11 大型魔物
三日間の(強制的な)休暇を得て、レイアはしっかりと睡眠などを取り、疲れが残らないように過ごした。シェリーと一緒に街を散歩したり、シェリーと一緒に勉強したり、シェリーと一緒にピクニックに出たり、シェリーと一緒に宿のお手伝いをしたり。……ここ三日間、シェリーと一緒に行動している記憶しかない。
宿の手伝いをしている時は、初めての体験だったので緊張していたが、思っている以上に上手く行った。ただ疑問に思ったのは、シェリーの着ている制服は大人しい物なのに対し、レイアが着せられた制服は妙に可愛いものになっていたことだ。可愛い服を着るのは好きだが、それはあくまで私服だ。接客の時にそれを着ると、注目されて仕方がない。
その制服のせいで、レイアはてんてこ舞いだった。手伝いが終わった後、客のいなくなったロビーのテーブルに、突っ伏してぐったりするほどだった。何でこんな服なのかを聞いたが、上手くはぐらかされてしまった。
実は、ここ三ヶ月間売り上げが上昇している理由は、レイアにある。そこに目を付けたシェリーは、レイア用の制服をこっそりと作っていたのだ。そこに、ルミアから三日間の休暇を強いられた。これはチャンスだとシェリーは感じ、父親に夜はレイアも手伝わせるから昼は休ませてくれと頼み込んだ。
彼女の意図を汲んだ父親は、それを快く承諾。その時の二人は、実にいい笑顔を浮かべていた。結果的に宿の手伝いをすることになり、予想通りその間だけ売り上げが爆発的に上昇した。中には、制服姿のレイアを見に来るだけの客もいたが、それを抜きにしてもたくさん儲かった。
そんなことがあってから四日後、白と青を基調にした、フリル付きのワンピースタイプのローブに黒のニーソックスを履き、長い銀髪は三つ編みにしたレイアは、今日も組合に来ている。もちろん、仕事受けるためだ。ベルは、まだ喚んでいない。それと、シェリーが寝坊してしまい、お弁当を受け取っていない。
「う~ん……。今日も色々あるなぁ……」
Dランクの掲示板に貼られている依頼は、今日も多い。貴族の護衛、商隊の護衛、店の手伝い(女性限定)、盗賊団の討伐等々。見るだけでたくさんの依頼がある。最初の二つも興味はあるが、商隊はともかく貴族の護衛は、あまり受けたいとは思わない。
貴族は、一部例外もいるが非常に傲慢だ。国は自分たちがいるから成り立っていると信じ、権力がなまじあるせいで、自分に有利なことを平民に言いつけることがある。時には、若くて見目麗しい女性を見ると、権力を使って無理矢理自分の物にしようとする。
一時それで、女性が貴族を嫌がってどこか遠くの村に逃げてしまうという事態が発生し、国王がこれはまずいとよほど正当な理由がない限り、女性に手を出してはならないと言う法を作った。これに女性たちは喜んだが、それでもその法を無視して手を出そうとしてくる貴族はいる。拒否権を得たので、断ることが可能になったのが、最大の救いだ。それ故に国王陛下は、女性からの支持率が非常に高い。
「どうしよう。今日は依頼じゃなくて、探索にしようかな」
色々実入りのいい依頼はあるが、気楽に行きたいので探索にしようか悩んでいる。しばらくその場で悩んだが、結局探索に行くことにした。
受付まで歩いて行き、探索許可証を発行してもらう。それを受け取って、早速行こうとしたときに、一つ注意される。
「最近、この近くで大型の魔物が出現するようになったから、見掛けたら戦わずに逃げてね」
とのことだ。大型の魔物は、全て中級以上のランク付けがされている。理由は、大型と付くのだから体が大きく、かつ魔術も簡単なものだが使用してくる個体もいる。それも、本当に初級程度の物なのだが、魔力の恩恵を強く受けているからか、初級魔術でも威力がおかしいことになっている。
まだ幼体だったとはいえ、キラーサーペント以外の大型の魔物と戦ったことのないレイア。あまり勝てる気がしないので、言われたとおりに逃げることにする。素直に逃がしてくれるとは、思えないのだが。
そんな注意を受けた後、数が少なくなってきた魔力回復薬と回復薬を買い足し、ちょっと便利そうな魔道具を見てから探索しに門へ向かう。そこで探索許可証を提示して、外に出ていいと許可をもらう。すっかり顔見知りとなった、名前を知らない門番に「頑張ってね」と言われ、つい「お兄さんも頑張ってください」と言い返す。
外に出ると、草原が広がっていて、草の香りが風に運ばれてくる。一度深呼吸をしたレイアは、早速アークナイトを召喚して肩に乗り、いつも行っている森とは違う、少しだけ小規模な森に行く。そこには、中級の魔物が生息しているからだ。
