第5話 条件
一十三は一人で学校に行くことを決意する。が、そんなに思い通りにいくわけがない。自宅に帰ると、早速大きな壁が立ち塞がった。一十三は、その時杏は?一体どんな作戦で行くのか。この後すぐ。
―ドキドキ・・・ドキドキ
私は今日一人で学校に行く。剛ちゃん、愛戯ちゃん、恵美ちゃん、燦子先生、河志野先生。私が知っている今の友達や先生を上手く躱して(本人はかわしたと思っているが、剛たちは何かあると勘付いている)一十三は家路に着いた。そして玄関に待ち構えていた一十三を唯一指示することが出来る執事【セバスチャン】に、耳元で夜中に学校に行くことを伝えた。
「お嬢様!いったい何を!?」
「しーっ!しーっ!」
「!・・はっ、はあ」
突然のセバスチャンの驚いた声に、玄関から一十三を見送るメイド数名も、セバスチャンと一十三に注目した。だが一十三の必死のお口にチャックサインにより、一応は一十三の注意を素直に聞くセバスチャン。
「で・・・ですが・・・」
「私、一人で行ってみたいの。お願い!」
「警備を入れても大丈夫でしょうか?」
「ダメ!一人じゃないとダメなの!」
「・・・!お友達とか・・・」
「いない・・・けど」
「やはり警備を」
「う・・・ん、だめ?」
女の子の可愛い上目使いを、笑顔で「ダメです」と断言するセバスチャン。セバスチャン以外のメイドならここで必ず引き下がるが、桜邸一のご高齢七十八歳のセバスチャンには全く効かなかった。一十三はその後セバスチャンを十分間必死に説得したが、やはり一人で真夜中に学校に行くのは当然ダメだった。だが、警護を一人付かせるという特別措置で行くことになった。
―ピィ!
セバスチャンの鳴らした指笛が室内に響き渡る。そしてその音を聞きつけたある者が、忍者のようにシュタッと一十三の前を丁寧に跪いた。彼女の名は【静歌】。年は一十三と同い年の女の子。だが姿は男装の執事服。透き通るほど白い肌に、緑色の瞳、ケーキのようなクリーム色の短い銀髪。静歌はその髪色から世界中の人間から追われる日々を送ってきた。そして偶然逃げてきた日本で偶然一十三の父、統一郎と出会い、今のように一十三と同じ年の唯一の執事として傅いているのであった。
「お嬢様、命は必ず貴女様優先です」
「・・・うん」
一十三は静歌の事を今も胸がズキズキするほど怖がっている。それは彼女の顔は今も変わらず無表情であるからと、彼女の音なくこなす忍者のような行動力が、威圧感との恐怖を身に纏っているからであった。自分の心を見透かすような透き通るほど冷たい視線が、自分と彼女の全く違う別の何かを感じさせるのだ。それがより一層恐怖を助長させる。
静歌はようやく顔を上げると、私をまたも無表情の顔を向け言った。
「さあ、お部屋に案内します」
「一人で・・」
「はい?」
「・・・うん・・」
一緒にいると怖すぎて失禁したことが一度や二度ではない。だが今回はギリギリ思い止まった。そして一十三の寝室がある二階に上がる階段を、怯える小動物の様に登る一十三を見て、セバスチャンは聞こえるようにこう言った。
「何卒、桜様をよろしくお願いします」
「はい。桜様優先を芯に邁進してまいります」
拳を心の臓に込めて返す静歌の言葉は、ただ命令に従う人形のように一十三は見えた。
《おい桜!》
・・・
《おいって!》
(何?)
完全に静歌に怯えきっている一十三を見て、杏の苛立ちが限界と超えた。今は一十三の寝室で、学校に持っていく物をランドセルに入れていた。それを黙って監視する静歌の目を合わせないように、必死にランドセルだけを見て物を入れていく一十三。そんな一十三に我慢がならない杏は、無理やり一十三と入れ替わった。そして杏は、静歌の目の前までずかずかと蟹股歩きで接近した。荒い鼻息で静歌の鼻と鼻がくっつきそうなくらい近付いたかと思えば、杏は眉を潜めこう言ったのだ。
「お前なんか怖くないからな!」
「・・・はあ・・?」
突然の一十三の代わりように静歌は驚くが、すぐさま冷静になって切り返した。
「あなたは桜様・・ですか?」
「俺は!」
杏は今一瞬自分の名前を言おうとしたその唇を、一十三は見逃さなかった。
《杏!だめ!》
「・・ああ、そうだったな。俺も桜だ」
「も?」
「あ・・いや!・・・んーと・・・」
先のことを考えない行動で勝手に自滅していく杏を見て、一十三は必死も必死でどう誤魔化そうかと考える。だが静歌の行動の方が先。一十三の頬を触れると、静歌も眉を潜めてこう言った。
「私は静歌です。いい加減名前を覚えてください」
「・・へ?」
そう。今まで怖くて「静歌」と呼んだことが一度もない一十三に、静歌は自分の名前を憶えられていないんじゃないかと勘違いしたのだ。一十三はただただ怖くて、いつも静歌が近くにいる時は、口を呼吸以外に極力使わないことにしていた。。
「では、もう忘れ物はございませんでしょうか?」
「・・は・・はい!何にも・・ないです!」
いつの間にか杏が引っ込み、元の一十三自身になって答えていた。そして静歌は一十三のランドセルを取ると、そのまま部屋を出て行った。多分一人で出て行かない為の行為だとすると、とても頭がいい判断だった。
《ああ!これじゃあ一人で行けねえじゃん!》
(どうしよう・・・やっぱりこの人も付いて行かなくちゃいけないのかな?)
一十三の心は不安でいっぱいだった。かくれんぼのことよりも、静歌と二人で学校に行くことが、途轍もない恐怖になっていた。
静歌のキャラはまさに冷たい極寒の南極大陸のような感じです。一十三はその大陸に凍えるようにして耐える兎のような感じで、二人が揃うとなんだか一十三が可哀想に思えてなりません。ですが、いつまでも怖がっていてはどうにもならないことは、一十三自身も重々わかっているでしょう。この先に待ち構えている学校に立ち向かうための、心強い仲間と思って、いざ二人で夜の学校へ!