第6話 到着
恐怖心と好奇心の狭間で揺れる一十三。ただ毅然と一十三の隣に付き添う静歌。彼らの向かう先に待ち受けるものとは・・・
神螺儀町は、八時になれば皆眠りにつく習慣があり、今は八時半。一十三たちが外を出た頃には、しんと町の音は静まり返っていた。一十三は一応静歌に対し、互いに出来るだけに静かに行動するようにと懇願して、静歌も承った次第である。季節移ろう春冬の夜は寒い。二人は出来るだけ暑い上着や厚手のジャンパーを着用して外に出た。そして玄関の目と鼻の先ではセバスチャン、その後ろに車が待ち構えていた。セバスチャンは一十三の顔を見るや、穏やかな顔に変わった。
「桜様、どうぞご無事で。静歌、桜様をしっかりとお守りしなさい」
「はい」
「そして必ず二人で帰ってきなさい。私にとっては桜様もあなたも大切です」
「・・はい」
セバスチャンの言葉に一瞬、一瞬だけ静歌の瞳が大きくなったの。それを一十三はちらりと見えたような気がした。セバスチャンは車の扉を開け、二人がそそくさ乗車する。そして学校に着くまで瞬く間に時間は過ぎていった。それくらい怖かった・・いやそれと好奇心が鬩ぎ合っていた。その間も静歌は我関せずといった顔で、一十三の傍に引っ付いていた。静歌が一十三に時折振り向く度、一十三の体は何度もビクつくのだった。
―ガチャン
車のドアが開くと、そこには閉じられた正門が眼前と佇んでいた。一十三は手と手を握りしめ、ビクビクと車から降りた。目の前は真っ暗な夜の世界。そしてその世界の城と化した神螺儀小学校が、さも自分たちを睨むかのようにそこにあった。一十三が出た後に、静歌も車から出ようとドアの近くまで来たはいいが、その出口前に一十三が恐怖で手足を震わせ、静歌の行く手をじっと阻んでいた。
「桜様」
「へゃうぁあ!?」
静歌は、一十三にギリギリ聞こえるくらいの小さな声で言ったはずだった。静歌自身も早く車から外に出たいという気持ちはあった。だが今の一十三には全くの逆効果であった。夜の学校に恐怖している時に、突然後ろから冷たい声。一十三は静歌の言葉に酷く驚き、足を挫いて顔からずっこけてしまった。
―ゴンッ
「桜様!?大丈夫ですか?」
「・・・うん」
静歌は慌てて一十三に駆け寄った。だが一十三は、静歌の声にびっくりしてこけたとは言えず、鼻に赤く腫れた擦り傷を隠した。だが静歌の鋭い洞察力により、一十三の鼻の傷はすぐにバレた。
「大大丈夫ですか?もう帰りますか?」
「え!?・・い、嫌だ!」
「そうですか・・」
反射的に断る一十三。何故自分がこんなに拒否したのだろうか。一十三は、静歌に対して言い返したことがなく、自分の声にびっくりした顔になった。こんなに怖がっている桜様をこれ以上先に行かせていいのだろうか。静歌の正直な意見だったが、一十三の頑固な姿勢に無理に帰らせるわけにもいかなくなった。静歌は運転手に「もういい。連絡したらまた来るように」と伝言を残して、そのまま車を帰したのだった。
「では行きましょうか?」
「・・うん」
何故だろう。一十三、もとい静歌はこの学校に着いた時から、一秒でも早くこの学校の中に入りたい、という欲求に駆られていた。この気持ちにさせるのは・・・
「あ・・・やっと来てくれた。桜一十三ちゃん・・何時か遊びたいと思ってたんだ。嬉しい・・・・あれ?桜ちゃんだけじゃない人がいる・・・・しかもこの学校の生徒でもない」『誰?』
一十三と静歌を引き寄せた存在。招かれざる客を前に、怪訝な顔を覘かせる那奈子。彼女は、学校の左の一番端にある六年三組の部屋の窓で、静かに『大かくれんぼ計画』を始めようとしていた・・・
いよいよ始まる物語。夜と学校、そして那奈子さん。一十三たちはこの学校を無事帰ることができるだろうか。夜の学校は怖くて、絶対に行きたくない場所です。