だだっ広くて草しか生えていない草原を、アークナイトの肩から眺める。ほぼ毎日見ているので、最初に比べて何も感じなくなってきた。
「そろそろ移動した方がいいかなぁ」
冒険者は本来、あまり一つの街に長居はしない。長くても二ヶ月一つの街に滞在し、別の場所へ移動する。それを繰り返すのが、一般的な冒険者だ。ただ、レイアは今いる街が気に入っているので、三ヶ月も滞在している。けど、そろそろ別の街に移動した方が、いい気がしてきたのだ。
「……別の街に行くっていったら、ルミアさんとシェリーさんも『一緒に行く』って言いだしそう」
シェリーはともかく、ルミアは難しいだろうけれど、間違いなく言い出すだろう。そうなると、ルミアの組合はともかく、シェリーのいる宿は切り盛りするのが大変になってくるだろう。そうならないために、ギリギリまで言わないでおくか、何も言わずに書置きだけ残して出て行くしかなさそうだ。しかし、何も言わないで出て行くのは、なんだか気が引ける。
どうやって心配させずに、あの二人を説得して移動するか考えている内に、森に到着する。ここからは中級の魔物が出てくるので、シャドウナイトと水精霊ウンディーネを召喚する。
「ご主人様ー! お久しぶりですぅー!」
「久しぶり、セリナ。中々喚べなくてごめんね?」
「いえ、気にしないでください。……正直、ベルがとても羨ましかったですけど」
ウンディーネのセリナは、水色の髪を持ち、白くてきめの細かい肌を持ち、背はレイアより頭一つ分高い精霊だ。着ている服も、水色の華やかなドレスのような物を着ている。精霊の着る服は、魔力で編まれているので、自在に変えることが出来る。
セリナはサラマンダー(名前はグレン)より少し前に契約した精霊で、グレンのように主として慕っている。だけど、ベルに次いでフランクな会話が出来る相手でもある。
「今日は、中級の魔物と戦うから、喚んだんだ。いつもベルだと、ちょっと申し訳ないし」
ベルは一番最初から契約している精霊だからこそ、一番本来の実力に近い力を発揮している。なので、非常によく召喚している。グレンは、場所が場所なのであまり召喚出来ていない。下手すると、森が焼失してしまう。カイルの時は、単に火力が欲しかったので喚んだ。
セリナは攻撃よりも、水で敵の動きを阻害したり、水による傷の回復などのサポートに向いている。当然、攻撃も出来る。精霊なので威力は高いが、手持ちの精霊の中では一番非力で、一番攻撃手段が少ない。それを補う程のサポートが出来るので、気にはしていない。
「今日はお願いね」
「お任せください! ……それと、お願いがあるのですが」
「今日は一日このままでいたいんでしょ? いいよ」
「ありがとうございます!」
一日レイアの傍にいることが出来る。そう約束出来たので、思い切り張り切るセリナ。それを見たレイアは、小さく苦笑した。
アークナイトの肩から降りて、セリナを隣に立たせたレイアは、森の中に入る。ここのところ、森や洞窟といった閉鎖的な場所にしか行っていないから、今度はいつも使っている門の反対側に行って、そこの水辺に行こうかと考える。そこにも、魔物は存在している。
ただ、その魔物はたいてい水の中にいる。泳げないレイアにとって、厄介でしかない。どうにかして、カナヅチを直した方がいいと、本気で考える。何されるか分からないが、ルミアかシェリーに頼んでみた方がいいかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると、いきなりシャドウナイトが背中の大剣を抜き放ち、左の茂みに向かって突撃し、上段に構えた大剣を振り下ろす。
「グギェ!?」
そこから、魔物の悲鳴が聞こえてきた。そこにいたのは、ゴブリンの上位種であるホブゴブリンだった。これは、中級に属している。それなのに、一撃でやられてしまった。特に筋肉が硬くないので、シャドウナイトでなくとも、護身用のナイフを持ったレイアの腕力でも倒せるだろう。中級に属しているのは、普通のゴブリンに比べて、ただ知性が高いだけなのだから。
いきなりホブゴブリンを倒したシャドウナイトは、魔石を回収して戻って来た。中級なので、やはり少し大きい。たくさん倒すことが出来れば、これもまた稼ぎが期待出来る。そう思い、浮足立って更に探索を続ける。
見るからに弱そうなレイアは、魔物たちにとっては、ただの美味しそうな獲物だ。女性の肉は魔物にとって、口の中でとろけるような甘さと柔らかさを持つ、最高級な食材なのだ。その味を知っているので、レイアの姿を確認すると、すぐに襲い掛かってくる。
