボロで、あちこち溶解している。
「ゴァア!?」
一体どういうことだと思っていると、突然鈍い衝突音が響き、ブラッディドラグーンが驚いたような声を上げる。視点をそちらに移すと、巨大なランスを持った同色の鎧と塔楯を持った騎士が、ランスを体に突き刺していた。
鱗が硬いので通っていないが、かなりの勢いを付けて衝突したのか、ブラッディドラグーンの体がぐらつく。そこに、無数の水の槍と光弾が襲い掛かる。
いきなりなんだと思って混乱していると、今度は全身真っ黒な鎧に身を包み、手には身の丈に迫る大剣。左右の腰には、大剣より少し小さいがそれでも巨大な剣を二本下げた、黒騎士がやって来た。それも、六人。
黒騎士たちは、大剣を手にブラッディドラグーンに向かって走って行き、体勢を整えようとしているところに、襲い掛かる。
「い、一体何が……」
突然騎士たちがやって来て、ブラッディドラグーンと戦っている。本来なら街にいるはずなのに、ここにいることが不思議でならない。それ以上に、体がデカすぎる。
「よかったぁ~、間に合った!」
色々急すぎて混乱していると、今度は声が聞こえる。鈴のように可憐で、透き通ったような、戦場には場違いな女の子の声が。声がした方に振り替えると、背が低いけれどスタイルのいい、銀髪の美少女が走って来ていた。まるで、どこかの貴族の令嬢のようだ。走るたびに、大きな双丘が大きく揺れている。
「みんな大丈夫?」
走り寄って来た銀髪の美少女は、心配そうに声をかけてくる。走って来たからか、息を乱して汗を掻き、頬を上気させている姿が、妙に妖艶に感じた。
「あ、あぁ。俺たちは。けど、カッシュがあいつの攻撃を受けて、意識を失っているんだ」
ジェラールは咄嗟に目を逸らしながら、状況を少し説明する。少女は、カッシュが危険な状態にあると分かると、すぐに駆け寄る。
「……傷自体は塞がってる。けど、流れた血は戻せていない。けど、これくらいなら。……セリナ」
「かしこまりました」
いつの間にか少女の隣にいた、水色の髪に水色の華やかなドレスのような物を着たセリナと呼ばれた女性が、前に出てカッシュに手を翳す。すると、水がカッシュの体を包むように現れた。一体何をする気なのだと、アンナは鋭い目でセリナを睨んでから、カッシュに視線を戻す。そして、驚愕する。
顔色が悪かったカッシュの顔が、みるみるよくなっているのだ。どういうことだと目を丸くしていると、いきなり何かが飛んできた。驚いて顔を向ければ、そこには全身ボロボロになった黒騎士が、地面に倒れていた。
騎士でも倒せない魔物なのかと軽く絶望していると、不意に少女が立ち上がり、前に出る。
「ちょ、ちょっと! 危ないよ!? 騎士様でも倒せないんだから、今の内に逃げないと!」
アンナが少女にそう叫ぶように言うが、振り返ってふわりと微笑んで、こう言った。
「あれくらいだと、すぐに全部倒して追いかけてくるよ。だから、数を増やして足止めさせるだけだよ。ボクは、まだあれと戦うつもりはないからね。死にたくないし」
そう言った後、視線を前に戻し、たすき掛けにしている鞄の中から魔力回復薬を取り出し、中身を一気に呷る。空になった瓶を鞄の中に戻すと、一度深呼吸をして前を見据える。
【召喚術:アークナイト】
【召喚術:シャドウナイト】
【召喚術:サラマンダー】
【召喚術:シルフィード】
そして、次々とそう唱える。すると、地面に魔術法陣が現れ、そこから今ブラッディドラグーンと戦っている騎士たちが六体ずつと、所々に火を纏った赤いトカゲ、手のひらサイズの緑色のワンピースを着た、背中に半透明の羽を生やした女の子が出てくる。
それを見たアンナは、知識でしか知らない、術師の中で最も数の少ないそれを口にする。
「召喚術師……」