10 パーティーの問題
「魔物部屋で大量発生した百以上の魔物を、一時間と掛からずに全討伐、か……。たった一週間で、随分行ったわね?」
「か、数でごり押したから……」
組合に戻ったレイアは最初、結構浮かれていた。たった一回の戦闘で、大量の資金が手に入るから。だからこそ、それだけの魔石を全てルミアに持っていけば、どうなるかを忘れていた。渡そうとしたときに思い出したが、既に遅かった。袋はルミアの目の前に置かれて、もう手を伸ばしていたのだから。
この時、既に悪寒を感じ始めていた。つまり、どうしたらこんな大量の魔石を手に入れられるのかな? と、無言の笑顔が向けられていたのだ。
言い訳をしようとするも、ルミアはさっさと換金室に行き、魔石の換金を済ませた。その総額は、三ヶ月間の中で一番多かった。二週間くらいは、贅沢出来るほどに。
それだけのお金が詰まった袋を持ってきたルミアは、それを渡さず妙な迫力を感じさせる笑顔を向けたまま、質問をした。いや、無言の笑顔で質問した。黙っていると、より恐ろしいことが起こりそうな予感がしたレイアは、全て正直に話した。
Dランクになってから、レイアはダンジョンに入ることをようやく許された。数の暴力でごり押せるので、よほどのことがない限り、大丈夫だ。それを一週間前に頑張ってルミアに伝えて説得し、それで許可を得た。それでも、まだ中級の中では一番低いランクだ。そのことを心配したルミアは、魔物部屋には絶対に入るなと言いつけた。
しかし本日、レイアは言いつけを破って魔物部屋に入ってしまい、挙句の果てに全て倒してしまった。正直、まだ三ヶ月でそこまでの強さを身に着けたのは凄いことだが、それはかえって人を傲慢にさせる可能性がある。ダンジョン程度の魔物、簡単に倒せるという考えにも繋がってしまう。
「レイアちゃん。あそこは確かにダンジョンだけどね、他の所に比べると比較的ランクの低いところなの。あそこに出るキラーサーペントだって、最大十五メートルしかない程よ」
そう。一度死にかけたあのダンジョンは、他のダンジョンに比べるとランクがEからDと低い所にある。このランクは、攻略される前に最深部にいる一番強い魔物の強さを示す。つまり、今はもういないが、一番強い魔物でDランク程度しかないということになる。なので、レイアでも大丈夫だったのだ。
「はっきり言って、あそこのダンジョンの魔物部屋なら、今のレイアちゃんで簡単に倒せることは分かってた。けど、君はあそこのダンジョンのことしか知らなくて、他の所のことは全く分からないでしょ?」
「うん……」
「あのダンジョンな、今のレイアちゃんの知る全てなの。そこの魔物の強さが基準になっちゃうと、他のランクの高い場所に行った時に、あそこのを基準にしちゃってるから、予想以上に強く感じて、最悪死んじゃうかもしれないんだよ? レイアちゃんは将来有望株なんだから、死んじゃったらもったいないよ」
今は十四歳で成人していないが、成人を迎えれば当然結婚出来るということになる。レイアの容姿は、非常に目立つ。背がもっと高ければ、綺麗系の美人になれたかもしれないが、ここ数年まともに身長が伸びていない。結果的に、可愛い系の美少女となっている。
容姿の整った女性は、声をかけられやすい。それは一般市民だけでなく、貴族にまで及ぶ。まだ成人を迎えていないので、ナンパなどはされていないが、迎えればどうなるか。それはもう、召喚術師ということもあって、引く手数多だろう。ルミアの言う有望株とは、このことだ。
大体ろくでもない考えを持ってやってくるかもしれないが、中には真摯に愛を誓ってくれる人が、出てくるかもしれない。そんな可能性があるのに、幸せをつかめるはずなのに、死んでしまったらもったいない。そうなってほしくないから、色々言っているのだ。ちなみに、成人は十五歳だ。
「で、でも、あれだけの数の魔物を放置するわけにいかなかったから……」
「まあ、途中で魔素溜まりを消し飛ばしたから、百十七体で済んだけど、もしそのまま放置していたら、大量発生した魔物が部屋から出て、冒険者を襲うからね。後味が悪いって思ったんでしょ? そう思うのは、凄くいいことだけど、出来れば一人で挑んでほしくはないな」
