表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
那奈子さん  作者: Sin権現坂昇神
39/41

第38話 後日談 めくる日を過ぎれば・・・6『意外な遭遇』

登山道を歩いていると、照りつける日差しに参った四人が、ふと森のほうにある傘のような大きな植物を目にする。そこには意外な人物が現れた・・・

登山道はずっと三十度程度の勾配(こうばい)で、頂上に近づくにつれ体力を根こそぎ(うば)われることはなかった。そして(あら)くれ者のイノシシ・ファリケンボーのお(かげ)で、(くま)やゴリラ等の森の動物に(おそ)われることもなかった。小さなスナイパー(())は、虫よけスプレーでばっちり防御(ぼうぎょ)していた四人の(てき)ではなかった。


だが唯一(ゆいいつ)忘れていたことがあった。雲一つない晴天の中、日差しがとても強かったことである。帽子(ぼうし)を持ってくるのを忘れた四人がどうしようかと思案していると、近くの道端(みちばた)に不思議な植物がひょっこり顔を出しているのを発見した。落ちそうで落ちない。()れ下がっているその葉っぱは、まるで大きな(かさ)のように見えた。静歌がふと葉っぱの(うら)(のぞ)くと、強い日差しを避けるようにして、葉っぱの裏にくっついているてんとう虫を見つけた。ちょっと可愛(かわい)らしいと思った静歌であった。静歌の前方の一十三は、空の強い日差しによって、頭がズキズキと痛み始めていた。イノシシとじゃれ合っている先頭の那奈子を余所(よそ)に、飯子が葉っぱに害がないことを確認しようと傘のような葉っぱに近づいた。その時、彼女は現れた。

「およ?」

「わあ!?」

 (おどろ)いてすっ転ぶ飯子に、三人は何だろうと飯子の視線を追った。すると大きな葉っぱが(めく)れあがって、(おく)から小学生くらいの大きさの少女が現れたのだ。そして驚くべきことに一十三はその人物を知っていた。全体的な黒い(かみ)に、(かみなり)のような白い髪が前にかかっていて、眼鏡(めがね)を付けた姿は、まさに【靉寿(おとぶき)()弧子(ここ)】本人であった。

「梃弧子・・ちゃん?」

「はいそうです。私こそ自称(じしょう)天才科学者の(たまご)、靉寿梃弧子ちゃんです。・・・で、そちらは何用(なによう)で?」

 何か話し方がおかしいような気がした一十三だったが、それよりも気になることを聞いてみた。

「私達は山を登ってお弁当を食べようってことになって。梃弧子ちゃんはどうしてここに?・・」

 ふむふむと一十三の言葉を真剣(しんけん)に聞いた梃弧子は、コホンと咳払(せきばら)いをして説明を始めた。

「ずばりこの葉っぱを調べに。『モー・ドクドク(ぐさ)』の葉がどうしてこんなに大きいのかを、そしてどこに猛毒(もうどく)を持っていて、何故毒を持つことになったのかを調べに来ました」

「も、猛毒!?」

 飯子の猛毒という言葉は他三人の耳にも入り、四人全員が「毒!?」と(さけ)んだ。飯子は目の前の植物から、一十三の所まで逃げていった。梃弧子がモー・ドクドク草を素手で触ることに疑問を感じた那奈子は、即座(そくざ)に指摘した。

「どうして梃弧子さんは猛毒のあるドクドク草を触っているのですか?」

 梃弧子は、イノシシの()に乗って、その場をグルグル回る那奈子に丁寧(ていねい)に答えた。

「この植物は秋頃にシャンデリアみたいな花が咲くんだけど、その花の雌蕊(めしべ)()(しべ)致死率(しりつ)200パーセントの猛毒が付着してるんだ。モー・ドクドク草と名付けられてはいるけれど、梃弧子としては『モー・ドクドクフラワー』と改名してほしいくらいだよ」

