第8話 大かくれんぼ祭り
暗闇の学校に入った一十三と静歌が見たものは?那奈子の目的とは一体・・・?
「あ・・・え・・・・っと」
改めて学校の玄関口を前にすると、一十三の体からゾゾッと恐怖に似た風が通り抜けた。今この時分は、多種多様な子供たちがガヤガヤ騒いでいるわけではない。今は真夜中の九時を過ぎた頃、星もない真っ暗な空間から、町一番の大きな建造物が悠然と一十三を見下ろしている。何故だろう。いつも見ていた学校は、朝見た時よりも少し大きくなっているような気がした一十三であった。
―ニタァ・・
「ひぃ!」
今学校が笑った!?窓が顔や口になって私に笑いかけた?!もちろん学校という建物が笑う訳がない。だが、今の一十三の精神状態はとっくの昔に限界値に達している。一十三の異常な震えを後ろから見ていた静歌は、一十三の肩をガシッと掴んで言った。
「桜様!お気をしっかり!」
「!・・う、うん」
学校に入る前からこんな調子で、これから先大丈夫なのだろうか。静歌の心配もまた限界値に達していた。一十三は静歌に肩で押されながら、二人はそろりそろり玄関の中へ入って行った。一十三は何故玄関口の扉がすでに開かれていたのか、という根本的な謎に気付くことは全くなかったのだった。
一十三達がようやく学校の中に入って行った頃、既に学校に入っていた靉寿梃弧子、牧野恵美は現在那奈子に襲われていた。
―ねえ、もっと遊ぼう?
「うぎゃあああああ!!??」
恵美は今二階の廊下で腰を抜かしていた。叫ぶまで意識が飛んでいたようで、今どうして自分がここに居て、どうして二十人もの恐ろしい形相の女の子が自分を取り囲んでいるのか。そして「遊ぼ?」と言いながら、じりじりと恵美に近づいてくるではないか。
「く・・来るな!・・・・来ないでよ・・・」
恐怖が頭を駆け巡る。気付いた時には、自分が自由に動ける空間がほとんどなくなっていた。あっという間に自分の回りが子供たちで埋め尽くされたのだった。
「あ・・・・」
お尻から温く冷たい液体が流れてくる。恐怖のあまり失禁してしまったらしい。だがもうそんな羞恥心を露わにする暇などなかった。目の前の少女は「はあ」と溜息を付くと、あからさまに呆れた顔をしてこう言った。
―もう終わり?まだ隠れてないよ?・・・つまんないなあ・・
その後周りに佇む少女達は、一斉に恵美の残り少ない自由な空間をぶち破ると、顔色一つ変えることなく襲いかかるのだった。
「ひゃああああ!!・・・」
「ひぃ!」
一十三たちは今、玄関で靴を履き替え玄関から出たばかりであった。突然上の階から、聞いたことのある少女の金切り声が学校中に響き渡った。学校が勝手に自分の中に入ったことへの怒りの声?一十三の頭は恐怖に支配され、変な思考回路になっている。静歌は冷静に今の声の居所を目で追った。
「二階・・・でしょうか?上がってみましょう」
「え!?・・いいいいよ!私帰る!」
「いいんですか?何もしてませんよ?」
「だって学校が怒ってるんだよ?これ以上行ったら」
「私だって怖いんですよ」
一十三はじっと静歌を見た。今までと同じように変わらぬ顔がそこにはあった。
「本当に怖がってる?」
「はい」
もう一度見る。変わらない真顔は一十三の恐怖を更にかき立てた。
「怖がってないよ・・・」
「では行きましょう」
目から涙が零れそうになった一十三。結局静歌の言う通り、叫び声のある二階へ行くことになった。
「?」
上に続く階段を目指そうとしていたその時、バッといきなり後ろを振り返る静歌。ビクッと体を跳ね、静歌の左腕にしがみ付いていた一十三は、突然の静歌の行動に一瞬二人の距離が遠のいた。
「どうしたの?」
震える一十三の体が再度右腕にしがみ付いてくる。だがそんなことよりもさっき感じた玄関の角の視線。静歌は研ぎ澄まされた超感覚により、普通の人よりも特に敏感で自分に向けられる視線はいの一番に分かるのだ。だが今向けられた視線は生者の視線ではない。もし自分たちに敵意を向けているのならば容赦はないが、この視線は殺意や敵意ではない。これは・・・・
「ねえ!」
「!桜様!」
「大丈夫?」
「・・・はい・・(今はまだ桜様の不安の材料にしてはいけない。攻撃してくれば戦えばいい)行きましょう」
まだ確定していないあの視線の正体を、桜様にはまだ教えない方が良い。静歌はひとまずこのことを秘密にすることを誓った。そして静歌と一十三は階段を上がるのだった。
何十人もの同じ顔がこちらをじっと見つめていたら、だれだって怖くて固まってしまうでしょう。こんな体験は早々に終わらせてダッシュで家に帰りたい。でも恵美の場合はそんな生徒に取り囲まれて逃げる気も失せ、そのままへたり込んだのでしょう。私も怖い話はあまり聞きたくない性分で、作り話と分かっていてもやっぱり怖くて夜中にトイレに行けなくなります。