「ベルたちがいるから、大丈夫かなって……」
「召喚精霊は別よ。数が補えるとはいっても、結局は一人なんだから。せめて、近接戦闘が得意な剣士と組んだ方が、安全よ」
騎士精霊たちがいるので特に問題ないが、本来後衛である術師たちは、剣士や盾持ち剣士などの前衛を前に立たせて、時間を稼いでくれている間に詠唱を唱えて、魔術を放つのが一般だ。天賦の才を持っていて、最初から詠唱を切り詰めて十分な威力を発揮出来る人は、例外的に一人でも大体は平気だ。
しかしレイアは、まだ詠唱を切り詰められない。召喚術師と、数の不利を補える術師だから、精霊たちに攻撃と防御と時間稼ぎを任せて、自分は詠唱に専念出来るが、もし精霊を召喚しておらずかつ魔力がもう残っていなかったら。
魔力回復薬を飲めばいいが、守ってくれる前衛がいない中で、果たして魔物の前でそれを飲めるかと問われれば、無理だ。せめて一人、少しだけでもいいから時間を稼いでくれる人が、いた方がいい。普段からこれも言い聞かせているのだが、母親に教えられたおかげで人を見るのが上手いし、とても賢い。勧誘してくる人たちの意図を、見抜けてしまうのだ。
今まで勧誘してきた人たちは、劣情を抱いていたり、数を補えるから便利な術師としか見ていなかったり、子供扱いしていたりと、信頼し信頼されるパーティーメンバーにしたいと、思っていなかった。
「レイアちゃんが、本当に信頼出来る人と組みたいのは、よく分かるわ。私も冒険者していた時、最初はそういった人と組みたいって思ってたし。けど、現実はそう甘くはないわ」
冒険者時代を思い出し、少し表情を暗くするルミア。まだ冒険者だったころ、ルミアはレイアと同じように、本当に信頼出来る人としか組みたくないと思っていた。しかし、現実は甘くなかった。
若い少女であったことと、珍しい空間魔術の使い手。色んなパーティーやギルドから、勧誘を受けた。だが実際は、空間転移が出来るから、移動する時に便利になる「脚」として見られていなかった。空間収納も可能で、大量の荷物を押し付けて運ばせる、運び屋としか見られていなかった。
そう分かってから、ルミアは冒険者はあまり信用しなくなった。最終的にはいい人を見つけたので、楽しい冒険者ライフを送ったが、その冒険者が命を落としてしまい、茫然自失してしまい引退したという経緯がある。
「レイアちゃんが望むところじゃないかもしれないけど、どこかのパーティーに試しに入ってみれば?」
「いや、それだと他の人たちの役割なくなるから。特に前衛の人が」
前衛は、後衛の術師の詠唱が詠唱を唱える時間を稼ぐ役割を持つ。他にも、盾を持っていれば壁役。素早さが高ければ、それを使って一撃離脱を繰り返して錯乱させたりと、役割がある。しかし、レイアがそこに入れば、それだけで前衛の役割がなくなりかねない。信頼出来る人と組みたい以前に、そう言うことがあるから組もうにも組めないのだ。
それに、二週間前のこともある。一人で戦局をある程度ひっくりかえせるので、嫉妬を抱くものが出てくる。後衛も敵を一気に倒すという役割もある。そうすると、前衛も後衛も役割を持ってかれてしまう。そうなった時、どんな仕打ちをされるか分かった物じゃない。特に、女性の嫉妬などは怖い。
「それもそうか……。召喚術師って凄い優秀だけど、こういうところが大変よねぇ……」
「わたしは別に、パーティー組まなくてもいいと思うんだけどね。わたしたち精霊がいるんだし。それと、レイアの言う通り、厄介なことにしかならないわよ」
ベルは、レイアが初めての契約者ではない。既に何人かと、契約を交わしたことがある。その間に、ベルは色んな事を経験している。
まず、レイアが危惧しているパワーバランスの崩壊。それは、最初の契約者が経験したことだ。召喚術師ということでギルドに入ったが、軍勢召喚が使えるため一人で大規模な殲滅戦を終わらせてしまっていた。それ故にギルドメンバーに嫌われ、追放された。その後、ドラゴンと戦い、死亡。
二人目は、軍勢召喚まで行かなかったけれど、それでも百体ほど召喚出来た。五人パーティーに勧誘されてはいったのだが、前衛と後衛の役割をあっさりと奪い取ってしまい、両方から嫌われてしまった。結果的にパーティーから追いやられてしまった。その後冒険者を引退して、いい相手を見つけて結婚。老衰で亡くなった。