 梃弧子は不満げな顔で眼鏡をクイッと持ち上げる。

「どうして雌蕊と雄蕊に毒があるのか(わか)りましたか?」

「うん。ただ単に「俺達・私達の受粉(じゅふん)邪魔(じゃま)したら死ぬぜ!」みたいな感じだね。この神螺(かみら)()の森は競争率高くて、動物や植物達は様々な進化を()げていった。モー・ドクドク草もその進化した中の一つで、今では他の植物よりも受粉成功率は抜きんでて高いんだ。モー・ドクドク草の身はメロンよりも甘くて、その後からくる()っぱさがまた美味(おい)しいから、三月・四月くらいに採りに行ってみるといいよ。その()わり身の付け()の部分にも猛毒あるから、気を付けて()ることだね。私はもう堪能(たんのう)したよ。それで・・・」

 梃弧子は(しゃべ)り出したら最低一時間は止まらない。一十三は前に、梃弧子の話から上手に()げられなかったために、三時間も梃弧子の話を聞くことになり、大好きな犬太との時間を取られた経験があった。そんな一十三はこんなところで三時間も話されたら、お弁当の時間や、(みんな)と遊ぶ時間がなくなってしまうのではないかと(あせ)った。一十三は必死に頭の中を()(めぐ)らせ、ようやく選んだ言葉を梃弧子に告げた。

「梃弧子ちゃん」

「それで・・・・・どうしたの?」

「ごめんなさい。私達頂上でやることがあるの」

 真剣な眼差(まなざ)しの一十三に、梃弧子はふと一十三や飯子達の背中にあるリュックを見て、ようやく一十三の言っていることの意味を理解した。

「自分の事しか考えてなかった。((うで)時計(どけい)を見て)確かに今十二時前だから、今から急げば十二時丁度に着けるね。そういえば私もまだモー・ドクドク草について調べなきゃいけないことがあるから・・」

 梃弧子はへたり込んでいる飯子に近づいた。そして背中の方に手を回して麦わら帽子を取り出すと、「ほれ」と言って飯子に(わた)したのだった。梃弧子の麦わら帽子は新品のような(なめ)らかさ、そしてツンと鼻に付くような素材の(かお)りは飯子の方から那奈子、一十三、静歌に伝わってきた。その上で梃弧子は一十三達を見渡すと、手を合わせて謝罪(しゃざい)した。

「こんな暑い日に長話は体に(ひび)いちゃうよね。私の方こそごめんなさい。お礼にその麦わら帽子をあげる。熱い日光には最適なアイテムだから、是非(ぜひ)使ってよ。余計(よけい)に五人分も作っちゃって持て(あま)していたんだ」

「ありがとう。・・良い(にお)い」

 実は飯子は初めて麦わら帽子を見た。麦わら帽子の素材から(ただよ)う薫りは、飯子にとって心がマシュマロのように心が(やわ)らかくなっていく気分になった。梃弧子は静歌の方を見て、思わず「あ」と言った。(おぼろ)げな梃弧子の記憶(きおく)の中から、グランド上で戦っていた少女の容姿が段々と思い出してきた。ホワイトクリームのような髪の色と、スーツ姿、身長は低いが雰囲気(ふんいき)から彼女であると断定できた。

「よかったあ。生きてたんだね。えー・・・っと」

静歌(しずか)だ。よろしく」

 静歌は出来るだけ感じ悪くならないように、梃弧子に握手(あくしゅ)を求めようと手を差し()べた。だが梃弧子は静歌に近づいて、最初に(おこな)った行為(こうい)は握手ではなかった。

「ハイタッチ?知らない?」

 梃弧子は手を()()ぐ伸ばすと、顔の方まで近づけた。静歌は「いや・・」と驚きつつも、梃弧子の手を真似(まね)るように手を顔の方まで近づけた。梃弧子は丁度良い高さに伸ばした手を見て、「よし!」と言うと、勢いよく静歌の手のひらに自分の手のひらを「パァン」と音を鳴らして叩いた。だがそこに痛みはなかった。

