0 プロローグ
読者の皆さん、半年ぶりです。私のこの第二作目の「軍勢の精霊姫」を楽しんでいただけたら、光栄です。
薄暗い洞窟。壁に張り付いている、大気中の魔力を吸い取り光を放つ、ヒカリゴケ。ここは、人ならざる存在、魔物が多く生息しているダンジョンと呼ばれる場所だ。
ダンジョンは魔力濃度が外に比べると濃く、魔物を生み出す魔素と呼ばれるものが溜まりやすい。その魔素が一定以上貯まると結晶化して行き、魔物の核となる魔石になる。そしてその魔石を中心とし、魔物が生まれる。
ダンジョンはその魔素が非常に溜まりやすい為、ダンジョンの外に比べると魔物の数が圧倒的に多い。故に、ダンジョンに挑むのは、ある程度実力のある冒険者が殆んどだ。しかし、中には一獲千金を狙ってダンジョンに潜りこむ、新人冒険者もいる。
「ふぎゃぁぁああああああああああああああああああ!?」
つい三か月前に冒険者登録をしたばかりの銀髪の少女、レイア・エヴァンデールは、その一人だ。
「キシャァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
今現在、レイアは巨大蛇の魔物に追われている。名をキラーサーペント。牙には掠るだけで昏倒してしまう程の神経毒を持ち、動けなくなった得物を生きたまま丸呑みする魔物だ。他には、口から何でも溶かす溶解液も吐く。
既にキラーサーペントは何度かその溶解液を吐き出しており、その飛沫を少し浴びたレイアの白を基調とした可愛らしい服は、所々溶けて肌が見えている。黒のミニスカートも際どいことになっているし、脚の露出を隠すため履いている黒のストッキングもボロボロで、なんだか扇情的だ。
「キシャッ!」
「ひぃいい!? またぁ!?」
キラーサーペントは口を大きく開けると、そこから黄色の液体を吐き出す。それこそ、何でも溶かす溶解液だ。全力で走りながら後ろを気にしていたレイアは、再び飛んできたそれを見て、顔を青褪めさせる。
真っ直ぐ飛んでくるそれを、左に移動して回避する。しかし、飛び散った飛沫が服に当たり、シュワッと音を立ててまた少し溶かす。
「もうこっち来るなぁあああああ!!」
また少し溶けた服を見て更に危険を感じたレイアは、手に持っている杖を後ろに向ける。
『雷精の雷よ、一条の槍となりて、刺し穿て』
【魔術:雷槍】
走りながらも使用する魔術のイメージを組み立て、詠唱を唱える。発動するのは、貫通力がそこそこある初級魔術【雷槍】。初級魔術なので、その上の中級、上級、戦略級に比べればはるかに見劣りする。だが、貫通力はあるので、上手く行けば強力な魔物も倒せる。
そう願って使用した魔術だが、杖の先端に現れた魔術法陣から放たれて一直線に跳んでいった一条の雷は、眉間に命中して霧散する。キラーサーペントの厚い皮は、今のレイアでは貫けないようだ。
「嘘ぉおおおおおおおおおお!?」
「シャァアアアアアアアアア!!」
全く聞かなかったことにショックを受けたレイアは、走る速度を更に上げる。一応生まれつきなのか平均より魔力量が多い為、身体強化系の魔術を長く使用していてもすぐに魔力切れになることは無い。それでも、逃げ続けていればジリ貧だ。
「こうなったら……!」
倒せるという保証はないが、レイアは賭けに出る。
【召喚術:シャドウナイト】
レイアが発動させたのは、召喚術と呼ばれるものだ。精霊や霊獣などと契約を交わし、使役してそれらを戦わせる術である。精霊と契約するのが非常に難しい為、使える人間は恐ろしく少ない。ただし、精霊と契約を交わせば、精霊の力を行使することも可能だ。そのことから、召喚術師以外に精霊術師とも呼ばれている。
レイアが召喚したのは、騎士精霊と呼ばれるものだ。かつて騎士が着ていた鎧や、使用していた剣や盾に宿るタイプの精霊だ。体そのものは魔力で構成されている為、一度でも契約出来れば、例え倒されても新しく召喚し直すことも出来る。他にも、多くの魔力を消費するが、一度に複数召喚することも可能だ。今のところ、レイアが同時に召喚出来るのは二体までだ。
ちなみに、契約している精霊は、攻撃に特化しているシャドウナイトと、攻防一体のバランス型のアークナイト。後、水精霊ウンディーネと、風精霊シルフィード、炎精霊サラマンダーの五種類だ。霊獣はまだ契約していない。よく使うのはシルフィードだが、表面が硬い為相性が悪い。
次によく使うのはバランス型のアークナイトだが、あれはカウンター攻撃に優れているので、最悪何も出来ずに倒されてしまうかもしれない。それだと魔力を無駄にするだけなので、防御行動こそとらないが、その分装甲の厚く、受けるではなく攻撃を受け流すのが得意なシャドウナイトを召喚したのだ。
召喚されたシャドウナイトは三メートルに迫るほどの巨体で、持っている武器はその身の丈に迫るほどの大剣だ。
「シャドウナイト、あの魔物を倒して!」
レイアがそう指示を飛ばすと、甲冑に隠れている目の辺りが妖しく赤く光る。そして、地面を強く蹴り、キラーサーペントとの距離を埋めていく。やがて大剣の間合いに入り込むと、下段に構えていた大剣を風切り音と立てながら振り上げる。