他にも色々あるが、大体はギルドもしくはパーティーから追いやられている。
「中には、召喚術師歓迎って人もいるんだろうけど、中々見ないしねぇ」
「それに、精霊に戦いを任せて、術師本人は何もしないって思われているみたいだし。あながち、間違いじゃないんだけどさ」
二つの術に才能があればその限りではないが、基本は精霊に戦いを任せて、本人は守られるだけだ。魔術か、もしくは近接戦の才能があれば、精霊と一緒に戦える。しかし、それでも精霊に戦いのほとんどを任せることは間違っておらず、偏見されているところもある。中には、自分で戦おうとしないと言うだけで、嫌っている者もいる。
「まあ、レイアちゃんは例外だよね。魔術師としても、大分成長してきているし」
「そうね。……この娘、買った魔術書を寝る間も惜しんでずっと読んでるほどだし」
「へぇ……」
ベルがさりげなくここ最近の生活を教えると、ルミアの目つきがジトっとしたものに変わった。びくりと肩を震わせるレイア。無意識の内に、一歩後ろに下がる。
「せっかく可愛いんだから、お肌に良くないことしちゃダメだよ! しっかりと睡眠取らないと、玉の肌が荒れちゃうじゃない!」
案の定、空間転移で目の前に移動してきたルミアが、両手で顔を挟む。今はまだ、ある程度の睡眠は取れているので、肌は荒れていない。しかし、これ以上同じ生活を続けさせれば、間違いなく荒れる。こんなに白くてすべすべで、ずっと触っていられるほど触り心地のいい肌が、荒れてしまう。そんなの、あってはならない。
「レイアちゃん、明日からまた休みなさい。魔術書も、夜に読まない。ちゃんとしたコンディションじゃないと、危ないわよ!?」
地味に実感がこもっているのは、実際に経験済みだからだ。幸い怪我は負わなかったが、それ以来しっかりと睡眠は取るようにしている。
「で、でも、今はまだ支障出てないから、大丈夫だとボクは思うんだけど……」
「ダメよ! その積み重ねが、一番危ないのよっ!」
強い口調で、そう告げられる。今はまだ大丈夫だから。これを繰り返していくうちに、知らず知らずに疲れがたまって行き、ある拍子にそれが表に出てきてしまう。そうなると、例え格下が相手でも、やられてしまう可能性が高い。これも、ルミアは経験済みだ。
その後、ルミアを説得しようと言葉を尽くすが、ベルがルミア側について共に全て正面から論破され、結局三日間休みを取ることになった。中級になってから少し軌道に乗り始めてきたというのに、レイアにとっては中々の仕打ちである。こうなったら、今日は贅沢してやるっ。
明日から休みを強いられたレイアは、夕飯を宿で取らず、少々お高い店に行くことにした。値段が高い分味も非常によく、十四年間生きてきた中で一番美味しい料理を堪能した。周囲の客や店員たちには、全力で背伸びしているように見られていたが。
生まれて初めての高級料理を食べて幸せな気分に浸ったが、思っている以上に出費が高かったので、これからは控えて、何か特別な日にこういったところに来ることにした。例えば誕生日や、冒険者ランクで上級に入れた時に。
そう決めてから店を出て宿に戻り、夕飯を食べに宿に戻ってこなかったため、心配になったシェリーに抱き着かれ、部屋に戻る前にホットミルク(蜂蜜入り)を飲んで部屋に戻り、シャワーばかりではつまらないだろうと、シェリーに誘われて自宅の方にある風呂場に行って湯船にゆっくりと浸かり、少し人肌が恋しくなってきたので一緒に寝た。この時のシェリーの表情は、これまで見たことないくらい幸せそうだった。
その次の日には、三日間休みを強いられたということを伝えると、強引に休みを父親から得て、その三日間はレイアと一緒に休日を楽しんだ。ただ、シェリーと一緒に出掛けるにあたって、夜はウェイトレスをしてもらうという条件を付けられたが。何でそんな話になったのか、まったくもって分からなかったが、接客業に少し興味があったので、文句はなかった。その三日間だけ、売り上げが爆発的に上昇したのは、言うまでもないだろう。
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