「これがハイタッチ。お友達にやってみてよ。きっと楽しいよ?」

「え・・あ・・・ああ」

 梃弧子の満面の笑顔(えがお)(どう)(よう)する静歌の心は、どことなく(いや)な気持ちに変わることはなかった。(むし)ろこちらまで明るくしてしまいそうなオーラが梃弧子にはあった。梃弧子の近くにいることは、周りの心がすっきりと晴れるようになるということと同義(どうぎ)である。それが梃弧子の良い所であり、研究のことになると自分をコントロールできない欠点も、梃弧子の良さであった。梃弧子は静歌とハイタッチした後、そのまま静歌の手を(にぎ)()めて、ゆさゆさと重なり合った手を()らし続けた。

「あなたが命を()けて戦ってくれたお(かげ)で、梃弧子はこうして研究していられる。梃弧子にとってあなたは命の恩人(おんじん)だよ」

「恩人・・・私が・・?」

「うん」

『恩人』。静歌はずっと前に、【(さくら)(とう)一郎(いちろう)】に対して(おも)っていたことである。自分の体を(うば)おうとする者から逃げ続けた静歌を、統一郎は絶対的権力を(もっ)て救い出した。そしてこうして一十三の護衛(ごえい)として生きていることの全てが軌跡(きせき)であり、静歌は統一郎に対して深い(いつく)しみの恩を(いだ)いている。他人に対する強い想い。ずっと静歌から発信してきた想いを、初めて他人から『恩人』という形で想われていたこと。これが・・この(むね)が張り()けんばかりに、(かがや)太陽(たいよう)のような気持ちなのだろうか。

でも私は・・・静歌はあくまで足止め。ほとんどが一十三であり、(あんず)という不思議(ふしぎ)存在(そんざい)のお蔭なのだ。決して私が恩人というわけでは・・・

 静歌は胸の中に輝く太陽と、もやもやと心を(くも)らせようとする罪悪感(ざいあくかん)(せめ)ぎ合っていた。その中で那奈子(ななこ)は、梃弧子が自分と葉奈子が()()んでしまった被害者(ひがいしゃ)であることを思い出した。那奈子は一旦(いったん)イノシシを自分の後ろで静かにさせてから、梃弧子の前に近づいて深く頭を下げた。

「!・・誰?」

京間那奈子(きょうまななこ)。あなたを誘拐(ゆうかい)し、葉奈子(はなこ)の世界に閉じ込めていた張本人(ちょうほんにん)です。そして・・・」

 那奈子はグッと手を握りしめて目を(つむ)る。すると那奈子の体から雲のような白い(もや)が生まれたかと思えば、その靄は那奈子の(となり)に集まっていった。靄は段々と那奈子くらいの大きさまで広がり、いつしかもう一人の那奈子を生み出していった。だが那奈子と違う所はサイドテールの髪形と、目じりが少しだけつり上がった彼女の名は【葉奈子(はなこ)】。那奈子の心の一部であり、【(たか)(がみ)高鬼(こうき)】の持つカメラの力によって暴走させられた結果、那奈子のもう一つの人格として生まれ変わったのだ。那奈子の【氛之从(うつわみ)】という分身の力で(うつわ)を作ってその中に葉奈子の人格を移せば、もう一人の人間の完成である。忍者(にんじゃ)のように現れた葉奈子に、梃弧子はあっけらかんとした顔で(なが)めていた。だがすぐに我に返ると、目をキラキラと輝かせて、那奈子と葉奈子の周りをピョンピョンと飛び回って喜んだ。

「すっごーい!那奈子ちゃんって、魔法使(まほうつか)いみたい!ねえねえ触っていい?」

「え?・・・えっと・・・」

「ちょっと那奈子・・どうしよう・・・話聞いてない」

 ウサギの様に自分の周りを飛び()ねる梃弧子に、那奈子と葉奈子は(たが)いに顔を見合わせながら一体どうしたいいかとめっちゃ(あせ)った。そして梃弧子に言われるがまま、葉奈子はペタペタと色んな所を触られた挙句(あげく)、体中がムズムズとこそばゆい感情に襲われた。一通り触り終わった後、梃弧子は改めて那奈子と葉奈子の謝罪を再開した。

