第40話(終) 後日談 めくる日を過ぎれば・・・8『いつかまた』
そしてオレンジ色の夕日を背に、家路に向かう少女達。また会える日を願いながら、明日から始まる学校に思いを馳せるのだった・・・
そうして気づけば夕日が地平線に沈もうとしていた。葉奈子と杏は遊び疲れて、一十三と那奈子の心の中に帰って行った。
「結構遊んだなあ」
「もう帰りましょうか」
「うん」
那奈子と飯子の意見に同意して、六人と一匹は山を下りることになった。まだ遠足は終わってはいない。皆はまた気を引き締めて山を下りるのだった。
下山を始めると、登った時の大変さや日光の暑い日差しはなく、スムーズに下りることが出来た。
イノシシと出会った場所まで下りると、那奈子はイノシシとお別れすることになった。だがイノシシは一向に那奈子から離れようとせず、鼻を那奈子の足にこすり付けて甘えてきた。那奈子は涙が出そうになるのを我慢しながら言った。
「また来ますよ。ファルケンボーさん」
―フンフッフフーン!
イノシシの目から大量の涙が出た。そして那奈子は最後にイノシシをギュッと強く抱きしめて、手を振ってお別れをした。そして思った。
「私、お母さんにイノシシ飼えるように頼んでみようかな・・・」
「え。・・でも犬と猫みたいな感じで飼えるかな・・?」
那奈子の発言に飯子は怪訝な顔で答えた。確かに犬や猫のようにはいかないかもしれない。でも、だからこそ那奈子は明日、図書館に行ってイノシシの事を調べようと決めたのだった。イノシシは森に帰る中、何度も振り返っては那奈子の方を向いて泣いていた。那奈子ももう限界のようで涙を流しながら、イノシシが見えなくなるまで手を振っていた。那奈子にとってファルケンボーは、いつの間にかとても大切な関係になっていた。
そして一時間で登った山を三十分かけて山を降りると、関所の屋根の上で犬太が胡坐を掻いて待っていた。一十三達を見ると、また鼻息立てて屋根から降りると、手に持った記録用紙を一十三に渡した。
「一応山に登った記録な。書かねえわけにもいかないだろ?ちゃんと掃除したか?」
犬太は一十三の元気な顔を見て嬉しそうに言うと、一十三はやっぱり犬太の前では饒舌に話し始めた。
「うん、ちゃんと綺麗にしたよ。・・・ずっと見てくれたんだよね。・・・ありがとう」
一十三の言葉に犬太はドキッと驚いた顔をした。一応一十三にも感づかれないように隠れたつもりだったが、一十三には何でも御見通しらしい。犬太はお礼を言われて恥ずかしくなったのか、目を背けて口を尖らせていった。
「・・・別に俺の家で怪我されても困るからな」
「え!看てたの?じゃあ、さくちゃんが落っこちた時も助けてよ!」
「助けようとしたら、静歌の方が早かっただけだ!」
飯子の追求に犬太は何故か憤慨したが、静歌は「そうか・・」と言って少しだけ笑みが零れた。自分がいち早く一十三を助けることが出来た。この高揚感は犬太には味わえまいと心の中で(よっしゃ!)とガッツポーズをするのだった。
「犬太さん」
「ん?何だ?」
一十三以外の女子に敵意を見せる犬太に、那奈子はゆっくりと犬太に近づいた。犬太は抵抗しようと思ったが、那奈子は「大丈夫」と小声で呟いたかと思えば、犬太の手を自分の方に引き寄せた。そうすることで自然に、那奈子の口が犬太の耳元まで近づくことが出来た。そして那奈子は耳元で犬太に感謝の言葉を伝えた。
「あなたのお蔭で楽しい遠足になることができました。本当にありがとうございました」
「礼はいい・・・桜を頼む」
「私からもよろしくお願いします。あなたと私はどこか似ているような気がするので、気が向いたらお話ししましょう」
「・・・誰かするか」
「待ってますよ、犬太さん」
「気安く呼ぶな・・・じゃあ俺は帰るから、お前らもとっと帰れよ」
一十三は犬太と那奈子の話の内容が気になったが、那奈子が犬太に気があるとは思えなかった。でもやっぱり気になると思って二人に近づこうとしたが、ちょうど話が終わって那奈子が犬太から離れていった。ふとこちらを見つめる一十三に、那奈子はクスリと笑った。
「!何でもないよ」
「・・お礼を言っただけです。安心してください」
「そ、そっか・・・(良かった・・)」