そして、守護するように追随する二体の騎士精霊に、セリナの手によって瞬殺される。レイア自身、まだまだ弱い中級冒険者程度の実力しか持っていないが、精霊は別だ。騎士精霊は既に上級冒険者並みの実力は持っているし、土精霊ノームを除いた手持ちの四大元素の精霊は、自然を司る精霊故に強力だ。中級程度だと、相手にならない。
騎士精霊がそこまで力を持っているわけは、よく組合の地下にある修練場で戦わせたりしていることと、以前戦ったカイルたちの動きを学習して、それを取り込んでいるからだ。騎士精霊は、学習能力が高いという特徴があるのだ。そして学習したことは、すぐに経験に反映してしまう。これが、強さの秘訣だ。他の剣士たちが知ったら、反則だと言うに違いない。
「みんな強いねぇ。ボクなんか、ただ守られているだけだよ。魔術師で、中級魔術も使えるのに、なーんにも出来てないよ」
精霊が強すぎて、全く活躍出来ていないレイアは、少しいじけたようで自虐に走り始めた。契約精霊にしてみれば、契約主であるレイアを守るのは当たり前なのだ。それでも、自分も戦えるようにと中級魔術まで覚えたレイアにとって、ずっとこのままだと不完全燃焼だ。
「ご主人様をお守りするのが、我々精霊の役割ですので」
「確かにそうだけどね? ボクだって戦えるんだから、そこまでしなくてもいいと思うんだ」
レイアも戦おうと杖を構えると、大体アークナイトかセリナが立ちふさがり、何もさせない。中級の魔物はレイアにとって危険であると理解しているから、守ろうという意思がより強く働いているから、そうなっている。おかげで、森に入ってからの既に一時間経過しているが、活躍は未だゼロだ。
一応指示としては、魔術の詠唱を唱えるから、魔物を足止めしつつ出来るなら倒す。というものになっている。アークナイトもシャドウナイトも従っているが、精霊とはいえ元は騎士だ。守るための騎士だ。危険に晒さないために、速攻で倒してしまうのだ。
三十分ほど進んでそのことに気付いたレイアは、倒さず足止めしろという指示を出し、それでようやく活躍出来るようになった。レイアを王と認識しているからこそ、起きた少々厄介なことだった。
「中級の魔物が出ると聞いたのですが、大したことありませんね」
「ボクにとっちゃ、十分強い魔物なんだけどね」
太陽が大分高い所にまで昇り、朝に比べて気温が上がり始めた頃、五体の魔物の群れを蹴散らしているアークナイトを見て、セリナがそう呟く。
中級魔術が使えるとはいえ、消費が半端じゃないのでそう連発出来ないレイアは、魔力を節約するために初級上位魔術を使用している。使えれば大丈夫だが、魔力量の問題でそれは出来ない。故に、中級の魔物は今のレイアにとって、強い魔物となっている。
対して精霊であるセリナは、精霊特有の莫大な魔力がある為、攻撃精霊魔術をパンパン使用出来る。しかも、回復速度が速い。結果的に、中級の魔物でも弱く感じてしまう。これで下位の精霊だ。上位の水精霊となれば、恐らく軽く街が一個か二個消し飛ぶだろう。
今も、得意ではないはずの攻撃精霊術で襲い掛かって来た魔物を、水で両断した。精霊ほどではないにしろ、もっと魔力を増やさなければと意気込んだ。
「―――ァァァァァァァァァ……」
すると、どこかから声が聞こえてきた。それは人の声ではなく、魔物の声のようだった。
「もしかして、大型の魔物?」
「探ってみます」
一応広範囲の索敵も出来るセリナが、目を閉じて索敵を開始する。広げられた索敵は、森全体の反応を捉えている。ちょっぴり羨ましく思いながら待っていると、目を閉じていたセリナが目を開ける。
「間違いないようです。あちらに、この森の中で一番大きな反応がありました。ご主人様の言う、大型の魔物でしょう」
「反応の大きさだけで言えば、上級に匹敵します」と、今いる場所から斜め左前を指しながら、セリナが続ける。上級魔物。今のレイアが挑んでも手も足も出ない程、強力な魔物だ。恐らく、最大数の騎士精霊五十体にベルやグレン、セリナでも歯が立たないかもしれない。せいぜい、足止めするのが関の山だろう。
関わらない方がいいだろうと、右に曲がって探索を再開する。直後、爆発音が聞こえてきた。
「今のって……」
なんだか嫌な予感がしてきた。もし、その爆発音を鳴らした原因が、大型の魔物ではなく冒険者だったら。上級ならともかく、中級だと危ない。大型の魔物は、中級でも厄介なのだ。
本来なら関わらない方がいいのだが、それが冒険者だとして、それを無視したらと味が悪すぎる。例え倒せなくとも、足止め程度なら出来る。それをしなかったらと思うと、いても立ってもいられなくなる。アークナイトとシャドウナイトを送還して、身体強化魔術を掛けてから地面を蹴って走り出す。