「今まで葉奈子のせいで迷惑(めいわく)かけてごめんなさい、梃弧子さん。もう(ひど)いことしないから・・・えっと・・・」

 葉奈子はいまだにどう謝ったらいいか決めていなかったからか、最後の言葉に()まってしまった。相手にしてしまった行為(こうい)(おそ)ろしさと自分の底知れない(こわ)さに(おび)え、葉奈子の体はブルブルと(ふる)え始めた。だが梃弧子は静歌と同じように手を伸ばして、胸の方で止めるとこう言った。

「ハイタッチ。してくれる?」

「?・・こ、こう?」

 葉奈子は戸惑(とまど)いつつも、梃弧子の動作(どうさ)を真似るように手を胸の方に持っていった。梃弧子はニコリと笑うと、「パァン」と音を鳴らして手と手を(たた)いた。そこに痛みはなく、葉奈子の震えは一瞬で止まり、梃弧子の笑顔につられるように葉奈子の(ほお)(ゆる)んだ。

「友達の(あかし)、ハイタッチ。もうあなたは私のお友達。だからそんな顔しないで、元気出そう?あの夜の学校の体験は、きっと今の私を、今のあなたを強くするから。謝る気持ちも大切だけど、あの体験を忘れないように、次の自分に(つな)げることも大切だよ?葉奈子」

 梃弧子の話を聞き終わると、いつしか葉奈子の目から(なみだ)がぽつぽつと、頬を伝って流れていた。そして梃弧子は笑顔のまま首を(かし)げると同時に、葉奈子は(のど)の奥から必死に押し上げるように、手を伸ばすようにして(くちびる)から梃弧子に達した。

「うん・・・・ありがとう。私を友達にしてくれて・・・」

「お礼なんていいからさ・・・・あなたの体、調べさせて!」

「え!」

 梃弧子の()が星の流星群(りゅうせいぐん)に変わると、葉奈子の手を自分の手で(おお)(かく)して逃げられないようにした。今梃弧子の心の中の研究魂(たましい)に火が付いたようだ。葉奈子は言葉にならない声で狼狽えながら、那奈子に目線を向けて心の中で(うった)えた。

(どうしよう・・・那奈子)

(うー・・ん。あ、そうだ)

 那奈子はいいことを思い出したような顔を見せて、梃弧子にこう言った。

「梃弧子さん」

「ねえねえもっと触らせてよ~」

 だが葉奈子に夢中(むちゅう)で那奈子の言葉が伝わらない。那奈子は三段階大きな声で言った。

「・・・梃弧子さん!」

「ふぇ!?・・どうしたの那奈子ちゃん」

 葉菜子は、やっと梃弧子の猛烈(もうれつ)ラブコールが治まって心底ホッとした。

「良ければ・・私達と一緒にお弁当を食べませんか?」

「「「「ええええ!!!???」」」」

 一十三、静歌、飯子、葉奈子は一斉(いっせい)に驚いた。そして梃弧子もすぐに・・・

「いいよ」

(そく)(とう)して更に四人は驚いた。飯子は声を(あら)げて言った。

「モー・ドクドク草はどうなるの?」

「今は葉菜子ちゃんが気になるから後回し!」

「え・・・・」

 梃弧子はモー・ドクドク草への未練(みれん)はなく、すっかり葉奈子に興味(きょうみ)が変わっていた。飯子は切り()えの早い梃弧子に(あき)れながらも、一十三はまた仲間が増えたことに喜んだ。静歌は恩人という言葉が心に引っ()かりながらも、葉奈子と梃弧子の和解に心から安堵(あんど)した。そして四人から六人に変わり、イノシシを那奈子の隣に()え、全員が麦わら帽子を(かぶ)ると、一行(いっこう)は梃弧子の宣言(せんげん)通り、昼の十二時に無事登頂(とうちょう)することが出来た。

梃弧子は杏を見たことがない。でも静歌も梃弧子にとって命の恩人である。静歌の罪悪感は無力な自分ではなく、杏こそ命の恩人に相応しいのではないかという懸念からくるものである。そして一行はようやく山頂に到着する。そこで目にするものとは・・そしてまた意外な出会いが・・・?次回最終回。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