一十三はフゥーッと安堵した。やっぱり別の女の人話す犬太を見るのは、一十三にとってこれほど「嫌だ!」と思うことはない。保健室の燦子先生は犬太にとっての恩人のような関係なのでいいとして、同世代の女子相手だと抵抗感が嫌でも生まれる。乙女心とは何と難しいのかと一十三は思った。森に帰る犬太に、手を振る一十三が少し寂しそうにしていたのを静歌は見ていた。
犬太は森の中へ消える途中、耳元でどこからか声が聴こえた。
《犬太》
「何だ?」
いつの間にか犬太の右肩に座っている妖精のような姿の名は【ラバン】。太陽の子供の一人であり、一十三の家で犬太と出会い、そして契約したのだった。
《何だかんだでよかったじゃん。あいつら》
「ふん・・」
《あれ?嫉妬してんのか?コッドモ~》
「うるせっ!」
犬太は枝と枝を飛び跳ねる中、挑発するラバンにイラつきながら、森の中にある自分の棲家へと帰って行った。
犬太と別れた後、神螺儀の森の入り口に着いた六人。ここで恵美と梃弧子はお別れすることになった。
「私はここの近くだから・・また物理室で会おう!」
梃弧子は元気に手を振って帰って行った。一十三は手を振る中、梃弧子が先生に怒られながらも、ずっと物理室で研究する梃弧子の姿を想像した。
「やっぱり梃弧子ちゃんって変わらないな・・」
一十三は梃弧子に強い関心を示した。あんなに没頭できるものが自分にもあるのか。犬太は没頭というか夢中である。それとは別な・・・と考え始めた一十三に、恵美は一十三の背中をバンッと強く叩いた。「ふぁん!」と驚く一十三に恵美は言う。
「もう!私の方も見てよ。私もぶらぶら歩きたいしここでお別れ。じゃあね~!」
「うん・・またね」
恵美は手を振りながら、梃弧子とは反対の道で帰って行った。恵美は極度の寂しがり屋で、無視されることがとても嫌いな性格である。一十三はそんな恵美が可愛くて好きだ。だからもっと話してみたいと思った。飯子も次いで言う。
「恵美って面白いね。梃弧子もだけど」
「うん。皆違って、皆好き」
一十三は自然と恥ずかしいことを言えるようになった。でも言った後は頬が赤くなって恥ずかしがった。飯子はそんな一十三を見て大いに笑った。
四人はまた少し歩いて神螺儀神社に着いた。目の前に見えるのは、途方もないほど長い階段であった。長い階段を登るとその先に、大きな赤い鳥居があって、そこが本堂である。一十三は父に「神社は危ないから言ってはダメだ」言われ、それを忠実に守っている。静歌はそれを知らない。ここで那奈子と飯子は別れることになった。
「遠足楽しかったよ。また美味しいご飯、よろしくね!」
「飯子、図々(ずうずう)しいですよ」
「え?ダメ?」
那奈子の注意に飯子は「ごめん」としょんぼりしながら一十三に謝った。一十三は笑って言った。
「また機会があれば作るかも・・」
恥ずかしながら答えた一十三に、それを聞いた飯子は「やっほーい!」と両手を上げて喜んだ。那奈子は一十三にこう忠告した。
「一十三さん。飯子にご飯を与えすぎてはいけませんよ。太りすぎたら病気になりやすい体になってしまいます。綺麗な服も着られなくなって、一緒にショッピングもいけませんよ」
「えー?ショッピングより食べ歩きでしょ?」
「もう!飯子のおバカさん」
「ゴメンって・・・ね?」
飯子と那奈子の漫談はいつ見ても、一十三には新鮮で楽しい。那奈子は一十三の方を見て言った。
「桜さん。静歌さん。楽しい遠足に連れて行ってくれてありがとうございました。今日の思い出を忘れません。そして近い内に犬太さんも呼んで、もう一度ピクニックに行きましょう。きっともっと楽しい遠足になると思います」
「その時はちゃんとあたしも誘ってよね、さくちゃん」
那奈子の提案を一十三は「きっとできたらいいな」と、また新たな夢ができた瞬間となった。静歌も礼をして言った。
「私からもありがとう。桜様友達になって下さって大変感謝する。また遊んではくれないだろうか・・」
恥ずかしげに語る静歌に、飯子は言う。
「当たり前でしょ?友達だもん」
「はい。もっとガールズトークもしたいです」
「また明日」
「じゃあね~」
「さようなら~」
「ではまた」
四人は手を振り合い別れた。
そして一十三と静歌が桜邸に着いた時には、もう空は真っ暗になっていた。玄関前にセバスチャンがずっと待っていて、無事二人が帰ってきたことに安心すると、しゃがんで二人の同じ目線で優しく言った。
「静歌、無事で帰ってくれてありがとう。桜様も元気そうで安心しました」
遅く帰ってきたのに怒りもしないセバスチャンに、一十三は勇気を振り絞って言った。