「キシャ!?」
振り上げられた大剣はキラーサーペントの顎に当たり、体ごとカチ上げて後ろに吹き飛ばす。流石は攻撃特化型の騎士精霊なだけはある。自分より大きな魔物を、一撃で吹き飛ばした。
しかし、後ろに吹き飛ばされたキラーサーペントは、傷を負ったものの致命傷にはまだ遠い。それを確認したシャドウナイトは、大剣を背中の鞘に納め、左右の腰にある双剣を抜き放つ。双剣といっても、シャドウナイトそのものが巨体なので、比例して持っている剣も二メートルほどの大剣になるのだが、シャドウナイトはそれを片手剣のように軽々と振るうことが出来る。
キラーサーペントが動き出す前に地面を蹴って間合いを詰め、双剣を巧みに操って攻撃を仕掛ける。片手で振るうので、両手で振るった身の丈に迫る大剣より威力は劣るが、それでも着実にダメージを与えていく。
「シャア!」
攻撃を受けてばかりではいけないと、キラーサーペントは口を開けて溶解液を吐き出そうとするが、その前にシャドウナイトが左の大剣を口の中に突っ込む。
「ッッッッッ!?」
予想外の攻撃に、キラーサーペントは声にならない悲鳴を上げる。そこに、脳天から右の大剣が振り下ろされる。外部から頭を斬り裂くことは出来なかったが、口の中に突っ込まれた大剣が口腔内を盛大に傷付ける。
刺し込んだ大剣を引き抜く際、ついでに牙を破壊する。そこから盛大に血と、何か透明な液体が吹き出る。恐らく、神経毒だろう。
「ァァァアアアアアアアア!?」
牙を歯茎ごと斬り落とされたキラーサーペントは、悲鳴を上げながら地面をのたうち回る。その間にシャドウナイトはそう剣を仕舞い、背中の大剣を抜剣。流れるように大上段に構え、首目掛けて全力で振り下ろす。
勢いの付いた大剣は違わず首に命中し、肉と骨を断ち、首を斬り離す。そこから盛大に血を噴出させるが、すぐにその体が灰となって崩れていく。それが魔物の最後だ。そこに残ったのは、討伐前に斬り落とした牙と、赤色の魔石だけだ。
「な、何とか倒せたぁ~……」
灰となって崩れ去ったキラーサーペントを見て、レイアは深い深い溜息を吐き、へなへなと地面に座り込む。そこに牙と魔石を持ったシャドウナイトが戻ってくる。魔石はレイアの小さな両掌ほどで、牙に至っては顔ほどはある。
そもそも四メートルはあるシャドウナイトよりなお巨大なので、それくらいあっても違和感は感じない。とりあえずその二つを受け取ったレイアは、冒険者組合から支給されている、七〇〇㎏までなんでも収納できる鞄、『収納出来ちゃうんです』の中に放り込む。これを受け取った時、もう少し名前を捻った方がいいと密かに思ったことがある。
それらを仕舞った後、レイアはもうくたくたなので街に戻ることにした。ただ、死の恐怖から脱却したばかりなので、立ち上がることが出来ない。壁に手を突いて立ち上がってみるが、生まれたての小鹿のように脚が震えている。
なので、シャドウナイトの腕に乗って、移動することにした。普段はアークナイトの肩の上に乗るが、シャドウナイトだとそこは座り辛い形になっている。だから、腕に抱えて貰うのだ。腕の方は、座り心地はお世辞にもよくは無いが、座れないことは無い。
早速腕に抱えて貰い、二の腕辺りに凭れ掛かるように座る。そして指示を出して、ダンジョンの外まで歩かせる。余談だが、外に出るまでに冒険者数名に、レイアがシャドウナイトに運ばれているのを目撃された。彼らは、三メートル近い巨漢に、銀髪の美少女が攫われているように見えていた。
おかげで正義感の強い冒険者たちが攫われている(と勘違いされている)レイアを助けようと、シャドウナイトに攻撃を仕掛けてきた。疲れて眠っていたレイアは響いた金属音で目を覚まし、何故か襲われていることに驚いた。
まさか、自分を狙ってきたのではっ!? と思い怯えたが、それが更に冒険者たちの勘違いを進めてしまった。その時にようやく、シャドウナイトに抱えられている自分が攫われていると勘違いされていると気付いたレイアは、一度シャドウナイトを送還して自分が召喚術師であることを説明した。
再度シャドウナイトを召喚した後、続いて風精霊シルフィードも召喚し、本当に召喚術師であることを証明。誤解を解いた後、今度はパーティーに入らないかと勧誘して来た。召喚術師の希少性を知っているレイアは、勧誘のことを嬉しく思いつつもそれを断る。しかし数の不利を補うことので来る召喚術師のレイアを簡単に諦める訳には行かないようで、様々な条件を出して来た。
まず、欲しい服などがあったらその分の費用は出す。続いて、欲しいアクセサリーなどがあれば、これも同じ。第三に、パーティーのリーダーはレイアにして、方針は全て自分で決めていい。他にも色々とレイアにとって有利な条件を出してきたが、すべて断った。
そんなやり取りをした後、その場で別れて再び腕に抱えられて、外を目指して歩き出した。勧誘して来た冒険者たちは、レイアを抱えて去っていくシャドウナイトの背中を、惜しそうに見えなくなるまで見つめていた。
面白いと思ったら、どうか評価をお願いします。