「セバスチャン、また遠足に行ってもいい?」
「はい。でも静歌を連れて行くことが条件ですよ」
「もちろん。私と静歌は友達だもん」
「!・・・桜様・・・」
静歌は一十三の正直な気持ちに歓喜し、一十三に抱き着いてきた。一十三とセバスチャンは驚いたが、静歌の初めてみせる顔に遠足に行ってよかったなと思った。セバスチャンはいつの間にか仲良くなった静歌に、ようやく肩の荷が下りた。初めて静歌と会ってからここまで感情を出すことはなかった。これから少しずつ静歌が一十三達と仲が深まり、普通の子供のような人生が送れるのかと思うと、長年生きてきた老人の心に、ジーンと涙を滲ませるのだった。
そして一十三は夕食を食べ、お風呂に入って、歯を磨いて、明日の授業の準備をした。その時には目がウトウトと眠たい気分になっていた。静歌は丁度その時、一十三に就寝の時刻を教えた。
「桜様」
「うん。もう寝る。・・・お休み」
「はい、お休みなさい」
静歌は一十三が寝静まるのを確認して、部屋の電気を消した。そして自分も今日の一日で体力を使い切ったことに気づいて、早く寝ようと自分の部屋に帰って行った。
一十三が目を瞑って少し経った後、心の部屋からある声が聴こえた。
《桜・・・》
一十三が気づいた時、自分の部屋に杏が入っていた。そして杏は休む一十三にじっと見つめていた。
「楽しかった?」
杏は一十三の言葉に「うんッ」と強く頷いて微笑んだ。
《犬太といつも遊んでたけど、どっちも楽しかった》
「そうだね・・・本当に楽しくてまだ体がうずうずしてる」
《明日は学校?》
「うん・・また犬太君と遊べる杏が羨ましい・・」
《ごめん。一番犬太と遊びたいの分かってるのに》
「杏は悪くないよ。私が犬太君と釣り合わないだけ。犬太君みたいに強くないのが悪いんだよ」
《じゃあ鍛える?》
杏の提案に一十三は快く頷いた。
「うん。ちょっとずつでも犬太君と遊べるならやってみる」
《じゃあ朝すぐに運動しようぜ。静歌も呼んでさ》
「うん。相談してみ・・・る・・・・・すぅ・・・・・・・・・」
《寝ちゃった。・・・・犬太の女嫌いが治れば・・・桜もこんなに苦労しなくてもいいのにな・・・治す方法が思いつかないや・・》
眠る一十三を見ながら杏も考えるのを止め、一十三に横たわるように一緒に眠るのだった。
那奈子の家にて。那奈子の心の部屋で、葉奈子と那奈子は話していた。
「葉奈子はどうだった?」
《楽しかったよ。・・でもまだ私の事で巻き込まれた人に事情を話して、ちゃんと謝らないと・・・・》
「そうだね。私もいつか自分の事を飯子さん達に話せたらいいな・・・まさかこの子供の体が、祖国ダイラグナ帝国にとって成人の平均身長だなんて・・・信じてもらえるかな・・・」
《まあ驚くだろうね。しかも二十四歳だって知ったら・・》
「うう・・やっぱり言わない方が良いかな」
《今は・・やめとこうか》
「・・・いや、やっぱり言おう!・・でも」
《どっちだよ!》
葉菜子は那奈子の優柔不断さに突っ込んだ。秘密というものはいつからか溝を作ってしまう。その溝はいつしか友達や家族や恋人や・・いろいろな関係を壊してしまう一因にもなるのだ。それを恐れた那奈子だったが、やっぱり自分がどこかの国の女王で、この体が大人の体なのだと説明できる自信がなかった。葉奈子だってそれを知ってはいる者の、はっきりしない那奈子をただじっと見ていることもできない。二人の関係はまた新たな道に向かっていくのだった。
那奈子が出会った、もう一人の自分である葉奈子。一十三が出会った、神螺儀の森の妖精のような存在である杏。二人の関係はどうなっていくのか・・・。初めて異性以外の友達が四人も出来たことが、一十三にとってかけがえのない時間だったことは確かである。そして那奈子の心を暴走させた【貴神高鬼】は、また新たな戦いの渦中に飲まれようとしていることを忘れてはいけない。
完
静歌も次から学校に行けるし、いろんなことを学校で学んでいくのでしょう。良くも悪くも学校は人を大きくする入れ物であるのだから・・・・最初の怖い話から最後に至るまで、結構楽しんで書いてました。やっぱりお話を書くのは楽しい。そしてまだまだ語りきれない話もありますが、『那奈子さん』のお話はいったん終了とさせていただきます。絵も後程載せるので、期待しすぎない程度に待っていてください。




